かりん

18





「それで?」
「それでも何もそのままだった言ってるじゃないですか」
「それじゃわからねえんだよ!」
「左之が千鶴を抱きしめて、千鶴が悲鳴をあげたのを確認したので・・・」
「で?」
「後ろから殴ったんですよ」

先ほど廊下で聞いた通りのことを淡々と話す二人。だが自分が知りたいのはその後のことで。

「だから、それはもう聞いただろう?それでどうしてお前らがやりあうことになるんだよ」
「そ、それは・・・・・・・」「言いたくない」
「俺はそれを聞いてるんだ。言いたくないじゃ済まさねえぞ総司」
「じゃあ斎藤君から聞いてくださいよ」
「なんでお前は言いたくないんだよ」
「だからそれも斎藤君に聞いてください」

頑として意見を曲げずにふんと顔をそらす様はまるで子供だ。いや、こいつは元々こうだったな・・・
ふう、と息を吐いて、とりあえず斎藤に話を聞こうと土方は斎藤に向き直った。

「んじゃ、おまえから話してくれるか斎藤」
「は、はい・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・??何で話さないんだ?」
「やましいことがありすぎて言えないんじゃないの〜」
「総司!てめえは黙ってろ!」

額に青筋を増やして、眉間のしわも一本、また一本と増えていく土方の姿を見て、斎藤は自分がここまで土方を怒らせているのを情けなく思った。自分で起こしたことなのだ、責任は取らないといけない。
これ以上土方に迷惑をかけるのはもってのほかなのだ。そう自分に問いただして一呼吸置くと、

「副長、お話します」
「お、おお」
「左之が倒れた後に千鶴になぜこんなことになったのかという話を聞きました」
「千鶴がすぐに男に対して赤くなることに免疫をつけようという話だったらしく」
「それを聞いた総司が、なぜそんな話をすることになったのかと問い」
「千鶴が左之に話しかけられた時に赤くなっていたからという返答を得たところ」
「総司がなぜ赤くなっていたのだと問うて千鶴が黙っていると」
「斬りかかられました」

・・・・・・・・・・・

「は?」
「その通りに話しました」
「ちょ、ちょっと待て、待てよ」

土方は頭の中で必死に思考巡らす。だがどうしても最後がわからない。

「何で千鶴が黙っておまえが斬られるんだよ」
「それは…俺にもわかりません。その通りのことを話しました」
「何がその通り?肝心なこと話してないじゃない」

むっと視線を斎藤に向ける総司に、斎藤もキッと視線を返す。

「土方さん、千鶴ちゃん赤くなって斎藤君見ながらおろおろしてたんですよ、斎藤君も赤くなってたし」

肝心なことと言われて身を正して聞いていたのに・・・これが肝心なことか?

「それって、そういうことでしょう?」
「そういうこと、とはどういうことだ」
「あれ?それを僕に言わすの。それとも言いたいの」
「・・・・・・」

目の前でまたバチバチと火花を散らしだす二人を見て倒れそうになる。ようするに、これは、単なる・・・嫉妬が原因で。
・・・・・・・・・く、くだらない。土方はようやく理解できた話の流れをつかんた後最初にそう思った。
遅咲きの初恋がやばいっていうのは本当だな・・・
余計に痛くなってきた頭を押さえる。好きになるのは勝手だが、周りに影響は出さないようにならないのか・・・
この分だと千鶴も大概振り回されていることだろう。

「おまえら、もう千鶴に気持ち伝えているのか」
「伝えましたよ」「はい」

二人が同時に返事した後、総司が驚いたように斎藤を見やる。

「伝えてたの?」
「・・・ああ」
「もしかして、さっきとか」
「・・・・・・・・」

そっと頬が染まる斎藤を見て、総司は顔を面白くなさそうにゆがめる。

「みんなこれ知ってたんだ、だから僕を避けようと・・・なるほどね」
「?何の話だ」
「いや・・・やっぱり探しとけばよかった」

土方を無視してどんどん話を進めようとする二人に土方は、

「おまえら!話は終わってないんだよ!」
「はいはい」「はい」
「・・・・・二人とも下がれ」

土方は指をさして二人に退室を促す。
話が終わってないのに退室を命じる土方に一瞬だけ虚を突かれたような顔をした二人だけど、すぐに何かに気がつき、

「じゃ、下がります」「失礼します」



二人が部屋を出て少しした後、

「土方さん、千鶴です。入ってもよろしいですか?」
「ああ、入れ」

そっと部屋の中に入ってきた千鶴は、ぱっと部屋の中を見て、一瞬だけ安堵の表情を浮かべる。
その表情を土方は見逃さなかった。

「二人から話は聞いた。おまえも大変だな」

土方が苦笑いするように、でも穏やかな空気を繞って話をしてくれるので千鶴も落ち着いて受け答えができた。

「いえ、大変だなんて、そんなことないです」
「そうか・・・・あいつらの気持はもう知ってるんだな」
「はい・・・」
「今までそんなことには興味も示さなかった奴らだ、その分想いが強いみたいで、お前に一直線に向かいすぎてるみたいだな・・・迷惑かけるな」
「迷惑なんて!私は本当に、嬉しいんです。こんな私を想ってくれて・・・そういう幸せ訪れるなんて思ってもいなかったから」

にこっと笑う千鶴に土方も一瞬目を奪われて。千鶴は、こんなにきれいな女だっただろうか?
幼い印象しかなかった少女がいつの間にか大人びた女性の笑いをするようになっている。
あいつらと接して変わったのかもしれないが・・・

「おまえは、もう気持は決まっているのか?」
千鶴は少し目を落としたあと、まっすぐに土方を見る。嘘偽りは込められていない、素直な眼差しで。
「私、まだよくわからないんです。二人の気持ちは本当に嬉しいし、その・・・沖田さんと、斎藤さんは私の中でも特別になっていて」
「特別?」
「はい、それが好きってことかはよくわからないんですけど・・・同じような特別じゃなくて」
「沖田さんといるとドキドキします・・・でも普通のドキドキじゃなくて、ずっと傍にいたいって思うような、ドキドキが私を温かく包んでくれるような・・・」
「斎藤さんといると、守ってあげたいって思うんです。かわいくて、愛しい・・・そんな感情がどんどん湧いてくるようで」

顔を赤らめながらも誠実に一言一言を選びながら話す千鶴。そんな千鶴の言葉を紡ぐのを邪魔しないように土方は黙って聞いている。

「こんなどっちつかずな態度を、いつまでも続けてたらいけないって思うんです。沖田さんも斎藤さんも苦しめることになるってわかっていても・・・」
「今は、まだ、どうしても決められないんです。答えが出なくって・・・」
「今日みたいに二人が争っているのを見るとつらくてたまらないんです。でも私何にも言えないんです」

ポロっと流れる涙をぬぐおうともせずに話す千鶴はとてもきれいで、土方はそっと涙をすくいながら安心させるように頭を撫でて、

「大丈夫だ、お前が納得できるような答えを見つけるまで、あいつらだって待つ。そのくらいの度量は持ってるだろ」
「それにおまえが時間をかけて納得して出す答えなら、あいつらも納得する、心配すんな」

二人に想いを告げられてから、嬉しいのと同時に、胸を締めつけていた気持をふわっと和らげる言葉。
ポロポロと流す涙を必死で止めようとすると、土方がそっと千鶴を抱き寄せて、

「馬鹿野郎、我慢するんじゃねえ。泣ける時に泣いとけ、胸くらいいつでも貸してやるから」

自分の胸にすがりついて涙を流す千鶴にそっと思う。
お前が惚れたのが俺だったら、こんな想いさせやしなかったのに。俺も見る目がなかったか・・・
土方は千鶴の涙がひいて、千鶴が落ち着くまでずっとそのままでいた。






千鶴が部屋を出たあと、足音も聞こえなく気配も遠ざかったのを確認してから、

「出て来い」

土方が声をかけた襖の先から、ばつの悪そうに戸を開けて出て来たのは総司と斎藤。
千鶴が来る気配を察した土方が二人に退室するように命じたのは自分の隣の部屋を指さしながら。
その土方の意思を二人はすぐに察して隣で控えていたのだけど。

「おまえら、ちゃんと耳の穴かっぽじって聞いてたか」
「かっぽじらなくても聞こえましたよ」「聞きました」
「・・・・お前らが好意を寄せるのはいい。だが惚れた女を追い詰めるようなことはするなよ」
「「はい」」

斎藤はもちろん、珍しく総司も素直に返事して、土方は少しだけ顔を緩める。
これで少しは落ち着くだろう…ひと段落ついたかな、と思いほっと息をつく。

「おしお前ら、今回のは勘弁してやる、二度と同じことするんじゃねえぞ」
「わかってますよ」「肝に銘じます」
「よし、行け」

土方が今度こそ本当に退室を命じたのに二人は出ようとしなくて・・・

「・・・・・なんだよ」
「土方さん・・・千鶴ちゃんのこと抱きしめてませんでした?胸を貸すとかなんとか言ってたし」
「はあ?」
「総司、口を慎め」
「何、大体千鶴ちゃんの泣き声だけが聞こえてシーンとしてる時、斎藤君なんか部屋に行こうとしてたじゃない」
「そ、そうなのか?」
「い、いえ、その・・・」

この二人は本当に先ほどのことを理解しているのだろうか・・・一抹の不安にかられる土方。
当の二人は少なからず千鶴の気持ちを聞けて、土方に感謝しつつ、同じことを考えて認識していた。

ここの屯所内で一番危険なのは土方。と・・・





19へ続く