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肝試しは終了。
「土方さん、近藤さんどこかにおられるんでしょうか・・・」
「いや、近藤さんは隊士たちの墓の方の肝試しの様子を見に行ってるんじゃないのか?」
土方のこの返答に左之が反論する。
「いや、いくら何でも、千鶴を肝試しに巻きこんだの近藤さんだし、あの部屋に一人放置ってことはないだろ!?」
「・・・きっとどこかで様子を見ていると思うのですが、僅かですが気配を感じました」
斎藤のその言葉には皆が納得する。斎藤が気配を感じたのなら間違いない。
「・・・じゃあ、とりあえず、元いた部屋に向かうか・・・総司のやつは本当に何やってんだ?(真っ先に笑いに来そうなもんなのに・・・)」
「沖田さん・・・疲れて眠っているんですかね?」
「眠ってたら・・・たたき起す・・・あいつには言いたいことが死ぬ程あるんだ」
「・・・・・・(土方さん顔が・・・こ、怖い・・・)」
土方と千鶴が二人でそんな会話をしている後ろで、四人は知ったことではないと知らんぷり。
一方部屋に取り残されていた総司はようやくお目覚めで。
「・・・・・痛・・・・みんな大袈裟なんだよ、あれくらいで・・・・」
のそっと起きて、周りを見渡しても誰もいない。
・・・・・・・これは、もう肝試し終わって解散したとか?
千鶴は土方を叫ばすのに成功したのだろうか・・・・
「あ〜・・・一番おいしいところ見逃すなんて・・・」
これというのもあの四人のせいだ、どうしてくれよう・・・と心穏やかでいないことを考え始めた総司に、心穏やかな声がかかる。
「おっ総司!お疲れさん。肝試しはどうだった?」
「っ!近藤さん!やっぱり屯所にいたんですか」
「ああ・・・肝試しの様子をたまにうかがっていたんだが・・・?終わったようだし来てみたんだが・・・他の皆はどうした?」
「いえ、起きたらいなくて・・・・土方さん、叫んでいましたか?」
「何だ寝ていたのか?トシは・・・「総司!!!てめ〜!!!」
近藤が顛末を話そうとした時、勢いよく土方が部屋に入り込んできた。
「おまえなっ!!・・・あ、近藤さんいたのか。悪いがちょっと総司と話させてもらうぞ」
「あ、ああ・・・」
「僕には話すことなんてありませんけど」
土方の怒りっぷりを見て、自分の施した策が、まんまとうまくいったことを確信した総司は、これ以上ない笑顔でにっこりと土方に返事をする。
その笑顔に顔をひきつらせながら、拳を怒りで震わせていた土方に、千鶴はあの、と声をかけた。
「土方さん、大丈夫です。私が頂きましたから・・・もう苛々することもないですよ?」
「・・・・・・・・・い、頂いたっておまえ・・・・」
「・・・ぷっ・・・あははははは!!」
「笑うな!!」
土方と総司と千鶴のやりとりの意味がまったくわからない残りの五人はぽかんとその様子を見ていたのだけど、このままでは話が進まないと判断した斎藤が口を開いた。
「局長、雪村の外出許可は、如何様に?」
「うむ・・・もともと・・・そろそろ許可は出すつもりだったんだ・・・なあ、トシ?」
その言葉に千鶴は驚いて、土方を仰ぎ見る。
土方はむすっとした表情のまま、ああ、そうだなと呟く程度に返事をした。
「そ、そうなんですか?それならどうして肝試しなんか・・・」
「・・・肝試しして、何か変わったことはないかな?」
近藤に優しい声色で、微笑みながらそう問われて、千鶴は初めて、近藤の意図を汲むことができた。
「近藤さん・・・私・・・肝試しをしてよかったです」
「・・・・そうか」
「はい!・・・皆さんのこと、今までより知れて、近くなった気がします。」
それから千鶴は一人一人を見回してからゆっくり言葉を紡いでいく。
「いつも、部屋にいながら私は一人だと思っていました。でも・・肝試しで皆さんが私の話を親身に聞いてくれて、一緒に考えてくれて。そういうことになるなんて全く思ってもみなかったので、それが本当に嬉しくて。怖がらせることは難しかったけど・・・皆さんとお話するのが本当に楽しかったです」
「一人じゃないんだって・・・実感しました。ありがとうございました」
「これからも、迷惑かけることあると思いますけど・・・・よろしくお願いします」
千鶴が深々と頭を下げて、その自分の気持ちを表わすようにそのまま頭を上げないでいると、そっとその身を近藤が起こした。
「・・・・雪村君だけではない。きっと・・・皆も同じように思っているよ」
ぽんと肩に手を置かれて、お疲れ様、と言われた千鶴は照れながらも、今日一番笑顔を皆に向けた。
その笑顔に皆が見とれて言葉が出ない。
いつだって頼ってくれよ。
オレは、いくらでもおまえにつきあうよ。オレがそうしたいんだ。
一人になんかさせない。これからも・・・さみしい思いをさせやしない。
迷惑などと思ったことはない。・・・思えないだろうな。
僕も楽しかったよ、君といると楽しいよ。
最初はやっかいものだと思っていたのに、今は・・・
それぞれが、心の中で思うことがあったのだけど、紡ぐことはなく、それでもその気持ちを伝えたくて。
少しでも伝わるように。
六人の、今まで見たことがないような柔らかい表情を、千鶴は一身に受けて顔が真っ赤になる。
・・・こんな表情をするんだ・・・もっと、もっと、みなさんと仲よくなりたいな・・・・
そんな、これ以上ないくらい温かい平和な空気を壊したのは近藤の一言だった。
「とりあえず、見回りに同行をと思うんだが…その前にずっと軟禁状態で心身ともに弱っているだろう?」
「いえ、そんな・・・今日で十分元気になりました」
「まあ、そう言わずに・・・この中の誰かに、休みの時に外に連れ出してもらい、町でも散策するといい」
「い、いいんですか?」
「ああ、気を張らずに歩くというのは大事だよ、皆もいいな?」
そう近藤に言われて、各々がこくこくと頷く。
「じゃあ、そういうことで、誰でもいいから頼んで行きなさい。それじゃあ私は隊士たちの様子を見てくるから・・・」
すでに平和な空気が崩れかけていることにも気がつかず、近藤は部屋を出て行った。
残された千鶴は、六人がじっとこちらを見て微動だにしないことに思わず一歩後退する。
「あ、あの〜・・・どうしたんですか?」
千鶴の問いに平助が待ちきれずに声を発した。
「千鶴!千鶴は・・・誰と町へ出るつもりなんだ?」
「へ?」
ものすごい真剣な眼差しで千鶴を見据えるような視線。何か問題でも?と不安に思いかけていたのに言われた言葉は・・・
何を言い出すのかと思えばそんなこと・・・ほっとすると同時に、千鶴は正直誰にお願いしてもよかったので・・・
「だ、誰でも・・・じゃあ、平助君お願いできるかな?」
「オ、オレ!?も、もちろ「ちょ〜っと待った!!!」
返事をする平助を遮って新八がぐっと二人の間に割り込んできた。
「平助なんか町の散策なんて言っても、どこに行きゃいいかわからねえだろ!?ここは俺が・・・」
「な、何だよ〜!千鶴はオレにって言ってるじゃないか!?」
「おまえが選んでほしそうな顔してるからだろううが!」
きぃきぃ言いあう二人を、千鶴がおろおろしながら見ていると、そんな千鶴の傍にはいつの間にか左之が寄っていた。
「千鶴、あんな馬鹿は放っておけ、俺が京を案内してやるから」
「え、で、でも・・・」
「平助は穴場なんて知らないだろうし、新八は・・・島原くらいだぞ、きっと・・・だから俺にしておけって」
「あ、あの・・・それじゃあ・・・「そんなの、左之さんも似たようなものじゃないの?」
千鶴を口説くように、甘い声で語りかける左之に苛々が募った総司が横から口を挟んできた。
「何でだよ、俺はあいつらとは違うぞ?千鶴が喜びそうなところを案内してやるつもりだし」
「随分自信たっぷりだね、やっぱり普段からまめにしてるとこうなるのかな?」
「なっ!?俺はそんなこと・・・」
新たな火花がばちばち散り出して、千鶴はその場にいるのが居たたまれなくなり、その場をそっと離れようとした。が、
ハシッ!
腕を瞬時に総司に掴まれた。
「どこ行くのさ」
「あ、あの〜・・・・」
「大体君が誰と行くってはっきりしないから、揉めるんでしょ」
「す、すみません・・・」
自分を連れて町に出るなんて、面倒くさいと思うのに、どうして皆連れて行きたがるのだろう・・・
争うことの意味がよくわからないまま、君のせいと言われて、千鶴はますます困ってしまう。
「町に一緒に行くのなんて、僕に決まってるよね?」
「・・・・・・え?」
「総司、おまえ抜け駆けは・・・」
「抜け駆けじゃないよ、至極当然のことでしょ」
「「・・・・??・・・」」
総司は、本当にそう思っているようで、淡々と理由を述べる。
「だって、土方さんを叫ばしたの、僕のおかげでしょ」
「・・・・・あっ!そういえばそうですね」
「それなら僕で決まりだよね?・・・裸の付き合いもしたことだし」
「そそそそそ、それは〜〜〜〜」
真っ赤になってうつむく千鶴を後ろにかばって、左之が総司に噛みついた。
「総司〜!!てめえいい加減にしやがれ!大体、近藤さんは最初から許可出すつもりだったんだから、そんなの関係ねえだろ!?」
「関係ないことないでしょ、左之さんだってもし僕の立場ならそう言ってたと思うよ」
再び加熱していく火花の様子に千鶴はたじたじで、そんな千鶴をそっと後ろに引き寄せたのは・・・
「あっ・・・斎藤さん」
「あいつらに付き合う必要はない。下がっていろ」
「は、はい・・・あっそういえば!」
「?」
「斎藤さんの首巻きは・・・まだ沖田さんが?」
「いや・・副長から渡されていないのか?」
「土方さんが?」
二人はそっと傍にいる土方に目を向ける。
何だかいつもに増して厳しい表情をしていて、声をかけにくい。
この時、実は土方は、どうやって千鶴から俳句集を取り戻すかに頭を悩めていただけなのだけど・・・
・・・・どうやって取り戻したらいいんだ?
あれは前にも総司に取られて、あいつらはあれが俺の俳句集って知っているし・・・
あいつらが、事の顛末を全部知ることになったら・・・・そう考えると恐ろしい。。。
やっぱり二人きりになった時に千鶴に正直に・・・できれば邪魔の入らないように屯所の外で・・・・
そんな都合のいい話・・・・
ふと目の前で繰り広げられる馬鹿馬鹿しいと思われる争いが目に入る。
・・・・・あるじゃねえか!
「おい、千鶴」
いきなり土方に話しかけられて、な、何でしょう?とどもる千鶴に、
「町へは、俺と行くぞ」
「え?」「は?」
唐突な申し出に千鶴はきょとんと、斎藤も驚いているようで。
「俺と行くなら誰も文句言わねえだ・・・「あるに決まってるでしょ」
のん気に話す土方に、総司をはじめ、殺気が集中する。
「なんだよ!土方さんそういうのは職権乱用だぞ!」
「どうしてもって言うなら、俺らときっちり話してもらわなきゃ困るぜ〜!」
「だな、勝手に決められて、はい、そうですかとは言えねえな」
こうしてどんどん大きくなっていく争いに、ただ一人巻き込まれていない斎藤の元に、たまらず千鶴は傍に寄った。
「これは・・・あんたが決めないと収拾つかないのではないか?」
「そ、それはそうなんですけど・・・あっ斎藤さん!」
「何だ」
「首巻きのことなんですけど・・・」
「ああ、いつでもいい。」
「あの・・・あれ、白いのにくっきり紅の跡がついてるんですよね・・・洗っても落ちないかも・・・」
「気にするな」
「目いっぱい気にします・・・そうだ!今度町に行った時に、代わりの新しいの買います!それでいいですか?」
「いや、それでは・・・」
「私が気にするんです。いいですか?」
千鶴にそう言われて、なぜか斎藤の頬が染まっていく。
千鶴から視線をそらした後に、もう一度視線を合わせて斎藤が言うことには、
「・・・それは、俺と町に行く。ということか?」
「?はい・・・な、何か・・・」
「い、いや、つまり・・・・「斎藤君〜何抜け駆けしてるの?」
気がつけば目の前には五人が揃ってこちらを見ている。
「興味ない振りしてかっさらおうとするなんて・・・さすがだね」
「そういうつもりでは・・・」
「千鶴!オレと、オレと行くって言ったよな?」
「だ〜しつこいぞ平助!」
「だから、おまえらじゃ千鶴を楽しませられないって言ってんだろうが」
「俺が行くって言ってんだから、俺で決まりだろうが!!」
ついに全員を巻き込んでの争いとなったこの話。
千鶴はそろそろ〜と自分の部屋に戻ろうとするも、全員にがっちり道を閉ざされた。
「「「「「「誰と行くか決めてから!」」」」」」
「き、決められませ〜ん!!!」
こうして時間ばかりが過ぎていき、やがて朝を迎えたのだった。
END
肝試し、こんなに長くなるとは・・・(汗)
皆さまが笑いながら読んでいただけると嬉しいです!
最後の全員でわいわいさせるのはやっぱり楽しいですねv
ここまで読んでいただきありがとうございました!