かりん
11
「さっ終わった終わった」
「・・・・・・・・」
「ん?どしたの千鶴ちゃん」
「だって、たったひと言、これすぐにお願いって紙を渡しただけですよ!?」
「だって、それが目的だし」
そうもあっけらかんと言われては、もう何も言えない・・・
行く道と同じく、きゅっと軽くつながれた手を見て千鶴は思う。
勝手に胸がドキドキしてしょまうのは、私だけなのだろうか…
そのまま店を出て、屯所の方へ体を向けると、つないだ手をぐいっと手を引っ張られた。
「どこ行くの、千鶴ちゃん」
「どこって、屯所に・・・」
「二人でゆっくりするって僕言ったよね」
「で、でも・・・・・」
「聞き分けのない子は嫌いだよ?」
意地悪そうに目を細めて口の端をあげて、だから言うこと聞きなよと笑う総司の、その子供のような顔は嫌いではない。
う〜ん、その顔を向けられると、つい、はい。と言っっちゃう・・・
手のかかる子供を持つ母親って、こんな感じかな。
総司が聞いたらとたんに拗ねそうなことを考えつつ、そのまま総司に引っ張られるままについて行った。
連れて来られてのは・・・・
「わ〜!!すごくきれいですね!」
夕焼けがきれいに京の町を照らしているのを一望できる丘。
ざっと緋色に染められた、その景色にしばし無言でじっと見ている。
夕焼けを、赤く染まった空を下から眺めることはあっても、こんな風に色染められた町を見たことなどなかった。
その景色に魅入られるように、じっと動くことなく、飽きることなく眺めていた時に、不意に後ろから声をかけられた。
「気にいった?」
「はい!・・・・・こんな、こんなきれいな景色、見せていただいて、ありがとうございます」
ぱっと総司の方を振り返ると、京と同じように、総司も赤く染められていた。
・・・・きれい・・・
夕焼けに照らされて、色素の薄い髪が薄茶の髪が風になびいて、景色ではなく自分をじっと見ている総司は本当にきれいで。
そんな人にじっと見られていると思うと、急に恥ずかしくなってぱっとまた、前へ向く。
さきほど、手をつないだ時とは比べ物にならないほど、なんだか胸がドキドキする。
心臓の音が、総司に聞こえるのではないかと心配になるくらいうるさくて。
ドキドキが少しでもおさまるように、そっと手て胸を押さえる。
「ここ、いつも遊んでる子供たちに教えてもらったんだ」
後ろから優しく響く総司の声に、ドキドキは余計に高まっていく。
千鶴はつとめて、平常心を装って、
「子供たちに?」
「うん。こういうのって子供の方がよく知ってるよね、いつも遊んでくれるお礼だって」
「沖田さんて、子供には優しいですよね」
「・・・子供には、は余計だよ」
少しだけムっとした声で返事をした後、総司が後ろから近づいてくるのがわかる。
ど、どうしよう!本当にドキドキが聞こえちゃうんじゃ!?
体を固くして下を向いていると、その間にもゆっくり千鶴の方へ歩いてきた総司に、すぐ後ろから話しかけられて、
「さっき・・・・千鶴ちゃんがこっち向いた時、逆光で顔の表情何も見えなかったな」
「え?」
「せっかく嬉しそうな声だったのに、顔わからなかった」
「そ、そうなんですか」
それなら、総司に一瞬見とれていたのも気が付かれなかっただろう・・・
千鶴がそう安心していると、
「だから、場所交代」
言葉を口にしたとたん、肩に手をおかれ、そのままグルっと回されて・・・
気がついたら、目の前には顔の表情がよく見えない総司がいる。
・・・・・・・・・・・・
ち、近いし!私だけ顔見られてる!!
「お、沖田さん!私の顔なんか見ないで景色!景色見てください!」
「もう見たよ、見てないのは千鶴ちゃんの顔だけ」
「今、見たでしょう!?もうあっち向いてください!」
「・・・・・・・・・・・」
「沖田さん?」
黙ったままの総司に、顔をあげて表情を覗こうとするけど、わかるのはうっすら口が微笑んでいるということだけ。
「・・・・沖田さん?」
「きれい」
「・・・・・・・え?」
「千鶴ちゃん、きれい」
「〜〜〜〜〜〜あ、あの!?」
「・・・・・・あはは!そんなに慌てなくても」
人が慌てていれば、この態度。・・・・・・もう!
「沖田さんひどいです!私がきれいって言われたことないの知ってるくせに・・・」
「うん、聞いた」
「それなのに・・・・・」
「本当にきれい」
「ま、また、からかうんですか」
「・・・・・・・・・」
その千鶴の問いに言葉で答えるのではなく、総司はそっと千鶴を引きよせて、
「・・・・・・・・・・・あ、あの」
「黙って、聞こえる?」
「え?」
「僕の音」
トクントクン・・・と早く胸を打つその音は、自分のと同じくらいに早く打つ心臓の音。
「は、い・・・・・」
「本当にきれいだよ?」
「・・・・・・・」
「こんな風になるの、千鶴ちゃんにだけだからね、・・・意味わかってる?」
「・・・・・・はい」
どんな言葉よりもずっとずっと千鶴に響いた総司の音。
12へ続く