かりん

12




総司の心音がとくんとくん、と心地よく響く。
少し早く、自分と同じ刻をきざむように響くその音が、自分の音と交わるように。
先ほどまで、このドキドキを止めたいと思っていたけど、二人なら、総司と一緒ならこのままがいい。そんなふうにも思えて。
ずっとこのまま聴いていたい…自然にそんなことを思った自分に、少しだけ戸惑うけど・・・

いつものように千鶴の反応を見て楽しむように、こちらの気持ちなどお構いなしにギュっと抱きしめるのではなくて、
そっと背中にまわされて、総司の腕で優しく包まれるような、触れるか触れないかのこの距離。
そんなところにも総司の気持が溢れているような気がして、無性にこみ上げてくる思いのままに、千鶴はそっと手をまわした。



いつもなら、「やめてください!」と言って、顔を赤くする。
困ったような、怒ったような、そんな顔をして自分と千鶴の間にめいっぱい腕を伸ばして距離を広げる彼女が。
今日は大人しく自分の腕の中におさまってくれていて。
ただ、それだけ。それだけのことなのに、顔が綻ぶ。

ああ、僕がこんなに色恋に溺れるとは思わなかった・・・

自分でも制御しかねない、日に日に強くなる千鶴への気持ちを、そのまま彼女にぶつけて、傷つけてしまわないように。
そっと、そっと、腕は添えるだけ。
それ以上に近づいてしまうと、どうしてしまうかわからない。
そう思っていたのに、千鶴は・・・総司の背中に腕をまわしてきて、少し距離が縮まって。

千鶴からそんなことをしてもらうのは、本当に初めてで。
嬉しくて頭がどうにかなりそうな気がした。

・・・・まずいよね、まずい。どうしよう・・・

このままだと気持ちが暴走してしまいそうだ。
きっと千鶴は・・・そこまで気持が追い付いていない。

初めて知った恋だから、もっとちゃんと大切にしたい。

ギュっと抱きしめたくて、勝手に震えている自分の手を、ぐっと拳をつくってゆっくり息をつくと、そっと千鶴の肩に手を置いた。


「あ〜残念、時間切れかな」

さっきまでの時間が嘘のように、いつもの口調で話しかける総司。

「え?あ、そうですね…も、戻りましょう!」

軽くまわしていた腕をぱっと戻して、一歩千鶴が後退した。総司はそれだけで、心がキュっとさみしくなる。

「・・・・・顔が赤いのは夕焼けかな?」
「え、・・・・夕焼けのせいです」
「・・・・・・・・」
「うう…違います、、沖田さんのせいです」
「そう」

にっと満足そうに微笑む総司と縮こまっている千鶴。
こんなやり取りはいつものまま。だけど、少しだけ動いた二人の関係も確かなこと。

「沖田さん、本当にありがとうございます。すっごくきれいでしたし、・・・その、嬉しいです」
「そう、それならよかった」
「じゃあ、急いで戻りましょう」
「うん・・・・千鶴ちゃん」
「?はい」
「嬉しかったなら、何かお礼ないの?」
「お礼、ですか?」
「うん」
「・・・・・・えっと、手持ちが何にもなくて、今は・・・言葉しか」
「じゃあ、僕が勝手にもらっていい?」
「え?」

千鶴が聞き返した時には、もう総司の顔がすぐ目の前にせまっていて、あっ!と思い思わずギュっと目をつむる。
そんな千鶴の態度に総司は困ったような笑を浮かべて。

一瞬の合間をはさんで、そっと感じたのは優しくおでこに触れるもの。

うっすらと目を開けて、そっと表情を覗ってみてはいても、やっぱり逆光で表情はわからない。
そっとおでこに手を当ててみる。恥ずかしいけど、嫌じゃない。嫌なんてちっとも思わない。その逆で。
私は、沖田さんのこと・・・・?
ただ、沖田さんがおでこに触れた時、誰かの顔が一瞬浮かばなかった・・・?


「じゃあ帰ろうか」
「はい」

当たり前のようにキュっと手をつないで歩いていく。
屯所までもう少しという角を曲がった時に不意に後ろから声をかけられた。

「総司!千鶴!」

振り向くと、剣呑とした空気を隠さずにそのままこちらに突きつけている斎藤の姿があった。
その姿に、千鶴は思わずつないでいた手を離そうとする、けど総司は握りしめる力をその瞬間にギュと強めた。

「・・・なんで離そうとするの」
「あ、あの」
「僕は離さないから」

キっと斎藤の方だけを見て呟く総司の姿に逆らうことなんかできなくて、千鶴もそのまま斎藤の方に向き直った。
その間にもこちらに近づいてきた斎藤は、一瞬だけ視線をを二人の手に向けたが、すぐに視線を戻して厳しい口調で言葉をも向けた。

「何をしている、総司。土方さんに頼まれた仕事はもうとうに終わっていただろう」
「だから戻ってきたじゃない」
「どれだけ時が過ぎたと思っている」
「う〜ん、どれくらいかな」
「おまえはまだ、仕事が残っているだろう。もっと責任を持って務めろ」

そこまで会話が進んだ時に千鶴はえ?っと思った・・・

「お、沖田さん、仕事終わったって・・・」
「あ〜昼のはね、でも夜のも間に合うように帰ったつもりだけど、何か不都合でもあった?」
「・・・・・いや、千鶴を連れまわすなと言っている」
「なんで?」
「千鶴を狙う輩もいるんだ、土方さんもそのことを心配・・・」
「聞くけど、僕が守ってるのに心配なの」
「おまえ一人では難しい時も・・・」
「それに!」

普段聞いたこともないくらい、総司は声を荒げて言い放つ。

「一番心配してるのは斎藤君じゃないの?」
「何を・・・・」
「わざわざ、僕たちを探すように土方さんに言われたの?」
「・・・・・それは」
「土方さんはそこまでしないよね」
「・・・・・・・・・」

そこまで言うと総司は斎藤に背を向けてどんどん歩きだす。
つられて引っ張られるように千鶴も付いていく。
総司の後をついて行きながら後ろを振り向くと、斎藤は下を向いたまま立ち尽くしていた。