『春の花二輪、此処に』





きっときっと、今私の上で笑いを堪えてるその人が少し憎らしくて。
抵抗は一応するのだけれど――

「まだだーめ」

ふっと漏らした笑いと共に首筋に顔を埋める総司に、私は恥ずかしいんです。離してくださいって言いながら…

彼の腕に捕らえられている幸せを、噛み締めてる。

そんな私の気持ち、知ったらどう思いますか?

私の必死に隠したつもりでいる気持ち、もし、知られてこの時間がなくなったら――

そう思うと怖くて、恥ずかしさを言い訳に、あなたを突き放す。

それくらい、私は沖田さん、あなたのことが…好きなんです――




「あ〜あ、真っ赤」
「誰がそうさせているんですか!」

からかって気が済んだのか、楽しそうに笑って千鶴を覗き込む総司に千鶴は咄嗟に目を逸らした。
総司は薄い口唇に微笑みを浮かべて、そんな千鶴を満足そうに見つめる。

「…あの、とにかくその…」
「ああ、これ?もう面倒だからこのままでいい?」
「直してください、お願いします」

いつも以上に肌蹴た胸元、どころではない。
上半身裸の総司に、視線をどうしていいか定められずにそわそわする千鶴の、わざと目の前に立つのが総司である。

「へ〜困る?あれ、誰だっけ。男の裸くらい見慣れてますとか言ってたの…」
「…み、見慣れているとは言っていません!ただ見たことはあるって言っただけで…」

話は少し前に遡るのだが。
稽古が終わり、上半身裸で庭をうろついていた総司と、たまたま洗濯物を取り込んでいた千鶴とばったり鉢合わせ。
慌てて目を逸らして「お疲れ様です」と言った千鶴の態度は、総司の癪に障ったらしい。

「目を見て話せって言われなかった?」
という言葉がきっかけで、始まったやり取り。
千鶴が何故目を逸らしたか気付いた総司に売り言葉に買い言葉。

「私だって、男の人の裸くらい見たことありますから平気です!」

千鶴が放ったこの言葉に、総司はムッと表情を曇らせ、その後その上半身裸の身体で千鶴を抱き寄せた――という事だった。


「見たことはある、ねえ。そりゃそうか…この屯所、そんな輩がいっぱいだし」
「それも…そうですけど。あの、父様のお手伝いで患者さんの身体を拭いたりとか…そういうこともしてましたから」
「あっそ…でも抱きしめられたことはないんだ?あの反応だもんね」
「あるわけないじゃないですか…」

つい先刻のことを思い出して、千鶴の声は弱弱しくなる。
そんな千鶴に何か返すでもなく、じっと見つめる総司に千鶴は居心地の悪い感じを覚えて、また目を逸らした。

「嫌ならもうしないけど」

あっさりした物言いに、千鶴の顔が少し強張る。

「・・・・・・・本当に・・・「嫌なの?」

もう、しないんですか?と問おうとあげた顔は、そのまままた腕の中に納まった。
からかいまじりに抱きしめられたさっきよりも、総司の心臓の音が早い。

一緒だと思った

「この間さ、土方さんに女の子抱くのって結構いいものですねって言ったら驚いてた」
「・・・・・そ、そんなこと言ったんですか!?」
「うん。ただ相手が千鶴ちゃん限定だって言ったら…嫌な顔してた」
「・・・・・そんなこと言……え…?」

トクンと大きく胸が鳴る。
抵抗する気すら起きずに、言葉の続きが聞きたくて口をつぐんだ千鶴の耳に、辺りをはばかるようにひそめた総司の声。

「千鶴ちゃんだけだよ。だから観念して抱きしめられてて―」

軽く、あっさり告げられた言葉と裏腹に、早鐘を打つ心臓が愛しくて。


はい、はい――とそれだけを繰り返して、腕の中にいる。


風が花の香りを運ぶ、そんな時期だった――








「何考えてるの?」
「…ちょっと…昔のことを…」
「昔って…江戸にいた時?」

菜の花が咲き誇る丘の上。
のんびり春風の中、身体を横たえていた総司がふと千鶴に声をかけた。
寝ていたのかと思った千鶴が、ふと小さく「はい」と返事をしたからだった。

「いえ…ここで寝ていたら…屯所にいた時のことを夢に見て」
「ふぅん、それ、僕も出てきた?」
「もちろんです」

きっと、きっと…同じ花の香りが呼び起こした思い出を、夢に見させてくれたのだろう。
今、隣に総司がいることを知ったら。
伴侶として傍にいられていることを知ったら――
昔の私はどんな顔をしただろう――?

「だからなんだ」
「・・?何がですか?」

納得したように笑顔を向ける総司に、千鶴が首を傾げた。

「すっごく嬉しそうに『はい』『はい』って何度も言ってたから。あれ僕が相手じゃないとか考えられないし」
「・・・ふふっそうですね。総司さんが相手だからです」

嬉しそうに笑う千鶴に、やわらかい微笑みを一つ落としながら、総司は千鶴の指を手繰り寄せた。

「千鶴、幸せ?」
「はい」
「僕は君にあまり贅沢をさせてあげられない。だから出来る限りのことはしてあげたいけど…千鶴はワガママも言わないし・・もっと言っていいんだよ?」

そう言われても、本当に幸せで。
本当に、本当に傍にいることが幸せだからこそ、願ってしまうのは『永遠』

「・・・・・・私は、すごくわがままですし、欲張りです」
「千鶴が?」
「はい。…もっと、もっと…」
「もっと、何?千鶴……っ!?」

あの時より、痩せた身体
それでも温かさは変わらない――
突然のことで驚いたのか、少し早く打つ胸の音も、変わらない――

私をこうして迎えてくれるのは、あなただけ――

幸せで包んでくれるのは、あなただけ――

「・・こうして、総司さんの傍にいたいです」


風が花の香りを運ぶ。

あなたの、愛を囁く言葉も共に運んでくれる――


お互い赤くなって、緑の原に赤を彩って。

二人仲良く春の花になる―――








END





描いた絵に合わせてお話を作るのは楽しいです。
ちょっとせつないけれど、幸せな恋人夫婦が大好きです。

幸せな感じが、伝わりますように。