かりん

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細かく言うと、店に行くのが嫌、という訳ではなく、あの女性と一緒にいるのを見たくなかった。それが一番の理由だと思う。
土方さんがいない間に勝手に出歩くのはいけない。それももちろんだけど・・・
それ以上に、昼間見た光景が目に焼き付いていて、思い出しては何か気が滅入ったのは本当で。
でもそんなことを全部話すのは恥ずかしすぎる…そう思って店に行くのが嫌という理由にこくこくうなづいたのだけど。

「それで店に行くのが嫌って何で?」

もちろん、そんな曖昧な理由で納得するような相手ではなくて・・・追及の手を緩めずにどんどん問い詰めてくる総司。

こんなことなら否定しておけばよかった…
正直な理由を全部さらされるくらいなら、もっと考えて返事をするべきだった、混乱する頭で必死に何か考えるけど。
この窮地を脱する名案など浮かぶはずもなく・・・
そんな必死で眉をよせて、言い訳を考えてる千鶴を見つめる総司は上機嫌。

見かねた斎藤が先ほどよりきつめに総司を制する。

「総司、いい加減にしろ」

総司と千鶴の間に体を割り込むようにして、手で総司を少しだけ押し返す。

「おまえの戯言に雪村を巻き込むな」

千鶴を背中にかばいそう言い放ち、じっと総司を見据える。

「斎藤君は、とことん邪魔するよね…理由聞くのがそんなにいけないことかな〜」

ふふっと悪びれもせずに薄く笑を浮かべている総司を見て、斎藤は溜息をつきながら

「総司おまえ、理由が何か知ってて聞いているのだろう。そんなことは無意味だ」
「・・・無意味じゃないよ、本人の口から聞くってことは大事だと思うけど」
「状況にもよる、今のはとても大事なことだとは思えないが」
「大事なことだよ、っていうか、斎藤君がいるから千鶴ちゃん話してくれないんだよ」
「俺が?」
「そうだよね?千鶴ちゃん、斎藤君いないほうがいいよね」
「え!?」

話の矛先が急に自分に戻ってきて、ことの成行きをぼ〜っと見ていた千鶴はあわてて

「は、はい」

と言ってしまった・・・・・

「そ、うなのか・・・」

千鶴の予想外の返答に、言葉を詰まらせて少しびっくりした様子の斎藤に、あははっと面白そうに笑っている総司。

「そうなんだって!斎藤君、じゃあ邪魔者は退散しなくちゃね〜」
「え、え!?」
「・・・・部屋に戻る」
「あ、あの!?」

自分の考えなしの一言のせいで状況がどんどん悪化している。
自分の目の前にある広い背中が、視界からなくなりそうだと思ったとき、必死に手をのばして

ガシッ!!

気がつけば斎藤の腕をしっかり両手で掴んでいた。

「ゆ、雪村?」
「困ります!いてくれなきゃ困ります!!」

しっかり腕を掴まれて、そのまま抱きついてくるように体を寄せてきて、なんだかその細くて柔らかい感触を意識してしまい、そっと腕を離そうとすると、余計にギュっと掴まれて。
自然に頬がうっすらと赤くなるのを隠せない。

「・・・・・・千鶴ちゃんて、大胆なんだね・・・知らなかったよ」

呆れたような侮蔑したような声の、そんな言葉に我に帰った千鶴は

「え?あ!すみません斎藤さん」

謝りながらさっと離れる。
斎藤は千鶴がしがみついていた右腕が、急に冷えた風を感じるようになってそれが無性にさみしく感じられた。

千鶴はというと、顔がどこもかしこも真赤で。
もう先ほどから混乱しっぱなしの頭を抱えて、どうしたらいいのか全くよくわからない。わからないけど・・・

ここにいちゃダメな気がする!!
その考えが浮かんだとたん、言葉が口をついて出る。

「わ、私もう眠れそうです!!お二人とも付き合わせてしまってすみませんでした!」

言い逃げするようにペコっと頭を下げて、そのまま部屋の方へ戻ろうと体を翻したとたんに、ぐっと腕を、今度は逆に掴まれて、

「痛っ!」
「ああごめん」

振り向くと総司が自分の腕をしっかり掴んでいて、やっぱり話さないと戻らせてもらえないのだろうか…と不安になりながら

「あの・・・?」

と尋ねると、総司はにっこり笑って腕をそっと離す。

「君が急に帰ろうとするから、力の加減できなかったよ、まだ痛い?」

優しく、少し痛みの残る場所をさすりながら聞いてくる総司に、気持ちがほっとして、

「いえ、大丈夫です。あの・・・」
「これ、渡すの忘れてたから」
「え?」

手に渡されたのは、小さな包み。

「これ・・・私に?
「もちろん。君のだし」
「沖田さんが買ってくれたんですか?」
「うん」
「・・・ありがとうございます、開けてもいいですか?」
「開けてみてくれないと嫌だよ」

ふふっと優しい笑顔を見せてどうぞという総司の言葉に促されて、そっと包みを開けてみると中には

「あっかんざし!」
「千鶴ちゃんよくうらやましそうに見てるからね」
「み、見てました!?」
「うん。・・・気に入った?」

いつ買っていてくれたのだろう。
総司が外へ出かけるのは本当に見回りくらいで、後は屯所内にいることの方が多い。
もしかして・・・

「今日、買ってくれたんですか?」
「う〜ん、内緒」

でも千鶴は総司のその表情を見て今日だと確信した。

私がつまらないこと考えてる時に沖田さんは・・・・・

そう思ったら嬉しくて、嬉しくて・・・かんざしをそっと握りしめて、

「ありがとうございます。着物…着た時につけたいんです。いいですか?」
「いいよ?でも僕一人に見せてね」

ちらっと横にいる斎藤に挑戦的な視線を向けると、斎藤は、はあと溜息をつく。

「ふふっ・・・沖田さんって意地悪なのか優しいのかよくわからないです」
「僕は優しいよ」
「・・・・・・・」

何か言いたそうな視線を向ける斎藤のことは気にせずに総司は今日一番の優しい微笑みを浮かべながら
総司から視線を戻して、斎藤は少しだけ口の端をあげて柔らかな笑みをたたえながら

「じゃあ、千鶴ちゃん、おやすみ」
「よく、休め」

そんな二人に、千鶴は温かい気持ちに包まれながら

「おやすみなさい」




千鶴が部屋に戻ってしばらく、まだ総司と斎藤は見張りをしていたのだけど。
部屋の中からすーっと寝息がかすかに聞こえるようになって。

「・・・・・ところで斎藤君、千鶴ちゃんと何話してたの」
「別に何も」
「何もないってことはないでしょ、あんな幸せそうな顔してさ」
「!?」
「昨日とは別人みたいな接し方だよ」
「そ、そんなことはない」
「抱きつかれて、嬉しかった?」
「そんなことは・・・」
「ないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あるの?」
「・・・・・・・・・・・」


そんな会話が朝まで続けられていたようで・・・






7へ続く