かりん

26






チチチ・・・

小鳥のさえずりが聞こえる中、千鶴はがばっと布団から跳ね起きる。

・・・いけない!いつの間にか寝てたみたい・・・

昨夜、斎藤にああは言われたけれど、総司の髪紐が見つからなければどうしよう・・総司に何かあったらどうしよう・・と考えてしまい、布団の中で声を殺して泣いていたのだけど、気がつけば泣きつかれたのか眠っていたようで。
急いで支度をして布団を片づけて、皆の迷惑にならないようにはやる気持ちを押さえてそ〜っと戸を開けると・・・

雨も上がってて、日も差していて、だけどそんなことはどうでもよかった。
千鶴の目は一点にだけ集中される。

・・・・これ・・・・

戸を開けてすぐ、今自分の足元に置かれているのは少し汚れてはいるけれど、間違いなく総司の髪紐。

・・・・どうして?・・・・

そう思うけれどすぐにぶんぶんと首を振る。どうしてじゃない。このことを知っているのは、総司と、千鶴と、斎藤の三人だけ。
それならば答えは一つ。
千鶴はギュっと総司の髪紐を握りしめると、そっと懐に入れる。
ちらっと南天を見て一瞬悩んだけれど、そのまま斎藤の部屋に向かった。

斎藤の部屋の方へ行く途中、よく隊士のことを見てくれる医者とすれ違って。
廊下の端に寄ってぺこりとお辞儀をすれば、やあ、おはようと忙しそうにすれ違って行く。
千鶴は何だか胸騒ぎがして斎藤の部屋へ急ぐと、部屋の前へ着くなり土方が斎藤の部屋の中から出てきた。

「土方さん・・・おはようございます」
「千鶴?どうしたこんな朝早くに・・・」
「あの、ちょっと斎藤さんに用があって・・・土方さんこそ、こんな朝早くにどうしたんですか?」
「・・・斎藤に用があるなら今度にしとけ」
「・・・・え?」
「今、かなりの高熱でうなされてる」
「熱・・・・」
「あの馬鹿、一晩中庭をうろうろしてやがったみたいだ・・・ったく何考えてるんだか」
「・・・一晩中・・・に、わを・・・」
「・・・何か心当たりあるのか?あいつ理由を話さないんだ」
「私の・・・私のせいです。私の探し物をきっと探して・・・・」

千鶴がそういって顔を俯ければ、土方ははあっと息を吐いて、

「・・・まあ、そういうことじゃねえかとは思っていたんだが、それなら千鶴ちょっと看ててやってくれるか?」
「はい!もちろんです・・・あの、お医者様は何て?」
「・・・・・過労と、まあ、雨の中一晩中いたら誰でも風邪ひくわな」
「・・・・・・・・」
「まだ、熱が上がるだろうって言ってたから、ちょっと頼む」
「・・・・はい」

千鶴がそっと中に入る様子を見て土方はまた溜息をひとつ。
「・・・・心労も・・・なんてことは言えないな」



部屋の中に入ると汗をいっぱいかいて、おでこに髪が張り付いていて、顔も赤く、苦しそうに息を吐きながら斎藤が寝ている。
千鶴はそっと傍に置かれたたらいに手ぬぐいを浸して軽くしぼると、そっと斎藤の汗ばんだ肌を拭いて行く。
斎藤は少しだけ気持ち良さそうに息を緩める。

そんな斎藤を見つめながら千鶴は後悔の念でいっぱいで。
あのあと、千鶴が寝静まったのを確認してからきっと探してくれていたのだ。
千鶴が総司のことを想って必死に探していたものを・・・
斎藤の気持はどんなにつらかっただろう・・・それでも探してくれた。
そんなことも考えずに・・・自分は、自分は・・・・・
あの時、もっと考えて行動すればよかった・・・ごめんなさい、斎藤さん・・・ごめんなさい・・・
ぽとっと千鶴の目から涙が、斎藤の頬に落ちる。


・・・・・熱い・・・・頭が痛い・・・・苦しい・・・・だけど、寝ている場合では・・・・・・
『斎藤さん、ごめんなさい』
『・・・・千鶴?』
『私はやっぱり、沖田さんが・・・』
『・・・・・・・』
引き留めたいのに声が出ない。
『ごめんなさい』
ぽとっと流れた涙を、ただ見つめることしかできずに。そう、見つめていたはずなのに、なぜかその感覚が頬に当たる。
・・・・・これは?
そっと頬に落ちた涙の感覚に、手を当てて、目を開くと・・・・


「斎藤さん・・・私、わかりますか?」

うっすら開けてみると、少し眩しいくらいに明るさを感じて。
視界が慣れてくると、さきほどごめんなさいと謝っていた千鶴の姿が。
・・・・・あれは夢?それとも、今も夢の続き?・・・・・
ぼんやりとしか考えられない頭の中、それでもじ〜っと千鶴を見つめていると、

「斎藤さん・・・あの・・・」
言いにくそうに千鶴が口を開く。
「髪紐・・・ありがとうございました」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あの、熱がすごいんです・・・私では頼りないかもしれないけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「看病させてください」

熱が高くて、まだ朦朧としている斎藤の手を軽く握りながら、そっと汗を拭きながら言う千鶴に、

「・・・いい」
ぽつっと低く短く呟かれた言葉に千鶴はえ?っと目を見開く。
「・・・・総司の・・・ことだけ考えろ」
そう言い目を瞑り億劫そうに顔を避ける斎藤に千鶴は動揺を隠せない。
「そんな・・・こと、できません。私・・・」
「・・・・同情はいらない」
「同情なんて!」
「・・・ならば・・責任か?・・義務か?」
「・・・・・斎藤さん」
「いいんだ・・・」

斎藤はそのまま黙りこんで千鶴を拒絶するように後ろを向いたまま。
いい、と言われても、斎藤さんを放っておくなんてできない。でも・・・・
それは自分の自己満足でしかないのだろうか?かえって迷惑をかけてしまうの?
千鶴に背中を向ける斎藤は後姿でも苦しそうで、はだけた布団直そうともせずに、肩で息をしている。
とても苦しそう・・・やっぱり部屋に戻るなんてできない。それに・・・・

「斎藤さん・・・」
千鶴はそっと布団をかけなおしながら言葉をかける。
「あの・・・そのままでいいから聞いていてください、私の一人言です」
「・・・・確かに、責任を感じないかと言われれば嘘になります。私のせいです。でも・・・・」
「・・・それだけじゃないです。傍に・・・いさせてください・・」
「・・・すみません。私・・・本当に無神経で・・・ごめんなさい・・・」

ずっと背中を向けられたまま、ぽつぽつと背中に向かって話しかける。
斎藤にこんな態度をとられたのは初めてで。
今更ながらに自分がしてきたことを思い出して、胸が痛む。
千鶴は斎藤に何を言われても、熱が下がるまでずっと傍にいようと思っていた。
無言で、だけど熱で苦しいのかいつもより息が乱れている斎藤の背中を少しでも楽になるようにとゆっくりさする。
・・・・こんなに熱い・・・喉も渇くよねきっと・・・
周りを見渡して水差しがないのに気がついて。
お水持ってきてあげようと千鶴がそっと腰を上げて部屋を出ようとした時、

くいっと掴まれた袴の裾。千鶴が振り返ると、熱も高いのに、ぼうっとしながら斎藤が上半身を起して、千鶴の袴をギュッと握っている。
「斎藤さん!?どうしたんですか?」
急いで斎藤を横にさせようと千鶴がしゃがんだとたんに強く抱きしめられる体。
すごく熱を持っているのが服越しにでもわかる・・・
「斎藤さん?」
「・・・・・・行くな」
「・・え?」
「・・・・・・行くな」

ぎゅうっと抱きすくめられて、行くなと紡ぐ言葉は心細気に。
「・・・あ、大丈夫、すぐに戻ります。お水を取りにいくだ、け・・・」
斎藤を安心させようと少し顔を離して目を見て話そうと顔を覗き込むと、斎藤の顔は熱で朦朧としていていて。
苦しげな表情なのに、目は、せつなそうにじっとこちらを見つめていて、そんな斎藤と千鶴の目が合ったと思った瞬間に、

「んっ・・・・・・」
熱い唇が重なってそのまま何度も何度も口付けをされる。
千鶴の上に重なるように、斎藤は体が自由に動かないのか、ふらふらと時折揺れながら今にも倒れそうに。それでも口付けは休む間もなく千鶴に降り注ぐ。千鶴は必死に斎藤の体を支えようとするのだけれど、そのうち支えきれなくなって・・・
「キャッ!」
ぼすんと斎藤の布団の上に倒れこむ形となった二人。その瞬間だけ唇が離れたのだけど、それでも千鶴を離すまいと斎藤は千鶴の上に覆いかぶさっていて、知らず、抱き潰すような体勢になっている。
首に触れる斎藤の頬が熱くて、くすぐるように感じる吐息までもが熱くて。

「さ、斎藤さん・・・あの・・・離して・・・」
「・・・・・・・・」
斎藤は千鶴の肩に頭を置いて苦しそうに息をしている。
・・・熱がこんなに高いのに無茶するから・・・
きっと、何をしているのかわかっていないのだと、千鶴は自分に言い聞かせて、落ち着け落ち着けと跳ねる心臓を鎮めようとする。

千鶴はそっと斎藤の肩に手を当てて、
「斎藤さん、お水とりに行くだけです。すぐに戻りますから」
だから、大丈夫ですよ、と。安心させるようにゆっくり離れようとした。

けれど、そんな千鶴の言葉は斎藤には届かない。
斎藤には何も聞こえない。
斎藤には、抱きしめて少し乱れた千鶴の首元に散らされた赤い花が目に入るだけ。・・・頭が回らない頭を必死に動かして、不意に総司の顔が浮かんでくる。
斎藤を少し押しのけて行こうとする千鶴を捕まえて、また抱き締めるとそのまま・・両手で頬を押さえながら、千鶴の目をせつない眼差しで、けれど藍の瞳の奥に熱い気持ちを湛えて、千鶴を見つめる。

「行くな・・・・どこにも行かずに・・・・」
そう言って今度は深く深く口付けを落としたあと、
「俺の傍に・・・・」

千鶴に返事をさせる時間を与えずに、ずっとずっと想いをぶつけるように口付けを・・・・






最終話へ続く