肝試し、千鶴の奮闘記!
6
「あ、帰って来たね・・・って・・・あれ〜?」
戻ってきた斎藤を見つけるなり、総司が何やら獲物を見つけたように目をすっと細めて口の端をあげた。
「いつもの、首に巻いてるのどうしたの?」
「・・・・どこかに引っかけたんだろう」
「ふうん・・・何だか急にやる気でてきたかな?じゃ、土方さん、僕も行きますよ」
「ちょっと待て!総司!」
土方の返事も待たずにすたすた歩き出していた総司に、土方は思わず総司を追いかけて腕を掴んだ。
「・・・・何ですか、痛いんですけど」
「おまえ、ぱっと回って、すぐに戻れよ?」
「嫌だな土方さん、そうするに決まってるじゃないですか」
「・・・・(嘘つけ!!!)・・・すぐに!戻れよ?」
「・・・・何で僕の時だけそんなに念押しするんですか?戻らなかったら困る理由でも?」
明らかにわかってて、薄く笑を浮かべる総司に、土方は眉間のしわをまた一つ増やしながらもういい、行け、と総司を押しやった。
そのやり取りを見ていた斎藤は、総司がいなくなった後に土方に話しかけた。
「・・・副長は、雪村のことをご存じで?」
「・・・今までのおまえらの様子と、左之の指についてる紅と、・・・あとは斎藤、おまえの様子が決め手だったな。総司も当然気づいているだろうが・・・」
「?紅って何のことだよ?」「左之さん紅なんか、何に使ったのさ」
新八と平助がきょとんとした様子で左之の指を確認しているのを見て、斎藤は睨むように左之を見た。
「・・・雪村にあんな格好をさせたのはおまえか、左之」
「ちょ、ちょっと待て!それはおまえに声を出させるために・・・」
「??千鶴ちゃんの格好っていつものじゃないのか?」「そうだよ!暗かったけど取り立てて変わりなかったよな!」
混乱する新八と平助をよそに、以前左之に刺すような視線を向ける斎藤と、しょうがなかったんだと謝る左之の四人を一刀両断したのは、
「おまえら、ちょっと黙れ!整理すると・・・千鶴はいつもの格好じゃないんだな?」
「全く違います」
「女の格好させただけだぞ?そりゃ化粧もしたけど・・・」
「・・・それだけではない。露出も多い」
「ええ!?左之さん何しちゃってんのさ!次は総司だろ〜!?」「おまえ、自分が見たいっていうのも絶対あっただろ?」
「そりゃまあ・・・って嘘嘘!!斎藤!殺気を出すな!!」
「だ〜!!うるせ〜!!」
ようやく静寂が訪れた部屋の中、されど、皆が総司の行動に不安になっていて、少し重苦しい。
「・・・副長、雪村には隠れて出るなと言いました、着替えるわけにはいかなかったので上に隠すものも・・・」
「・・・それがおまえの首に巻いてたやつってことだな?」
「はい」
「なんだ、じゃあ問題ないんじゃね?」「そうだよな〜・・・オレも千鶴のその姿見たかったな」
「お〜きれいだったぞ?な、斎藤」
「・・・・・・・・そうだな」
普段とは違う優しい表情を浮かべる斎藤に、土方は少しだけ驚いて。
「斎藤・・・おまえそんな顔するんだな」
「ふ、副長・・・」
「いいじゃねえか、一応印、確認するぞ?」
「は、はい」
総司のいない部屋にようやく和やかな空気が戻ってきた頃、総司はある部屋に来ていた。
「やっぱり、いない・・・この時間に寝てないなら答えはもう決まりだよね、それにしても・・・」
総司がいたのはもちろん千鶴の部屋。
部屋の主がいないのに、何も気にせず部屋の中を見回して、詮索するあたり常識からかけ離れた行動であるけれど、全く気にしない。
「この散らかしようを見ると、途中で着替えたんだよね、左之さんかな?」
指に付いていたのは血ではなく、紅か・・・だとすると・・・化粧までしてるのかな。
斎藤君の首巻きがなかったのはきっと、僕に見せたくないからだよね。
「馬鹿だな〜そんなことされると余計楽しみになるよね」
悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべて、総司は足早に近藤の部屋へ向かった。
部屋に着くと、一応、「近藤さん、入ります」と声をかける。
例えいなくても、勝手に入るのは気が進まないものだから。
すーっと戸を開けると・・・・・・・千鶴ちゃんが脅かしてくるはず・・・けれど。
しーん・・・・・・・
待てども待てども何もなく。
・・・・・・?
辺りに気配は感じるのだけど、出てこようとする緊張感のようなものは全く感じない。
・・・・・僕の時だけ、かくれんぼ?
ふっと総司は黒い笑を浮かべてから、足元にあった行灯をつけて部屋に明かりをともして、周りを見るも、いない。
机の上には硯だけが置かれている。硯だけ・・・・筆がない。
総司は、笑いたいのをぐっと我慢して、困ったように少し大きめに声を発した。
「あれ?困ったな〜筆がない。目印が書けないよね、これじゃ・・・どこにいったのかな〜」
その途端廊下の方でカタンと音が・・・
一方千鶴は、斎藤に言われていたように隠れていたのだけど、夏の夜とはいえ、こうぐるぐる頭に巻かれたのでは多少息苦しいし、何より暑い。
少し夜風にでも・・・と隠れていた部屋からそっと出て、総司が来ても見えないように考えながら、隠れながら風に当たっていたのだけど、その時風に乗って聞こえた言葉が・・・
「あれ?困ったな〜筆がない。目印が書けないよね、これじゃ・・・どこにいったのかな〜」
・・・・・・・筆、筆は・・・・私が持ってる!ど、どうしよう!?
慌てて取り出した筆は手の中からこぼれおちて廊下の上に。カタン・・・落ちて転がる筆を拾おうとかがんだ途端、頭を急に
後ろに引っ張られた。
「い、痛っ!!く、首が痛いです!!」
どうやら斎藤の首巻きを掴んで引っ張っているようで、首が変な方向に引っ張られて筋が痛い。
「君がなかなか出てこないのがいけないんだよ・・・ご丁寧にぐるぐる巻いちゃって・・・」
千鶴を回して巻きとろうとする辺りがひどい。こんなことになるのなら、やっぱり怖がらせるように頑張ればよかった・・・
そのまま総司にあっという間に巻き取られてしまい、汗ばんでいた肌に直接風が当たって、汗がゆっくりひいていく。
首にすこしだけへばりついていた髪をそっと肩の後ろに寄せて、首にも風を通して、ほっと息をついているとじっと視線を感じて。
総司の方に目を向ければ、遠慮ない視線を向けたまま、
「馬子にも衣装だね、・・・斎藤君の気持ちもわからなくもないかな?」
「・・・・・・・あの〜・・・・喜んでいいんですか?」
「うん?もちろん。ところで、君、何でこんなことしてるの」
「えっとそれは・・・・」
「近藤さんはやっぱり優しいよね、君みたいな役に立たない居候にまで気を使って・・・感謝しなよ?」
「し、してます!それで、頑張ってみようと思ってたんですけど・・・」
「全く成果なしね、君、本当に怖がらせる気あるの?」
「な、何でですか!?あります!」
「だって・・・うらめしや〜とか・・・そんなので怖がる人いるの?本当に馬鹿だね」
「ううう〜・・・・・」
確かに成果は全くなく。反論の余地はない。
「まあ、でも・・・僕は左之さんの意見に賛成だな、声を出させるっていうのね」
「でも・・・斎藤さんで失敗しちゃって・・・」
「・・・・僕には何しようとしてたの?」
「何も」
「?何も?」
「はい・・・何もするなって。隠れておけって」
「・・・・・・・・・へえ、そうなの・・・・まあ、正解じゃない?何されても声はあげないと思うし」
笑って言いながらも、総司が斎藤の首巻きをぎゅっと握りつぶしていたことに千鶴は気がつかなかった。
「・・・・・・で、最後は土方さんか。よかったね?成功間違いなしじゃない」
「えっ?・・・ひ、土方さんですよ?」
「うん、土方さんだから簡単だよ、聞きたい?」
「は、はい!もちろん・・・お願いします」
ぺこっと頭を下げて、頼んでくる千鶴。
けれど、目に入ってくるのは・・・きれいに白く彩られたうなじとか、広く開いた襟から見える背中とか・・・
・・・・土方さんに、これ・・・見せるの癪だな・・・
「・・・・教えてもいいけど、その前に着替え」
「え?着替えるんですか?でも私の部屋に行かないと・・・」
「・・・ところでさ、着替えって左之さんに手伝ってもらったの?」
「はい」
「全部?」
「い、いえ、着た後に襟とかを直してもらったりとか、そういうのを・・・」
「そう、じゃあ行こうか」
にっこり、満面の笑顔でそう言われて、「は、はい」と付いていく。
左之のように、千鶴の方を見ないように気を使ったりする総司ではないのだけど、そんなことは全く考えずに素直について行った千鶴は、着替える際に何度も叫びそうな事態になったとか・・・
「や、やっと終わった・・・着替えるのにこんなに時間が・・・」
「君がいちいち騒ぐから・・・」
なんの悪びれもなくそう言い放つ総司に千鶴はきっと視線を向けた。
「沖田さんがいちいち見るからです!ちょっかい出すからです!」
「はいはい・・・じゃあ最後に・・・」
「あっ、目印ですか?それなら・・・」
「ああ・・・そんなのいいよ、これ、いい目印だし」
総司は斎藤の首巻きを取り出してひらひらと揺らす。
「そ、それはダメです!いろいろついちゃって汚れてるし、洗ってから・・・」
「別に斎藤君に渡すわけじゃないから、後で洗えばいいよ・・・それに、筆持ってないでしょ」
「あっ・・・でも私の部屋にも・・・」
「もうそれはいいから、顔出して」
「?」
くいっと顔を左手で固定されて、そのまま右手でいつの間にか持っていた手ぬぐいで顔を乱暴にごしごし拭かれる。
「痛いです・・・沖田さん」
「我慢しなよ、こんな化粧おとなしくされる君が悪いんだよ」
いつもの飄々とした仮面が少し崩れて、心なしか苛立っているような総司の声に千鶴は少し驚く。
「・・・・お化粧似合いませんか?」
「・・・・そうだったら・・・放っておいて、笑ってたと思うけど」
「似合ってなかったら笑って、似合ってたら落とすんですか?」
「うん」
「・・・・・・・・」
それってどういうことなの?い、嫌がらせ?やっぱりからかわれてばかり・・・
そんな千鶴の考えが表情に出たのか、総司の顔がいつもの顔に戻っていく。
「君って本当に馬鹿みたいに表情にでるよね」
「馬鹿馬鹿言わないでください」
「・・・化粧、落としきれないな」
「そりゃ、乾いた手ぬぐいで擦っても、なかなか落ちないですよ・・・痛いし」
「じゃあ、濡らせばいいよね?」
「そうで・・・
てっきり手ぬぐいを濡らしてくるのかと思えば、ネコが毛づくろいするように、千鶴を・・・つくろっていく総司に・・・
「ちょ、ちょっと沖田さん!!何してるんですか!?」
「あ、落ちたよ。よかったね」
「ちっともよくないです!・・・そもそも落としてくださいとか、お願いしたわけじゃないのに、勝手ひ〜!?」
「土方さんにはね、・・・」
「ほ、ほひははん、いひゃい・・・」
千鶴の訴えを無視して、うるさいよ?と言わんばかりの黒い笑顔を向けて。
総司は千鶴の頬をつねりながら、淡々と土方への対策を語ってくれた。
7へ続く!