愛し日記





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六月△日

今日は外に出ることもなく、屯所内で一日を過ごしました。
土方さんの小姓として接待や書記の仕事をしたり、勝手場のお手伝いと普段とあまり変わりありませんでした。
巡察に、付いて歩きたいという気持ちはあるけれど、個人のことなので他に用がある時は仕方ありません。
私が付いて歩くのを邪魔に思わずに残念に思ってくださる方がいると思うと……嬉しいと思います。

……沖田さんとのことを隠す、ということの大変さを今日実感しました。
うまく誤魔化せていると思うのに、沖田さんが誤魔化せなくなるようなことをするんです。
私はどうしてもすぐ、顔に出るみたいなので……でも、嬉しいと思ってます。


……もうそろそろ、巡察組が帰ってくる刻限です。楽しみです。













「ご馳走様〜っと!!」
「ご馳走様」

順々に膳を持って部屋を出て行く隊士の中、千鶴はまだ食べきれていなかった。
まだ配膳された時とさほど変わらぬ量のおかずを見ながら、必死に口に運んでいた。
隣に座る総司の膳は空だが、それは半分以上を千鶴にあげたからである。
けれどさも自分は全部食べたのに、君は遅い――という視線を向けて暗に千鶴を急かしていた。

「…っあ、あの。見られていると食べにくいです」
「じゃあ早く食べて」
「食べてます!……あの、やっぱりこんなに食べられ――「僕がせっかくあげたおかずを、残すの?」

・・・・・・・・・・・ずるいっ!!

「あの、沖田さんはあまりにも小食だと思うんです」
「そう?」
「はい。巡察とか、稽古とか……ちゃんと食べないと倒れちゃいますよ?」
「……僕のこと心配してくれるの?ありがとう。…じゃあ食べさせて

いつの間にか適度に空いていた二人の距離が縮められて、あ〜んと口を開けてくる総司に千鶴は慌てて身を引いた。

「な、何言ってるんですか!人前ですよ!?」
「人前じゃなかったらいいんでしょう」
「そうは言ってないですけど」
「いないよ、人」

にやっと悪戯が成功した子供みたいに笑う。

……え―――

総司の言葉に千鶴がバッと視線を徘徊させるも、一目で千鶴と総司の二人だけだという事がわかる。

「…………」
「あ〜あ、千鶴ちゃんが食べるの遅いから、二人きりになっちゃった。もしかしてわざとゆっくり食べてるんじゃないの?」

これ以上会話を続けても、きっと敵うことはないと判断した千鶴は、理不尽だと思いながら、総司のからかいに乗らずにご飯を自分の口に運ぶ。
それでも、こうして二人でいられる時間は…この山盛りご飯は辛いけど、素直に嬉しいのだ。

早く食べ終わろうと口や膨らんだほっぺをもごもごさせる千鶴をじっと見ていた総司は、不意に千鶴のそのほっぺを自分の箸でチョンと突く。

「?」
「千鶴ちゃん、あのね…実は…」
「??(はい?と言いたいけど口がいっぱいです)」
「僕、全然食べ足りないんだよね。だって君にほとんどあげてるでしょう?いつもは腹八分程度は食べるし……」

いかにも辛い、というようにお腹をそっと押さえた後、その端正な顔立をそのまま千鶴に近付け、膨らんだほっぺを軽くかじる。

「食べさせてって……言ったよね――?」
「……っんっもぐ…うっ…こほっ!!」

総司のわけのわからない態度に、千鶴は近付いた分だけ顔を逸らしながらも急いで口の中のものを消化して、総司に非難の目を向ける。

「私が強制したんじゃなくって、沖田さんが無言でご飯やおかずを私の膳に――」
「入れたよ。だから足りないんだってば」
「足りないなら、入れる必要ないじゃないですか!!!」
「でもそうしたから、今こうして堂々と二人で残っていられるんじゃない」

しれっと二人きりの時だけに見せる甘えた笑顔を見せられたら、その言葉に強く反論できなくなる。

「……もしかして、それだけの為に私の膳にご飯を……?」
「む……それだけって……こういう時間に二人きりになれるって中々貴重だと思わないの?君が食べられなくて残っているならみんなあまり文句言わないだろうし」
「でも!沖田さん、私のこと急かしたじゃないですか。早く食べろって……じゃあ、あれは――」
「ああ、あれは……だって必死になって食べてる姿が面白くって。栗鼠みたいにほっぺ膨らませて…プっ…」

その時の千鶴の様子を思い出したのか、隠しもせずにケラケラ笑い出す総司に、千鶴は今度は拗ねて頬を膨らませた。
目の前にあるまだ残っているご飯やおかずを半分程度総司の膳に移すと、そのまま自分の膳を持って総司の傍から離れたところに移動し、背中を向けて食べ始める。

「あ、拗ねた」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「千鶴ちゃん、僕こんなにはいらないんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・」

必死になって食べていた顔は、そりゃひどいものだったろうと思うけど。
総司が好きだからこそ、からかわれて辛いというか恥ずかしいというか、居た堪れないというか……あの人はわかっているのだろうか。

二人きりで嬉しいのに、それでもどんな顔して横で食べていいのかわからない。
千鶴は背中を向けたまま、箸を進めていたのだが……味が全くわからない。
もぐ……と口まで止まって、ふと静かになった後ろの気配が気になりだした時、「わっ」と総司の顔が逆さまに視界に入った。

「……っ!?」
「あはは、すごい顔」

いつの間にすぐ後ろまで来ていたのか。上から覗きこんだ顔がまた楽しそうに笑ってる。
また顔のことを言われ、千鶴はじとっと睨むように見上げたのに、何故か総司が逆さまの顔のまま破顔する。
つられて笑いそうになって、いけない、と顔を引き締めようとした瞬間。

「上目遣い、可愛い」

そのまま、チュと軽く口付けられる。
拗ねるも恥ずかしがるもなくて、一気にその言葉と感触に浮かれて責める気持ちがどこかにいってしまう。

「ねえ、二人きりだよ」
「……はい」
「食べさせてよ。お願い」

逆さまの顔のまま、鼻の頭をすりっとすりつけてくる子供みたいな仕草。
どうしたって可愛くて、答えは一つになってしまう。

キューッと甘く軋む胸は幸せの証。

仕方ないな、と思いながら「……はい、沖田さん」とご飯を差し出して。

二人きりのご飯の時間をゆっくり満喫――しだしていたところ。
バタバタと廊下を騒がしくこの部屋に戻ってくる足音が聞こえる。

「……っ!!だ、誰か来ますよ?」
「……こんな騒がしい足音、犯人は決まっているじゃない」

うんざりした表情で、千鶴に身体をすりよせる総司に千鶴は思わずガバッと力づくで離れた。

「だ、だめですよ!!な、内緒なんでしょう?離れないと……」
「……ああ、そうだっけ。そうだったね」

急いで歪な膳の置き方をきれいに二つ並べて、何事もなかったかのように席に戻る千鶴に、総司は若干不貞腐れているようだったが。

「ち〜づるっ!!まだ飯食い終わんねえの?」

そんなやり取りなど知らずに平助が元気よく部屋を覗き込んでくる。
千鶴の姿を認めると、ささっとその傍に駆け寄ってくる。

「あ、平助君。う、うんっごめんね!今食べるっすぐ食べるから……っ」
「ん?千鶴何だか顔赤くないか?熱でもあるんじゃ――」
「え、ううんっ!お味噌汁が熱くって…」
「味噌汁が熱いって……いくら何でももう平気だろーははっ何言ってんだよ!」
「あはは、わ、私かなりの猫舌みたい」

何だよそれ!と声をあげて天真爛漫に笑顔を振りまく平助は、ちゃっかり千鶴の正面に座ると、横でぶすっとしてる総司に、というか総司の膳に今気付いたように目を向けた。

「あれ?何だよ〜総司さっき空だったじゃん。もしかして、千鶴が食べるのしんどそうだから食べてやってんの?」
「そうだよ、悪い?」

……ああ、沖田さん……そんな…らしくないこと言ったらバレちゃいますよ――

千鶴は内心ビクビクしながら平助の表情を窺っていたのだが。
千鶴の杞憂か、平助は「へ〜いいとこあんじゃん!」とにこにこ笑っている。

……よかった――

ふぅ、と胸を撫で下ろしながら、残り僅かなご飯を口に含ませながら、そういえば、と気が付く。

「平助君、もしかして洗い場担当…だったよね?ごめんね。遅いから様子見に来てくれたんだ」
「いいっていいって。総司だってまだ食い終わってねえんだし、気にすることないからな。ちゃんと食べろよ」
「うん、ありがとう。……私、片付け手伝うね!午後は土方さんも急ぎの予定は今はないって言っていたし」
「そっか。じゃあ一緒に頼むな」

にこっと微笑みあう二人に、総司はぼそっと「僕は巡察」と不愉快気に言う。

「お〜頑張れよ」
「怪我、しないように気をつけてくださいね」

居残り組にあっさりともう見送られるように言葉を吐かれ、総司のこめかみがピクっとひきつりその表情が強張った。

……あ、お、怒ってる――

「そうじゃなくて、千鶴ちゃん巡察付いて歩くんじゃなかったの?」
「あ、あの。今日は土方さんに許可をもらえてなくって……」
「許可もらえばいいじゃない」
「ええっと……それはもちろんそうしたんですけど、今日は夕方客が来るから居ろって言われてまして」

ピシっと空気が張り詰める音が千鶴には聞こえた。
総司の周りに瞬く間に黒い気が漂いだす。

「ふーん、それなら仕方ねえよな。じゃあ、千鶴はオレと片付けよろしくな!」
「う、うん」
「あ、食べ終わったな!総司も早く食べろよ〜」
「うるさい。もういらない」

ガシャンと箸を置いて、そのまま立ち上がると「平助、これ食べといて」と事も無げに言う。

「オレかよ!」
「いいでしょう、どうせいっつも足りないって言ってるんだから。千鶴ちゃんはもう食べられないだろうし」

ちらっと視線を向けられた千鶴は、ブンブンと強く首を縦に振った。
これ以上は無理だというのを伝える。
千鶴に食べさせる訳には行かないのはわかっているのか、平助は仕方ねえなあと箸を手に取った。

「ほら、千鶴ちゃんは片付けなんでしょう。行くよ」
「え、は、はい――じゃあ平助君、あとで勝手場でね」
「おお!食べてすぐ行くから!」

千鶴の膳を軽く片手で持った総司は、反対の手で千鶴を掴むとそのまま引っ張るように部屋を出る。
掴み方が強くて、やっぱり不機嫌なのだとわかるけど――

「平助と約束してたよね」
「え?」
「じゃあ僕とも約束して」
「え?」

総司は足を止めると、無表情な顔を振り向かせる。

「おんなじような約束、作ってよ」
「え?ええっ!?お、おんなじような約束?」

平助君とした約束って……後で一緒にお皿片付けましょうってそれだけなんだけど――

本気で言っているのだろうか、とも思うけれど、総司の表情を見ると本気のように見える。

「…えっと、それじゃあ…沖田さん、あとで……」
「うん」

……どこって言ったらいいの!?というか、何を約束すれば――

頭の中をぐるぐる回らせるも浮かばない千鶴に、総司が「巡察終わった時間、僕はどこに行けば君に会えるの?」とじれったそうに口を挟まれる。

「……あ――……あとで、私の部屋に会いに来てくれますか?」
「うん」




無邪気に、嬉しそうに微笑むあなたに、私の方が幸せになる――







3に続く