肝試し、千鶴の奮闘記!

5






「遅い」
前の二人の時間の軽く倍はかかったのではないか、と思われるような時間をかけた左之に、戻るなり斎藤は言葉を放つ。
「悪い悪い。暗闇に目が慣れなくてよ、ち〜っと時間が・・・」
「少しどころじゃないよ、今までで一番時間かかってるけど?」
うんざりした顔で総司が文句を言えば、
「そうか?そりゃ待たせてすまなかったな、ま、でも時間制限あるわけじゃないしな?」
「それはそうだが・・・」

斎藤と総司に詰め寄られようと、のらりくらりと交わす左之に新八と平助は内心感心していた。
よっと声を出しながら二人の横に座る左之に思わず声を潜めて話しかける。
『おまえ何されたんだ?』
『別に・・・普通だけどよ、平助一体何て言ったんだよ』
『な、何でもいいじゃん・・・ところで一君の対策は何言ったんだよ』
『・・・・それは、斎藤が帰るのを待たないとな?』

そんな三人でこそこそ話す様子を見て残り三人が何も思わない訳がなく。
今まで新八、平助、左之と三人が三人とも屯所内を回る程度のことでかなりの時間を要していることに、疑問を持たないことの方がおかしい。
それでも言われたことをこなせばいいと思い直して、斎藤が口を開く。

「次は俺の番です。行ってもよろしいでしょうか」
「ああ、行ってこい」
斎藤がすたすたと暗闇の中に溶け込んでいった後、思い出したように土方は左之に声をかける。

「左之、おまえ目印は?」
「ああ、ここに・・・」

そう言ってばっと広げた掌には間違いなく丸印。それとともに、たったひとつの小さい蝋燭に照らされたものは・・・
左之の指先についた赤いもの。

(・・・・血?)(・・・・これは紅か?)

総司と土方、二人が言葉に出さずに、その小さな変化に気がついたことに左之は気がついていなかった。






何事もなく局長の部屋の前まで来たな・・・やはりここに何かあるのか?

暗闇の中であろうと、目で見えにくくても、屯所内を歩くくらいは問題ない。
ただ、前の三人が時間がかかったことから、何かあるのだろうと周囲の気配を探りながら歩いたためにほんの少しだけ時間はかかったけれど。
戸を開ける前に、中に誰かいる気配を感じる。
隠そうとしてはいるのだろうけれど・・・この拙い隠し方はどうだろう・・・

局長ではない。
それにこの感じは・・・

それでも一応、局長の部屋だからと、「失礼します」と声をかけて、すーっと戸を開ける。
その真っ暗な部屋の隅には、行灯が一つだけともって仄かな明かりを醸し出している。
後ろを向いて俯くように座っているのは・・・いつもとは様子が違うけれど、他には考えられない。

「雪村?こんなところで何を・・・」

斎藤が声を後ろからかけた途端に、ゆっくりと振り向いた千鶴は・・・

髪を下ろして、髪の束をひと束だけ軽く口の端にかけている。
普段しない化粧をして、目の淵には濃い紫を彩って、唇には真紅の紅が少しだけ色づけられていて。
斎藤を見上げる目は、いつものようにかわいらしいものではなく、憂いを帯びた艶やかな視線を投げかけてきて。
そんな千鶴に一瞬斎藤は目を奪われて、かける言葉は途中で途切れて紡がれないまま。

千鶴がそんな斎藤を見上げながら、ゆっくり立ち上がって静かに、紡がれた言葉は・・・

「うらめしい〜・・・」
「・・・・・・・・・・」

千鶴の姿に目を奪われていたものの、いきなりうらめしいと声をかけられて、斎藤の張っていた気が見る間に緩んでいく。

「私を好きだと言いながら、こんな目に〜・・・」
「・・・・・・・それは、お岩さんとやらの真似か?」
「許さないから〜・・・」
「局長に頼まれたのか?」
「は、話を聞いて〜」
「では、聞こう」
「・・・・・・・・え?」

そのまま黙って千鶴の言うことを聞こうと待つ姿勢になった斎藤に、千鶴の方が慌ててくる。
・・・話せって言われても・・・原田の先ほどの作戦を立てた時の声が頭に響いてくる。

『斎藤は怖がるのは無理だと思うから、意表をついて声を出さすのが一番だと思うぞ、たとえば普段見ないような格好をしてみるとか?』
・・・・・む、無理でした!全然動じません・・・

『見せるだけじゃ効果は薄いかもしれねえから、普段おまえが見せないような態度も交えてだな大人っぽく、・・・一応肝試しだし、幽霊っぽくな?』
・・・・見せたつもりなんですけど・・・やっぱり無謀でした。。。原田さん難易度高いです!

『叫んだりするのは難しいと思うけど・・・それでもだめなら・・・・・・』
・・・・それは・・・どう考えても無理でした!すみません!原田さん!

う〜んと悩んで着物の裾をぎゅっと持ち、顔をしかめている千鶴に、いつもの普段の千鶴の表情が垣間見えて、斎藤は少しだけほっとする。
「・・・・話はないのか?」
「・・・・あ、あります。」
「何だ」

初めから千鶴を何か怪しげなものではなく、幽霊としてではなく、千鶴として扱う斎藤にこれ以上粘っても効果はあるのだろうか?
・・・いや、無理だろう・・・

「・・・・怖くは・・・ないですよね・・・やっぱり・・・」
「全く」
「・・・・じゃあ、ないです・・・」

目に見えて落ち込む千鶴に、今度は斎藤が質問をする。

「これは・・・局長に頼まれたのか?」
「いえ、私のためです。・・・実は・・・・・・・」





「・・・そういうことか、しかし・・・あんたは、平気なのか?」
「・・・・?平気って何がですか?」
「・・・いくら外に出るためとはいえ・・こんな夜更けに一人で暗闇の中にいることが平気なのか、と聞いている」
「・・・・あっ・・・・」
「もし、無理してしているのなら、俺が怖がったことにすればいい」
「・・・斎藤さん・・・・そ、それはダメです!」
「だが・・・・」
「だって、肝試しって男の人の度胸つけるためのものだし、斎藤さんがこんなことで怖がったなんて噂でも広がったら困るし・・・」

自分の父親探しのことなどより、斎藤の風評を案じてぶんぶん頭を横に振る千鶴に、斎藤も少しだけ微笑んで。

「怖いのなら、俺が局長に無理にこんな役をさせないように掛け合うが」
「・・・大丈夫です。今まで頑張ったし、後二人ですし」

自分の今の状況を心配してくれた斎藤に、千鶴は安心させるようににっこり微笑む。
斎藤は、そんな年相応の表情が千鶴にはよく似合うなと、知らず知らずぼんやり考えていて。
そんな自分にはっと気がつき、少しだけ慌てながら、急いで話を続ける。

「後は、総司と副長の二人だから怖がるとは到底思えない」
「そう、ですね・・・でもせっかくですから、このままがんばります!」

その千鶴の元気のいい返事に、斎藤は眉をひそめる。
「・・・・・このまま?」
「はい」
「・・・・・その格好で?」
「?はい」
「・・・・・先ほどの幽霊の真似事を?」
「・・・・な、何か問題でも・・・?」
「・・・・・副長はともかく、次は総司だぞ?」
「?はい」

何もわかっていないのか、千鶴はきょとんとした顔をして斎藤をじっと見上げている。
・・・・頭が痛い・・・・
今の自分の姿が男の目にどう映るのか全く理解していない。
最初は雰囲気まで変わっていて、内心驚きを隠せなかったけれど、むしろ今の…外見は艶しく雰囲気はいつもの純粋な感じの不均衡な姿の方が・・・きっと危ないと思う。
・・・それに、警戒心もなさすぎだ。
総司に先ほどの千鶴の怖がらせ方を実践させたら・・・怖がらせるどころか反対にからかわれて、総司にいいように振り回されるのがオチだろう・・・

「雪村」
「はい」
「・・・・総司が来たら、怖がらせずに何もしないで隠れておけ」
「え?え〜と、でも・・・」
「総司は気配に聡い。あんたの気配があるのに、何もない方がかえって怪しむだろう」
「・・・それだと、声をあげてくれないんじゃ・・・」
「・・・あんたのことは、ちゃんと考えているつもりだ。誰も怖がらなくてもずっと外に出られないということはない。だから・・・・」
「それでも、私自分の力で何とかしてみたいんです!」

あくまで怖がらせようと意気込む千鶴に、無理だからあきらめろ。とは言えずに。
かといって、何かさせると穏便にことが運ぶとは思えない。
斎藤は悩んだ末に・・・

「それなら・・・せめてその格好をどうにかした方がいい」
「どうしてですか?」

無邪気な目でそう尋ねられて、斎藤はうっと言葉に詰まる。
何と言えばいいのだろうか・・・遠まわしな言い方は千鶴には届かない。それなら・・・

「そういう格好をしたあんたが脅かそうとすれば、総司は怖がるどころか、からかいの対象を見つけたと喜ぶ」
「・・・・・この格好、やっぱり大人っぽくし過ぎて・・・似合ってませんか?面白いんでしょうか・・・」
「違う、似合っているから喜ぶんだ」

千鶴の言葉に被せるように言った自分の発言の内容を後から反芻して、斎藤は居心地悪そうにすっと千鶴から視線をそらす。

「似合っているから喜ぶ?・・・え〜と、どういう意味・・」
「と、とにかく!・・・その格好がいいなら、隠れておけ」

この話はこれで終わりだと言うように強めの口調で千鶴に言葉を向ける斎藤に、千鶴もはい。と頷くしかできなかった。

「え、わ、わかりました・・・あの、斎藤さん目印です」
「ああ、頼む」

千鶴は、差し出された斎藤の手に○印を書きながら、
「・・・でも、もし見つかったら?その時はさっきと同じにしたらいいんでしょうか?」
「いや・・・わざわざ探しはしないと思うが・・・」

・・・どうだろう・・・でも総司の千鶴に対するからかいは時々度を超えて執着している気もするし・・・
念のためを考えておいた方がいいのだろうか?

「・・・これを・・・」
「え?」
「顔や首に巻いて、表情を出さないようにし脅かせばいい」
「斎藤さんの、いいんですか?私お化粧してるし、白粉なんかも首や背中に塗ってるからついてしまうんじゃ・・」
「かまわない。巻いておけ」

自分の首巻きを慣れた手つきで千鶴にぐるぐる回していく。千鶴はふさがれてしまった視界から少しだけ見える斎藤に、

「ありがとうございます!じゃあこれで、見つかったら怖がらせます!」
「・・・ああ、では俺は行くから」

化粧した千鶴の顔や、少し露出した肩や背中を隠して、千鶴にも隠れておくように、何もするなと言って。
けれど、別れ際のあの千鶴の張り切りようが・・・まるで見つかった方がいいような・・・
一抹の不安を抱えながら皆のもとへ戻る斎藤は、足取りも少し重く。

一方千鶴は今回は何もせずにじっと隠れているだけとはいえ、一度ネズミが出た押入れに戻る気にはなれずに、どこに隠れていようか悩んでいた。





6へ続く!