愛し日記




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六月○○日

あれからずっと胸のもやもやが消えなくて。
それでも仕事には支障の出ないよう気持ちのけじめはつけていたつもりだったのですが、
土方さんにはお見通しのようでした。
私の突拍子のない質問に答えてくださったおかげで、少し気分が軽くなりました。
今日の内にもう一度、沖田さんと話したいなあと思っています。

それと、沖田さんと今度二人で御使いに行くことになりました。
二人でいる機会を作ってくれようとしているのがわかってすごく嬉しいです。
許可してくださった近藤さんと土方さんにも感謝しています。
その日がとても待ち遠しいです。







静かな部屋の中は時折墨をする音、筆を走らせる音、紙をめくる音。
そんな音しか聞こえてこない。
千鶴はその日、土方の小姓としてずっと土方の部屋に詰めていた。
期限の迫ったものをまとめて書き写して欲しいとのことで、ご飯を食べて最低限の片付けを済ませてからずっとである。

疲労はなかった。
頼まれた仕事を何とか失敗のないようにこなそうと、書くことに集中して丁寧に一字一字を写していく。
そんな中、今までにはなかった衣擦れの音が耳に入る。
パッと顔をあげると、土方が首を軽く押さえて、凝りをほぐすように伸ばしている。

……土方さんは私と違ってずっとこの仕事に追われているから――

今どれくらいの刻限だろうか。
集中していたから時間の流れも予測つかないが、集中力をきらした途端、千鶴にも軽い疲労を感じる。
邪魔してはいけない、と思いつつも千鶴は遠慮がちに声をかけた。

「土方さん、あの……お茶淹れましょうか」
「ああ……なんだそんな時間か」
「多分……それに少し休んだ方がいいと思います」
「これくらい何ともねえ、と言いたいところだが、てめえの字が乱れるのは困るな」

ずっと背中を向けていた土方がようやくその表情を見せる。
ふっと浮かべた笑みは疲れを滲ませていた。

「……はいっ私も少し疲れてきたみたいなので、淹れてきます」
「おお、てめえの分も忘れんなよ」
「はいっ」

千鶴が部屋に出た後、土方は一度立ち上がり少しだけ自分も部屋の外に出て外の空気を味わう。
廊下の先、小走りに近い早歩きで進む千鶴の姿が目に留まる。

「……あいつに気を遣われるままになってるとはな――俺も疲れてんのか……」

外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ後、部屋の中に戻る。
一度部屋の外に出るとわかる墨や紙のにおいが、部屋を充満していた。

「…ちっ少し開けとくか」

戸を全て開けるだけ開いた後、千鶴の写した紙が飛ばないようにと注意を向ける。
目に飛び込んできた千鶴の文字は自分が普段書く多少男らしくない字を、もう少し丁寧にした感じに見える。
丁寧な仕事に満足して、腰を下ろすと千鶴が戻ってきた。

「あ、換気をしてるんですね」

手に持つのは茶と、梅干と、花。

「……なんだそりゃ」
「はい、お茶と…梅干は合いますよ?疲れをとるのにもいいですし。土方さんのおちた食欲も戻ると思います」
「……それは――」

くいっと顎で花を指すと、千鶴は「あの」と笑顔になる。

「土方さんと同じです。部屋の空気をちょっと換えようかと。でも戸を開けたりするのは土方さんも落ち着かないでしょうし、仕事にも支障をきたすかと――」
「で、花か――」
「はい、植物は空気を清浄してくれるんですよ」

土方の机に近いところに花をコトンと置く。
私がしてあげる、と恩着せがましい女は好きではないが、千鶴の厚意はまったく嫌味がなくすんなり受け入れられるものだった。
そういえば、と、千鶴が小姓になってから面倒なこともあったが、仕事がはかどるようになった気もする。

千鶴が用意してくれた梅干をつまみながら、お茶を啜る。
遠慮がちに少し離れたところに座る千鶴に、おまえも飲め、と土方にしては柔らかい声で促した。

「はい。……美味しいですね」
「自分で淹れた茶を褒めんのか」
「違いますよっ梅干のことです!うまく漬けられていますよね」
「まあな、だが茶も悪くはねえよ」

悪くはねえどころか、土方の顔を見れば大成功だと皆が口を揃えそうな表情である。

「ありがとうございます。……――」
「何だ、何か聞きたいことでもあんのか」

そういえば、時折ふと考え込むような姿を見せていた千鶴。
あいつ、また何か困らせでもしてんのか――?と心の中である人物を真っ先に疑う。

「いえ、何でもないんです!」
「何でもねえ顔してねえんだよ。このままぽ〜っと仕事されても困るからな。言っとけ」

千鶴は仕事中は切り替えて、ぼんやりなどしていないのは知ってる。
それでも自分がそのことを気にかけそうで嫌だったので、土方はなかば命令のように千鶴に言った。
千鶴は暫く言い淀み、勝手に顔を赤くしたり青くしたりしていたのだが、意を決したように土方に口を開く。

「土方さん…っ土方さんは、どういう女の方が好きですか?」

ブッ……!!

思わずお茶を噴いた土方に千鶴が慌てて手ぬぐいを出して着物にあてていく。

「すみませんっ!!やっぱり聞くべきではなかったです……っ」
「おまえなあああっ!!」

このくそ忙しい時にくだらない質問を――とも思うが、千鶴は理由もなくこんな事は聞かない気がした。
そう考え直す時点でかなり自分は千鶴に甘い気がするのだが。

「何でそんなことを聞く?」
「ええっと…その〜……答えられないのなら、聞かなかったことにしてください」

まさか、総司にも言い寄ってくる女性はいるというのを耳に挟んで、それでモヤモヤしていたなんて言えない。
取り立てて綺麗とも見た目に優れてるとも思わない自分だけど、それを補えるように努力できるならしたい!なんて言えない。

土方のように女性に困らない男がこれと認める女なら、きっと――と安易に考えた千鶴であった。

千鶴はすみませんでした、と明らかにしょぼんとしながら頭を下げる。
土方は、はあ、と溜息を吐いた後乱暴に言い放った。

「見た目じゃねえ。はっきり物言う女だな。うじうじしてんのは好かねえ」

土方が教えてくれた、と目を輝かせるも、その言葉に千鶴は見るからに肩を落とす。

……まさに私今うじうじしてる……っ

「だけどズカズカ遠慮のねえ女も好かねえ」

……ハキハキしてるけど、ズカズカしてたらいけない?む、難しい……っ

「お前、百面相だな」

千鶴の態度に土方がくっと笑って言う。
笑われた千鶴はその首を竦めて、身を小さくして声をあげた。

「うう…っさすがです」
「何がだよ」
「すごく難しいことをおっしゃっているなあと……」

好きでいてもらえるように。
ずっとその隣にいられるように。
努力できることは何でもしたいと思った。
難しいけれど、でも音をあげてはいられない――

うじうじ悩まずに、まずは沖田さんにこの気持ちをちゃんと話して…うん――

好きだからという気持ちと自分の決意を折り重ねて、一人で納得し力強く拳を作り握る千鶴に、土方が「まあ…」と静かな口調で言い始める。

千鶴が小姓になって何かと傍にいるが、引くときは常に一歩引いてこちらを立て。
先ほどのように休め、とやんわりと押し通すところもある。

「お前はそのままでいいんじゃねえか」

静かに腕組みをしたまま目を閉じて、ぶっきらぼうに言われた言葉に千鶴がはたと顔をあげる。

「何だよ」
「いえ……ありがとうございます。私のままで頑張ります」
「……何をだよ」

土方が、ほう、と口元を歪ませる。
千鶴のいわんとしている事を無言で察したような気配を漂わせ、涼しげな眼を遠慮なく向けられる。
反論しようにも相手は土方歳三で、千鶴に勝てるわけもなく。

そんな窮地を知って入って来たのではないかと思うくらい、都合よく総司の声が届けられる。

「一番組組長沖田総司、開けっぱなしだし勝手に入りますよ」

ひょいっと顔を覗かせた総司に、千鶴と土方の反応は見事に正反対だった。

「あ、やっぱりここにいた。土方さん千鶴ちゃん独り占めして何やってるんですか」
「見ればわかんだろうが。これを書き留めてるんだよ」

面倒そうに土方は千鶴の書いたものを指差して、総司がそれを目で追う。
一枚拾い上げると、千鶴に向けて目を細めた。

「へえ、千鶴ちゃん字結構上手だね。普段書き物なんてしてるの?」
「いえ、土方さんに練習帳みたいなものをもらっているので、たまにそれに……」
「……まさか土方さんみたいに俳句とか書いてないよね、止めてよ」
「どういう意味だそりゃ」
「ふふっ俳句は書いてないですよ。適当に……書き写したりとかです」

『日記』と教えたら、土方の発句集なみに探しそうだと千鶴は言葉を濁した。
総司はそんな千鶴の様子にふうん、と適当に頷きながら、「あ、そうだ。土方さんに頼みがあるんです」と矛先を変える。

「頼み、だあ?」
「露骨に嫌そうな顔しないでくださいよ。別にとんでもないこと頼むわけじゃあないんですから」
「じゃあ、さっさと言え」

土方は休憩も終わりだとばかりに温くなった茶を一気に飲み干して、千鶴に湯呑みを手渡した。
机に向かう中、早く言えと目で訴える。

「僕の今度の使いの任務のことなんですけど」
「……それがどうした」
「その日、土方さんの小姓一日貸して下さい」
「はあ?」
「嫌だって言われても聞きませんけど」

見た目笑っているが、総司も引かないとばかりに気迫を漂わせている。
土方も仏頂面をさらに強くして睨みつけていたが――

「千鶴ちゃんもここ最近外に出られてないし、こんな部屋で籠もりっきり。可哀想でしょう?僕がだから気分転換に」
「こんな部屋で悪かったな。大体、あれが小姓が必要になるような仕事か?」
「仕事自体は僕一人で構いませんけど。だって一人だと道中暇だし」
「千鶴を暇つぶしに連れて行く気か。んなもん許可するわけねえだろ」

お使いの任務に総司が自分を連れて行く気だったと知らなかった千鶴は、たとえ土方が却下したとしてもその気持ちが嬉しかった。
そういえば、ここのところ何故か一番組との巡察同行が全くないので、一緒に出かけることがなかったのだが。
そのことを総司も気にかけていてくれたのかなと思い、その温かさを感じて表情にあらわれる。

「嫌だって言っても聞きませんけど、って僕言ったんですけど。ということですから」
「待て!お前言い逃げして許可得たとか言うんじゃねえよ!!」
「だって、もう近藤さんが許可くれてますから。土方さんにも一言言っておくんだぞと言われたので、言いに来ただけです」
「……それを最初に言え!」

苦虫を噛み潰したような土方の顔に、総司はふふん、と勝ち誇ったような顔をする。
そんな総司を、土方は憎らし気に見つつ、視線を横にずらしちらっと千鶴を見る。
確かにここ最近仕事量を増やさせてしまっていた、という自覚はある。

どうせそのうちどこかで休ませようとは思っていたのだから、と諦めたように息を吐いた。

「…ったく、この忙しいのに……まあいい。連れてけ」

その返事を聞いて総司が千鶴に「やったね」と言うように目配せする。
千鶴も嬉しさにこくこく頷いていた。
そんな二人の態度を土方はさり気に目に留めていた。

「じゃあ僕はこれで……千鶴ちゃん頑張ってね」
「俺には労いなしか、てめえ」
「あるわけないじゃないですか」
「ふふっ……(二人ともなんだかんだで楽しそう……)お気遣いありがとうございます。沖田さん」

総司が部屋を出た後、休憩を仕事に切り替えねば、と千鶴は全開になった戸を閉めようと立ち上がる。
総司と二人で出かけられることが決まったことに浮かれて、土方がじっと見定めるような視線を向けていることに気付いていなかった。

「なんだ、随分懐いたもんだな」
「え?」
「最初、総司に苛められていっつもひどい顔して控えていたやつが……変われば変わるもんだな」

恋仲であることは、秘密。
なのに、なんてわかりやすい自分の態度……さっきの相談では好きな人がいると思われただろう。
今はその相手が総司だと思われているのだろう。

千鶴は勝手に緩んでしまう顔を俯かせて、自分のほっぺをつい、ぎゅ〜っとつねりたくなる。

でも、まだ土方さんは私の片思いだと思っているんじゃないかな――?

「変わったのは皆さんです。今は本当に優しく接してくださって……」
「あいつを変えたのはお前だろ」

ふっと、何でもお見通しのような視線に射抜かれて。
せっかく「皆」と対象を変えたのに、あいつと戻されてしまった……
千鶴はそれ以上どう土方に説明していいかわからなく、「片付けますっ」と部屋を出たのだった。


***


夜、夕餉の後もしばらく土方の手伝いをし、ようやくひと段落ついたところで解放される。
隊士が皆入り終えた風呂に、誰もいないことを確認してこっそり身体を浸からせる。
さっぱりした身体に、まだ残るけだるさを感じながら自分の部屋に戻る途中、千鶴には総司に話したいことがあった。
総司の部屋の前で足を止めて辺りを窺う。
こんな危ないことはしない方がいいとは思っているのだが、どうしても今日話したかった。

「沖田さん…」

遠慮がちに小さく声をかけたのだが、中からは返事はない。
よくよく見れば部屋の中の行灯も灯っていないのか、辺りは真っ暗だし、もう床についたのかもしれない。

「明日、話そう……」

千鶴は諦めて自分の部屋へと足を進めたのだが、廊下の向こう側から人影が向かってくる。
その高い身長と細身の影に、間違いないと顔を綻ばせた。

「沖田さん…っ」
「千鶴ちゃん…………えいっ」

ペチっと軽くおでこを叩かれる。
何で?と額を押さえて総司を見れば、少し怒ったような顔を作って、至極まともなことを言う。

「だめでしょ、そんな格好でウロウロして。風呂からの帰りはここ通らないよね」
「あの、沖田さんと話したくて、沖田さんの部屋に……」
「あのねえ。僕の部屋なんて周りりに他の男部屋いくらあると思ってんの?考えなしにもほどがあるよ」
「すみません……」

正論すぎて、返す言葉もない千鶴にくっと笑い漏れた声が降ると同時に、そのままぎゅうううっと押さえ込まれるように抱きしめられる。

「嬉しいけど」
「……っ」
「とーーーっても嬉しいんだけどね、そんな事してくれるの初めてじゃない?」

抑えが効かないとでも言うように、千鶴を抱き潰したまま首筋に顔を摺り寄せる。

「でも、だめだよ。僕が嬉しがってももうしないでね」
「……私が会いたかったんです。会って話したかったらどうすればいいですか?」

千鶴の言葉に、総司が摺り寄せていた顔をぴたっと止める。
らしくないことを言っているのはわかるけれど、変に遠慮して自分で決めてしまうより、ちゃんと総司と話したいと思った。

「僕が、会いに行くよ……今日だって君の部屋の帰りだったんだし」
「そう、なんですか?」
「うん。・・・・・・・・・・・・・・・・・何か嬉しいけど、悔しい――」

ぼそっと呟いた後、総司は顔をあげて千鶴を腕の中から離す。
千鶴の手を引いて、千鶴の部屋に足早に向かい、その戸を締め外を遮断して二人きりになると、その少し赤くなった顔で、いつもより乱暴に口唇を重ねる。
しばらく千鶴の口唇を強引に求めた後、最後に「悔しい」と言った言葉の表れなのか、千鶴の唇の上下を挟むように歯を立てて軽く噛む。

「んん〜っ!?」
「さっきの言葉、土方さんと今日話してたから出た言葉だと思うと、むかつく」
「ええっ!?」

この人は何を言い出すのだろう――

思ってもみなかった総司の言葉に、千鶴は言葉も出ない。

「だって、今日土方さんとなんか好みについて話していたでしょう」
「聞いて、いたんですか――」
「うん。土方さんの好みを聞いて、もうちょっとこうしよう、とか思って言えた……みたいに聞こえた」

自分の気持ちをハッキリ伝えるような、それでいてわきまえる女。
あっさり答えた挙句、千鶴がその好みに当て嵌まるっぽいことをいけしゃあしゃあと言った土方を思い出して、総司は露骨に不機嫌さを滲ませる。

嬉しいのに、他の男の助言で伝えられた言葉じゃないかと思うと嫌だ、と素直に言葉にしてくれる総司に、千鶴は向かい合うように座ると総司の手を取った。
これから話すことはちょっと恥ずかしいとは思うけれど、聞いて欲しいと思ったから。

「確かに、土方さんに言われたことがきっかけになって……沖田さんと話そうって思ったんですけど」
「……やっぱり。何で土方さんの好みなんか聞く必要があるの」
「土方さんに好みを聞いたのは、沖田さんの知らないところで自分を磨きたいというか、自信をつけたいというか……」

話そうと決めていたことなのに、いざ話すと何を話そうとしているのかゴチャゴチャしてくる。
キュッと自然に強く求めるように握った手を、総司がゆっくり優しく握り返してくれる。
不満に思いながらも聞いてくれるその態度に、段々とごたごたしていた頭の中がすっきりしていく。

「沖田さんは私だけじゃなくって、他の女性も気にかけるような人ですから。私だけを見て欲しいって……ずっと私だけ見ていてくれるようになりたいって――」

……この子わかっているのだろうか。
かなり今心を射抜かれるような(とっくに射抜かれているけど)、殺し文句言われているんだけど。

「……でも何で土方さんの好み?」
「土方さんじゃなくちゃいけないって訳じゃなかったんですけど、偶々傍にいて、土方さんも女性が放っておかない人ですから……そんな人が認めるような女性ならって……」

シュンと落ち込みながらも、自分の言葉で一生懸命綴っていく千鶴。
話したいことはこれだったのか――と思い、繋いだままの千鶴の両の手を親指で優しく撫でる。

「それで、思ったことはあまり一人で考えずに伝えようって……」
「なるほど、それでわざわざ僕に……ねえ、それって嫉妬だよね?嫉妬に駆られた行動だよね?」

何が楽しいのか、にこっと笑う総司に、千鶴は否定できずにううっと睫を震わせて見上げる。

「初めて知りました。こういう気持ち……」
「初めてでよかったよ。……僕なんかしょっちゅうなんだから……どれだけ大変かわかった?」
「え――」

総司が繋いだ手をそのまま勢いよく引っ張って、千鶴を自分の胸にと運びながら畳に背をつけて。
急な展開に慌ててその空間から逃れようとする千鶴をそのまま、抱きこんで。
重力が二人の距離をより密接なものにする。

総司の胸板に頬を押し付けたまま千鶴が身動きできないでいると、背中に回された手が優しく千鶴の髪を一筋掬って梳くことを繰り返す。

「あのさあ」
「はい」
「僕のことを他の女性が気にかけるって言ってたけど……それどこから出てきたの?」
「この間、皆さんが話していた時です。私が部屋を出た時くらいで――」

そんな事を話していただろうか――総司の記憶にはなかったのだが、それで千鶴が気にしていたというのなら後でどうしてやろう、という気持ちになる。

「それ、君のことじゃないの?」
「でも、私と沖田さんのことは内緒ですし。それに昔から〜みたいに話していたような気が……」
「ふうん……覚えてないけど」
「え?」

あっさりと言った言葉。
覚えてないなんて、そんな事あるのだろうか――

「だって君しか見えてないんだから」

可笑しそうに笑って、胸板に張り付いていた千鶴の顔を、総司と目が合うくらいの位置まで引っ張って。
覗く目元はうっすらと熱を帯び、見つめる視線は愛おしそうに揺れる。

「う、嘘です」
「そう言って、また言って欲しいの?君しか見えないから、君だけを見ていることになるよ」
「……っ」

軽く言うその言葉に、どれだけ想いを込めてくれているのかがわかるから。

いつもなら絶対出来ないと思うけれど、その頬に口唇を思い切って寄せる。
触れた拍子に言葉を一つ、届けて。


「私も沖田さんだけを、ずっと見てます――」



二人は見つめ合い〜な展開かと思いきや。

「……口だけなら何とでも言えるよねえ」
「!?ひどいです!!そんな言い方……」
「じゃあ、本っ当に僕しか見えないなら、明日から僕以外の男、みんな無視する?」
「……見えないって…視界的には見えるわけですし。その、無視はいけないと思うんですけど」

あまりにまともなご意見に、千鶴を抱きしめたまま総司はごろっと横に向く。

「じゃあ、君は。自分が嫉妬して辛かった思いをずっと僕にしてろって言うんだ。ふうん」
「いえ、そんな…っ」
「その対価があれだけ?あれじゃあ足りないんだけど」

饒舌に千鶴を絡み取るように、自分の思い通りに事を運ぼうとする総司に千鶴は口を挟めない。

「我慢しろって言うなら、それなりに、だよね?」
「え、あの…」
「とりあえず、僕の首に手を回して」
「は、はいっ」
「じゃあまずは、君からちゃんと…僕の口に、口付けてね。頬じゃ足りないよ?」

まずは、って何ですか。まだ続きがあるんですか!?

聞きたいけれど、墓穴を掘りそうで言えない――

首に回した腕から、どんどん発火していくような気がするけれど。
薄闇の中、翡翠を頼りに口唇を近づけて――



一枚でも二枚でも上手をいく子供な総司に、一つ一つ応えていく夜は更けていく。






5に続く