かりん

22




「ふう・・・これで何とか完了かな?」

一心に羽織を相手にちくちくと針作業を進めて、ようやく、自分でも納得する出来栄えとは言えないけれど…それでもほつれや裂け目はなくなった。
外を見ればもう夕焼けに空が染まり始めていて、風も少しだけ肌寒くなってきた。
ふと横を見れば、すっかり寝入ってすーすーと寝息を立てながら、猫のように丸まって総司が寝ている。
あの後、本当にそのまま目を開けることなく、邪魔することなど全くなく、すぐに眠りについた総司に少しだけ意外に、少しだけさみしく思う自分がいた。

・・・かまってもらうのは、なんだかんだ言って嬉しいんだな…

そんなことを思いながらじっと眠っている総司を見ると、ぶるっと一瞬体を震わせて、丸まっていた体を余計に丸めていく。

寒いのかな?何も着てないし・・戸も閉めてあげよう。
すーっと静かに戸を閉めたあと、上にかけるものを奥から取り出し、そっと総司にかけてあげる。
斎藤の羽織を丁寧に畳み、することもなくなったので総司の寝顔をぼんやりと眺めていた。

『好きな子が目の前にいて、見てるだけじゃ我慢できなくなるのって自然だと思わない』
昼間の総司の言葉をふいに思い出す。
かまってほしい子供のような顔を見せていたっけ。
『僕のことずっと見てたら触れたくなるかもよ?』

・・・そんなことにはならないですよ?
そう思いながらじ〜っと寝顔を見てみる。
普段、作ったように意地悪げな顔をしたり、からかったり、時には愛しさもこめたり、そんな表情はどこにもなく。
あどけない寝顔が、余計に総司の整った顔立ちを浮き立たせて・・・

・・・沖田さん。見てたら恥ずかしくなってきました。でも・・・
ふふっと小さく笑って、千鶴はそっと総司に近づくと、起きないように、そ〜っと、そ〜っと頭を撫でてみる。
・・・沖田さんに普段こんなことできないもんね
ちっとも起きない総司がなんだかかわいくて、昼間総司がしたように耳に触れてみたり、頬を軽く、本当にごく軽くつねってみたり。
・・・起きない・・・楽しい!

なんとなく総司の気持ちもわかって。
それって…私が沖田さんのことを好きってことかな…特別とか、そんな言葉じゃなくて、好き?
そう思いながら頭を撫でていると、

「千鶴?いるのか?入ってもいいだろうか」

戸の外から斎藤の声が聞こえて、千鶴は慌てて総司から少し離れて「ど、どうぞ!」とだけ返事をした。
部屋に入った斎藤の目にまず飛び込んで来たのは、千鶴の布団の中で横たわっている総司。
一瞬ここは総司の部屋か?とも思ったけれど、間違いなく千鶴の返事だったし、千鶴の布団だし、視線を横にずらせば少しだけ頬を染めている千鶴もいる。

「・・・・総司は、何をしているんだ?」

極力普通に声を絞って、千鶴に問いかければ千鶴も少し気まずそうに、

「あの・・・部屋に来て、私が繕いものしていて相手できなかったもので、そのまま寝ちゃって」
「・・・自分の部屋で眠るように言おう」

総司の傍に詰め寄り、今にも起こしそうな斎藤の手を千鶴はガシっと掴んで、

「斎藤さん、まだ寝かせてあげてください。・・・沖田さん疲れているみたいだし・・・」
「しかし・・・・」
「何しても起きないんです。普段の沖田さんならもうとっくに起きてます。それだけ眠れてるなら・・・起こさないであげてください」
「・・・・・・・・・・」

確かに、普段の総司なら少しの物音でも、少しの気配にも気付くように。浅い眠りが続いているはず。
・・・それだけ、千鶴の傍なら安心するということだ・・・
千鶴のいうこともわかる。わかりはするけれど・・・納得はしたくなかった。
でも必死の表情で訴えてくる千鶴をはねつけることなどできない。斎藤は仕方なく・・・

「わかった、そのままにしておこう」
「!っありがとうございます」
「夕餉には、起こすぞ」
「はい」

千鶴が、斎藤の大好きな笑顔で、にこっと微笑んでも、この時は複雑にしか思えなかった。
・・・総司は、得なやつだな・・・
心の中でそんなことを呟いていると、

「ところで、斎藤さん羽織を取りに来たんですか?」
「ああ、まだできていなくても構わないのだが、様子はどうだろうと思って」
「あの・・・できたことはできたんですが。あの〜・・・」
「?何だ?」
「手を抜いてはいないんです!一生懸命したんですけど」
「・・・・・?」
「こ、これ、どうですか?」

ばっと広げられた自分の羽織は、ところどころ突っ張りあい形が崩れている部分もあるけれど、問題であった部分は一つ残らず修繕されていた。

「・・・十分だ。ありがとう」
「・・だ、大丈夫ですか?」
「ああ」
「新しいの、注文した方が・・」
「これがいい」

嬉しそうに微笑む斎藤を見て、じわっと胸が温まっていく。けれど、その会話に、昼の総司との会話を思い出して、そのことでも胸が温かくなったことが、千鶴の胸を締め付ける。
いつまで・・・こんな・・・こんな状態で・・・どうしたら・・・
千鶴が急に黙り込んで何か考え込んでいる様子に、斎藤は千鶴が出来栄えを気にしているのかと思い、

「千鶴?」
「・・・え?な、何でしょう?」
「・・・今夜の見回りにはもう着ていこうと思うのだが」
「え?今夜?でもまだ火のしもしていないし」
「火のしはいい。よれてはいないしな、・・・これを着たい」
「斎藤さん・・・・」

目を少しだけ細めて、ほんの少しだけ口の端をあげて、普段あまり見せない微笑みをにこっとこちらに向けて。
本当に嬉しいのだと表情で物語ってくれる。

「いい、と捉えていいな?」
「・・・・はい。・・・・あっでも待ってください、それなら一度袖を通して、その、不具合がないかを確かめないと」
「不具合?」
「あの、だって突っ張っているし、何かあって刀を抜いた時にそれが邪魔になったりしたら・・」
「大丈夫だと思うが・・千鶴がそう言うなら・・・」

斎藤がそのまま羽織に手をかけて千鶴からもらおうとすると、千鶴はそのまま羽織を広げたまま斎藤の傍に来て。

「はい、斎藤さん、右から手を通してみてください」
「・・・・・・じ、自分で」
「え?」
「い、いや・・・」

こんな状況になるとは思っていなくて、たかが袖を通すだけと言われればそうなのだが。
それでも千鶴が自分の羽織を持って、着させてくれようと傍にいる姿を見て、まるで千鶴が自分の妻にでもなったような錯覚を起こして。
そんなことを考えてしまった自分に、「斎藤さん?」と優しい声で催促する千鶴。
斎藤は恥ずかしいけれど、嬉しくてそのまま右腕を通す。
「はい、次は左です」
言われるがままに腕を通すと、そのまま目の前に来て前を合わせて、羽織紐を手に取り首の後ろに回し、結ぼうとしたのだが・・・
そのあまりの近い距離に不整脈を起こしたように脈が早まっていく。
・・・千鶴は・・・千鶴は、こんなことを意識しないのだろうか…と少しだけ視線を下げてみると、
うっすら染まった頬が目に入ると同時に、千鶴の視線とぶつかって。
カッっと顔に熱が集まるのを自覚して。それとともに心臓がドクッっと強く打って。

一方斎藤の首の後ろで羽織紐を結ぼうとしていた千鶴は、
・・・うう、どうしよう・・・
前から結ぼうとしてるから、自然に体の距離は近づいて、それでもうまく結べない。
あまりの近さに、好きだと抱きしめられた時のことを思い出してしまい・・・
余計にドキドキしてうまく結べない。後ろに回って結ぼうかと思いだしたときに、ふと斎藤の視線を感じて上をあおいで見れば、
自分のことを想う斎藤の想いが強く込められている目とぶつかり、その目からそらすことができない。

じっと見つめあう形になった二人。そのまま動けずにたたずんでいたのだけど。
斎藤は千鶴を抱きしめてしまいたくて、ギュっと胸に閉じ込めてしまいたくて。
両手がそっと抱きしめるように動いたのだけれど、それでも、抱き締めることはせずに、自分を戒めるように両手をぐっと握り、

「・・・・千鶴」
「は、はい」
「・・・結びにくいのなら、後ろを向く」
「え?・・・・あっは、はい。じゃあお願いします」

ぱっと目をそらして後ろを向く斎藤の首の後ろで丁寧に紐を結んで、

「あ、あの・・・どうですか?」
「ああ・・・問題ないと思う」
「・・・・ちょっと動いてみてください」
「ああ」

羽織の様子を見るために、戸をあけて庭に下りる。
その時ちらっと千鶴に目を向けるけれど、上気した頬はすでにひいてきていて。
胸がちくっとするのを気にしないように、そして右に差している刀を一気に抜く。
ヒュッビュッ
ひと振り、ふた振り、軽く振ってはみたものの、何も問題ない。
中から不安げにこちらを覗きこむ千鶴に、部屋に戻りながら安心するように声をかける。

「大丈夫だ。ではもらってもいいだろうか?」
「は、はい。・・・よかった」
「・・・千鶴、これを」
「?何ですか?」

斎藤に渡された小さな箱の中にはきれいな和菓子が。
小鳥を象ったかわいい生菓子。

「わ〜かわいい!いいんですか?」
「ああ、こんなことしかできなくてすまない」
「そんな!嬉しいです!食べるのもったいないです」
「食べてもらわないと困るんだが・・」
「もう、もちろん食べますよ!・・・斎藤さんも一緒に食べませんか?」
「いや、俺はいい。千鶴に食べてもらいたいんだ」
「・・・そ、それじゃあ、いただきます」

ほんのり染まった頬を隠すように少し下を向いて、一口で食べるのはもったいないのか少しずつ口に含む様子がかわいらしい。
じっと横顔を見ていると、

「・・・あの・・・た、食べにくいです」
「?」
「そんなにじっと見られると、その・・・さ、斎藤さんもお菓子やっぱり食べたいですか?」

自分に見られていたことで意識していてくれたのだとわかって。
それをごまかそうとしながら、お菓子を差し出してくる様子が愛しくて。
もっと、もっと、自分の色に染まってほしい。もっと、もっと・・・

「そうだな、一口もらう」
「あっどうぞ」

安心したように斎藤の手に菓子を手渡そうとするけれど、斎藤は菓子を手で受け取ることなく、千鶴の手首をつかんでそのまま口に運び・・・

ぱくっ

「・・・甘いな」

自分でしたことなのに火がついたようにみるみる赤くなって俯く斎藤を、
千鶴はそれ以上に赤くなりながら見つめていた。




23へ続く