かりん







「誰だっ!!」

気配を絶って二人の様子を窺っていたつもりの総司は、自分が見つかるとは思っておらず、一瞬斎藤の声は自分ではない間者にでも向けられたのかと考えた。
だが、斎藤の凍てつくような視線はまぎれもなく自分の方に向けられていて。

何で僕の気配ってわからないかな、これでも長い付き合いなのにね。

自分がどんな気配を出していたのかなどとは全く考えず、そんなこともわからない斎藤に気分が悪くなる。
そして、姿のわからない誰かにおびえて斎藤の後ろに隠れている千鶴を見ると余計にいらいらする。


一方斎藤の後ろに隠れていた千鶴は、今斎藤が傍にいたことをとても感謝していた。
一人の時にこんな事態が起こっていたら、どうなっていただろう…そう思えば思うほど、斎藤の背中が頼りに見えて。
後ろで千鶴がおびえているのに気付いた斎藤は視線はそのまま前に、一言ぼそっと落ち着かせるように

「大丈夫だ、俺を信じろ」

そう呟かれて、たちまち不安が飛んでいく。
おびえてばかりではダメ。斎藤さんの足枷にならないように自分の身は自分で守らなきゃ!
父親がくれた、大事な短刀にそっと手を添える。

息詰まるような空気の中、急に茂みをかき分ける音が響く。

来る!!そう思って構えをとる斎藤の耳に届いたのは、毎日のように聞く飄々とした・・・

「誰って、僕だけど」

ガサガサ茂みをかき分けて月明かりの下姿を現したのは、今、店に吞みに行っているはずの総司。

「総司・・・」「お、沖田さん!?」

なぜ、ここにいるのだろう??
間者ではなく、総司でほっとはしたけど、別の疑問が湧いてきて。

さっきの気配は総司の・・・??
斎藤は斎藤で、殺気のような気配を放っていたのが、今目の前にいる男だとは思えなくて、まだ周りに誰かいるのではないか、と視線を這わす。

「気配に敏いのはさすがだけど・・・ひどいよね、斎藤君。何で僕ってわからないかな~」

いつもの軽口に乗せて文句を言う総司の顔は全く笑ってなくて、不機嫌そのもの。

「いや・・・殺気のような気配を感じたから、まさかお前だとは思わなかった。すまない」
「殺気?そんなもの僕出してないけど」
「いや、確かに刺すような気配が。総司がここに来るとき、他の気配を感じなかったか?」
「別になかったけど・・・・」

会話をしながら総司は考えを巡らせる。
気配を絶っていたつもりだったけど、確かこの二人が寄り添うように空を見上げているのを見て、一瞬カっとなったような気がする。
・・・・それかな・・・・
でもいくら何でも殺気は大袈裟というものだ。それに・・・・

「で、千鶴ちゃんはいつまで斎藤君の影に隠れてるの」
「え?あっすみません!」
「・・・いや、かまわない」

斎藤の背中に隠れて、斎藤の着物をキュっと無意識につかんでいたのに気付いた千鶴は慌てて離れる。
その時の、千鶴に少しだけ微笑みを浮かべる斎藤の表情を見て総司は息がつまりそうになる。
明らかに、今日店に行く前の二人とは違っていて。
いつものように軽く「何かあったの?」と聞けばいい。聞けばいいのに。
それでも言葉は口から出ることなく、目を細めて、何かに耐えるような総司の表情はとても辛そうに見えて。

「沖田さん、具合悪いんですか?」

そんな顔を見た千鶴は、総司が体調を崩したのだと勘違いした。

「僕が?健康そのものだけど」
「いや、顔色が悪い。部屋に戻って休め」

斎藤は純粋に総司の体調を心配して言っただけ。しかし、総司はそう思えなくて。

「ふうん、僕をさっさと部屋に戻して、また二人で逢引したいの」
「あ、逢引!?」「何を!?」

剣のある口調で責めるように言う総司に慌てて二人は否定する。

「違います!ただお話してただけです!」「違う、話をしていただけだ」

同時に息ぴったりに反論する様子はますます面白くなくて、

「話すだけって、夜中にこそこそ、逢引以外の何だって言うのさ」
「だ、だから・・・私が寝付けなくて斎藤さんに話し相手になってくださいってお願いしたんです!」

総司にはちゃんと説明しないと理解してもらえない、そう思った千鶴は口を挟まれないように一気に説明する。

「君・・・寝つけない時はいつもそうしてるの?」

千鶴を咎めるような総司の言い方に、違うと、首を横にぶんぶん振った。
本当は言いたくないんだけど、仕方なく。

「いえ、こんなことは今日初めてで・・・」

ぼそぼそ言うと、そう、と言いつつ口の端をあげてにやっと笑う総司の顔に千鶴は、あ、逃げられないと覚悟する。

「ふうん、どうして今日は寝つけなかったの?」
「いえ、あの・・・」
「父親のこととかじゃないよね、最近眠れていたし」
「そう・・・ですね」
「じゃあなんでかな~」

顔を真っ赤にして俯く千鶴に、これまでとはうって変わったように楽しそうな総司。
二人を見ていた斎藤は千鶴が気の毒になって、

「総司、もうやめておけ。あまり雪村をからかうな」
「斎藤君は黙っててよ、何でってことが大事なんだから」

斎藤の制止など気にすることなく、千鶴に一歩、また一歩近づいて、

「ねえ、千鶴ちゃん。僕が店に行くのが嫌だったんじゃないの」

意地悪な表情の中に、抑えきれない嬉しさも垣間見える総司の顔。その表情は確信に満ちていて。

千鶴はあきらめて、真っ赤になってこくこくとうなづくしかできなかった。




6へ続く