かりん

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「あっあなたは・・・すみません。少しよろしいでしょうか」
「はい?」

門付近の掃き掃除をしていたら、いきなり外から声をかけられ、振り向くと・・・

「あ、あなたはこの間の?」
「よかった、覚えていてくださったんですね」

つい最近沖田さんと見回りに行った時に、浪士に絡まれていたのを助けた女性だった。

「あの、あの時取られそうになった荷物、私がお世話になってるお店の主人の荷物だったんです。」
「それで、主人が感謝しておりまして、ぜひお礼をと・・・」

「わかりました。あの、少しお待ちください」

確か土方さんは留守だし、ということは、沖田さんを呼ぶのがいいのかな?
少し行儀が悪いけど小走りに廊下を進み、総司の部屋の前まで来た。

「すみません、沖田さん。ちょっとよろしいですか?」

中に全く気配が感じられない・・・一応もう一度。

「沖田さん?開けますよ?」
スーっと襖を開けるも、中にはやっぱり誰もいない。

「困ったな、どこ行ったんだろう?」

仕方なしに女性の元へ戻り事情を話そうと思って、門の方へ向かうと・・・

「いるし・・・」

なんのことはない、総司はその女性と話していた。
千鶴はなぜか、その光景に足が進まなくて、遠目に見ていることしかできなかった。

沖田さんってあんなに愛想よかったっけ?
あんなに最初からほほ笑んだりしたかな・・・
それに・・・
千鶴は総司にからかわれて、苛められてばかりだから、最近すっかり忘れていたのだが、総司はきれいな顔立ちをしている。
普通にしていれば、女性の方から寄ってくる方だろう・・・
今、あの女性と二人でたたずんで話している様は、傍からみたらとてもお似合いで、美男美女の恋人同士のよう・・・

なぜそんなことばかり考えてしまうのかわからないけど、とにかくとてもその二人の所へ行く気になれず、千鶴はそのままそっと後ずさりして部屋に戻ったのだった。




「千鶴ちゃん、部屋にいたの?」

総司はいつものようにいきなり部屋に入って来て、当たり前のように隣に座って話しかけてくる。

・・沖田さん、いつもとおんなじ態度・・だよね・・・

「君、僕を探してたんじゃないの?」
「さ、探していたんですけど見当たらなくて・・・」
「で、何で部屋にいるのさ、あの人もう帰ったよ」

帰ったからここにいるんですよね、わかってます・・・
なぜだかいちいち総司の聞き方が癪に障る。それでも態度に出ないようにできるだけ笑顔を作って・・・

「沖田さんがどこ探してもいないから、あきらめて門に戻ったらもういなかったんです」

こんな小さな嘘をつくことに違和感がある。どうして嘘をつかなければいけないのだろう・・・

「そう?そういえばあの人ねえ、島原の店の芸者なんだって」
「芸者さん?・・どおりできれいなはずですよね」
「それで、この間のお礼に酒代たっぷり割り引いてくれるって言うから、今夜行こうよ」
「行こうよって・・・土方さん明日にならないと帰ってこないし、勝手に出るわけには・・・」
「土方さんがいないからこそ、今夜なんだよ」
「でも・・・」
「もう新八さん、左之さん、平助も行く気満々だし。斎藤君は・・・わからないけど」
「あの・・・・でしたら皆さんで行ってください!私はお酒も飲めないし、それに勝手に出歩くのはちょっと・・・」

思わず目をそらして俯いてしまったのは、きっと行きたくない理由が他にもあるから。

総司はそんな千鶴をじっと見ていたけど、ふうと息をついて、

「わかった、千鶴ちゃんはそう言う気がしてたけどね、いい子でお留守番してるんだよ?」

ぽんぽんと頭を、子供のように撫でて。
いつもならとても嬉しいのに、殊更子供扱いされている気がして・・・

総司が部屋を出て行った後、千鶴は無性にこみ上げてくる涙を必死にこらえていた。




夜、いつもと違って屯所内はしーんとしている。
風の音や虫の音がよく聞こえて、いつもなら安心するそんな自然の音が、妙に一人だと自覚させる。
なかなか寝つけられなくて、少し風にでもあたろうかと、起きて部屋の引き戸を開けると、


「雪村?こんな時間にどこへ行く」
「キャっ!!」

暗闇の中で唐突に声をかけられて、思わず体をすくめてしまったけど、よくよく聞けば・・・

「斎藤さ、ん・・・ですか?」
「ああ、どこへ行く」
「あの、ちょっと眠れなくて、風にあたろうかと・・・」
「・・・・そうか」

暗がりにもだいぶ目が慣れてうっすら斎藤さんの顔が見えるようになった。
なんだか、厳しそうな顔していたけど、少し和らいだみたい・・・もしかして・・・

「私が、屯所出ていくとか、思いました?」
「・・・・いや、そんなことはない」

きっとそうだ・・・
でも、一人だと思っていたのに、斎藤さんがいるとわかって少し、・・・いや、かなりほっとした。

「あの、少しだけお話相手になってくれませんか?」
「俺が?相手にならないと思うが」
「なりますよ!あの、一人だと落ち着かなくて、寝られそうにないんです・・・だめ、ですか?」
「いや、・・・かまわない」

斎藤が少しだけ微笑んでくれたので、千鶴もそっと笑みを返した。




3へ続く