かりん
3
斎藤と少しだけ話し相手になってもらおうと思った千鶴。
けれど二人は何を話すでもなく、縁側に座ったあと、口をつぐんだままで。
夜空に輝く星たちをぽーっと眺めているだけ。
話し相手になってください。とお願いしたのは千鶴だから、千鶴の方が話しかければいいのだけど、
斎藤とは、あまりくだけて話をしたことがなかったので、心持緊張していたのかもしれない。
それでもその押し黙っている二人の間の空気に耐えられなくなり、
「あの、斎藤さんはどうしてお店に行かなかったんですか?」
千鶴は少し疑問に思っていたことを口に出してみた。
「どうしてとは?」
「もしかして、私がここにいるから、行きたくても行けなかったんじゃないかと思って・・・」
千鶴の見張りの当番で行けなかったのだとしたら、千鶴にはどうしようもないのだけど、申し訳ない気持ちになる。
「いや、行く気がしなかっただけだ。それに・・・」
千鶴の心配を知ってか知らずかそんな風に答えたあと、そのまま空を見上げて続けて呟いたのは・・・
「土方さんもいないしな」
「・・・・土方さんですか?皆さんはいないからこそ、今夜!って楽しそうでしたけど」
「あいつらはハメをはずしすぎるから副長のお小言が嫌なのだろう」
無表情のまま、困ったように眉を寄せて、今頃騒いでいるにぎやか組のことでも考えたのだろう。
そんな斎藤様子を見て
「斎藤さんは・・・ハメはずすこと、あんまりないですよね」
「・・・度を過ぎるということはないと思うが」
「そういえば・・・私、いつもピシっとしてる斎藤さんしか見たことないです」
いつも無表情で、皆が騒いでいるときも冷静に対処して、土方さんの補佐をしっかりしている。
「たまには・・・斎藤さんもハメはずしてみたらどうですか?」
「俺が?」
「はい、息抜きで」
「・・・・・・・・」
「あの、無理ならいいんですよ?」
黙りこくってしまったので、機嫌をそこねたのだろうか、と少し不安に思っていると
「考えておく」
一言、とても小さい声でぼそりと呟いてくれて。
顔はずっと空を見上げたまま、決して笑ったりはしていないけど、雰囲気は千鶴のことを拒んでなくて、それがとても嬉しい。
しばらくまたお互いに黙ったまま空を見上げていたけれど、先ほどとは違ってとても居心地よく、ゆっくり穏やかな時が過ぎていく。
総司のことで、なぜかヒリヒリしていた気持を、しずめてくれるような時間で。
そんな時間に浸っていると、
「おまえは・・・・」
不意に斎藤の方から言葉を漏らす。返事をせずにそのまま視線だけを斎藤に向けて聞いていると、
「辛くはないのか」
「え?」
斎藤は見上げていた空から視線を戻して、今度は千鶴に視線をついと向けてからゆっくりと話しだす。
「父親を捜しに京まで出てきて、新選組の事情に巻き込まれて・・・」
「ここに身を寄せている。と言えば聞こえはいいかもしれないが、軟禁状態で自由に外にも出られない」
「それで・・・逃げたいとは、自由になりたいとは思わないのか」
夜空と同じような深い色の瞳で、じっとこちらを見すくめるように。
視線からは、それでも問い詰めるような気は感じなくて、むしろ千鶴のことを気遣うような、そんな気持ちが感じられて。
それがわかったから、千鶴は素直に自分の気持ちを話すことができた。
「最初は、怖かったです。帰りたいっていう気持ちも強くて・・・父様を見つけたいって一心だけで、自分を支えていました」
「でも・・・・今は・・・・・・」
「もし、父様が見つかってここを、新選組を出ていくことになったらって考えたとき、さみしいって思います」
千鶴の答えに斎藤は虚をつかれたような、信じられないような顔をして、
「さみしい、だと?」
「・・・・はい。私も変だとは思うんですけど」
すーっと息を吸って、吐いて、ゆっくり深呼吸した後に言葉を続ける。
「斎藤さんって土方さん大好きですよね」
「・・・・・??」
いきなり話が変わって当然だけど斎藤は戸惑っていた。
千鶴も話の組み立てを考えて話しているわけではなく、素直に思っていることを話そうとしていて。
自分でも何を言い出してるのか、混乱しそうになるけど、でも、今の気持が少しでも伝わるといい、そう思って言葉を紡ぐ。
「皆さんも、口ではなんだかんだ言いながら、土方さんのこと大好きですよね」
「・・・・・・・・」
「土方さんだけじゃなくて、近藤さんも、隊士も、新選組そのものも大好きで」
「ここにいて、しばらくお世話になって、そんな短い時間でも皆さんの絆の強さ、すごく感じました」
「・・・・・・・・・」
「それに、武士としての生き様…信念…大切にしていることを信じることの強さとか…」
「挙げたらキリがないんです!それくらいいっぱいいろんなこと気づくことができて」
「ここに来なかったらきっと、ずっと知らずに過ごしていたんじゃないかな・・・だから、」
「いつの間にか好きになっていたみたいです」
千鶴は言葉の最後にふう、と息をついてから、ぱっと微笑みを浮かべて斎藤の方を見る。
そんな千鶴を見て斎藤は自分がここに、居場所を求めた時のことを思い出す。
やっと見つけた、自分の居場所を、彼女は同じように好きでいてくれる。
斎藤を見る目は誠実な光に満ち溢れていて、彼女が心底そう思っているのだとわかる。
千鶴の、優しい気持ちが身に沁み入るように、中からどんどん、どんどん温かい気持ちに塗り替えられて。
「雪村がいなくなれば、きっと俺も、皆もさみしいだろうな」
気がつけば、そんな言葉が口づいていた。
斎藤の言葉に、少し恥ずかしそうに夜空を見上げた千鶴の目に飛び込んだのは、
「あっ流れ星!!斎藤さん!!流れ星です!!」
「そうか」
「そうか、じゃなくて、願い事!お願いしとかなきゃ!」
「もうとっくに消えているが」
「・・・・・・いいんです!私はお願いしますよ!
言うや否や、手を合わせてぎゅっと目をつぶり、何やら一生懸命願っている様子がかわいい。
「叶いますように・・・・」
そう呟いて目を開けた千鶴に
「叶うといいな」
声をかけると、斎藤の方を見た千鶴が驚いた顔をして・・・
「どうした?」
「いえ、・・・ふふっいっぱいお願いしたんですけど、もう一つ叶いました」
「もう叶った?」
「はい。・・・・斎藤さんの笑顔もっといっぱいみれますようにって」
それでは自分は笑顔を見せていたのだろうか。
いやそんなことより、本当にそんなことを願っていたのだろうか。
少しだけ頬を染めて嬉しそうな顔をしている千鶴。
そんな彼女の表情から目が離せなくなっていて。
まるで、流れ星のように斎藤の心の中に入ってきて、小さな花を咲かせた。
4へ続く