ああ勘違い~斎藤ver~









「このまま、屯所まで何もないといいですね」

「そうだな」



巡察の帰り道、千鶴と共に周囲を見渡しながら歩いていた矢先のこと。



・・・・・?何だ?人の気配が・・・

無人であった筈の民家から、確かに何やら人が動いている気配がしている。



よからぬことを考えている輩の根城となっているのかも・・・



斎藤は後ろをついて歩く隊士たちにそっと合図を送る。

こくっと無言で頷く隊士達に、よし、と思い千鶴の方を向けば・・・何やら困った顔をしている。



「あの、私はここで待っていますね」

「・・・いや、中にいるのが出てきておまえに何かあったらいけない。それよりは俺と共に・・」



いた方がまだ安全だ、と言葉を続けようとしたけれど、千鶴はいえ!と首を横に振る。



「それなら、どこか隅の方にでも隠れて待っています」

「千鶴、おまえはまだ監視対象でもあるんだ。目を離すわけには…」

「あっ・・・」



気まずそうに千鶴が顔を俯ける。

斎藤はそんな千鶴の様子に首を傾げた。



・・・いつもと様子が違う。何だ?

ふと、その民家に目を向けて、不気味なたたずまいと言えなくもないその屋敷が怖いのだろうか?と思いついた。



「怖いのか?」

「え?怖い?・・・あ、そ、そうですね。」

「ならば・・・」



こんな時にどうかと思うけど、千鶴を置いていく訳にはいかない。

何かあればこの背を盾に守ればいい。

そう自分を言い含めながらそっと手を差し出した。



いつもなら…嬉しそうに千鶴の手を重ねてくるのだけど・・・?



「・・・あの、大丈夫です。大丈夫ですから行きましょう」



自分の手をゆっくりと後ろに隠して、斎藤の後ろにつく千鶴に一瞬時間が止まった。

嫌だったのか?出した手を引っ込める、というのがこんなにさみしいものだと、斎藤はこの時初めて痛感した。



新選組の三番隊一同はその屋敷に入って行ったのだけど・・・



「・・・人騒がせな・・・」

「ま、まあ斎藤さん。よかったじゃないですか。怖い人達ではなくて・・・」



中には二組の男女がいただけだった。

何をしている、と問えばしどろもどろにただ会っていた、と述べるだけ。

怪しかったので調べてみたが、本当にただの逢引だったようで…



斎藤は無駄なことで時間を…と思いつつ、千鶴にそっと視線を向けた。

何もなくてよかった、と言いつつ…千鶴の表情は冴えない。



いつもなら、横でふわっと花の咲くような笑顔を見せてくれるのが、今は全く。

つい、拒まれた自分の手を握りしめ、何か不躾なことをしただろうか…と頭を悩めていた。



それが解決したのは…ある人物のおかげ。

いや、事の発端もその人物だったのだが・・・





土方に報告を済ませた斎藤が、部屋に戻ろうと歩いていると、中庭で佇む千鶴と総司の姿が。

何やら落ち込んでいるような千鶴に、総司がひっついているように見える。



・・・またからかって困らせているな・・・



斎藤は二人の許へ向かった。



「それはもう駄目だよ、きっと。だから気をつけてって言ったのに」

「だって、仕方なかったんです…あの、あのお話…本当なんですか?」

「うん。僕もそう思ったけど、今日そこに誰かいたんでしょう?みんな面白半分で来てるんじゃない?」



話しながらどうしてそこまで身を寄せるのか。

自分が視界に入ってわざとしているのではないか、とも思う。

その証拠に、睨むように総司を千鶴の背後から見れば、何やら勝ち誇ったような顔。



「総司、またくだらないことを言って、千鶴を困らせているのではないな」

「残念。僕じゃなくて…これは町の有名な噂です」

「噂?」



何の話しだ?と眉を寄せる斎藤に、いつから斎藤がそこにいたのだろう?と千鶴が慌てて振り向いた。



「あ、あの。何でもないんですよ?ただの噂話ですから」

「それはどういった・・・?」

「それは・・・・」



何やら言いよどむ千鶴に、蚊帳の外にされた気がして、不意に不安に覆われる。

邪魔なのは・・俺の方なのだろうか?



「斎藤君、今日無人の屋敷入ったんでしょう?実はそこ・・・」

「沖田さん!斎藤さんには言わないでって…」



そんな千鶴の叫びは総司に届くはずもなく、面白そうだ、という理由で総司が言葉を続けた。



「男女が一緒に入ると…その二人は一緒になれない。必ず別れるって噂があるんだよ」

「もう沖田さん!!」

「・・・・・・・・・・」

「だから千鶴ちゃんは落ち込んでいるんだよね~」

「沖田さん!!!」



千鶴にしては珍しく、顔を赤くして本気で声を絞り出している。

斎藤には、だけどそんな噂のことよりも・・・強く思うことがある。



・・・入りたがらなかったのは・・・

・・・手を繋ぐのを拒んだのは・・・

・・・今、顔を赤らめているのは・・・



そう思うと自然に熱を持ちそうな頬に、総司に気づかれないように少し俯いた。



「・・・そんなのはくだらない噂だ。気にすることはない」

「あれ、でも本当に別れた人ばかりらしいよ?」

「ならば、何故今日あの場を逢引に利用したものがいた?」

「そこが不思議なんだよね、自分たちは大丈夫って示したいのに…別れちゃうって皮肉だね」



楽しそうに含み笑いをする総司は、落ち込む千鶴にお構いなしで言葉を続けた。

千鶴はもう反論する気力もないようで・・・そんな千鶴に一度視線を向けてから、恥ずかしいながらにも斎藤は総司に真っ向から噂を否定した。



「俺と千鶴はそうならない。ならば出鱈目だと証明できるだろう」

「へえ…そう言って駄目な恋人たちはいくらでもいるみたいだよ?」

「俺が、離さない」



し・・・・ん・・・・



何故黙る?千鶴まで・・・そんなに驚いたような顔をして・・・??



「・・・はいはい。わかったよ、じゃあ別れるのを楽しみに待ってる・・・ってあのさ」

「?」

「というか、斎藤君と千鶴ちゃんってそういう仲だったんだ・・・知らなかったよ」

「「!?」」



二人して真っ赤になって黙る様を楽しそうに一瞥してから、じゃあね~と爆弾を仕掛けた男は去っていった。



「・・・・・・・・」

「・・・・・あ、あの」

「すまない。そういうつもりで言った訳では・・・「わ、私は嬉しかったです!」



斎藤の袖をきゅっと掴む千鶴の手は、そのままおずおずと、そっと触れる程度に斎藤の指先だけを手繰り寄せた。

「は・・離さないでください」

「千鶴・・・」



先ほど拒まれた手は、彼女の小さな手に秘められた大きな勇気で繫れた。

いつものように繋げばいいのに、指先だけを絡めて、それが精一杯で顔を真っ赤にする千鶴が愛おしくて、愛おしくて…



その手をそのまま自分の口に寄せて、千鶴の指に誓うように、口付けた。



「――離さない…」





二人がその噂を打ち破り結ばれるのは・・・もっとずっと先の話。









END