かりん

20





斎藤も加わって男三人でいる部屋は微妙に居心地が悪いのだけど。
それでも、昼間のような険悪な雰囲気はどこにもなく、ぽつりぽつりと語りながら酒を酌み交わしていく。
そんな中、斎藤がふと思い出したように、

「左之…こぶは大丈夫か?」
「あ?ああ、大丈夫だよ、お前ら手加減しないから、かなりでかいのはできたけどな」
触らなくとも痛みを持つこぶをそっと押さえながら言うと、
「・・・・自業自得だとは思うが、すまなかった」
(お前も自業自得って言いにきたのかよ!)
「それで・・・これを」
「?何だ?・・・・・・・これって」
「石田散薬だ」
「・・・・やっぱり」
「ちょうど酒もあることだし飲んで「い、いや!もうちっとも痛くね~から大丈夫だ!気にすんな!」
「しかし・・・「いいから!おまえの大事な薬だろう!」

そう言って自分に薬を渡そうと差し出している手をぐいぐいと戻す。
そんな様子を見ていた総司が不意にぷっと噴きだして。

「斎藤君も相変わらずだよね~・・・こんなところは全く変わってないのに」
「・・・・・・・・・・・・」
「左之さんに相談しにきたんでしょう、僕と一緒だ」
「相談?」
「違うの?」
「なんの」
「・・・・・・・本当に薬持ってきただけなの」
「ああ」

何だろう・・・このむかっとした感じ。
自分はあれだけ考えて眠れなかったのにこの男はそんなこと考えてもいなかったのか・・・

「まあいいじゃねえか、それならそれで、な?」
「・・・・まあ、別にいいけど」
「?」
「ところでよ、お前らいつからそんなに千鶴に首ったけになってるんだ?」
「はあ?」「何を・・」
「まあ確かにかわいくて、たまにびっくりさせられるような笑顔飛び出すけどな」
「うん、かわいいよね」「・・そう思う」
「だから、前だったらそんなにすぐに肯定しなかったと思うんだが・・そこまで気持固まったのっていつくらいなんだよ」
「・・・・そんなこと言われても、気がついたらって感じだし」
「俺も・・・いつの間にかだと思う」
「・・・なんだよ、はっきりしね~な・・・」
「はっきりなんて無理だよ、そういうのは左之さんが一番よくわかってるんじゃないの?」
「残念ながら、お前らほど想う相手ってのにまだ巡りあえてないんだよな~気に入る女ならいくらでも・・・」
「最低だね」「最低だな」
「なんだよ!・・・もしかしたら千鶴がそうかもって思うことはあったけど」
「却下」「戯言を・・」
「ははっお前ら本当に余裕ねえな~」

正直二人とこんな話をすることになる日が来るとは想像もしていなかった。
総司と斎藤を変えた千鶴を改めて感心するのと、想いを今更寄せることはできないと、少し残念に思う気持ちが半分半分で。
そんなことを考えながら酒をくいっとあおると、総司が誰ともなしに虚空を見たまま呟いたのが、

「いつ、好きになったのかはわからないけど…もしかしたら一目惚れかもね」
「一目惚れ?あの、羅刹から助けた時に?」
「うん・・・助けた時に、震えながらもじっとこっちを見る目がね」
「目が?」
「・・・きれいだなって無意識に惹きつけられてた」
「確かに、総司も俺も刀を向けることができずに・・・」
「そう、土方さんは向けたけどね」
「なんだ、その時から知らず知らずのうちにってか」
「そうかもね」
「斎藤もか?」
「印象的な目をしている、とは思った。刀を向けようとも思えなかった。その後は土方さんに言われて守っていただけだ」
「でも・・・千鶴ちゃんには必要以上に守ろうとしてた感があったよね」
「そう言われたらそうだよな・・・」
「・・・・・・・・・」

俺は言われた通りにしていただけだ。そう言い切れると思うのに。
自分でも気がつかない最初の方から、千鶴をほかの人とは違う気持の部類に押し込めていたのだろうか、そう思うと自然に頬に熱が集まってくる。

「ほら見て、左之さん。あの顔千鶴ちゃんに見せたくないんだよね」
「お~わかるわかる、が・・・きっと千鶴は俺ら以上に見てるぞ?」
「・・・・そうだよね」

二人にそんなことを言われて戸惑いながら一気に酒をあおってむせる斎藤に二人は笑を漏らす。

「にしたって、男三人だとなんか味気ね~な~」
「左之さんいつも男三人ってこと多いじゃない」
「あいつらは、まあいるだけでやかましいし、あれだけどよ。お前ら静かだからな・・・」
「たまには静かに酒を味わえ」
「そうだよ、外でもお腹出して…屯所の評判下げるようなことやめてよね」
「それには土方さんも頭を抱えている」
「土方さんは知ったこっちゃないけど。新選組を悪く言われるのは近藤さんに対して失礼だしね」
「だ~~~!!!!酒の場で説教すんな!!」

左之が叫んだと同時にとんとんと音がする。

「原田さん?千鶴です、どうかしました?」
「ち、千鶴か?お前こそどうしたんだよ・・・」

横にいる二人の雰囲気がすこし尖ってきているのがわかる・・・

「あの、怪我の具合どうかと思って…様子見に来たんです。入ってもよろしいですか?」
「あ?あ、ああ」
「失礼します」

両手に塗り薬や包帯などを携えてそっと中に入ってきた千鶴は目を見開く。

「沖田さんに斎藤さん!お二人ともどうして?・・・・あ、お酒吞んでたんですか?」
「うん」「ああ」
「すみませんお邪魔でしたか?」
「い、いやそんなこたねえよ」
「えっと、じゃあぱっと済ませて戻りますね」

そういって左之の頭に手を添えてそっと薬を塗っていく。

千鶴からしたら後ろに総司と斎藤がいることになるので、気がつかないのが幸いだろうけど・・・
こ、怖い・・・・言っとくけど、俺が頼んだわけじゃねえ!
必死で二人から目をそらしてひたすら終わるのを待つ。

じっと左之を手当する千鶴の様子を見ていた総司はふと自分の杯が空になったのに気がつき、その杯を所在なさげに揺らしていたのだけど、
「はい、おしまいです」
と千鶴が左之の手当てを終わらせ道具を片付け終わるのを見計らって、

「ねえ、千鶴ちゃん」
「は、はい?」

千鶴としても土方にあんな風に自分の気持ちを吐露した後なので、二人と話すのは正直ちょっと気恥ずかしいのだけど、いたって普通のように話す。・・・本人は話しているつもりだけど・・・
総司に話しかけられてビクっと揺れた肩や、とたんに赤くなる頬。
左之の手当てをしてもちっともそんなことにはならなかったのに、総司が話しかけただけでそんな風になる千鶴がかわいくて、次に口から出た言葉は総司が自分でも驚くほど柔らかい声色だった。

「千鶴ちゃんにお酌してほしいな、いいかな?」
「お酌ですか?」
「うん、手当も終わったしいいよね?」
「遅くまでお邪魔したらご迷惑じゃ・・・」
「僕はいてほしいんだけど」

千鶴が憂慮して返事した言葉にすぐさま、いてほしいからと言葉を返されて。
その総司の微笑みに千鶴はしばし言葉が出てこない。
いつからだろう?こんなに柔らかい表情を見せてくれるようになったのは。
初めて見た時は、近藤さんに向けられたその笑顔。いつも冷えた笑しか浮かべてもらえない自分との差がありありとわかって・・・
いつの日か自分もこんな風に笑えてもらえたらいいのに・・・とずっとそう思っていたのに、気がつけばその笑顔は自分にも向けられていた。

「・・・私もいたいです」

ぽつっと呟いた言葉はまっすぐに沖田の元へ。
にこっと微笑みを返す千鶴の表情は言葉にならないほど。

そんな様子を傍観するしかできなかった斎藤は、千鶴のその笑顔を見て驚く。
自分に対する特別と、総司に対する特別の違いというものを見せつけられた気がした。
自分に向けられた気持などない。そう思っていたから、昼間の千鶴の言葉は嬉しいものでしかなかった。けれど・・・

「・・・・・・・俺ちょっと出てくるわ、お前ら、ゆっくりしていけ」
「?原田さん、どこに行くんですか?」
「いや~ちょっとあてられたからな…ちょっと島原班に参加しようかなってな」
「?安静にしてた方がいいんじゃ・・・」
「大丈夫大丈夫、んじゃ・・・」

部屋を出ていく左之を見て、斎藤も腰をあげようとした時、総司がぽんと肩に手を置く。
「千鶴ちゃん、それじゃ寒いかもしれないから何かはおるもの持っておいで」
「あっはい。」
そっと足音をたてないように部屋に戻る千鶴の気配を確認してから、総司が斎藤に口を開く。

「あのね・・・あそこで斎藤君出て行っちゃったら千鶴ちゃん気にするでしょう・・・」
「しかし・・・」
「土方さんに言われたでしょう、素直に聞くのは本当は嫌だけど・・・昼間のこともあるし、少しだけでも仲直りしてるってところ見せとかないとね」

本当は二人で吞みたいに決まってるけど、といつものように軽口をたたく総司に斎藤も少しだけ気を緩めて、

「そうだな、ではそうする」
「うん」
「・・・・・総司、おまえが・・・・」
「うん?」
「おまえが先ほど左之に相談をしにきたと言っていただろう」
「うん」
「・・・・その意味がわかった気がする」
「あ~やっと?」
「・・・・・・」
「少しは僕みたいに悩んでよね」
「・・・そうする」





21へ続く