かりん
23
「・・・す、すまない」
唐突に謝る斎藤の言葉ではっと我に帰った千鶴は、いえいえと首を振って。
「あ、謝ることないです。あ、甘くておいしいですよね」
言いながらまだ、動揺していて頭がうまく回っていない千鶴は、あまり考えずにまだ一口分だけ残っている菓子をぱくっと口に含めば、ついさっき斎藤が、同じようにしてこの手のものを食べたのだいうことを急に思い出してますます顔が赤くなる。
「・・・・斎藤さんが、そういうことするのって珍しいですよね、びっくり・・・しました」
「・・・・・・」
いまだ顔をあげずに俯いたままの斎藤は、返事もすることができないようで。
「あ、あの・・・本当に気にしないでください。私がお菓子どうですか?って勧めたんですから」
「・・・・嫌では・・・」
「え?」
「嫌では、なかったか」
したを向いたままぽつりと呟かれた言葉は不安そうに震えていて、千鶴の言葉をじっと待っている。
「嫌だなんて、そんな・・・でも・・・困ってます」
「・・・すまない」
「あの、違うんです。えっと、困るっていうのは違って・・」
「・・・?」
「嬉しい、と思うから困ってます」
「・・・・・千鶴?」
泣き笑いのような表情で、何かに耐えるように必死に笑顔を作って斎藤の方に振り向いた千鶴は、
「嫌だなんて、思えません。嬉しかったんです、本当に・・・でも・・・」
「斎藤さんだけじゃない、沖田さんにも同じように嬉しいって思ってしまう自分に・・・困ってます」
「斎藤さんが気にすることなんて、ないんです。謝るのは・・・私の方・・・」
斎藤は土方に前に言われた言葉を思い出す。
追い詰めるようなことはするな、と釘を刺されていたのに・・・
「千鶴、謝るのはよせ、俺が悪い」
「違います、私が・・・」
「千鶴じゃない。俺が…おまえを好きになってから、困らせてばかりいるな…すまない」
「そんな!私は・・・・「だが」
千鶴の返事を強めの口調で遮り、すうっと息を吸って斎藤が紡いだ言葉は、
「俺が千鶴を好きな気持ちは変わらない」
「・・・・・・・斎藤さん」
「千鶴が、この気持を迷惑に思っても、もう変えることはできない」
「・・・・・・・・・・・」
「変えられない、俺が悪い・・・」
そのあとに漂う沈黙を振り払ったのは千鶴。
ちらっとまだ寝ている様子の総司を振り返った後、斎藤に視線を戻して、
「本当です。そんな、そんな風に言われたら、余計嬉しくなってしまうのに」
「・・・・・千鶴」
「ちゃんと、二人の気持に誠実に応えられるように考えます。待ってて、いただけますか?」
「・・・・・ああ」
先ほどの気まずい雰囲気は嘘のように晴れて、今は斎藤と千鶴ならではの穏やかで、居心地のいい雰囲気。
微笑みあう二人の雰囲気を一刀両断したのは・・・・
「千鶴〜いる?食事当番そろそろ行こうぜ〜」
戸口に立って声をかけたのは平助。
部屋の中を見た平助はとんでもない場面に出くわしてしまったと後悔したのだが、総司は寝ているし、斎藤と千鶴もいい雰囲気だし、まったくもって事の展開がわからない。
きょとんとしてる平助をよそに、あっそうだもうそろそろね!と立ち上がった千鶴は、
「斎藤さん、沖田さんを後で起こしてあげてくださいね」
一言、言伝をして平助と部屋を後にした。
残された斎藤は眠っている総司の様子を見に傍に寄ると・・・・
「・・・・話長いよ」
「!?」
近づいたとたんにむくっと起きて、しかも千鶴との会話を聞いていたような言葉に、斎藤は唖然として立ちつくす。
「僕が寝てるの見ていらっとしてたでしょ」
「なんだか夫婦ごっこみたいだったね〜…羽織着せてもらったりとかさ、いいな〜あれ」
「・・・・・・・・・・お菓子はおいしかった?」
「!?総司!!おまえ、最初から起きてたのか…」
「うん、ずっと。・・・すっごく千鶴ちゃんといい感じだったのに・・・とんでもない邪魔が入ったよ」
「何で寝たふりを続けるんだ」
「え〜だって千鶴ちゃんがものすごく僕に気を使って休ませてあげて!って訴えてるの聞いたら起きられないでしょ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・斎藤君の手口ってあんな風なんだね・・・勉強になったよ」
「手口ではない」
「う〜ん、まあ・・・いいか、ちゃんと僕のことも気にしてくれてるしね」
「・・・・・・・・・・・」
「言っとくけど」
総司は立ち上がると、斎藤を少し上から見下ろすように、射すくめるような視線で、
「僕も、気持ちは変えられない。そんなこと、できない」
「・・・・・・わかってる」
「千鶴ちゃんに僕も、伝えたくてたまらなくなって…起きようかとも思ったけど、それは耐えたよ」
「・・・・・・・・・・総司」
一呼吸置いたあと、総司は真剣な表情を少し崩して、いつものように少し首を傾けてにっと笑うと、
「もう一度言っとこうかな、・・・僕、負けないから」
昔言われた言葉をもう一度、ただ、状況はあの時とは全く違っている。
一番変わったのは、芯を持ったこの熱い気持ち。
「俺も、負けない」
今度ははっきりと、総司にそう返すと、総司は何も言わずに薄い笑いを浮かべている。
それでもお互いの気持は十分すぎるほどに伝わりあっていた。
「・・・あっねえ、斎藤君」
「なんだ」
「菓子、おいしかった?」
「・・?あ、ああ・・・」
「・・・千鶴ちゃんの指はおいしかった?」
「!?そんなところまで・・・」
「うん、見てた。・・・後ろから斬りたくなっちゃったよ〜あはは・・・殺気抑えるの大変だったよ」
「・・・・・・・・・・・寝たふりする総司が悪い」
「あっそういう言い方するの・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「まあいいけど。右手でよかったよ」
「?どういう意味だ」
「だって、左手は僕が消毒済みなのに」
「・・・・・・・何?」
「左・手・は・僕が消毒済み。よかった右手で」
「・・・消毒済みとは?」
「だから似たようなことしてるんだよ」
「・・・・・・・おまえ」
「人のこと言えないでしょ」
ここで二人の間に不穏な空気が流れ始めるけれど、土方の前で涙を流した千鶴を思い出し、二人はぐっと耐えて。
「・・・・・部屋に戻る」
言いながら羽織を大事に大切に、壊れものを扱うかのように懐に抱いて、嬉しそうに部屋を出ようとする斎藤の姿に、総司は思わずむっとして、
「ねえ、千鶴ちゃんに僕が起きてたの言っちゃだめだよ」
「・・・・言えるか・・・」
「そう、それならいいよ」
「・・・・大体、なぜ寝たふりなどしていたんだ」
「え〜・・・だって寝てたら千鶴ちゃん警戒しないし」
「・・・・・・・」
「それどころか、近づいてきて頭撫でたりしてくれるし、ね」
「・・・・そんなこと・・・」
「したんだよ、聞いてみたら?・・・あ〜でも寝たふりばれちゃうからだめだね」
「・・・・・・・・・・・」
「斎藤君?どうしたのかな?」
「・・・・・・もう、いい」
「いいって何が」
「部屋へ戻る」
今度はむっとした表情の斎藤を、してやったりとばかりに、嬉しそうに総司が見送った。
24へ続く