沖千SS


「見ていたい」



「・・・あ~あ」
「総司、せっかくの花見に溜息なんてつくなよ!辛気臭くなんだろうが!」

鼓膜を破るのではないかと思われるような、大声がすぐ耳の傍で響く。
憂鬱な表情がますます強くなる。

「新八さん。そんなに大きな声じゃなくても、普通の声で聞こえますよ」
「あ?大きいか?俺の声。まあいいじゃねえか!おまえも吞めって!」

徳利を傾けられて、添えるように杯を出せばなみなみと注がれた酒は瞬く間に溢れて。

「・・・・・新八さん、零れて・・・はあ」
「細かいこと気に済んなって!」
「おい、新八!俺にも酌しろよ」
「あ、新八っつぁん!オレも!」

皆が楽しそうに騒ぐ中、総司は酒でべとべとになった手を洗おうと立ちあがった。
きょろっと周りを見渡せば、いつもは騒がしいと顔をしかめる土方だが、
今日は斎藤と、いつもよりやや穏やかに酒を吞んでいるのが目に入る。
その横に、いつもならいる近藤の姿はない。

・・・毎年、花見の時には近藤さんも一緒で――
隣に立って、桜を見上げながら・・自分の意思を、望む未来を、嬉々と語る近藤を見るのが好きだった。
けれど、今年はいない。
新選組も名をあげてきて、それだけ近藤も局長として顔を出さなければいけなくなった。
それはいいこと、嬉しいこと。けれど…

「はあ」

つい口をつく溜息に、自分でも苦笑いを零しながら辺りを見渡して。
井戸も手桶もない。近くの川ででも洗おうか、そう思った時、ざあっと風が強く、打ちつけるように。
満開に咲いた桜の花びらは、視界を覆い隠すように舞い散っていく。
桃色に染められた視界が開けていくのと同時に、目に入って来たのは――

「・・・逃亡する気?」
「キャッ!?・・お、沖田さんでしたか・・?逃亡って・・?」
「だって、誰も周りにいないみたいだし・・桜に紛れて逃げる気かなあって」

実際そんな風には全く思っていないけど。
目を丸くして、必死に違うと訴える少女、千鶴の様子が面白くてついそんなことばかりが口に出る。

「違います!お弁当を包んでいた風呂敷が飛んでいったので探しに・・」
「ふうん。それで、見つかったの?」
「いえ・・すぐにわかると思ったんですけど・・・風も強いし・・」

会話中にも時折吹きつける風は二人の間に桜の幕を下ろす。
風が弱まれば、千鶴の髪や肩には桜の花びらが少し散らされたままになっていて。
飾り気のない千鶴に、僅かばかりの桜の化粧が施されたよう。

「風呂敷、桜で埋まってるんじゃないの?この風だし・・」

そっと千鶴の肩に留まる花弁に手を添えて払おうとすれば、自分の手が酒でべたついているせいか纏わりついてくる。

「私もそんな気が・・・あ、ちょっと待っててくださいね」
「?」

ちらっと一瞬総司を見上げると千鶴は小走りで桜の中に紛れていく。

「待っててくださいね、ね。じゃあ・・いなくなれば探してくれるかな?」

それは面白そう、とばかりに待つことはせずにそのまま足を進めて、どこかに水はと視線を彷わせれば。
視界に揺れる黒髪が入ってくる。

「あ、沖田さん!・・あの、これどうぞ」

差し出されたのは、濡れた手拭い。
ゆるく絞られているから、手のべたつきを落とすのに丁度いい。

「・・よくわかったね、千鶴ちゃんって・・・鈍いけど、勘のいい時あるよね」
「えっ・・そうですか?」
「うん、これ、ありがとね」

鈍いって言われたのに、そんなことはきっと耳を素通りしているのだろう。
御礼を言った総司に、嬉しそうに顔を緩ませている。

「じゃあ僕は行くから。探すの頑張ってね」
「はい」

少しでも、一緒に探してあげようか?とか。
もういいよ、一緒に行こう、とか。
そんな言葉を心のどこかで期待しているのではないかと思ったけれど。
そんな気持ちなど全くないように、千鶴はそのままぺこっと頭を下げてその場を後にしようとする。

・・吞みなおそう。せっかくの花見だし。

足は元いた場所に向く。けれど目は―

・・まあ、逃げたりはしないだろうし。放っておいても大丈夫・・・

桜吹雪にかき消えそうな千鶴を捉えたまま。



「・・・・ない~・・・どうしよう、そろそろ戻らないと・・・」
そろそろ皆も落ち着いて、帰り支度をする頃かも知れない。
一度顔を見せた方がいい、それから探せば・・・

そう思って千鶴が振り向くと同時に、今までとは比べ物にならない数の桜の花びらが、目の前をひらひら落ちていく。

「――あ・・・」
「探し物は・・・これでしょう?」

目の前には、風呂敷を片手で振り回す総司がいて。

「吞んでいたら、たまたま近くに飛んで来たから・・・」
「君も馬鹿だね、こんな風呂敷一枚探すのに手こずっちゃってさ・・・ほら、行くよ?」

背中を向ける総司に、千鶴は慌ててついていく。

「あの、さっきのは・・・」
「ああ、花弁がこれでもかってくらい落ちてるから・・・かき集めて・・千鶴ちゃんの頭上で落としてみた」

きれいだったでしょう?でも、頭にまだたくさん付いてるよ
そんなことを言いながら顔を見せないまま、けらけら笑う総司に、その背中に千鶴は一歩近づいた。

「・・探してくれて・・ありがとうございました」
「・・・・君、やっぱり、いつもは鈍いのに・・・勘のいいところあるよね」

歩みを止めて振り向くと、千鶴に風呂敷を渡して。
「どういたしまして」

言葉と同時に桜吹雪が二人を隠す。
きれいですね、と桜を見上げる千鶴に、そうだね、と答えながら・・・
その時総司の目に映っていたのは桜ではなく――






「総司さん、寒くないですか?」
「うん、大丈夫」
「今日は風が強いから・・・桜、見納めかも知れませんね」

寄り添うように立ちながら桜を見上げる千鶴。
桜は咲いていても、時折肌寒い風が吹く。けれど、触れ合うところが温かい。

ざあっと吹きつける風が桜を運んで、辺り一面を桃色で染める。

「きれいですね」
「そうだね・・」

舞い降りる桜一片一片が、いろんなことを思い浮かばせて。
近藤さんと、ずっと一緒に見るのだと思っていた桜。
あの時、あの年から・・・ずっと傍にいたのは。一緒に見て来たのは千鶴だった。

思い出一片一片心に降り積もっていく中、いつも最後に浮かぶのは・・・
桜を見上げる千鶴――

「・・・きれいだね」
「本当に」
「わかってないでしょ?千鶴のことだよ」
「・・・・え?わ、私?」

慌てて桜から視線を自分に移して、頬を染める千鶴。
そこは彼女の可愛いところ。
ずっと傍にいても、変わることのない、可愛らしさ――だけど、
桜を見上げる千鶴の表情は・・・年を経る毎に綺麗になる。

「そういうところは可愛いけどね」
「あ、ありがとうございます・・・」
「あれ、下向かないでよ。恥ずかしいの?照れちゃった?」

僕は、来年――また、きっと綺麗になる彼女と・・桜を見られるのだろうか――

「照れないなんて無理です!」
「千鶴、桜よりも・・頬赤いよ?」
「総司さんが急にそんなこと言うから・・」

変わらない可愛らしさを・・・また見られるのだろうか――

「・・千鶴、花弁、ついてるよ」
「え、どこ――「やっと…こっち見た」

桜が彼女に止めどなく舞い下りる。
隠されてしまう前に…ここにいるということを確かめるように抱きしめて――

一緒にいたい。傍に、いたい。少しでも長く、君といたい――

抱きしめていた腕を緩めれば、顔をあげ、自分をみつめる千鶴に、そっと笑顔を落として。
おでこを合わせて、頬を撫でれば自然に目を閉じて。

揺れる、霞むような未来。だけど今、僕は、幸せだよ――こんなにも――

目を閉じないままに、口付けを落とす。
触れる唇は温かくて、優しくて、お互いが求めるまま吐息を合わせて。
優しく触れ合う唇に、優しく応えてくれる唇に、僕に縋る千鶴の小さな手に・・・その愛しい表情に、姿に、全部に

胸が締め付けられる・・目が勝手に熱くなる・・


願うのは一つだけ――どうか、どうか―――











END










後書きです。

えっと、沖田さんからの誕生日おめでとうメールを見ていて…胸がじんとしたんです。
花を見上げる、という千鶴の話を書きたいなってそれで思いました。
沖田さん視点になってますが、千鶴視点にしても切ないものになったと思います。

これを書いててもっと言葉を知らないと、書きたいことの半分も伝わらないと痛感しました。
沖田さんの千鶴への愛情が、少しでも読んでくださった皆様に伝わって頂ければ嬉しいです。