耳を澄ませて

ううっと涙を眼の端に湛えて、どうしていいかわからず潤んだ瞳で自分を見上げる少女に、総司は曖昧な笑顔だけを返していく。

「どうしてですか・・・」

くぐもった声で微かに呟くように紡がれた言葉に、そっと後ろからその身を抱き寄せて、耳をその手で覆うと、その理由を口にした。

「−−−−−−−−」


・・・・いつもそう、聞こえない。
どうして、と問えば、決まってその理由を答えてくれているようだけど、こんな風に引き寄せられて、総司の体温を背中に、首に、耳に、感じてしまえば、千鶴の心拍音は一気に速まって、耳を塞がれていることも手伝って、聞こえない。
聞こえない言葉を紡ぐのは、千鶴で遊ぶ時間の終わりを告げている。
今日もそのまますっと身を離すと、どこかへ歩いて行ってしまった。

沖田さんは、なんて言ってるんだろう?

それが気になって、気になって・・・気が付けばそんなことばかり考えている。




「千鶴、なんだまた泣かされたのか?・・総司もしょうがね〜な〜」
「しょうがないとか言ってる場合かよ!ほら、左之さん!千鶴のところ行こうぜ!」

島原あたりにでも繰り出そうかと思い、門手前まで来たところで、財布を忘れたことに気が付き戻ってみれば、
なんだか総司と千鶴が二人で一緒にいて。
最初はいつものようにからかっているようにしか見えなくて、いつものことかと思いきや、
総司のちょっかいは、一般のそれとは度が過ぎていた。
助け船を出してやらなきゃと思ったところで、総司は廊下の向こうへ行ってしまったわけで。

残された千鶴は、まだ赤く腫れた目を携えながらぼうっと庭を見下ろしていた。
そんな千鶴のもとへ、二人は急ぐ。



「千鶴、大丈夫か?」

ぽんぽんと頭に軽い重みを感じて、顔を見上げれば、心配そうな表情を浮かべる左之と、なんだか不機嫌そうな平助が。

「あ、いえ・・・大丈夫です、すみません」
「無理することないって!総司もからかい過ぎなんだよ!千鶴、心配すんな!オレらでガツンと言ってやるから!」
「ええ!?」

平助の言葉に思わず驚きの声をあげた千鶴に、平助はなぜ?と首を傾げた。

「なんだよ、言って欲しくないのか?」
「う、ううん!そうじゃなくって…こ、怖いっていうか…」

さっと視線を落として、体をすくめる千鶴に左之はなるほど、と首を振る。

「確かに…そんなことしたら余計なお世話ってなって、今まで以上にちょっかいだされそうだな」
「・・・・・・・つ〜か、総司は何でそんなに千鶴にちょっかい出すんだよ!いっつもこんな泣かせるまでさ〜」

まるで自分のことのように苛立ちを露わにする平助に、左之は嘆息ながら同情するような視線を平助に向けた。

「平助・・・おまえそんなこともわからないのか?」
「え!?そ、そりゃ〜・・・からかい甲斐があるから・・・とか、退屈しのぎとか…そ、そんな理由だろう?」

自信なさげに、それでもそれくらいしか考えつかないと、頭を捻って言葉を返す平助に、違うと、口にしようとして、ふと、じっとその言葉を待つように自分に向けられた千鶴の視線に気付いた。
・・・・・・千鶴もわかってない口だよな、それに総司はきっと・・・・

「千鶴」
「は、はい」

突然自分に向けられた声に、千鶴はビクっとしながらも返事をする。
そんな体を強張らせた千鶴に、左之は安心させるように優しい瞳を向けながら、千鶴に話しかけた。

「総司に今度同じことされたら・・・・・・・」
「・・・そうすればいいんですか?」
「ああ、あいつも素直じゃねえから、そうしてやってくれ」
「???・・・はい」
「ちょ、ちょっと!左之さんそれどういう意味だよ!!」
「うっしゃ!じゃあ平助行くか!」
「行く前に、どういう意味だよ〜!!」

賑やかな二人が瞬く間に去って行って、また千鶴は一人廊下で佇む。

・・・・・・本当に、そんなことでいいのかな・・・・・

することに、若干の疑問を持ちつつも、このままでは嫌だと、心の中で悲鳴をあげている自分がいる。

・・・明日、してみよう・・・

千鶴はそっと小さな決意をして、部屋に戻るのだった。





「千鶴ちゃん」

最初にかけられる声は、いつも優しくて、甘くて、いつも最後には泣いてしまうのがわかっているのに、つい、振り向いて返事をしてしまうような、誘いの声。

「ねえ、千鶴ちゃん?」

段々と声が移ろっていく。その頃には、もうお遊びは始ってる。
逃げられない声の枷で千鶴を閉じ込めて、最後はいつも・・・・

「どうして、いつもいつもからかうんですか・・・嫌いなら放っておいてください・・・」

またいつもと同じ。だけど今日はきっと違う・・・・

「そんなの、決まってる」

また後ろから抱き締められるように、そっと耳を塞がれて、「−−−−−−−」

心臓がいつも以上にドキドキするのは、これからすることへの緊張も加わっているから。
離れていく手をきゅっと千鶴は掴む。
総司が行かないように、行ってしまわないように。

「聞こえました!」

一瞬の沈黙の後、小さい小さい声が後ろから漏れる。

「・・・・・えっ?」
「沖田さんの…理由聞こえました!」

そう言って、片手だけ離して振り向けば、きっと驚いた顔をしていると思ったのに、いつもと同じ、飄々とした表情で。
むしろ、この展開を楽しんでいるようにさえ見えるのは・・・気のせい?
・・・・・・・・・は、原田さん!どうしたら!?

戸惑った様子もなく、何処かへ行く素振りも見せず、こちらを覗う総司に、そっともう片方の手も離す。
心の中で今はいない人に助けを求めても空回るばかり。
むしろ今の沈黙が気持ち悪くて、こんなことなら言うのではなかったと後悔の気持ちさえ浮かんできていた頃、総司が口を開いた。

「そう、聞こえたの…それ本当?」
「・・・・・ほ、本当です」

挑発するように、どうせ嘘でしょう?と言わんばかりの意地悪い微笑みを湛えて、千鶴の顔を覗き込む総司に、
何とか目を向けて、一言だけ返す。
困ったりする様子もなく、ますます、楽しそうに弧を描くように唇を形づけていく総司。その後、放たれた言葉に千鶴は目をこれ以上ないくらい見開くことになる。

「なら、遠慮はもうしないからね?今まで以上に構うから、覚悟しててよ?」
「・・・・・・・・え、えええ!?ど、どうしてそうなるんですか!?」
「だって、理由聞いたんでしょう?」

にっと底意地の悪い光を目に湛えて、千鶴を見つめる視線は、とても楽しそうで・・・

「理由・・・あの・・・・(原田さん!どうしたら・・・)」
「・・・・・・・・今、誰か別の人のこと考えてた?」
「い、いえ!!(こ、怖いっ)」

首を勢いよくぶんぶんと横に振る千鶴に、総司は、はあああっと、大袈裟に思えるほど演技めいた溜息をついてから、

「好きだから」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「だから、好きだから。それが理由。もう言ったからね、わからない振りは通用しないよ?」
「す、好きって私を!?」

あんな風にいつも苛められて、虐げられて・・・どこにその好意を信じる要素があるのだろう・・・
そんな風に思いつつも、頭ではそう思っているのに、頬には勝手に熱が集まるし、胸に響く鼓動はうるさいくらい。

「そう、千鶴ちゃんを」
「だ、だってあんなに・・・意地悪・・・・」

そう呟くと、総司は少しだけ顔をしかめて、困ったような表情を浮かべた。

「だって、今まで、女の人に興味なんかなかったからどうしていいかわからないし、」
「・・・・・・は、はあ」
「したいようにからかってたら・・・いつの間にか千鶴ちゃん泣くし」
「・・・・・・(泣くなという方が・・・)」
「好きだよって言いたくてたまらなかったけど・・・いきなり告げるのもどうかなと思うし、話してたら泣くし、そんな状態で言っても・・・信じなかったでしょう?」
「そうですね」

そこははっきりきっぱり言う千鶴に、総司はむっとして口を尖らせた。
自業自得とは言え、あまりはっきり頷かれると気分のいいものではない。

「・・・沖田さん、だから耳を塞いで・・・聞こえないように?」
「うん、だってそうでもしないと、気持ち溢れちゃうじゃない」

さらっと言われたその言葉に、なんだか胸が温かくなる。
あ〜やっと言えたと、にこにこ顔を緩ませる総司が、なんだか、とても・・・・・・

・・・・どうしよう・・・沖田さん・・・怖いと思うのに、今でも怖いけど、でも・・・・・・・・

・・・・かわいい・・・・どうしよう・・・・・かわいい・・・・

キュ〜っとなる胸を少し掴んで、総司を見上げれば、総司もにこっと微笑みを返す。
そんな気持ちのからくりさえわかってしまえば、今までの行動が、どれも拙いけれど気持ちを伝える手段だったとわかって、愛しさが募る。

「ねえ、本当は聞こえてなかったでしょう?」
「・・・・・はい、わかってて、何で話したんですか?」

ああ、だって、とぱっと明るい表情になったと思うと、嬉しさを抑えきれないような笑顔で千鶴に、

「聞こえた振りするってことは、それだけ・・・僕の理由気にしてたんでしょう?」
「・・・・・・・・そ、それは・・・」
「僕のいない間も、僕のこと考えてくれてたんでしょう?」
「・・・・・・・・」
「僕を、好きでしょう?」
「・・・・・・はい」


そんなに幸せそうに語りかけられたら、照れくさくても照れることもできない。

いつもは体の後ろ側にしか感じられない温もりが、今日は体中を包んでいく。

もう塞がれることのない耳は、いつも囁かれていた言葉を確かに千鶴に伝える。

「好きだよ・・・大好き」





END






あれ?あれ?な展開になりました。
本当はもうちょっと暗かったはずなのに、最後また甘くなりました。
ええ、もう甘いのしか書けないみたいです(>_<)
沖田さんは、甘え上手だから、この後いっぱいいっぱい甘えて甘えて甘えたおしてほしいです。