愛し日記





このお話は屯所時代の二人ですが、恋人同士な二人のお話です。
1から順にお読みください。









六月○日

今日はあの、何て書いたらいいのでしょう。
すごく、すごいことがありました。
今でも信じられないけど、夢じゃないかと不安で。
明日も…今日が続きますように。


えっと沖田さんに今日言われた事、私にうまく出来るか不安だけど…
……一緒にいたいから、頑張ろうと思います。





とってもいい天気。
ポカポカと初夏の日差しが青空にキラキラと散りばめられた中、千鶴はいつものように洗濯をしていた。

隊服の取り扱いに気をつけながら皺をきれいに伸ばして干していく。
一つの隊服を伸ばし終えた時に、千鶴は少しだけその手を休めた。

……これ、沖田さんのだ――

細身の高い身体をすっぽりと覆う隊服はやっぱり大きい。
他の人のだった大きいけれど、それでも……何か違う気がするのは千鶴の気持ちのせいだろう。

「そんなのより、本人見る方が良くない?」

不意に後ろから声をかけられ、そのまま見上げていた隊服が後ろから伸びた手に引っ張られた。
視界に浅葱が広がって、驚いて振り向いた矢先、一瞬見えた笑顔がそのまま千鶴に顔を寄せる。
まだ竿に通ったままの総司の隊服は、千鶴だけをすっぽり丸く隠すのれんのような形になった。

せっかく干したのに、とか。
皺がいっぱい出来てしまった、とか。
そんなことは全く考えられずに、ただ総司との距離の近さに千鶴は固まってしまった。

「……ね?本物の方がいいでしょう」

耳元で囁かれるように問いかけられて、胸が波打つように騒ぎ出す。

「何、を…」
「たまたま庭にいた僕に、風であおられた羽織が絡まっただけじゃない?大丈夫、君は見えてないから」

密やかに告げられる言葉に、その雰囲気に飲まれそうになって千鶴は距離をとろうとしたが、くるっと囲まれた羽織が壁となって逃げられることもなく。
躊躇いながらも総司の言葉に耳を傾けようとする千鶴に、総司は満足そうに笑って言った。

「何で僕の隊服だけじっと見てたの?」
「……それは…あの…すみません」
「謝るってことは……何か僕に悪さをしようと企んでいたとか――「そんなこと、しません!」

総司の言葉を強く否定するように顔をあげると、そんな事、端から疑っていなかったような優しく細められた総司の目に捕らえられる。

「うん、わかってる」
「…だったら――「でも、何で見てるのかが僕にとって大事なことだから、ちゃんと聞いておこうと思って」

いつものように追及してくるような口調とは違って、千鶴の答えをゆっくり待つような口調にかえって千鶴は困ってしまった。
どうして、見ていた――と簡単に言えるようなことではないし。
自分でもどう、この気持ちをまとめて伝えたらいいのかわからない。

何となく、いつも見てしまう。
何となく、気にかけてしまう。
その何となくはいつも、総司に限ってのことだけれど――

唇は動けど、声を発すことなく。
困ったように俯く千鶴に、総司は「じゃあさ」と静かな口調で言った。

「千鶴ちゃん、ちょっとこれ僕の代わりに持って」
「え…これって…はいっ」

千鶴と自分の頭だけを隠すようにしていた総司の隊服の端を示し、くいくいと動かす総司の手に、千鶴は反射的に手を添えた。
総司は自由になった両手を千鶴にかざして、ゆっくり語りかける。

「抱きしめても、いい?」
「え…っ」
「嫌なら手を離して、ここから出ればいいよ」

いつもいつも子供っぽいことをして、奔放な態度にかき乱されて。
なのに今は全く違う、大人びた表情を見せる。
ちゃんと答えなきゃいけないところなのだ――と千鶴は察し、早鐘を打つ胸を押さえたい気持ちを我慢しながら、小さく返事をした。

「手、離しません……」
「……いい子だね」

そのままふわっと総司に包まれる。
最初、優しく抱きしめてくれたその腕に突然グッと力が込められる。

「……っ」
「……口付けても、いい?」

さっきとは違って、顔は見えない。
肩に顔を埋めた総司の、自分を抱きしめてくれる背中につい手を回したくなって、千鶴は二人を囲っていた隊服を手放してしまう。

いつもの風景に戻って、二人の時間が終わったように隊服も多少よれながら元の位置へ戻り陽になびいている。
ただ、さっきまでとは違って、少し傷ついたような総司の顔が千鶴の胸に突き刺さる――

離れかけた腕に、千鶴は思わず辺りをはばからずに声をあげた。

「違うんです!私、沖田さんがぎゅってしてくれたから……私も……同じように……」

したくって、という最後の言葉は風に攫われてしまったけれど。

「……したかった?」
「はい――」
「じゃあ、好き?」
「…え――」

言葉に詰まったのは、自分でもふわふわ浮いてしまうこの気持ちを、言い当てられたからだろうか。
図星を指されて心臓が跳ね上がる。

「あ、あの……「ちょっと待って」
「?」

ドキドキしながらも返事をしようとしたら、軽く手で制されて。
また、同じように隊服で周りを遮られる。
同じ視線の位置に下げられた翡翠の瞳が、嬉しそうに千鶴の表情を覗く。

「ねえ、好き?」
「……はい―――」

今度は、了解を求められはしなかった。
はい、と言う間にも近付いてきた口唇がゆっくり重なった。
優しく触れるだけの口付けはそのまま、何度も甘く味わうように落とされた――



***


ようやく日の光にさらされた時にはもう顔も真っ赤で、体中のどこにこんな熱がと思うくらい、どこも熱くて。
そんな千鶴に総司は屈託なく笑って言う。

「君と僕は恋仲ってことだよね?」
「恋仲……」

総司から発せられた思わぬ言葉を心の中で反芻して、胸の中がいっぱいになると同時に千鶴の顔が緩む。
嬉しそうに微笑む千鶴に、総司はもう一度乱暴に隊服を手繰り寄せて隠すと、すぐに千鶴の唇に柔らかい感触が伝わった。

「――んっ……」
「……無防備にああいう表情しないでよね」

口付けの後に甘い口調ではなく、総司のあまりにあっさりした言い方に、千鶴は気分を悪くしたのだろうかと不安になり顔を覗き込もうとしたのだが。
その気配を察したのか、総司は羽織を簡単に手放すとくるっと背を向ける。

「……沖田さん?」
「千鶴ちゃん、さっきの返事は?」
「え――それは……」

このまま、背を向けられた状態で答えるものなのだろうか。
今起こった事など全く気にしていないように、大きく腕を空に伸ばして身体をほぐす動作をする総司の姿に、一抹の不安がよぎる。

……本気、じゃないの?

「……あの、沖田さんの顔を見て答えたいです」
「だってどうせ、顔じっと見たらいつもすぐ真っ赤になって逸らすくせに」
「…っで、でも。今は見て話したいんです」

不安が声に出たのか、振り絞った千鶴の声に総司が肩を落とした。

振り向きたくない理由があるのに、考えもしないでこっちを向けとか言わないで欲しい。
それでも、これ以上弁解めいたことを言うのも徒労のような気もする。
第一、千鶴にあんな声を出させたくはない。

「……千鶴ちゃんってさ、本っ気でわかってないから手に負えないよね」

渋々振り向いた総司の、その朱に染められた面白くなさそうな顔に千鶴は目を丸くして瞬きをした。
珍しい姿に千鶴の目が釘付けになる。

「君があんまり嬉しそうに笑うから……馬鹿みたいに顔が勝手に熱くなるし……」

背中を向けられたその意味をようやく知って。
ひたと重なった眼差しに、二人はゆるやかに限りない愛しさを加えていく。

「……沖田さんが、好きです」

ゆっくりと紡いだ言葉に、まだどこか照れ臭そうに総司が笑みを浮かべて答えた。


「僕も、千鶴ちゃんが好きです」


総司の涼やかな声に、可愛い色が宿る。

くすぐったい言葉に二人が微笑みあってると、どこかから千鶴を呼ぶ声が聞こえる。

「……あっ!土方さんの声ですね。どこでしょう…?部屋じゃあないみたいだけど……」

いつもの土方の部屋とは逆の方から聞こえる声に千鶴が辺りを見回しているのを、総司は「さあ」と空返事をする。

……小姓なんていらねえ、とか言ってた割りには、千鶴ちゃん傍に置きたがるよね、あの人――

「沖田さん?とりあえず私行きますね」
「……はいはい。これ、僕が残りやっといてあげる」
「え……でも―――」
「いいから、今日は機嫌いいからね。……今ちょっと悪くなりかけたけど……ね、もう一回好きって言って」

おねだりするように、視線を絡ませて言ってくる総司に千鶴は「そんなこと、簡単に言えないです」と慌てる。
それでも平常に戻った様子の千鶴がまた自分一色になったことに満足したのか、総司に笑みが戻る。

「まあいいけど。その方が君らしいし、その分僕のことが好きみたいだもんね」
「…………い、行きますっ」
「あ、ちょっと待って千鶴ちゃん」

はしっと腕を掴まれる。
そのまま身を乗り出して、総司は目を細めて人差し指を口にあてる。

「僕と君のことは、みんなには内緒ね」
「内緒、ですか?」

総司の暖かい腕の中、頭上から優しい声が千鶴に約束、と語りかけてくる。

「君は一応男だってことになってるし、おおっぴらには付き合えないでしょう」
「はい……」

それはそうだ。と千鶴はすぐに深く頷いた。
総司に迷惑になるような事はしたくない。
そんな千鶴に、総司は頭を撫でながら微笑んだ。



「二人きりの時は、いっぱい愛してあげるよ」








2へ続く