かりん

14





「何か異常は」
「別に何も、いつもどおり風体だけは立派な浪士はいたけど・・・」
「それで?」
「特に何も。僕ら見てこそこそ逃げるくらいだし」
「そうか、こちらも似たようなものだ」
「じゃあ、問題なしだね」
「ああ、戻ろう」


シーンと静まり返る京の町を、浅葱色の隊士服をはおった集団が渡り歩いて行く。
京の治安を守るため、とはいえど、人斬り集団と思われている自分たちの前で、わざわざ問題を起こそうとするものはそうはいない。

総司と斎藤の隊は別れて見回っていたが、特に何事もなく合流。
そして今屯所に戻る道を辿っている。

屯所までもう少し、という角まで来たとき、斎藤は一瞬顔を曇らせる。
そこは、夕方、総司と千鶴が手をつないで歩いているのを見つけたところ。

あれから、夕餉の時にも総司や千鶴と話をすることはなく、
見回りの時にも、総司とは事務的な会話しかしていない。

そんなことを考えてつい、顔を曇らせてしまったのだが・・・斎藤のそんな気配を感じた総司は

「そういえば・・・・」

いつもと変わらない、まるで何もなかったかのような口調で話しかけてきた。

「夕方はごめんね、探しに来てくれたのにね」

総司の夕方の時とは一変した態度に、斎藤は少しだけ訝しみながら、でも少しほっとして言葉を返す。

「いや、あやまることはない」
「でも、千鶴ちゃんに怒られちゃったよ。探しに来てくれたのに・・・ってね」
「千鶴が?」
「・・・・・・・・・そう、千鶴、ちゃんがね」

何か含みを持たせたような言い方が少し気になり、総司の方へ視線を向けると、総司はまっすぐ前を向いたまま。
月明かりにほんのりと照らされただけの顔では、表情はおぼろげにしかわからないけれど、薄く冷えるような笑を浮かべている。

「総・・・「土方さんにも怒られたよ、仕事量増やすって。あはは・・参るよねえ」
「そうか」
「・・・でも、あの人、心配なんかこれっぽちもしてなかったみたいだけど」
「・・・・・・・・・・・」
「斎藤君、何が心配だったの。僕じゃ…頼りないかなあ」

一度も自分の方を見ずに、感情の抑揚も言葉に出さずに、淡々と話を進めていく総司。
斎藤は、そんな総司の態度に困り始めていた。
わかってて言っているのだろうと思う。
自分がとっさに土方さんの名前を出して、さも他の者も心配しているような風に言ったことを浅はかだったと思った。
本当のことを言わなければ、総司は納得しない。

そう気持ちを固めて、息をひとつついて心を落ち着かせてから、返事をする。

「総司のことを頼りないなどとは思わない」
「そう、光栄だな」

相変わらず前を向いて、ははっと短く空笑いする総司に一言だけ。

「嫉妬、なのだと思う」

小さく、ぼそっと呟かれた言葉は、けれど確かに総司に届いて。
その言葉を聞いた総司は今まで浮かべていた笑の仮面を取り外すようにすっと真顔になって、ようやく斎藤の方を向いた。

「嫉妬かあ〜…てことは、千鶴ちゃんのこと、好きなんだ?」

いつもと同じ飄々とした声で言われ、

「好きなのだと思う・・・」


そう斎藤の気持が洩らされた時には、もう屯所に着いていた。
それっきりその話はせずに、二人はいったん土方の元へ行き、報告を済ませたのだけど。

そのまま自室に戻って休もうとする斎藤の腕を総司はがっしり掴んで離さない。

「総司・・・まだ何か?」
「まだどころかいっぱいあるんだけど」
「・・・・・・・何が?」
「とりあえず、廊下で話すことじゃないよね、僕の部屋向かうよ」

こうなったら嫌だと言っても聞き入れる相手じゃない。
そのまま無視して部屋に戻れば、きっと部屋にまで押し掛けてくるだろう。

「・・・・わかった」

しぶしぶ返事をした斎藤は総司の後をついていった。



「で、思うって何」

部屋に着いたとたん、振り向きざまにそう尋ねられて何のことかわからず、キョトンとしていると、その様子に余計むっとしたのか、総司は口を尖らせて、

「だから。嫉妬、だと思う。とか、好き、だと思う。とか・・・はっきりしないよねって」
「それは・・・・」

そんな風に言われても、嫉妬や好きという感情がこういうものだと言えるような自分ではない。
総司の問いに困って言葉を詰まらせていると、

「どうして嫉妬だと思ったのさ」

どうして?それは・・・・・

「お前たちが二人で出かけたと知って…焦りのような、急くような気持ちに突き動かされて、屯所を出ていた」
「・・・・・・・」
「他のものは、そんな感情にさいなまれていなかった」
「・・・・・・・」
「二人が、見えないところでどんどん仲良くなる、そう思うとつらかった。だから・・・」
「嫉妬、ね」

自分の気持ちを素直に述べることが多少、いや、かなり恥ずかしいのか、斎藤は少し、頬を染めていて。

うわ〜千鶴ちゃんにはこんな顔見せたくないな…うん、面白くない。

斎藤が千鶴のことで、総司に嫉妬していると知ったら、彼女はどう思うのだろう…
正直、斎藤の気持がここまではっきりしてるとは思っていなかった。
いつの間に、そんなに彼女に執着していたのだろう…

少しの沈黙が二人を包む。そんな中、斎藤は締めとなる最後の言葉を紡ごうとした。

「嫉妬をする、ということは、つまり、その・・・俺が千鶴のことを、す「ちょっと待った」

好きと言おうとしたところを不意に遮られて、総司を見れば不機嫌そのもの。

「聞こう聞こうと思っていたんだけど、いつから名前で呼んでるの」
「・・・・・・は?」

自分なりに一生懸命気持ちをまとめて、話しながらやっぱり俺は千鶴のことが好きなのだ。とようやく強く思えることができて。
それを必死に伝えようとしていた矢先、この男は何を言い出すのだ・・・

「いや、今は俺の気持ちを・・・」
「あ〜好きなんでしょ、わかったよ。もう聞きたくない」
「・・・・・・お前・・・・・・」
「だって、聞いてたってだんだん苛々するし」
「総司が聞いてきたんだろう!」
「だ〜か〜ら〜わかったからもういいの、おしまいおしまい。でいつから?」
「・・・・・・質問ばかりだな」
「あのね、今まで千鶴ちゃんになんか興味ないって顔して、『雪村』呼してたくせに。いきなり目覚めたと思ったら名前で呼んでるし」
「目覚めたとは何だ」
「とにかく、何かきっかけがあったんでしょう、何があったの。っていうか名前呼止めてよ」
「何を・・・それに、他にも呼び捨てししてる者はいるだろう?」
「・・・・斎藤君のは気持ちが入ってるから、何か嫌」
「それを言うならお前の千鶴ちゃん呼だって俺は嫌だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

バチバチ火花を散らせながら二人でにらみ合い。
はたから見たらなんてくだらない…と思うような言いあいも、今二人は真剣そのもの。

「この間はお揃いで金木犀のにおいつけてるし、あれ何、僕に対する牽制?」
「そうじゃない」
「いいよ、今度僕もするから」
「もう花は散った」
「・・・・・・・・」
「俺にばかり文句を言うが・・・・」
「だって見せびらかすじゃない」
「それならお前はどうなんだ、出かけるたびに手をつないで・・・」
「だって千鶴ちゃん手つなぐの好きだし」
「・・・・・そうなのか?」
「・・・・・だからってしないでよ」
「・・・・・・・・」
「しないでよ」


そんな話を延々と朝まで。

次の日二人は寝不足で、一日中ぼ〜っとしてるのを、体調が悪いのかと勘違いした千鶴に心配されて、満更でもなかった様子。





15へ続く