かりん







「嬉しい、です」

そんな千鶴の言葉に、さっきまで泣きそうな顔をしていた総司は頬をほんのり赤く染めて、

「本当に?」

もう一度、同じ言葉を聞きたくて、聞き返せば

「はい!なんだか、沖田さんにも仲間って認められたみたいで嬉しいです・・・」

顔を赤くしながら、目いっぱいの笑顔で・・・一瞬周囲がシンとなるのに千鶴は気がつかない。

「これといって役には立たないかもしれないけど、足は引っ張らないようにがんばります!」

そう純粋なキラキラした目で言われると文句が言えないよと、総司は苦笑いしながら

「君が鈍いのはよくわかってるつもりだから、僕も長期戦でがんばるよ、・・・がんばれるかなあ」
「え?鈍い?・・・長期戦??沖田さん、えと、どういうことですか?」
「いや、いいよ。君はいつもどおりで」

え?え?ときょとんとしている千鶴の脇で、あからさまにほっとした男が一人。

総司はじゃあ、僕もうご飯いらないから。と部屋を出るさい、その男、斎藤にぽそっと呟いた。

「斎藤君は、わかったよね?」

困惑した表情で総司の顔を見上げると、不敵な笑みをたたえて、今度は、はっきりとこう言った。

「僕、負けないから」




わかったよね?

そんな総司の言葉が頭の中に嫌でも響く。
もちろん、そんなことはわかっている。総司は千鶴のことが好きなのだ、と。
からかいの対象の延長戦上にいるのだと思っていた。そこまでの好意があるとは思わなかった。
好きなのだと知って、今までの総司の行動が全部理解できた気がした。

僕、負けないから

負けない?何に?
どうして総司は自分にだけそんなことを言うのか。

答えが出ないまま、ぼうっとしていると

「斎藤!大丈夫か?」

不意に響く左之の声。

「?何が」
「何がって・・・お前もうみんな飯食い終わってるぞ?」
「斎藤さん、具合悪いんですか?」
「いや、ちょっと考え事をしていただけだ」

そう返して、何事もなかったかのようにご飯を食べる斎藤を左之はじ〜っと見て。

「千鶴、悪い。ちょっと片付け頼むわ。これ運んでくれ」
「あっはい」

残されていた食器を千鶴に持たせ、斎藤と二人になった後、左之はおもむろに話し出した。

「総司もかわいそうだよな、あいつ鈍いのにもほどがあるぜ」
「・・・・・・・」
「で、お前はどうなんだよ」
「・・・・??」
「千鶴とどうなの!って聞いてんだよ」
「だから、何でもないと言っているだろう?」
「・・・お前、無自覚か?」
「???」
「いや・・・・あ〜何でもない」
「無自覚とは何だ」
「・・・いや、お前・・・それぁ自分で考えないとな」
「考え事を増やすな」
「増やす?何かあったのか?」
「・・・・・総司に、負けない。と言われた」
「あ〜・・・ってそのまんまじゃねえか!」
「・・・・・・・・・」
「おまえ、千鶴級だな」


いつまで話していても埒があかない。さっきから問題は解決するどころではなく増えてしまった。
そんな状況に眉をよせて顔をしかめていると、左之は、はあと溜息をついて、

「俺ももう行くけど・・・斎藤、お前千鶴の返事聞いてどう思った?」
「どう、とは?」
「周りがみな、ぽかん、としてる中、お前だけほっとした顔してたぞ」

最後に一つだけ、言葉を投げて左之は部屋を出た。


ほっとしていた・・・
確かに呆気にとられることはなかった。息が詰まる思いで見ていたのだから。
・・・・・・息が詰まる?なぜ?
それはやっぱり・・・総司と千鶴に、そうなってほしくない。と願ったから。

これは・・・千鶴のことが好き。ということなのだろうか?
正直、そういうことには今まで執着持たずに、ひたすら刀を携えて、今ここにいるのだからわからない。
わからないけれど、彼女の傍にありたい。と思う。
今日の午後のような、そんな穏やかなひと時をもっと過ごせたら、と思う。
今まで何とも思わなかったけれど、他の男が、彼女の、千鶴の傍にいるのは好ましくない・・・いや、それ以上に嫌だと思う。
それは、つまり・・・??



「あれ?斎藤さんまだ残っていたんですか?」

聞こえるのは優しく響く声。

「雪村・・・どうした?」
「あ、まだちょっと片付け残っているので」
「そうか」

いつもどおりの何気ない会話。なのに、急に感じる違和感。
何に感じたのだろう・・・


千鶴ちゃん


総司の千鶴を呼ぶ声が不意に頭によみがえる。
時にはからかって、時にはいじめて、時には・・・愛しさをこめて・・・

ああそうか、俺は・・・・


千鶴が食器を片づける横で、斎藤は棒立ちになって何やら一生懸命考えている。

・・・何か難しい任務でもあるのかな?お茶でも淹れてあげようかな。

そんなことを考えながら、食器を片づけようと千鶴が立ち上がったとたん、

「ち!・・・・いや、あの」
「??ち?どうしたんですか?」
「い、いや、ち、ち・・・」

どんどん茹でダコのように真っ赤になっていく斎藤を見て千鶴は

「キャ!真赤ですよ!熱でもあるんじゃ・・・」

持っていた盆を足元に置いて、そっと斎藤のおでこに手を伸ばすと、

「いや、そうじゃない・・・そうじゃなくて・・・・・・」

さっと手を払われて、相変わらず湯気でもでるんじゃないかと思われるくらい赤くて、手も熱いし・・・
挙動不審な斎藤を見て、きっと熱が高いのだ、それをきっと隠そうとしてるんだ!と思った千鶴は、

「少し待っててください!今お薬を・・・」

千鶴は慌てて走り出そうとして、足元に盆を置いたのをすっかり忘れていた。
その結果・・・

「キャッ!!!」

ものの見事に躓いて、食器の上に体が倒れると思ったとたん、

「千鶴!!」

倒れたのは食器の上でもなく、だからけがもしてないんだけど・・・ここ、は・・・・

ふと顔をあげるとすぐそばに真っ赤な顔のままの斎藤がこちらを見てて、

「け、けがはないか」
「は、はい・・・・」

けがは、ない。けがはないけど・・・・さっき、斎藤さん・・・

「あ、あの・・・助けてくれてありがとうございます」

まだ寄りかかったままな状態を思い出し、千鶴はあわてて飛び起きながら、

「あの、さっき・・・名前で呼んでくれました?」
「ああ、な、名前じゃないとああいう時に間に合わない」

・・・間に合わないのかな?よくわからないけど。

「あ、薬!薬持ってきます!」
「く、薬はいい!」
「でも・・・・」

すると斎藤はばつの悪そうな顔をして、うつむきがちにちらっと千鶴に視線を向けてから、

「名前を、呼びたかっただけだ」
「・・・・・・え?」
「呼んでもいいだろうか」
「は、はい!」
「ち、・・・・・ち・・・」

とっさに大声で一度名前を呼んだのに、それでももう一度呼ぶのは恥ずかしいらしい。
・・・・もしかして、赤くなってたのってこれ?
斎藤のリンゴ顔が千鶴に移るように、千鶴も赤く染まってきた頃、

「千鶴・・・」

まるで宝物のように、優しく包まれるような笑顔とともに、千鶴に届けられた。





10へ続く