――見つけた、けれど隠れていて




蕾実




「斎藤、雪村知らないか?」
「いえ、そういえば部屋にもいなかったように思います」

先ほど、部屋を通りがかった時に、何も人の気配を感じなかったことを思い出す。
部屋にいないのは珍しい。
けれど何か用事を申しつけられたのだろうと思った。
千鶴がこちらの目を欺いて出て行く…というのはないことではない、とは思うが可能性は一様に低い。

「・・・?あいつどこ行ったんだ?」
「他の幹部が連れ回しているのではないでしょうか…最近話しかける姿をよく見かけます」
「あ〜・・・だとすると・・・今いないのは総司か・・・ったく・・・」

溜息を漏らしながら髪をくしゃっと掻き分ける土方に、斎藤は許可なく連れ出す総司を頭に浮かべた。
土方の問題をこれ以上増やしてはならない。幸い自分は今優先すべき用は何もない。

「雪村にご用でしたら…連れ戻します」
「あ〜…いや、大した用じゃねえんだ。気にしなくていい」

何かバツの悪そうに部屋に戻る土方。
斎藤はそのまま踵を返して、玄関の方に向かう。
総司のことだ、きっと…

目星を簡単につけて、副長の為にと千鶴を迎えに行ったのだった。





「雪村は本当に男なの!?こんなことも出来ないなんて…情けないぞ!」
「いいの!雪村のお兄ちゃんは私たちと遊ぶから!」

『千鶴ちゃん、ちょっと暇なら付き合って。人が足りないんだ』

総司にそう声を掛けられて、てっきり仕事かと思えば、子供と遊ぶのに人数が足りないと言われ。
千鶴は女なのだからどうしても男の遊びより、女の遊びの方につい目が誘われて。
近くで遊ぶ女の子たちに混ざって遊んでいれば、後ろから男の子たちに、情けない!と言われている。

「あははは!確かに…竹馬ですぐ転んで尻もちついてばかりだもんね」
「…た、たまたま!今日はちょっと…気分が乗らなかっただけです!」

まさか女だから!とは言えず、言い訳する千鶴に総司はお腹を抱えて笑っている。
うっ…あそこまで笑わなくても…口を尖らせる千鶴に、傍にいた女の子が大丈夫!お兄ちゃん!と頭を撫でてくれて。

「お手玉すっごく上手だもの!私にも教えて!」
「私にも!」

あっという間に女の子に囲まれる千鶴に、総司と遊んでいた男の子は何だよ〜と不機嫌になる。

「何、一緒に遊びたいならそう言えばいいのに。あの子が人気取っちゃって不機嫌なのかな?」
「ち、違う!そんなんじゃ…おい!雪村!」
「は、はい!」

子供に呼び捨てにされても、まるで気にせずにひょこっと顔を出す千鶴に、総司はまた噴き出してしまった。

「おまえ、あの木に登れるか?」
「え?あの木って・・・・・・あれ、かな・・・」

指さされた方向には、それらしい木は一本しかない。

「そうだよ!俺は登れるぞ!」

男の子はそう言うと瞬く間に、木に登っていく。
ほら!来いよ〜と上からせっつく声がかかる。

「千鶴ちゃん、ご指名だよ。どうする?」
「ど、どうするって…」

助けを求めるように総司の顔を見上げれば、面白ければよし。といった感じで、助け船を出そうなんてそんな気配欠片もなく。
諦めたように木に視線を戻す。
・・・これくらい取っ掛かりがあれば…大丈夫かな・・・・

あまり尻込みしていて、新選組の男は情けないなどの噂がたってもいけないし!
千鶴は覚悟を決めて、木に登ろうと手をかけた。

「・・・・・へ〜・・・まさか本当に登るとは…・ぷっ!あの格好!」

四苦八苦しながら千鶴が登る様に、遠慮なく笑いが込み上げてくる。
千鶴は疲れ果ててきているのか、よろめいてはいるけれど。
それでも手を漸く男の子のいる枝にかけて、足を掛けるところまで辿ついた。
そんなほっとした一瞬の気の緩みか、かけようとした足は、枝に届かず均衡を崩して・・・

「・・・っ!!」

「あ、危なかった〜・・・・・でも登れた!!」
「やるじゃん!!」

上では達成感に溢れた、満足そうなはしゃいだ声が聞こえてくる。

総司は自分の気も知らないで・・・とばかりに、千鶴を抱きとめようと咄嗟に伸ばした手で、胸のあたりをぎゅっと鷲掴んだ。

・・・・落ちるかと思った・・・・余計な心配ばかりかけさせるよね、あの子。
落ちる!と思った瞬間。胸がわからないけど、苦しくなった。
心臓が、鼓動するのを忘れたのかと思うくらいに、息苦しくなって。

今はもう落ち着いているけれど、これは何だろう?
前に、馬が突っ込んだ時には、こんなことなかったけど・・・

総司は首を傾げながら、木の上で、眺めがいい〜と喜ぶ千鶴に、ちっともこちらに目を向けない千鶴に眉が寄ってくる。

・・・本当に人の気も知らないで・・・

千鶴にしたら、全く持って言いがかりな感があるけれど、沖田総司にそんな言葉は通用しない。
自分が何か変になる。千鶴絡みのことでなる。
それならば千鶴の所為だ。そう思ってしまうのである。

千鶴は、木の上からの景色に浮きたちながら、ちらっと木の下にいる総司に視線を向けた。
何やら俯いて、表情は覗えないけど…

・・・沖田さん、ちょっと見直してくれたかなあ?

一緒にいて、最近は馬鹿にするとかじゃなくて、本当に笑ってくれることが増えて。
それが何だか楽しくて、嬉しくて。
木に登ったのも・・・また笑ってくれるかも。笑いあえるかも。やるね、って言ってくれるかも。

そんな期待が胸に湧いていたから。というのも多分にある。
・・・こっち向かないな・・・何してるんだろ?
千鶴が総司から視線の先をまた景色に戻した時、


「・・・・一体何をしているんだ。あんたたちは・・・」

この場にそぐわない、抑揚のない声。

「あれ、斎藤君。どうしたの?一緒に遊ぶ気?」
「・・・・副長が雪村に用があるらしい。呼びに来た。それと…」

斎藤は総司に一度視線を向けると、淡々と注意事項を口にする。

「雪村を勝手に連れ出すな。」
「はいはい、それだけ?千鶴ちゃ〜ん!土方さんがお呼びだって!下りといで〜」

木の上に声をかければ、千鶴は慌てて「はい!あ、斎藤さん!」と悪戯を見られたような、恥ずかしそうな顔を浮かべた。
男の子の方は、斎藤の顔を見て一気に下りて来ると、そのまま「じゃあな〜」と帰ってしまったのだけど。
肝心の千鶴が下りてこない。

「・・・・・・・・・・お〜い」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・下りて来られないのではないか?」

斎藤の言う通りだった。
土方のお呼びと聞いて、急いで下りようとした。したけれど…
下を見て、下りようとすると足がすくんで・・・というかどう下りればいいのか・・・

「もしかして、怖くなった?結構高いもんね〜」
「・・・こうなることくらい、予測できるだろう?どうする」
「どうするって…千鶴ちゃん、僕が受け止めてあげるから飛び下りておいで」

にっこり微笑み浮かべた総司の顔は、何か子供が事を起こすような、そんな予感をさせるもので・・・
千鶴はブンブンと首を横に振った。

「だ、大丈夫です!下りられます!」
このままこうしていては、本当にそうするしかなくなりそうで・・・
下りるしかない!千鶴は覚悟を決めて、そろそろ…とそれはもうゆっくり下り始めた。

下で待つ二人が、よく文句の一つも言わないものだと思うほどにゆっくりと。
実際総司はずっと「飛び下りれば〜?」と声をかけていたのだけど、これは文句ではない。

総司の頭より少し高い位置ほどに漸く足を掛けたところで、次の取っ掛かりが見つからない。
千鶴は男装していたって女の子で。腕も足も細く、ずっとしがみつく持久力もなく。
いよいよ手が痺れて、泣きそうになる千鶴に、総司は仕方ないな、と手を伸ばした。

けれど、それより先に斎藤が声をかける。

「雪村、受け止める。信じて飛び下りろ」
「・・・・・・でも・・・・」

ううっと顔だけ下に向ければ、至って真面目な顔で、手を伸ばす斎藤がいて。
その時、千鶴の頭の位置からは総司の表情は覗えなかった。
伸ばされた手も見えてなかった。
見えていればきっと、違ったことになっていたと思うけれど・・・

斎藤のさあ、という声に導かれるように、千鶴が飛び下りて。
何なくその体を受け止めた斎藤は、千鶴に怪我がないことを確認する。
御礼を言う千鶴に、斎藤は「大した事じゃない、早く副長の許へ」と一言声をかけると、総司を見た。

何を考えているのか、無表情のままに

「あまり振り回すな」

一言残して去っていく斎藤に、こちらに振り向かず土方の許へ急ぐ千鶴に。
その背中に、気のせいじゃなくて、胸が痛い・・・

ちょっと前まで上機嫌だった、どうしてか浮かれていた心は、簡単に沈んでしまう。
何かやるせない思いに苛々して。

千鶴ちゃんといると、楽しい・・・そう思っていたけど・・・
今日は・・・苦しい・・・

斎藤の許に飛び下りた千鶴の姿が目に焼き付いている。
何でそんなことが頭から離れないのか…わからないまま、俯いたその時に、

歩いていた千鶴が振り返ったことは知らず――





――三つ目のきっかけ。