かりん

21





ちくちく・・ちくちく・・

だんだんと日中の気温も肌寒く感じるようになってきたけれど、今日は陽が温かい。
戸をめいっぱいに開けて日差しを入れれば部屋の中はぽかぽかとしていて、何もはおらずに過ごすのがちょうどいい。
ずっと同じように一枚の隊士服とにらめっこしながらちくちくと縫い作業に追われる千鶴には時折眠気も襲ってくるのだけれど。
自分から言い出したことだし、何かの役に立ちたいとその日はひたすら繕いものをしていた。

「う〜ん・・・どうしても突っ張っちゃうな…大丈夫かな・・・」

一度完成した浅葱色の羽織は、一目見ただけで生地が引っ張りあいっこをしていて、これはいくらなんでも…とやり直しをしたのだけど。
やり直し途中である羽織を広げてみるとどうしても突っ張ってしまっている。

「これ以上やりなおすと生地が傷んじゃうし・・・」

元々がもうかなりほつれていて、生地もところどころ裂けていたし、直しようがないのではないかと思っていたこの羽織は斎藤のもの。

「この程度ならば任務に支障はないし、新たに注文するほどでもない」
と言い張り着込んでいたもので。
少し汚れたその羽織を洗おうと広げた時に見えたそのほつれ具合と、裂け具合から、放っておくよりは少しでも直しておくほうがと思い斎藤に申し出た千鶴に、最初は遠慮してその必要はない。と言っていた斎藤も、千鶴の押しに負けたのか最後には頼むと言ってくれて。
早速とりかかってみたものの・・・・

「・・・・・これ見たら、あきれちゃうかな」
「誰が?」
「斎藤さんが・・・って沖田さん!」

気がつけばすぐ後ろからじ〜っと千鶴の手元を見ている総司がいる。

「ま、また!いきなり後ろにくるのやめてください!心臓に悪いです」
「その反応がかわいいからつい、ね?」

首をかしげていたずらっぽい笑みを湛えて千鶴の顔を覗き込んでくるから、千鶴には余計心臓に悪い。
総司はじわじわと赤く染まっていく千鶴を満足げに見てから、

「ところで、これ斎藤君の?」
「あっはい、そうなんです。ちょっとほつれていて、直そうとしたんですけど…どう思います?」
「・・・見事につっぱってるね」
「うう…やっぱりそう思います?新しいの頼みましょうって説得する方がいいですよね」
「う〜ん、僕はその方がいいけど。・・・斎藤君にはこのつっぱり羽織の方がいいんじゃない?」
「そ、うですか?」
「うん。僕なら嬉しいけど。僕のはほつれてないんだよね〜ほつれさせようか」
「なっ故意に傷めたらだめです!」
「わかってるよ、じゃあそのうちそうなったらお願いね」
「・・・・・こんな風になるってわかってても、私に頼むんですか?」
「千鶴ちゃんにしてもらうのが、いいの」

お、沖田さんなんだか愛情全開!って感じ・・・は、恥ずかしい、どうしよう〜
いまだにじっと見つめられたままの自分にどんどん熱が集まるのを自覚して、頭は繕いものに集中などできるはずもなく、その結果やっぱり・・・

「痛っ!」
「お約束なことするね、千鶴ちゃん」
「お、沖田さんがあんまりじっと見るからです!」

じんとした鈍い痛みがある矢先、ぷくっと血がでてきた指を総司に向けて、恨めしげに総司の方へ顔を向けると、当の本人は気にすることもなく、それどころかなぜか嬉しそうに目を細めて、

「僕のせいなら僕が手当しなきゃね」

総司は顔をにんまりさせて下から覗きこんで、すっと指を絡めとる。千鶴があっと思った瞬間にはもう遅くて・・・
そっと口に指先を含んで小さい球を作っていた血を優しく吸いとるように。
もう血は出ていないと思うのに、それでも指を口から離すことはなく、指を銜えたまま傷口をいたわるようにそっと舌で優しくなぞって。
その指先だけに神経が集中しているように思われて、その感覚に頭が麻痺しそうになる。

「お、沖田さん、もう大丈夫です!」
そう言って手を引っ込めるように力を込めてもビクともしない。きつく握られているわけでもないのに。
手はそのまま。指は銜えられたまま。目は千鶴を見て。
総司は困ったような色を込めた千鶴のうるんだ瞳をみとめて、少しだけ眉をよせて微笑んだ後ようやく千鶴の手をはなす。

「もう、痛くないよね?」
「は、はい・・・・」
「本当はもっとしたいんだけど」
「は、・・・え、ええ!?」
「あはは!今は・・・これで我慢してあげるよ」
そう言うと総司はおもむろに千鶴の傍に横たわって、そのまま千鶴を見上げている。

・・・・・・・・・や、やりにくい

「あ、あの沖田さん」
「何?」
「お仕事は・・・」
「今日は昼は非番」
「そうですか・・・あの予定は」
「ここにいる」
「・・・・暇なんですか」
「千鶴ちゃんがいるところがいい」
「〜〜〜〜〜〜」

何を言ってもさらっと返す言葉にいちいち反応してしまう自分がなんだか悔しい。
もう、とぶつぶつ言いながら斎藤の羽織をばっと広げて、また繕い始める千鶴に、最初は総司もおとなしくしていたのだけど。

じ〜〜〜〜
・・・・・・・・・・
じ〜〜〜〜〜
「・・・・あの、沖田さんそんなに見られているとやりにくいんです」
「じゃあ止めて、僕と遊ぼうよ」
「無理です」
「じゃあ見てるくらい我慢してよ」

ぶすっとそう言われればこれ以上言える言葉もなく。
き、気にしない気にしない。集中しなきゃもっと突っ張って変になっちゃう!と気を引き締めて、繕いものを再開すると・・・

ぷにっ・・・ぷにっ・・・・
・・・・・・・・・
ぷに〜〜〜
横から伸びてくる総司の手が先ほどから千鶴のほっぺや耳たぶやらを軽くつねってきて・・・

「〜〜もう!沖田さん見てるだけって言ったじゃないですか!」
「だって、触りたくなるんだもん」
「触りたくなるんだもん、じゃありません!これじゃあ進みませんよ」
「千鶴ちゃんさ、好きな子が目の前にいて、見てるだけじゃ我慢できなくなるのって自然だと思わない?」
「が、我慢できないって・・・あ、あの・・・」
「僕これでもよく我慢してるな〜って思うんだけど」
(これで!?)
心の中の叫び声は総司に届くはずもなく・・・

「千鶴ちゃんもさ、僕のことずっと見てたら触れたくなるかもよ?」
「なりません」
「見てもないのに・・・そう言うのはどうかと思うよ?」
「だ、だって見れません!」
「どうして」

先ほどからずっと総司の顔を見ないで、ひたすら顔をそらそうとする千鶴の態度に加えて、見れないと言われて総司はむっとする。

「だ、だって、どうして沖田さんはじっと見れるんですか?私は・・・は、恥ずかしくて見れないんです。私ばかり・・・意識しているみたい
最後の方は聞こえるか聞こえないかくらいの小さい呟き。
でも聞き逃すような馬鹿なことはしない。
総司は千鶴の正面に回り込んでがしっと頭を押さえて、自分の方へ向ける。

「沖田さん!私には無理です!」
「まあまあ、ダメだったらもう邪魔しないから」
「・・・・本当ですか?」
「うん、見てみて」
「・・・・・・・・・・じゃ、じゃあ・・・」

そっと視線を上げて、総司の整った顔を見る。
細められた目はとても優しくて、心なしか少しだけ赤くなった総司の頬に気が付いて。
・・・・私だけ、なわけないよね・・・・
総司が自分のことをどれだけ想ってくれてるか、知らないわけないのに。自分のとる態度は少し冷たかったかな・・・そう思って、
少しでも気持ちを返そうと千鶴がにっこり微笑んだ瞬間、総司の顔がぐ〜っと近づいて・・・

「お、沖田さん!!ち、ちょっと!!」
「あれ・・・まだ早かった?」
「早いも何も、見てみて。って話でしょう!?」
「だって千鶴ちゃんにっこり笑うからいいのかな〜って」
「もう知りません!別の部屋でします!」
「あ〜わかったわかった、じゃあここで昼寝してていい?」
「昼寝?」
「うん、温かいし、千鶴ちゃんもいるし、ゆっくり眠れそう」

普段ゆっくり眠るなんてあまりないのじゃないかと思われる任務をこなす新選組の一番組の組長なのだ。
顔では笑っていても、きっと疲れはたまってる。少しでも落ち着けるなら・・・

「お昼寝なら・・・かまいません」
「そう、ありがとう」

そのままもう一度横になり目を閉じる総司の横で、触れたか触れないかわからないほどの口づけを思い出して千鶴はそっと口に手をあてた。






22へ続く