かりん

25





総司が大坂に行って4日が経過していたある日の午後。

「斎藤さんと見回りはなんだか久しぶりですね」
「そうだな」
「私ももう京の町並みをだいぶわかってきたと思うんですけど」
「・・・一人でも迷子にならないのか?」
「えっと、見回りの道なら大丈夫です」
「そうか・・・だが・・・」

頭にぽんと手を置かれて、不意に優しい笑顔になるから、こちらも知れずと笑顔になる。

「今は・・・俺の後にちゃんとついてこい」
「・・・はい」
「見回りの範囲は広い。足は大丈夫か?」
「斎藤さん・・・大丈夫です。もう慣れましたよ?」
ふふっと笑顔を返せば、同じように微笑み返してくれて、見回りを続ける。

ぞろぞろと列をなして町並みを歩いていく集団の先頭には斎藤と、そのななめ後ろにひょこひょこと付いていく千鶴。
今日は人が多いのだが、新選組が近付いてくると皆が端によけて歩いて行く。
京を守っているのだけれど、屯所にお世話になって、皆のことを今のように知らなかったらきっと自分も避けるように歩いていただろうな・・・そう思うと今更ながらにあの時、あんな出会いではあったけれど、自分と同じく父親を捜すという目的を持つ人たちに出会い、関れるようになったのは幸運だったのだと思う。何より・・・

沖田さんと、斎藤さんと、出会えて・・・

自分が知らなかった幸せをたくさんくれた。
そんなことを考えながら歩いていたので、少しだけ速度が落ちていたのか斎藤と距離が空いているのに気が付いて。
い、いけない。いけない。今は見回り中!とペシっと頬を叩いて斎藤の傍に駆け寄ろうとすると、斎藤の足は止まっていて。
駆け寄らずともすぐに追いついた。

「どうした?」
「い、いえ、何でも」
「・・・・何でもない、というような顔ではないが」

自分の横をちょこちょこと歩きながらついてくる少女の頬はうっすら赤く。
自分は何か知らないうちに変なことを言ったのだろうか?と思い首をかしげていると、

「・・いえ、私幸せだなと思って・・・」
「?幸せ?」
「前にも話したことありますよね?もし、父様が見つかって、屯所を出ることになったらさみしいと思うって」
「ああ、言っていたな」

父親が見つかれば、千鶴が屯所にいる理由がない。その話を初めて聞いた時でも、さみしいだろうなと思ったのだ。
・・・・今は比ではない。千鶴がいなくなるなど、考えられない。

「町の皆さんが知らない、隊士の方の素顔を知ってるって、なんかちょっと優越感です。・・こんなに優しい方ばかりなのにって、ふふっ」
「・・・優しい、のか?」
「はい!みなさんよくしてくださるし…その、特に、その…」

千鶴はちらっと斎藤の方を見上げて、そのまま言葉を濁す。
千鶴の言葉の意味を、その表情と態度で何となく理解した斎藤は、嬉しさとともに、胸が痛い。
・・・いつかは、いなくなってしまうのだろうか。
当たり前のように傍にいて、顔を合わせて、言葉を交わす。そんなことすらできなくなるのだろうか。
急にさみしさが斎藤を包み暗い影を顔に落としていく斎藤に、千鶴はどうしてかわからなくて、

「・・斎藤さん?どうしたんですか?」
「あっいや、何でもない。・・・まだ行程の半分程度だ、行くぞ」
「斎藤さん!」

袖をツンとひっぱられ振り向くと、口を尖らせて少し怒ったような拗ねたような、千鶴の顔。
・・・・全く怖くもなんともなくて、むしろ、・・かわいい。そんな顔を人前でしないでもらいたい・・・と斎藤が考えていると、

「何でもないことないです!何か気に障りました?」
「いや、何も」
「嘘です!・・・目が嘘だって言ってますよ?誠実な目をしていないです」

ふふっと笑う千鶴に、先ほどまでのさみしさは一層に強くなる。離れたくない。離したくない・・・
斎藤は少しだけ笑顔を作って千鶴の方へ手を差し出す。

「?」
「・・・手を」
「え?」

よく訳がわかっていなくて、差し出された手をきょとんとしながら見ている千鶴に、何も言わずにそのまますっと手を攫う。
本当に添えるように、ゆるくつながれた手をそのままに、

「行くぞ」
「あ、あの・・・このままですか!?」
「おまえと話していたら、見周りが終わらない」
「じゃ、じゃあ話すのやめますから、手を・・・」

・・・総司とはいつもつないでいるのに・・・
そんなことを思いながら、そんな感情は微塵も外に出さずに、
「少し早めに歩く。だから、このままついてこい」
少しぶっきらぼうなもの言い、そして離す気はまるでない。というのを伝えるようにキュっと手に力をこめられて。
「は、はい・・・」としか千鶴は返事できなかった。

そのままずっと手をつながれたまま、正直ドキドキがすごくて、聞きこみどころではなかった気がするけれど。
少し疲れが見えてきて、千鶴が遅れることがあればかならず歩く速度を緩めて、
道が狭くて、すぐそばに人がすれ違う時などには、千鶴を反対側へ寄せて、
少しでも顔を俯けたりすると、気分が悪いのか?と下から 覗きこまれて。

・・・・斎藤さんは、そういう気遣いが本当に優しすぎます。

心の中で呟きながら見回りの帰り道、気温は冷たくて、だけど上気する頬にはその風が気持ちいい。
肌さむい外気にも関わらず、ずっと温かいままの手を嬉しそうに思うのはもちろん千鶴だけではなく。
そのまま浪士の揉め事なども何事もなく、その日は屯所に戻れたのだけれど・・・・


屯所内に着いて、千鶴が真っ先にすること。
それは南天に結んだ総司の髪紐。
朝、出かけにも「沖田さんが無事に戻れますように」と人目を忍んで祈っていたのだけれど、その南天のもとに駆け寄ると・・・

・・・・・・・ない・・・・・・・

しっかりと結んでおいた、総司と二人で結びつけた髪紐がない。

『待っててね』
ふいに頭の中に響いた総司の声。その顔がゆがんでいくような気がして。

・・・ど、どうして!?

周囲に目を凝らして見てみるけれど、どこにも見当たらない。
・・・・・ない・・・ない!
お守りって預かったのに、沖田さんは首にって言ったのに、私が南天にって言ったから・・・
泣きそうになりながら草履も履かずに庭に下りて茂みの中や木の枝にでもひっかかっていないか探す。
屋根の上にでも・・・と思って少し離れて目視してみるけれど、総司の白い髪紐はどこにも見当たらず。
もう秋も終わりで日が暮れるのも早い。探しているうちに視界はどんどん暗くなっていく。

・・やめて、やめて・・・沖田さんの髪紐見つけるまでは暗くならないで・・・

屯所内の行灯に火がともされていく中で千鶴はもう見えない庭の中を必死で探していた。
こんな中のほうにまで髪紐が入るわけない。と思いながらもかすかな希望を持って茂みの中に手を入れてガサガサと手探りで探す。
千鶴の腕や顔は細かい傷だらけで、袴も汚れてひどい状態。それに追い打ちをかけるようにぽつぽつと雨まで降ってきて。
そんなことには一切構わずにふらふらと庭の奥の方を探しに行こうとした千鶴を不意にがっしりと掴む腕。

「千鶴?何をしている」
「・・・・・斎藤、さん?」

声に振り向けば、少し怒ったように顔を釣り上げて千鶴を見ている斎藤の姿が目に入る。

「・・・・顔も、手も、傷だらけだ・・・雨も降ってきた。早く中へ・・・」
「傷なんて平気です!私はすぐに治るから・・・それより探さないと・・・」
「何を探しているのかは知らないが、この暗さと雨では無理だ、あきらめて明日にでも・・・」
「だめです!」

諭すように言う斎藤の言葉を遮って千鶴は叫ぶように言う。

「だめです・・・だって、お守りなんです・・・」
ずっと我慢していた涙がぽろぽろと次から、次から溢れてくる。どうして・・・泣いちゃだめだ。そう思っても止められない。
「お守り?」
「・・・・お、沖田さんがっ・・・大坂に行くので・・・うっうっ・・・心配だったから・・・お、お守りもらったんです」
「総司に?」
「・・・・・・・」
千鶴は言葉にならなくて無言でうなづいてこくっと首を振る。
うっうっと泣きじゃくる千鶴を見て、斎藤は・・・・

「千鶴」
「・・・・・・・」
「総司にもらったお守りならば、探すのは明日だ」
「!?・・・・・・・」
いやいやと首を横に振る千鶴に、
「おまえが、ここで無理してけがをしたり、風邪をひいたりする方が総司は悲しむ」
「・・・・・・・・・・・」
「あいつは大丈夫だ、もっと、信じて待っておけ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・わかったな?」
「・・・・・・・・・はい」

ようやく涙も止まってきて、ゆっくりうなづけば斎藤はよしと呟いて頭を撫でてくれる。

「明日の朝、俺も探してやる、どんなお守りだ?」
「・・・沖田さんの髪紐です」
「髪紐?」
「はい・・・南天に結びつけていたんですけど、帰ったらなくなっていて」
「そうか・・・明るくなればきっと見つかるから、今は部屋へ戻れ」
「・・・・はい、斎藤さん・・・・」
「・・・・?」
「私、すみませんでした・・・ごめんなさい・・・」

そう言って頭を下げて部屋に戻っていく千鶴を見送った後、斎藤も屋敷内にあがる。

『ごめんなさい』か・・・・
昼間つないだ手、先ほど頭を撫でた自分の手を見ながら斎藤は胸にこみ上げてくるせつない気持ちに必死に耐えていた。






26へ続く