かりん

15




稽古が終って、倒れこむように次々と隊士たちが寝転がる中、斎藤は一人道場をすたすたと出る。
多少息が上がってはいるけれど、体はまだまだ動く。もう少しだけ体を動かしておきたい。

そうは思うけれど、今この場で斎藤がまた素振りでもしだしたのを見たら、隊士も動かないわけにはいかなくなる。
それを考慮して、人目のつかない中庭の方でと思い足を向けていた。

中途半端な刻限にはやはり人がいなく、心おきなく動作の流れを確認することができる。
心のままに剣を振るう。
何かを振り払うように。

今まで、こんな風に剣が乱れることはなかった。
普通の隊士なら何も気がつかないかもしれないくらいの、微々たる違いだけど。
心の中に占めるものがどんどん大きくなってきて、それを表に出さないようにしようと努めるが、それがとても難しくて。

考えないようにするから、余計に考えてしまう。
気持ちを、押さえつけようとするから、余計に膨らんでいくのだろうか。

想いを自覚した後、千鶴との間に特に変わったことはない。
むしろ、千鶴を避けるようにしてしまい、1日話すこともなく過ごす日もあったくらいで。
総司と千鶴の親しげに話す様子を少しでも見ないように、なるたけ千鶴の傍には行かないようにしていた。

斎藤がここまでするのには、千鶴を困らせたくないから。

自分の気持に気づいてしまった後、今までのように接すことができるのだろうか?
もし、この胸の内に秘める想いを、千鶴が悟ってしまったら優しい彼女は迷惑に思っても言えないのではないか。
総司のように、心のままに接することができたらどんなにいいだろう…でも千鶴はそれをきっと望まない。

きっと千鶴は総司のことを、想っているから。

恋情を抱いてから、千鶴の今までのことを考えると、どうしても総司のことが好きなのだという結論に達してしまう。
だから、自分に出来るのはそっとしておくことだけ。そう思って、そうしてきたつもりだったけれど。
封印しようとしている想いは、自分が思っていたより、とても強くて。
想いを抑えることも出すこともかなわず、そんな状態にがんじがらめにされるようで・・・
一心に剣を振れど振れど、その熱は冷めず。

ヒュッと音を鳴らして振り上げた剣を、そのまま下に力なく下ろす。
そのまま、剣を収めて向かったのは、もう散ってしまった金木犀。
散ってしまった花さえもうなくて、あの日はにかみながらお揃いだと言ってくれた香りは、もうどこにもないのだけど。

そのまま木の根元に腰をおろして休むと、疲れていたのか体が急に重く感じられた。
しばらく木にもたれるように目をつむっていると、ふいに感じられる冷たいもの。
ポツポツ…曇っていた空から小雨が降り出したけれど、動く気になれず、そのまま座っていた時、


「斎藤さん!?」

今一番聞きたい声、今一番聞きたくない声で名前を呼ばれ顔をあげると、心配そうに自分を見やる千鶴が立っていた。

「ここで休んでいたんですか?雨降ってきたから戻りましょう?」

腰を落として目線を合わせて言葉をかけてきた千鶴に

「いや、もう少しだけ、ここにいる」

と答えると、やはり困惑した様子でじっと自分を見てる。

「・・・・・風邪引きますよ?」
「これくらいで風邪はひかない」
「私がです」
「?」
「だって、斎藤さん残して戻るわけないでしょう?」

にこっと微笑んで、そのまま自分の横に腰を下ろす千鶴に、戸惑いを感じるけれど嬉しい気持ちはどうしたってごまかせない。
戻ってしまえばいいのに、二人でいられることを望む自分がいて、足に力が入らない。

「花、散ってしまいましたね」
「そうだな」
「・・・斎藤さん、ここによく来るんですか?」

・・・何と答えたらいいのだろう。来ると言うと、気持ちが伝わってしまう気がする。

「・・・たまに」
「そうなんですか、私もたまに来るんですけど、あんまり会いませんね」

ふふっと少し残念そうに笑う千鶴に、そうだなとぽつりと返す。
少しばかりの沈黙の後、千鶴があのっ!と少しだけ声を張り上げて、思いきったように話しかける。

「・・・・斎藤さん、最近元気ありませんね、何かあったんですか?」
「いたって元気だが」
「嘘です。最近ぼんやりしてること多いし、皆さんも心配してますよ?」
「皆?」

そんなに態度に出ていただろうか・・・冴えない剣さばきに気がついたのかもしれない。

「・・・私じゃ相談相手に不足かもしれないけど、私も心配なんです」
「千鶴・・・・」

話してしまいたい気持ちになる。でもそれは・・・

「大したことじゃない、・・・雨も少し強くなってきた。千鶴は戻れ」
「だめです!それなら斎藤さんも一緒に・・・」
「俺は・・・頭を冷やしたいからちょうどいい」
「・・・・?冷やすって熱でもあるんですか?」

言葉とともにおでこに触れられた手は、雨ですっかり冷えていて、近くなった顔は寒気のせいか色がなく唇も少し青い。

自分のことなど放っておけばいいのに、でもそれをしないところが、そんなところが好きなのだと。
愛しさを込めて千鶴を見る斎藤の視線と、心配そうに斎藤を見上げる視線が合わさったとき、
斎藤はそっとおでこに添えられた手をとると、

「少しだけ、このままで」

赤くなってしまった顔が見られないように、千鶴の肩に顔をうずめる。
一瞬だけ体をこわばらせたけれど、その小さな肩は斎藤をそのまま受け入れて。
握られていないでほうの手でそっと斎藤をあやすように、優しく触れる。

「斎藤さんは、一人で抱え込みすぎなんです」
「もっと、頼ってください、そのための仲間ですよ?」
「・・・頼ってばかりはさみしいです。たまには頼られると嬉しいんですよ?」
「・・・・・今も、嬉しいですよ」

優しく優しく紡がれる言葉が嬉しくて、嬉しくて。
この気持ちを押さえつけるのなんて最初から無理だったのだ。
こんなにも…後から後から想う気持ちが溢れてくるのに。

つながれた手を離したのは、離れるためではなく。
千鶴を包み込むために。

「さ、斎藤さん?」
「・・・・・・・・・」
「斎藤・・・さん?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「千鶴のことが、好きだ」

あまりにも突然言われた言葉は現実味を帯びなくて、一瞬何を言われたのかと考える。

「同じように、想ってほしい・・・」

こらえきれない想いを吐き出すように、切なく響いたその言葉は、今度こそ千鶴に伝わって。

「あの、さ、斎藤さ・・・」

無意識に体を離そうと少し身じろぐと、包み込んでいた手がギュっと強く回されて、

「わかっている」
「・・・・・え?」
「一つだけ・・・・」
「・・・・・・・・?」
「俺のことを、考える時間を増やしてほしい」
「・・・・・・斎藤さん・・・」
「だめ、だろうか」

強く抱きしめているその腕は、それとは対照的に震えていて。
いつもとは違って、幼子がすがるように甘えるように。

・・・・・かわいい

「だめじゃないです」

そう呟けば一層強く抱きしめられた。






16へ続く