ああ勘違い〜沖田ver〜
「千鶴ちゃ…」
声をかけようとした途端、廊下の先を歩いていた千鶴は何故か、歩みを早め、急いで曲がってしまった。
・・・・・聞こえていなかった?いや、どう考えても…僕の声を聞いて逃げたよね。
・・・どういうことかな?
いつもなら笑顔で振り向く千鶴が、どうしたのだろう?
何にしても、逃げられると…
「追いたくなるってものだよね」
総司は悪戯小僧のような顔を浮かべて、廊下を走ることなど全く気にせず千鶴の後を追いかければ…
「いた!…って土方さんも一緒ですか」
簡単に追いついたと思えば、千鶴は土方の後ろに隠れるようにしている。
そうじゃないのかもしれないけど…そうにしか見えないのは先ほど逃げられたせいか。
「総司、おまえな…廊下をバタバタ走るな!おまえがそんなことじゃ示しがつかねえだろうが」
「はいはい。それより千鶴ちゃん僕に渡してくださいよ。せっかく追いかけて来たのに」
土方の後ろから、顔を少しだけ覗かせる千鶴に、ね?と同意を求めるように顔を覗きこめば…
ぱっと顔を隠して…土方の着物の裾をぎゅっと握っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何これ
さすがに面白くなく顔をしかめる総司に「悪いが…」と追い打ちをかけるように土方の言葉が発せられた。
「千鶴にはこれから俺の仕事手伝ってもらうんでな」
「はあ?本当ですか?」
「こんなことで嘘ついてどうすんだよ…千鶴、行くぞ」
後ろに隠れる千鶴の頭にぽんと土方が手を乗せると、はい、と声だけが聞こえたかと思うとそのまま…
二人して部屋に向かってしまった。
「何かしたっけ…いや、今日はまだ話してないし」
朝から今まで一言も…いや、挨拶くらいはしたけど素っ気ないもので。
ようやく千鶴とゆっくり遊べ…いや、話せると思っていた総司は千鶴の変化に首を傾げる。
「ま、いいか…土方さんの終わったら捕まえよう」
追うのは楽しいしね、とその時は簡単に考えていたのだけど。
「総司、頼むからその顔止めろ。飯がまずくなる」
夕餉時、総司の隣に座っていた左之は、ずっとむっつりして陰気を放つ総司に耐えきれなくなり口を開いた。
「もとからこんな顔です」
「いや、違うだろ…ったく〜またしょうもないことだろ?」
はあ、と溜息付きながら左之は不機嫌の原因を考える…までもないのだけど。
この場に千鶴がいないのが…まあ理由だろう。
「しゃあねえじゃねえか。千鶴は土方さんの手伝いがまだ終わってないんだろう?」
「・・・誰も千鶴ちゃんのことなんか言ってないですよ」
「顔がそう言っている。迷惑だ」
総司の反対隣に座る斎藤が珍しく口を挟んだ。
そのことで、総司は余計顔をしかめていく。
「うるさいな。大体、いきなり避けられて…むっとしない方がすごいと思うけど」
「「どうせ、おまえが悪いんだろう」」
二人が声を揃えてすぐに反論するものだから、ますます気分を悪化させた総司は、食事にあまり手をつけないうちに立ち上がってしまった。
「もういい。部屋に戻ります」
「副長と千鶴の邪魔をするなよ」
「千鶴に後で謝れよ」
・・・何だその言葉は・・・
ぎろっと二人を睨んでから総司は広間を出た。
斎藤と左之は二人で総司の残したおかずをつつきながら…
「今回は何が原因だろうな?」
「総司の言動を考えると測りかねる」
「…それもそうだな」
のんきに食事を続けたのだった。
ふう…まだ一日なのに…こんなに疲れた…
まだ五日くらいは頑張らないといけないのに。こんなことでは総司とあまり接しないで、というのは無理な気がしてきた。
・・・何だか機嫌悪そうだったし。
でも、今はまだ…
土方の部屋からの帰り道、千鶴はまだ皆食事中だろうと高をくくって、のんびり廊下を歩いていたのだけど。
取り敢えず、食事は後にして今は部屋に戻ろうと自分の部屋の前まで来れば、
「終わったの?」
「キャッ!?…お、沖田さん!お食事は…」
いきなり声をかけられて、思わずその場で飛び上がってしまった。
千鶴のあまりの驚きぶりに…いつもなら笑ってしまうけれど、今はそんなに自分が嫌なのかと口を尖らしてしまう。
「だって、食べられない」
「え…どうしたんですか?勝手場で何か問題でも…?」
言いながら、千鶴はゆっくり総司と間を広げて。
それが気に入らない。ものすごく、気に入らない。
「問題はここ」
「い、いや!沖田さん離れてください!!」
一気に間を詰めて抱き締めれば、本気で抵抗して逃げようとする。
「何で?何で急にそんなに嫌がるの?」
「な、何でって…うう〜〜沖田さんもうわかったでしょう?」
「…わからないよ。わからない」
必死に離れようとする千鶴を押さえこむように、ぎゅっと強く抱きしめて。
ここで離したら、もう捕まえられない気がして。
さみしさに押しつぶされそうになるのをごまかすように、千鶴を閉じ込めれば、泣きそうな声が聞こえた。
「嘘ばっかり〜…わかるって言ってたじゃないですか…だから今日ずっと沖田さん避けてて…」
「・・・・・・・・・?」
「においでわかるって…言ってたじゃないですか」
何のことかわからないけれど、とにかく嫌われた…とかではなさそうでほっとする。
「においでわかる…?それっていつの話?」
「この間…平助君と庭で話していたでしょう?」
・・・・この間…ああ、そういえば平助とちょっと稽古でやりあって…話をしたっけ・・・
『あ〜やっぱり総司にはかなわねえよ』
『あれ?お二人ともここで稽古ですか?お茶でも淹れましょうか』
『お、千鶴頼む!もう喉がからからでさ〜』
『うん、お願いね』
・・・そうだ、その会話の後、千鶴ちゃんがその場を離れようとした時に・・・
『何で次のがわかるんだよ』
『何となくね、嗅ぎとれるんだよ』
『それ答えになってね〜し!!』
・・・・・・・・・・・・・・においでわかるってこの会話のこと?駄目だ、よくわからない。
「沖田さん、月のものの日、わかるんでしょう?だから・・・恥ずかしかったから逃げていたのに」
「・・・・・月のもの?・・・って女の人の?そんなのわからないよ」
「・・・??え?だってわかるって・・・」
戸惑った表情を浮かべて総司を見上げる千鶴とは裏腹に、総司の顔はみるみる緩んでいく。
「それ、勘違いだよ。そんなのわかるわけないでしょ?大体あの時は稽古の話しだったし」
「え、そ、そういえば…」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「っす、すみません!!…あああの!忘れてください!全部!忘れてください!!」
「全部?千鶴ちゃんが今、その日だってこと」
笑いを堪えることなくクスクス言いながら、答える総司に千鶴は真っ赤になって俯く。
そんな千鶴の俯いた頬を軽くつねって口角をあげるようにしながら上を向かせる。
「あのね、僕今日一日…避けられてたよね」
「・・・あ・・・すみません・・・勘違いで・・・本当に」
はっとようやく気付いたように千鶴が申し訳なさそうに顔を歪めた。
違うよ、そんな顔してほしいんじゃなくて…
「嫌いになったんじゃないんだよね?」
「もちろんです。沖田さんのこと、嫌いになんてなりません」
十分嬉しい言葉だけど、言って欲しい言葉はちょっと違う。
「嫌いじゃないなら…何かな?」
「?・・・えと、好きです」
「よくできました」
ここで普通なら総司が千鶴を褒めているのだから、千鶴によしよしとするのは総司の筈…なのだけど。
傍から見れば、まるでよしよしされたがっているように総司が頬をなすりつけている。
「こ、こんなところ見られたら、また勘違いされますよ!?」
「これは勘違いじゃないの。むしろ見てほしいくらい」
にっと目を三日月にして、頬染める千鶴の鼻先に軽く唇を落とすと、今日一日の不機嫌はどこへやら。
上機嫌で締めくくりの言葉を、千鶴に贖罪を求めたのだった。
「明日からずっと、僕の傍にいること」
END