拍手お礼SS


斎千「気付く時」






最近、気がつけば視線を感じて。
振り向けばいつもこちらを向いて、少し恥ずかしそうに微笑む少女。

最初は、何故見ているのかわからなくて、居心地の悪さを感じたこともあった。
言いたいことがあれば言えばいい。
そう思って口に出せば、
「何でもないんです」
と、目を伏せる少女。

それでも、気がつけば、いつも傍にいて。
振り向けば必ず笑顔で。
そんな彼女を、千鶴を、いつの間にか自分が目で追うようになっていた。


・・・・・・あれは・・・千鶴と、・・・平助か?

巡察の最中、よく知った顔が二人、陶器屋の前で、何やら並べられた皿や茶碗などを楽しそうに見ている。
最近になり、千鶴も幹部と一緒であれば、巡察の供ではなくても外出許可がもらえる日ことも増えた。

ただ、そんな日は、決まって千鶴は斎藤の非番の日を選んでいた。
そんな彼女の気持ちを、嬉しく思っていた、けれど・・・

「組長!異常ありません。次はあの店に・・・・組長?」
「あ、ああ・・・そうだな、行こう」

いつもなら任務をてきぱきと済ませ、効率よく回る斎藤がぼうっとしているのは珍しい。
そんな隊士の勘ぐりを解消すべく、斎藤は後ろをちらっと一度だけ振り向いて、千鶴と平助の様子を目に止める。
仲睦ましげに店の中に入っていく二人に、少しだけ胸の痛みを覚えながら任務に戻った。





京の空が赤く染められて、そろそろあそこにいるはずだ・・・と走りたい気持ちを押さえて足早に縁側に向かう。
いつも昼の見廻りが終わった後には、そこでぼうっと空を眺めているあの人に、お茶をきっかけに傍に座って、何気ない会話をすることが幸せで。
今日も、話しかけるきっかけとするお茶を淹れて、斎藤の元へと急ぐ。

夕焼けに照らされた斎藤を見つけた時、少しだけいつもと違う違和感を感じた。

・・・・あれ?
いつもなら、千鶴が近づいただけで、そっとこちらを振り向いてくれるのに。
その時見せてくれる少しだけ微笑んだ顔を見たい。けれど・・・

今日は気づかないのかな…
少し残念に思いながらも、今日は疲れているのだ、と思いなおして、そっと声をかけた。

「斎藤さん」
「・・・・・・」
「こんにちは、あの・・・お茶をお淹れたんですけど」
「・・・ああ、もらおう」

斎藤は心なしか、顔に影がかかっているように、表情が沈んでいる。
いつもと違って、今日は、話しかけにくい雰囲気が二人の間に漂っている。
・・・何か問題でも起こったのだろうか?今日は、傍にいると邪魔になっているのかも・・・
一向にこちらを見ない斎藤に、何度か視線を向けるものの、表情はずっと強張ったまま。

思わず千鶴が俯いた時に、ようやく斎藤の声を聞くことができた。

「千鶴は・・・」
「は、はい!」

話しかけられた嬉しさで、思わず声が上ずってしまった千鶴に、斎藤は少しだけ気を緩める。

「そんなにかしこまって聞かなくてもいい」
「あ・・す、すみません」
「・・・・謝ることもない」
「は、はい・・・何でしょう?」

いつものように、曇りない笑顔を斎藤に向けて、屈託なく微笑んでいる千鶴に、

「今日、陶器屋に行っただろうか」
「・・・・・・・え、ええ!?知っていたんですか!?」

みるみる赤くなっていく千鶴の様子を横目でちらっと見ながら、

「・・・何か探していたのか?」

別に聞かなくてもいいことを、詰問のように言う自分に少しだけ苛立ちを覚えながら斎藤が問うと、

「え、え〜と・・・・ゆ、湯呑を・・・」
「湯呑?」
「朝、私ちょっと手を滑らせて割ってしまって・・・それで・・・」

そんなことを話しながら、夕焼けじゃなく、自分の熱でどんどん赤く染まっていく千鶴。

平助と出かけたことを思い出したのだろうか。
今まで自分の傍にいたのは、もしかしたら、無口な自分に気を使っていたのかもしれない。
一番近い距離にいると勘違いしかけていた自分を斎藤は恥ずかしく思った。

そして押し黙ってしまった斎藤に千鶴は、わけのわからないことを言い出した。

「あ、あの!すみません!やっぱり嫌ですよね!勝手に買ったりして・・・気を悪くされましたか?」
「・・・・?いや、千鶴が誰と買いに行こうとそれは千鶴の自由だ、気にすることなど・・・・」
「え???」
「ん???」

何だか微妙に話が噛み合っていない。

え〜と、千鶴が少しだけほっとした顔をしながら斎藤にもう一度質問をする。

「あの湯呑を買ったことで気を悪くされたんじゃ・・ないんですか?」
「・・・あの湯呑とは?どうして俺が気を悪くする」

斎藤の問い返しに千鶴はうっと言葉を詰まらせる。

「あれ??み、見たんじゃないんですか!?」
「・・・俺が見たのは、店に入るところまでだが・・・」

しまった!という表情を前面に押し出した千鶴に、斎藤は容赦なく湯呑とは?と聞いていく。
斎藤の方をちらっと一度だけ見て顔を伏せて、耳まで真っ赤にして千鶴は話しだした。

「湯呑・・・斎藤さんのとお揃いの買ったんです」
「・・・・・・・・・」
「す、少しでも斎藤さんに近づける気がして・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・やっぱり・・・迷惑でし・・」

何も言わない斎藤に、やっぱり気を悪くしたのだと、不安になって顔をあげると、自分を優しく見つめる瞳と目が合う。

「嫌だなどとは思わない。揃いの湯呑を嬉しいと思う」
「ほ、本当ですか?」
「ああ・・・今日おまえの分の茶がないのは・・・それが理由か?」」
「だ、だって、湯呑を見られるじゃないですか」
「夕餉の時にどうせわかる」
「で、でも・・・夕餉の時は人も多いし、湯呑なんて誰も見ないと思ったから・・・実際、平助君も同じの買ったって気がつかなかったし・・・」

平助は気がつかないかもしれないが、ちょっとしたことに聡い左之や総司は気がつくだろう。
きっとからかわれるに違いない。それはうっとおしいとは思うけど、それ以上に・・・
嬉しいと思う気持ちが強くて、そんな自分に少し驚きを隠せない。

「・・・今日はもう遅いから、明日は二人で一緒に茶を飲もう」
「・・・っはい!」

そっと頭に置かれた手が、二人の距離を縮めた証のように。

「・・・・千鶴」
「はい」
「・・・・その、今度そういった時には・・・」
「そういった時?」
「今日のように、何かを買いにいかなくてはならなくなった時だ」
「あ、はい、斎藤さんにお願いしたいです」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしました?」
「い、いや・・・それなら・・今日も・・・頼んでほしかった」

ぽつっとバツの悪そうな顔で、照れたような表情を見せる斎藤に千鶴は嬉しさを隠しきれない。

「今日は…お揃いを買う!って決めてたから恥ずかしくて・・・それに見廻りもあったし・・・疲れてると思って・・・でも・・」
「次からは・・斎藤さんにお願いしてもいいですか?」

千鶴に会うまで、ずっと胸の奥がちくっと痛かった。
それは嫉妬なのだと、その気持から目を背けることなどできないくらいに、千鶴が好きになっていたのだと、
そんな気持ちがせつないくらいに胸に広がっていく。

そっと千鶴を引きよせて、胸の中にしまいこむ。
壊れてしまわないように、真綿をくるむように、優しく優しく。

きゅっと自分の背中を軽く掴む千鶴を愛おしく思いながら。




END




感謝の気持ちを込めて。
みかん