かりん

13






「お、沖田さん」
「沖田さん〜」
「沖田さんっ!!」

はっと呼声に気がついて横を見やると、千鶴が歩みを止めようと必死に進行方向とは逆に体重をかけている。
依然手はがしっと掴んだままで、力の加減もせずに握っていたことを思いだし、とっさにぱっと手を離すと急に支えていた手が離されて千鶴が倒れそうになる。
慌てて体を支えた時にふと気がつけば、千鶴の手には自分が握りつぶした痕がしっかり残されていた。


「あ〜・・・ごめん」
「え?あ、手は全然なんともないです!それより・・・」
「斎藤君?」
「はい。探してくれていたのに、あんな言い方・・・」
「・・・・・・・・」
「沖田さん?」
「あ、うん・・・僕一応土方さんのところ行くから千鶴ちゃん部屋に戻っててくれる」
「え?土方さんのところなら私も」
「何で」
「何でって、私も一緒にいたわけですし、怒られるなら私のせい・・・」
「じゃないから、僕が連れまわしたの」
「でも」
「それに、聞きたいこともあるし、一人がいいんだ」
「・・・・・そう、ですか」

その言い方が、拒むことを許さないように思えて、だから千鶴は仕方なく、部屋に戻ろうとする。

「千鶴ちゃん!」

後ろからすがりつくように呼び止められる声に振り向くと

「ごめんね」
「・・どうして沖田さんが謝るんですか?」
「うん、どうしてだろう?・・・・・・でも、ごめん」
「・・・・・・」
「それだけだよ」

無理して笑顔を作った、そんな表情がとても辛そうで、

「沖田さん」
「・・・・なに?」
「今日、お出かけして…誘ってもらえてよかったです!楽しかったですよ」

精一杯、気持ちを込めるように、少し離れた場所にいる総司に届くように言葉を紡ぐ。

「ありがとう」

千鶴が嘘を言ってないのはわかる。本当に素直に表情に出るから。
今はその素直さにとても助けられた。
今度は、自然に微笑みを浮かべた総司を見て、千鶴はにっこりほほ笑むと小走りに部屋に戻って行った。




そんな千鶴の後姿をじっと見つめながら、先ほどの斎藤とのやり取りを思い出す。

自分が怒るのは筋違い。そんなことはわかっている。
逆の立場ならもっと、責めていただろうと思う。そう思うのとは裏腹に、

『千鶴』

いつの間にか変わっていた呼び名。
斎藤の姿を認めたとたんに振りほどかれそうになった手。
あの斎藤が感情をあらわに、自分に向けてきた視線。

そんなことが重なって、あとは感情のままに言葉をぶつけてしまった。

こんな時に土方のところへ出向くのは正直気が重いけど、聞きたいこともある。
総司は土方の部屋へと向かった。




「土方さんいますか」
「っておまえ、返事する前に入って来るんじゃねえ!」
「別にいいじゃないですか」
「よくねえよ!ったく。で、羽織はできたのか?」
「出来るわけないじゃないですか」
「・・・・・・・・で、反物屋で今までずっといたのか?」
「違います」
「おまえな〜千鶴を連れて行くのに、俺に何て言ったか覚えてないのか!」
「できませんでした。すみません」
「〜〜〜〜おまえの仕事量明日からもっと増やすからな」
「・・・・・できることはしますけど、能力超える働きは無理ですよ」
「するんだよ!んなことしてる暇があるならできるだろ!」
「今日のために、結構激務をこなしたと思うんですけどね」
「・・・・・・・・・もういい!飯食べて見回りの準備とっととしろ!」
「はいはい」

さっと立ち上がり部屋を出ようとした総司がふと立ち止まって、振り返り、

「・・・・・土方さん、斎藤君を迎えに寄こしたんですか?」
「・・・・・・はあ?何言ってやがる」
「だから斎藤君を・・・」
「何のことだ?」
「いえ、何でもないです」

あまり食欲もないけど、そのまま食堂に向かいながら、気がつけばふう、と溜息ばかり漏らしていた。

やっぱり斎藤君の意思か〜

大方、千鶴の様子でも見に寄って、自分と出かけたことを知って、心穏やかにはいられなかったのだろう。

ふうん、結構本気、かな・・・

自分の名前が呼ばれ振り返った時、斎藤はうっすら汗をかいて、息もあがっていた。
そこら辺をゆっくり探す、という感じではなかったのだろう。

今夜は斎藤君と見回り。・・・ちょうどいいかな
・・・千鶴ちゃんがいない時の方が本音言いそうだし。

そんなことを総司が考えていた頃・・・





一方斎藤は、総司に言われた言葉を反芻していた。

『一番心配してるのは斎藤君じゃないの?』

確かにそうだと思う。他の連中は皆、総司が千鶴を連れ出してると知っていても、まあ大丈夫だろう、といつもどおりだった。
土方さんには探すように等言われていない。心配などもしていない。
新選組の中でも、総司は際立って強い。口では軽く流すことも多いけど、いざという時の状況判断にも長けている。
自分のように、探すことなどないのだ。ないのに・・・

目の前を、仲睦まじげに歩く二人。
つながれた手は自分が名前を呼んでもほどかれることはなく。

その時になぜ自分だけがこんなに「心配」をしているのかわかった。
皆がする「心配」と自分のする「心配」は違ったから。
総司が千鶴を守っているなら、千鶴の身の危険の心配などしない。それは確かで。

自分がしていた心配は、二人がこれ以上に…距離を縮めてしまうこと、なんだと思う。

二人は今までにも、出かけの際には手をつないでいただろうか?
今まで気にも留めなかったことが気になる。

そんなことを考えてふと、今自分が路上でずっと立ち尽くしているのにようやく気がつく。

・・・・いかん、早く屯所に戻らなければ。

今夜は見回りだから、早めに夕餉を取って準備したい。
足を早めて門に向いながら、はあ、とため息をひとつこぼす。

今夜は総司と見回りか・・・

何やら嫌な予感がしながらも斎藤は屯所に戻っていった。







14へ続く