かりん

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「あ〜腹減った・・・」
「本当にこんな任務任務ばかりじゃ腹がもたねえよ〜」

皆ががやがやと夕餉に集まりつつある中、総司は部屋の中をきょろきょろ見渡して、

あれえ?まだいない・・・どこいったのかな?

夕方、少しだけ時間が空いたので気の向くままに千鶴の部屋を訪れたけど、部屋の主はいなくて、いた形跡も全くなかった。
それから屯所内をうろうろ千鶴の行きそうな所を巡っていたのだけど、どこにもいなく。

まあいいや、千鶴ちゃんとどうしても話さなくちゃってわけでもないし。・・・というか、何でこんなに探してるんだろう…

自分の行動に戸惑いながらも、探すのをあきらめて、また道場の方へ隊士達の様子を見に戻ったのだけど。

「あ〜もう、一君遅いな〜何やってるんだよ!腹がくっついちゃうよ〜」

周囲を見渡す総司の耳に入ってきたのはとりたてて変わったことを言ってない、平助の言葉だったのだけど。

一君もいない?そういえば、夕方くらいから・・・

一瞬、夜空を見上げる二人を思い出して、何ともいえない重苦しさについ顔をしかめると、

「なんだ、総司もそんなに腹減ってるのか!?」

元気のいい新八の声が耳に大音量に響いて、余計に顔をしかめつつ、

「僕は食が細いから、そんなことないよ・・・」

話していた時に、ふわっと芳る甘いにおい。
ふと顔を上げてみると、そこには

「遅くなりました〜すみません!!」「待たせた」

慌てて入ってくる二人の姿。

「ったく、遅〜よ!一君!千鶴!」
「やっと食べられるな!おし!食うぞ〜!!」
「・・・・・・っていうか、何か飯に似つかわしくない匂いしねえか?」

やっとご飯を食べられる、がっつりご飯を食べだした平助と新八は、におい?と全くわからないような顔をしているけど、
確かに何か花のようなにおいがする。

左之のそんな発言に、千鶴と斎藤が少しだけバツの悪そうな顔をしたのを総司は見逃さなかった。

「・・・斎藤君と千鶴ちゃんが、においの原因じゃないの」
「え?・・・お、本当だ!お前ら二人して、花のにおいぷんぷんさせてるなんて・・・何してたんだ?」

にやっと楽しそうに聞いてくる左之の言葉に、いつもなら「別に何も」と涼しげな顔して言い放ちそうな斎藤だが、今日はほんのり頬を染めて何も言わない。
千鶴はと言うと「何って、お話・・・です」とこちらも恥ずかしいのか何とも歯切れが悪くて。
そんな二人の態度に、

「おいおい、まじかよ・・・堅物の斎藤がね〜・・・」

とびっくりして目を点にしている左之に慌てて「「違う!!」」と反論する二人。

そんなに慌てなくても・・・いつものことじゃないか。いつもあの二人は話しているだけであんなに赤くなるんだから・・・
そう大したことじゃない。
そう思っているのに、思っているはずなのだけど、自分を納得させるかのように何度も呪文のようにそう呟いては気が重くなる。
・・・・・話しているだけで、赤くなる。赤くなる?
千鶴ちゃんは、僕と話すときにも赤くなってたかな・・・照れていたかな・・・

ご飯もろくに取らずにそんなことを考えていた総司に、ふいに「なあ!総司?」と声が届いて。

「え?」
「なんだよ!聞いてなかったのか?」
「ああ、ごめん。何?」
「だ〜か〜ら、どう考えたって怪しいよな!?って聞いたんだよ!」
「・・・怪しいって誰が?間者の情報でもあったの」
「・・・・・・・・・いや、もういい」

はあ〜と呆れて溜息をつく左之の後ろで、斎藤と千鶴はようやく追及が終わったと思いほっとしていた。

「まあ、斎藤と千鶴はおいといて、あと心配なのは新八と、平助と、総司だな」

ご飯を食べだしながら、そんなことを急に言いだす左之に、ご飯を食べてようやく落ち着いてきた新八と平助が猛反論する。

「何言ってるんだよ!俺は別に今はそこまでそういうのに執着してないの!強くなりたい!ってのが一番だし!!」
「・・・は〜色気ねえな・・・」
「お、俺だって、別に色恋に執着してるわけじゃ・・・」
「新八、お前はそれ言うの無理だろ」

・・・・・・相変わらずにぎやかだよね、何でも話の種にするのはさすがだと思うよ・・・

そんなことを考えながら、、視線は知らず斎藤の横に座っている千鶴に向いて。
いつまでたっても気が晴れず、もやもやとした何ともいえない感情。
似たような感じにさいなまれたことが前にもあったけど、この感情は日に日に強くなっている。

ああ、そうか・・・

総司がようやく何かに辿りついたとき、ふいに左之が話しかけてきた。

「総司も、女っ気ないよな〜お前も放っておきゃ女が近付いてくるくせに、ちっとも相手しようって気にならないのか?」

目の端で千鶴がこちらを見たのがわかる。
視線が合わないように、そんな千鶴の動向を探りながら、

「僕は色恋沙汰には興味ないから」
「あ〜これだよ・・・この間の店の芸者だってべっぴんさんだったのに」

千鶴がピクっと反応するのを見て、少しだけ気持が浮上して、

「僕は新選組の、近藤さんのことだけで気持ちがいっぱいだから、他の事とか色恋とか入ってくる隙間なんてどこにもないんだよ」
「・・・・お前、大した奴だとは思うけど・・・」
「そうかな、そうでもないよ、だって・・・・」
「?」

言葉をとぎらせて黙ったままの総司の態度に、その言葉の続きを左之は待っていた。
だけど、総司が続きの言葉を向けたのは左之ではなく、左之の後方にいた千鶴で。

すっと左之の横を通り過ぎて、きょとんとこちらを見上げている千鶴に総司は、

「・・・聞いてたかな?僕の心は近藤さんでいっぱいって」
「え、は、はい!聞こえちゃいました…すみません」

聞いてたことで気を悪くしたのかと、そう考えて申し訳なさそうにする千鶴に、違う違うと、ポンと頭に手を置いて。

「ねえ、僕の心、もう隙間なんてなかったはずなのに、なのになぜか・・・千鶴ちゃんはいるんだ」
「・・・・・え?」

総司の見たこともないような優しい、困ったような微笑みに、目が吸い寄せられるように、じっと総司だけを見る。

「いつの間にか、千鶴ちゃんがもう心の中にいたんだ。・・・・困る?」
「い、いえ!困るだなんて・・・あ、あの・・・」
「じゃあ、嬉しい?」
「あ、あの・・・・・」

みんなが食事している前で、公衆の面前でそんなこと言われて、頭がもううまく回ることなどできなくて、返事できずにいると

「やっぱり、困るかな・・・」

泣きそうな笑顔で、頭に置いた手をそっと離す総司に、理屈とかではなく、千鶴も自然に言葉を口にしていた。

「嬉しい、です・・・」





9へ続く