必要ない。

島原潜入を無事に終えて、屯所襲撃を見事に阻止することができた、そんな日からしばらく経ったある日の午後。

黙々と土方の手伝いをしていた千鶴に土方がふと声をかけた。

「千鶴、もういいぞ、ご苦労さん」
「あっでもまだこれが・・・」

目だけ土方に向けて、手を止めようとしない千鶴に、土方はいつもの自分を見るようでつい、小さく笑いをこぼした。
そんな土方を千鶴は不思議そうに見上げている。

「いや、そろそろ休憩だな・・・あいつらも集まって休んでるんじゃないか?茶でも淹れてやってくれ」
「はい、わかりました・・・土方さんはこちらで?」

土方に茶を淹れてくれ、と頼まれれば仕事を続けるわけにもいかない。千鶴の淹れる茶はうまい、と喜ぶ顔がぱっといくつも頭の中に浮かぶ。
いつも嬉しそうに淹れた茶を飲んでくれる人たちのためであるし、千鶴もそれが毎日の日課になっていた。
了承し、立ち上がりつつ、一応土方にも声をかける。そうは言ってもいつも「俺は部屋で」と、息つく暇もない土方だが・・・・

「そうだな・・・今日は広間で皆と飲むか」
「広間で・・?わかりました!すぐに!」

ぱっと顔を輝かせて、そんなことでにこにこしながら部屋を出ていく千鶴に、自然顔を緩めて微笑みを浮かべる土方。
鬼の副長とはいえ、千鶴の笑顔にはこうして気を安らげていた。
土方でさえこうなのだから・・・他の隊士達にとっては・・・・・・




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千鶴は今、とても困っていた。


お茶を淹れて、皆さんに持っていかなければ・・・・
刻々と熱を失っていくように、湯気は小さくなっていく。早く部屋に入り、お茶をお出ししなければと思うのに・・・入りにくい状況が目の前で繰り広げられている。
そして、部屋の外でそんなことに悩む千鶴がいるのは、珍しいことに誰も気づいていない。
皆、それほど話に、千鶴の話に夢中になっていたのだった・・・

「あ~今度はいつ見られるのかな」
「そうだよな~!あんだけきれいに化けるなんてさ!・・・女っていうのはすげえな~」
「何言ってんだよ、千鶴はもとがきれいだから・・・」

このような会話が延々と繰り返されていたのだ。
褒められるのは嬉しい。自分のいないところで話されていることが尚更嬉しくて・・・本当にそう思ってくれているのだと、素直に受け止めて、入るに入れずこっそり聞きながら、恥ずかしくて顔を赤らめて先ほどから顔があげられない千鶴だった。

「あ~こういうのをさ、千鶴にちゃんと伝えられたらいいんだけどさ、いざ本人を目の前にすると・・・言えないんだよな~・・」

悩ましげにブツブツ呟いているのは平助。その平助に全力で頷いているのは斎藤。
そんな斎藤を余所に、総司は口の端をあげて得意気に・・・

「僕は言ったよ、こんなかわいい芸者さんがいるなら、毎日通うって」
「そ、そんなこと言ったのか!?やるな~総司・・・いやでもオレも・・・オレは~・・・」

自分が島原に行った時のことを思い返す平助は、
そういや・・・最初ふてくされて、千鶴に心配かけたんだっけ…と、自分の幼い態度に妙に恥ずかしくなって押し黙ってしまった。
そんな様子を眺めながら左之が口を挟む。

「まあ、何にしても・・・褒めるっていうのは千鶴にとってもいいことだしな、また頑張って言ってみな」
何気なく向けられた言葉に平助はきょとんとした顔をあげて、左之に問う。
「千鶴にとってもいいことって・・何で?」
「何でって・・・・」

そんなこともわからないのかよ、とばかりに呆れたように嘆息しながら左之は言葉を続ける。

「女は褒めれば褒めただけきれいになるって言うだろ?だから褒めてやれよ。なあ総司、斎藤もそう思うだろ?」

へえ~と感心するように首を振る平助と反して、同意を求められた総司と斎藤はなぜか、黙ったまま。
てっきり、「「そうだ(ね、な)」」と声を合わせて返事をくれると思われた二人は、こいつ何を言ってるんだ?というような視線を左之に投げかけてくる。

「おい、・・聞いてんのか?」

その視線に居心地が悪いまま、左之は二人にまた懲りずに声をかけた。(←後で大後悔)
すると、今度は二人同時に言葉を返して来たのだが・・・

「「褒める必要はない(よ)」」

一言一句違わず放たれた二人の言葉にその場にいた平助、左之だけではなく、こっそり中を覗っていた千鶴も動きが止まる。

・・・・・・え?え?どういうこと??

そんな千鶴の疑問はもちろん、平助と左之にとっても同じように疑問に思われたので、こういうことには遠慮なく素直に聞き返す平助が活躍する。

「な、何で!必要ないとかって・・・千鶴がかわいそうだろ~!」
「必要ないっていうか、そういうこと、する意味がないんだよ。」

平助の問いにさらっと答える総司の言葉が千鶴の胸にグサっと突き刺さる。
・・・それって・・・私は褒めてもきれいになんてならないってことだよね・・・・

部屋の外で知らない間に傷ついている千鶴に、四人は気付くことなく話は進む。
総司の言い方に、何やらは~んと納得したような顔を浮かべ、左之がちらっと総司と肩を並べる斎藤に目を向けた。

「・・・・・・そういうことか、斎藤も同じなんだろ?」
「・・・そうだ、褒めても変わらない」

グサッ!!また新たに一つ言葉が突き刺さって千鶴は泣きたくなった。
どうしよう・・・このままここにいても・・・傷が増えていくばかりだ。
お茶も冷めたみたいだし、淹れなおして来よう。そうしよう・・・そう思い立ち上がった時、斎藤のその返答になぜか総司が食いついた。

「ちょっと待ってよ、僕は変わらないとは思ってないよ。それは斎藤君だけでしょ」
「・・・・・・・総司は違うのか?」

意外そうな表情を向ける斎藤に、当然とばかりに総司は深く首を何度も縦に振る。

「そりゃそうだよ、これからもっといくらだってかわいくなるに決まってるじゃない・・・あ、きれいになる・・かな?他には比べようもないんじゃない?」

耳に届いた総司のその言葉に、千鶴は思わず胸を躍らせる。
・・・沖田さんそんな風に思ってくれるんだ・・・さっきまで傷ついていた心は、一転、喜びに溢れて、勝手場に戻ろうとした足は、その場にくっついたように離れなくなった。

だが、千鶴をときめかせたそんな言葉に、総司のその返答に、不満げに斎藤が異を唱えた。

「千鶴は・・・今でも十分過ぎる程可愛いから・・・これ以上可愛くなれ、という方が無理だと思うのだが・・」

しごく真面目な顔をして、千鶴本人が目の前にいたら絶対言わないようなことを淡々と述べる斎藤に、

・・・出たよ・・・天然の口説き文句・・・・

その場にいる三人がしーんとしながらその言葉を聞き流す中、一人千鶴は外であわあわとしていた。

・・・十分過ぎる程・・かかかかわいいって!!さ、斎藤さんがそんなこと!!

千鶴の心臓はドキドキしすぎてはちきれそうだった。
そんな千鶴のことには未だに気付かず広間では話がどんどん続けられていく。

「・・・さ、斎藤が、褒める必要がないって言うのはよくわかった。もうわかったから黙っててくれ」
ぽんぽんと斎藤の肩を叩き、そう諭すように言う左之に、斎藤は何故?と首を傾げる。
変な発言をした覚えはないのに、この空気は一体何だと、一人憮然としている斎藤。

そんな斎藤を横目でかなわないな~と呆れながら平助は、総司に気になっていたことを聞く。

「んじゃさ、総司はなんで褒める必要ないって言ったんだ?もっときれいになるって思ってるんだろ?」
「ばっ!平助余計なことを言うな・・・・」

左之が止めた時には遅く、総司はにこにこ嬉しそうにしながらその理由を平助に語りだした。

「ああ、だってさ、自分以外の誰かに褒められて、きれいになっていく千鶴ちゃんみたいと思う?思わないよね」
「・・・・は~・・・なるほど・・・・」
「それに・・・千鶴ちゃんが今よりきれいになったら・・・余計な虫が増えるでしょう?」
「虫・・・?」
「うん、変な虫にうろうろされても迷惑なんだよね・・・まあ、敵とは思わないけど、鬱陶しいし、邪魔だし。」

にこにこ言いながら平助を見る目が何やら冷たいのは気のせいだろうか・・・いや、気のせいではないだろう。
・・・オレもその虫に入んのかよ!!
平助は泣きたくなるような気持ちを堪えながら、ははっと乾いた笑いを何とかこぼした。
そんな平助に・・・よく頑張ったな、とばかりに左之が背中をぽんぽんとする。

こんな雰囲気でさらに質問すれば、とどめを刺されるようなものなのだが、平助は懲りずに思ったことを素直に聞いてしまった。

「でも・・ならさ、二人とも千鶴のことはもう褒めるつもりはないってことか?」

その問いに総司は顔を曇らせて、斎藤はすっと横に目をそらした。

「だから、言ったじゃない。自分以外の誰かが褒めるのは、必要ないってこと。・・・平助とかね?」
「ううっ・・・そ、そんなのオレの勝手だし!じゃあ総司は褒める気満々ってことじゃないかよ!」
「・・・だからそう言ってるじゃない。きれいになるから・・・とかじゃないよ?かわいいと思うから・・・素直に褒めはするんじゃないの?」

そこまで言って、総司は一瞬視線を虚空に這わせて、何かを思い出したように顔を弛めた。

「・・・褒めた時の、あの恥ずかしそうに赤くなる表情がまたかわいいしね、僕の千鶴ちゃんは」

なにやら勝ち誇った表情で、満足そうに言葉を続ける総司に、平助と左之はもうこれ以上深追いはすまいと口を閉ざす。
けれど、真向に口を開いたのは・・・

「きれいになるという理由で褒める必要はない。素直に褒める、という点においては総司と同感だ。・・・・だが、千鶴は、おまえの千鶴ではない」
「・・・・嫌だな、斎藤君。言ってみただけだよ・・・聞き逃してくれてもいいんじゃない?」
「誰も突っ込まなければ、おまえは今後ずっと『僕の』をつけて言うだろう」
「・・・・・・・・・さすが、よくわかってるね、・・・同じこと考えたりした?」
「そんなことを考えるのはおまえくらいだ」
「でも斎藤君の天然っぷりに対抗するにはさ、こういう策も必要なんだよ」
「天然っぷりとは何だ、俺は何もしていない」

にわかに二人の闘志が燃え上がり出す二人の間に、バチバチっと火花が散りだしたその時、
間がいいのか悪いのか、ガラっと勢いよく広間に入ってきたのは・・・・

「あれ、土方さん・・・珍しいですね、ここで休憩ですか?」

珍しくこんな昼間から広間に来る土方の姿を認めて、総司は気鋭がそがされて、はあっと息を吐く。
同じように斎藤も途端に気を静めて、土方の方へ向かいなおる。

「あからさまに嫌そうな顔すんじゃねえよ、・・・ん?おまえら、茶はまだ、なのか?」

中に入れば茶菓子も茶も何もなく、何やら異様な雰囲気が漂っているだけ。
とてものんびり休憩していたようには見えない。

「はい、何か・・・」
「いや、千鶴にだいぶ前に茶を頼んだんだが・・・まだ来ていないのか?」
「いえ・・・来ていません」

その頃千鶴はもう会話を聞くに堪えなくなり、顔を真っ赤にしながら勝手場にお茶を淹れなおしに行っていた。
土方の言葉に四人はそれぞれの反応を見せた。

「あ~・・・聞いてたのかな、千鶴・・・それじゃ逃げもするよな」
「あいつ純情だからな・・・刺激が強かったろうな・・・」

千鶴に同情的なのは平助と左之。ちらっと総司と斎藤に、何か言いたげに視線を向ける。
その視線をもろともせずに、当の二人は・・・

「き、聞かれていたのか・・・ちゃんとまだ伝えていなかったのに・・・」
と微妙な顔をしながら頬を染める斎藤。そして、
「聞いてたのか~ふうん・・・・・じゃあ僕、勝手場に手伝いに・・・・」
何やら楽しいことを発見したように顔に笑顔を咲かせて、その場を離れようとする総司に、はっと斎藤がその進路を断った。
行手を遮るようにして、総司を睨むように留める斎藤に、総司はあれえ?と声をあげた。

「手伝いにいくのは悪いことかな?いいことだと思うけど」
「・・・・おまえが手伝うと、茶が不味くなる」
「へえ・・・それだけかな?」
「・・・・・・・・・・他に何がある」

ぶすっとする斎藤に、面白くなさそうに視線を向ける総司。

「ああもう、おまえら黙れ!総司、動くな。確かにおまえが手伝うとろくなことにならねえからな」
「何ですかそれ・・・副長命令ですか?こんな時にばっかり権力振りかざして・・・」
「おまえは振りかざしても聞かねえことの方が多いだろうが!!」

怒鳴りながら土方は眉間を押さえこむ。
島原潜入で確かに問題は一つ解決したが・・・別の問題が勃発したようだ。しかも・・・色恋沙汰とは・・・情けない。

面倒なことが始まったと嘆息する土方は、やはり自室で茶を飲もうと思い直した。





END





あのイベントの後、絶対千鶴の芸者姿は何度か皆の間で話題になったと信じてなりません。
その希望を込めて。しかも沖田さんと斎藤さんにがっちり→千鶴設定で話を書きました。
千鶴との会話はないけど、こんな沖千斎も好きです。