肝試し、千鶴の奮闘記!

7





・・・・・・・・・・・・・・・・
和やかな雰囲気に戻ったはずの、皆の揃う部屋には今、再び不穏な空気が満ちていて、誰も言葉を発さない。
皆がこうも押し黙っている理由は、もちろん・・・・

「うあ〜〜〜!!遅いっ!!遅すぎるよ総司のやつ!・・・早く戻るはずがなかったんだよな〜」
ついに堪り兼ねたように平助が口火を切った。それに同調するように左之が言葉を続ける。
「あいつ、千鶴を見つけるまであきらめそうにないもんな、・・・もう見つかってるな、きっと」
「いや、わからないぜ?千鶴ちゃんもうまく隠れてまだ見つけていないかも・・・」

そんな新八の楽観的な発言に、残り四人が一斉に冷たい視線を向けた。
皆の視線を一身に浴びて、な、何だよとひるむ新八に続けさまに・・・

「総司と、千鶴だぞ?わかってんの?新八っつぁん!んなわけないだろ〜!?」
「考えなくてもわかるだろうが。あいつの動物的直感から千鶴が逃げられるはずないだろう?」
「安易な発言は控えた方がいい。その可能性は全くないに等しい」
「・・・・だな、まあ・・・総司もそこまで無茶はしないとは思うんだが・・・」

新八を責めているのか、総司を全く信用していないのか、そんな発言が起こる中、最後の土方の言葉は、やはり長年の付き合いから出るものなのか少しだけ希望も込めていた。
それに対して文句は言わないけれど、平助、左之、斎藤は土方に苦い顔を向けた。
その不満を湛えた顔を向けられて、皆の言いたいことが痛いほどわかって、思わず苦笑いを浮かべながら土方は、

「まあ、もう少し待ってやってくれ。そのうちひょっこりと・・・・」
「今戻りました」
「!?」
いきなり背後から当事者の総司に話しかけられて、思わず肩をビクっと揺らして振り返ると、総司は楽しそうにこちらを指さして笑っている。

「あははは!土方さんあのくらいで驚いてたら、肝試しなんて無理ですよ」
「う、うるさいっ!!今のはおまえが完璧に気配断って背後に立つからだろうが!」

よほど面白かったのか、今だに笑いをこらえられない総司。その総司の様子をじっと見ていた斎藤があることに気がついた。

「・・・・総司、印はどうした?」
「え?印?」

斎藤の言葉に、他の四人も総司の掌に注目するもその手には印が書かれていない。と、いうことは・・・・・

(見つけられなかった、ということか?)

五人がほっと息をつきかけた時、待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな顔で総司は懐に手を入れる。

「筆がなくて・・・印書けなかったんですよ」
「そ、そうか・・・・まあ、いい。次は俺が・・・」

土方がよそよそしくその場を離れようとした時、

「・・・ちょっと土方さん、そんないい加減でいいんですか?近藤さん主催の肝試しなんですからもうちょっと真面目に・・・」
「・・・おまえから、真面目に、なんて言葉聞くとはな・・・書けなかったもんをどうしろっていうんだよ、罰でも与えりゃいいのか?」
「○印は書けなかったけど、これ、かわりの印になるでしょう?」

そう言って、総司が取り出したのは・・・・斎藤の・・・・

「え〜と・・・それって、確か一君が千鶴に・・・・」
「ってことは〜・・・」
「やっぱり見つかったんだな・・・」

三人の言葉を楽しそうに聞きながら、総司はあれ?と首を傾げた。
「おかしいな〜斎藤君はどこかにひっかけたんだよね?千鶴ちゃんにひっかけたってことかな」
にっと無遠慮な視線を向けられて、斎藤は総司を睨みつける。

「・・・・・戯言はいい。返してもらおう」
差し出した手に首巻きが触れると思われた時、総司はそれをまた胸にしまいこむ。
「・・・・・・・?」
「悪いけど、千鶴ちゃんに返すなって言われてるんだよね」
「雪村に?」
「いろいろついちゃってるから、洗って返すってさ」
「そんなことは別にかまわない。おまえが持っているのもおかしいだろう?」

差し出した手を突き出すように、総司に返せと態度でも示す。

「でも本当にいろいろついてるよ?白粉とか、化粧とか・・・千鶴ちゃんのにおいもたくさんね」
「!?」
「あ〜そうか、だから返してほしいのかな?」
「〜〜〜〜〜〜」

声にならない怒りで斎藤が抗議の眼差しを総司に向けた瞬間、総司の上にゲンコツが落ちた。

「いい加減にしろ!ったく・・・収拾つかねえから、俺が千鶴に渡す。それでいいな?斎藤」
「副長がそうおっしゃるのなら、異論ありません」
返事をしながら斎藤はすっと顔を元に戻して、平静を保つ。
「あ〜・・・もう元に戻ってる・・・つまらないったら・・・」

ぶつぶつ言いながら奥の方へ向かいごろっと横になる総司に、頭を痛めながら土方は斎藤に、
「悪いな・・・俺も行くから、面倒事起こさないように・・・頼む」

この雰囲気で自分が離れたら何か揉め事が起きそうで、しかも頼めるのは斎藤しかいない・・・というのもなんとも情けない事情だ。
「御意。お気をつけて」
その場を離れて、肝試しに向かった土方がいなくなった部屋では・・・・

「総司おまえ、左之より時間かかってたけど、何してたんだよ?ま、まさか御無体を!?」
「新八さんじゃありませんし・・・ないです」
どうしてそう言い切れるのかわからないけど、総司はきっぱり否定した。

「隠れてた千鶴をどうやって見つけたんだよ?わざわざ探しまわったのか?」
「・・・あの子馬鹿だから、自分で出てきてくれたよ」
楽しそうに、何かを思い出したのかにこにこしている。

「ど〜せまたからかって、楽しんでいたんだろう?あんまりすると嫌われるぞ?」
「左之さん僕を誤解してない?からかうどころか・・・親切にしてあげたよ」

親切?おまえが!?

そのような意味を込めた四人の視線をもろともせずに総司はあっけらかんと言い放った。

「着替え全部手伝ってあげたよ、土方さんにあれを見せるの癪だか・・・・」

ゴッ!ガッ!ゴツッ!ドスッ!

・・・・最後まで言い終わるまで、総司は語ることができなかった・・・




うっ・・・何か今、悩み事が増えたような・・・・

斎藤に任せて部屋を出たものの、何か問題が起きたような気がしてならない。
急いで見回って、近藤の部屋の前まで一気に進んで、早いところ、千鶴に印を書いてもらって戻ろうと中に入る。
ところが中を見たとたんに目に入ったのは、千鶴のいつもの姿。そして怖がらせることもなく、行灯をつけてのんびり座っている。

???何だ?女の格好って言ってたよな?・・・・・・・総司の仕業か・・・・・・・
やっぱり今頃ろくでもないことが起きている気がする。そんなことを頭の隅で考えながら、物言わずじっとこちらを見上げている千鶴に声をかける。

「・・・なんだ、幽霊ごっこはしないのか?」
「ごっこって!・・・私は本気でしてたんですよ・・・」
「そうか・・・俺にはしなくていいのか?」

怖がらせようとするわけでもなく、でもあきらめたような表情でもない。
むしろ、今から何かを仕掛けようとしているのか、目に力を感じる。

「はい!土方さんには・・・怪談を」
「怪談?・・・長くなるのはごめんだぞ?ちょっと早く戻りたいんでな」
「わ、わかりました!すぐですので・・・」

こほんっと咳ばらいをしてから、すっと行灯に顔を近づけて、千鶴らしからぬ表情のない顔を作って、では・・・と怪談は始められた。



「むか〜し、むかし、薬を売り歩いて生計を立てている行商人がいました」
・・・・薬を売り歩く?・・・何か嫌な予感が・・・

「その行商人がある日長旅を終えて家に戻る途中、日も暮れてきたので、ある道場で休ませてもらうことにしました」
・・・道場!?なんで道場なんだよ、普通宿とかそんなんだろ!?

「そこの主人は喜んでその行商人を泊めてくれました。夜、寝るときにはこの部屋を使いなさい、と布団を用意してくれました。ただ・・・」
・・・頼むから普通に終わってくれよ・・・

「そこには俳句好きな幽霊が出るという噂があるけど、大丈夫ですか?と主人に言われた行商人は平気だと答えて、疲れた体を横にしました」
・・・!?俳句好きって何だよ!?こ、これは・・・まさか・・・

「そして、夜も更けたころ・・・静まり返った部屋に、不気味な声が響いてきました」
・・・俺の前は総司だし、もしや・・・もしや〜〜

「その行商人の耳に聞こえたのは・・・夏の夜〜蛍の光に〜・・」

「だ〜〜〜!!やっぱりか!?やめろ〜〜〜〜〜!!!」


屯所内に土方の怒声が響きわたる。
総司の言われたとおりに話すことに集中していた千鶴はその声にびっくりして土方を唖然とした顔で見上げる。
土方は土方でまたもや総司に俳句集を取られたのか!?と軽く混乱状態に陥っていた。
頭に血が上った土方に、千鶴の呟きがぽつっと届いた。

「ほ、本当だったんですね・・・」
「何がっ!!」
「土方さんが俳句好きなのって」
「・・・う、うるさいっ悪いか!・・・あっおまえそれは・・・・」

千鶴がひょいと取り出したものは自らの俳句集。
くそっやりやがったな!総司!!とさっきかばうようなことを言った自分をおおいに悔みながら、それに手を伸ばそうとした時、千鶴の口から思いもよらない言葉が出てきた。

「本当にこの俳句集、どの俳句も技巧的でもなんでもないし、ひねってないし、そのままという感じで・・・句集にするのはどうかと思いますよね」
「・・・・・・・・・・・・・・」

そ、空耳か?

「土方さんは、俳句がすごく好きで、すごく俳句にこだわってるって、沖田さんに聞きました。だからこれを聞くと叫ばずにはいられないほど苛々するんだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

総司・・・殺す・・・・

「確かに、どれもこれもぱっとしないですよね、私でもそう思うから、土方さんはよっぽどですよね」
ぐさぐさぐさっ・・・・・・

・・・・・どう言って取り返しゃいいんだ(泣)

「でも・・・私この俳句好きです。ひねっていない分、素直に胸に響くというか…伝わります」
「!?千鶴・・・・・・」

俳句のことでそんな風に言われたのは初めてなような気がする。・・・いや、初めてだけど。
にっこり微笑みながら大事に俳句集を抱え込む千鶴を見て、土方は本当に心の底からこの優しい気持ちを持つ少女に感謝した・・・

ぽすっと千鶴を自分の元へ抱き寄せると頭を撫でながらそっと声をかける。
「・・・・おまえは優しいな、きっとその作者もそう言われて喜んでるぞ?」

その発言をすぐに土方は後悔することになった。

「土方さんそう思いますか?土方さんはこれ読むと苛々するんですよね!私は読んで落ち着くし、すっごく好きだから、私が持っていてもいいですか?」
「・・・・・・・は?」
「見て苛々するものを傍に置いておくなんて不健康ですよ?私が頂いてもいいですよね?」
「あ、ち、違・・・・それは〜・・・」

何と言えばいいのだろう・・・今更自分のだとは言えなくて、途方に暮れかけた時・・・

「千鶴!!やったな!!土方さんの声、すっげ〜響いたぞ〜!!っておわっ!?土方さん何してんだよ!!」

勢いよく飛びこんできた平助の目には抱き合う二人が・・・・
そして続くように入ってきた新八と左之と斎藤の目にもそれは止まり・・・

「土方さん叫んだから何事かと思ったけど・・・まさか色仕掛けか!?くそっうらやましいぜ!」
「斎藤にはできなかったのに土方さんにはやったのか?・・・すげ〜な見直したぜ、よりによって土方さんに」
(俺に色仕掛けをしようとしていたのか!?)
内心動揺を見せながらも、目の前に抱き合う二人を見て、斎藤も顔をしかめる。
「副長・・・そろそろ離れた方が・・・人目につくと後々面倒です」
「・・・人目は俺らだけだと思うけど・・・まあ、確かにあんまりいい気分じゃねえよな」

急に入ってきてどんどん話が進む展開についていけなかったものの、四人の視線が集中して、ようやく二人ははっとしたように離れて、顔を赤くする。

「で、千鶴ちゃん一体何したんだよ?」
「やっぱり色仕掛けか?」
「あんなに叫ぶってよっぽどだよな!オレ知りたいっ!」
「・・・俺も知りたい」

そんな風に千鶴を問い詰めようとする四人に、千鶴よりも土方の方が焦ってくる。
「う、うるせ〜!!これで肝試しは終いだ終い!!おらっ戻るぞ!」
「え〜ずり〜よ!土方さん」
「黙れ平助!・・ん?・・・・総司はどうした?」
「「「「・・・・・・・・・・・」」」」

こうして肝試しは終了。
見事土方を怖がらせた(?)千鶴に外出許可は下りるのか!?




8へ続く