――見つけた、けれど隠れていて




穏育




「ここから二手に分かれてよう。平助の隊はじゃあ向こうお願いね」
「おう、じゃあ合流は・・・通りが交差するところな」
「うん、そうだね」

巡察の途中。広くなる範囲を分けようと総司と平助は一端足を止めて。
簡単に話し合いをした後、すぐに後ろに控えている平隊士達にその旨を伝え、別れて行動を始めようとした。
その時、千鶴が自然に一番隊の、総司の後をついてこうとしたのに平助は驚いて。
見間違いかと、目をゴシゴシこすってみても・・・その光景は変わらず。

いつもなら、こんな時は総司に何か言われる前に、こっそり自分の後ろについていた気がするのに。
何となく、総司を怖がっていて、無意識にそうしているのだろうなと思っていた。
けれど今日は・・・

「・・・あれ、千鶴ちゃん。今日は僕の隊についてくるの」
「あ、はい。お願いします」
「ふうん、いいけど・・・ついて来れないなら置いていくよ。」

ああ、またそんなことを…平助は思わず総司を諌めるように視線を向けて。
千鶴に、自分の隊について来ればいい。そう言おうとした。けれど・・・

「大丈夫です。足手まといにならないように・・頑張ります」
「もう足手まといだと思うけど…まあいいよ。遅れないようについて来て」
「はい」

総司の言葉に一瞬うっとひるみはしても・・・
言葉を返す時には何てことのない顔。むしろ笑顔な気が・・・

千鶴のそんな態度の変わり様に、平助は首を傾げつつ、巡察の続きに専念したのだった。




「ここも異常な〜し、と・・・・」

巡察中に、とても気の抜けるような物の言い様、表情に千鶴はくすっと笑った。

「・・・何?」
「え、い、いえ・・・今日も問題なさそうですね」
「そうだね・・・でもあまり平和だと、腕が鈍っちゃいそうで嫌だな」

総司の言葉は、まるで問題が起こって欲しいみたいだ。

「沖田さんの腕が鈍るなんて、絶対ないと思います。」
「何で?」

目はそのまま周囲を見渡して、声だけが千鶴に向けられる。

「・・・見てればわかります」

大切な、近藤の為に、その為に刀を振るう。
近藤の役に立つために、傍にいて少しでも力になれるように。
その気持ちは、普段そう言う言葉以上に強いのがわかる。

その意思を全うする為に努力を怠らない人だと思う。だから・・・
けれどそんなことを口にするのは何となく憚られて、曖昧に返事をすれば、
上げ足を取るように意地悪な声が千鶴に向けられた。

「そう、千鶴ちゃん・・そんなに僕のこと見てたの」
「・・・・・・・え?」
「もっと構えってことかな?いいよ、暇な時は遊んであげる」

こういう風にね、とみょ〜んと頬をつねられて伸ばされて。
千鶴の伸びた顔を見てはケラケラ笑って。
眉間を指で押さえて、上に引っ張れば・・・
出来た間抜け顔に噴き出して。

「〜〜だ、誰もそんなこと言ってません!!」

通りすがりの人にまで笑われて、恥ずかしさに思わず手を振り払えば
それでもまだ笑いが収らないのか、くっくっと声を漏らしている。

「・・・沖田さん、真面目に巡察してください」
「え、してるよ。」
「どこがですか!う〜また引っ張らないでください!」

片方の頬を引っ張る手を離せば、後ろから反対側を引っ張られて。
収拾がつかない。

「何にも問題ないから、千鶴ちゃんからかうくらいしかないよね」
「何言って・・・問題がないのが、問題ありかもしれないじゃないですか」
「・・・・・何言って、は君の方だと思うけど」

訳のわからないことを・・・と総司が漸く手を両方離せば、千鶴が至極真面目な顔で・・

「あんまりにも目立った行動がないと、却って裏で何か進めているような気がして・・」
「・・・・・・・・・」
「私は考え過ぎだと思うんですけど、そんな不安がどうしてもあって・・・」

千鶴の言葉に、総司はからかいの表情から一転、緩んだ顔を引き締めて千鶴を見つめる。
千鶴は知らないことだけど、長州の者達が秘密裏に何か事を進めているようだ。そんな報告を朝に受けている。
いつも以上に、けれど悟られないように周囲に目を光らせてはいたけれど・・・

「・・・千鶴ちゃんって・・・ぼけっとしてるの?聡いの?」
「はい?」
「おかしな子だね・・・だけど、嫌いじゃないよ」

あんまり意味はなかった。
けど、言葉と一緒に千鶴の頭をくしゃっと撫でると、何故か千鶴の顔が赤くなって。
自分を見上げる表情に、一瞬だけ、時間が止まったように。

「・・・・・・さ、続き、回ろう」
「はい」

何事もなかったように歩き出した時、「キャー!!」と悲鳴があがる。

振り向けば道の向こうから、馬が暴走しているのか、ものすごい勢いでこちらに向かって走ってくる。

「なっ・・・!ったく・・ちょっとみんな退いて!」

皆が荒れ狂う馬を避けようと脇の家に入るように隠れて、なのに千鶴は動かない。
馬はお構いなしで突っ込んでくる。
総司は千鶴をかばうように前に出ると、馬の眉間に思い切り刀を打ち付けた。

逃げたりしない。
ただ一度だけ、峰打ちを叩きつけると馬はものすごい雄たけびをあげる。
そのまま、走って来た勢いはそのままで倒れそうになる。

どうするか、考える暇なんてなかった。
後ろにいた千鶴を無理にひっぱって、反対方向へ自分ごと転がりこめば、ドウっと馬の倒れる音がする。

「沖田組長!大丈夫ですか!?」
「こいつ・・・誰だ!ちゃんと押さえておけ!」

わ〜わ〜と途端に騒がしくなる周囲とは逆に、二人の間には無言。

「・・・あのねえ、何で避けないの?あれじゃあ巻き込まれるの、その頭でもわかったよね」
「はい・・・すみません」
「ついて来れないなら、置いて行くって言ったよ」

はあ、と溜息をつきながら総司が立ち上がるなり、ぱっと向きを変える。
すると何故か、腕を千鶴が掴む。
掴む腕は震えていて、怖くて竦んだのだろうとは思ったけど。

「腰でも抜けて、立てないの?」
「腕、見せてください」

千鶴の言葉に総司は眉を寄せる。

「見せるも何も…君が掴んでいるじゃない」
「反対側です。お怪我…されたでしょう?」

どうしてこんなことには気付くんだろう?

「別に…怪我なんてしてないよ」
「嘘です」

ぐいっと引っ張られて、袖をめくれば鈍い痛みと共に滴り落ちる血を確認され。

「・・・今、これしか持ってなくて…帰ったらちゃんと手当しましょう」
「いいよ、これくらい・・・みっともない」
「駄目です!傷口から雑菌が入って熱でも出たら…」

そう言うと千鶴はそのまま総司の腕を取って、無言で応急処置をしていく。
傷の具合を見ながら、傍の店で水をもらい、止血をして・・・
ただそれだけのことなのに、ずっと目下にいて髪を揺らす千鶴に何だか居心地の悪さを感じる。
添えられる手に、何故か意識が向く・・・

千鶴は黙々とこなしながら、最後に手拭いで傷口を覆い、くるっと巻きながら千鶴は漸く声を出す。

「・・・ありがとうございました・・・大丈夫ですか?」
「これくらい、何ともないよ。」

怪我したのだって、君に言われるまで気付かなかったしね、と言う総司。
きゅっと手拭いを結びながら、嘘ばっかり、と千鶴は心の中で呟いた。

怪我に気付き一瞬顔をしかめた。
立ち上がり様、千鶴の目につかないように・・不自然に向きを変えた。

「私がぼうっとしてたから…本当にすみません・・・ありがとうございます」

手当が終わり、触れていた手はいとも簡単に離れていく。
そんなことを何故か気にしながら、総司はそうだね、と言葉を吐く。

「足手まといなんだから・・・言うこと聞いてよね。置いていくって言ったよ」
「・・・はい・・・帰ったら、またちゃんと手当させてくださいね」

そう言いながら・・・かばってくれた。
怖くて、足が竦んだ自分を放っておけばよかったのにしなかった。
そんなことが・・・いけないとは思いつつも嬉しくて、つい不謹慎にも笑顔になる。

前なら、自分を怖がって話半分、といった態度だったのに、今はニコニコしてる千鶴。

変な子。そう思うけど・・・つられて本当に笑顔を浮かべる自分に気がついて・・自分でもあれ?と思う。

「君、不器用そうだけど・・ちゃんと手当出来るの?」
「出来ます!そりゃお医者様には程遠いけど・・・」

最初に出来る!と意気込んだ割に、最後声が小さくなるのが何だか千鶴らしいと思い、くすっと小さく笑いが漏れた。

「・・・私じゃ不安ですよね、あの、じゃあお医者様に頼んで「いいよ、これくらいで医者なんて大袈裟な・・」
「そんなことないです!結構深いですよ・・・ちゃんと・・・「じゃあ」

総司は頭をかがめ、千鶴の目の高さに合わせて、にこっと笑顔を浮かべた。
それは無意識に浮かべた本当の笑顔。

「千鶴ちゃんがしてよ、僕は医者なんかにかかる気はないから・・・」
「・・・はい!傷、私のせいですから…私の責任です。治るまで看させてください」
「・・・それ、何か違うなあ」
「?」

千鶴の言葉の何かに心がひっかかって。
首を傾げる総司に、千鶴も首を傾げて。

そんな様子にまた笑ってしまう。

皮肉めいた笑いじゃなくて、素直に笑ってしまう。

この子といるのは、楽しいと、

僅かにでも本音で思ってしまえば、それは瞬く間に広がっていく。



―― 二つ目のきっかけ。