御礼SSS
薄桜鬼 沖千

  「からかい隊士!」



何があったかはわからないけれど。
通りすがりに挨拶にと会釈をし、声をかければ。 つと立ち止まって、私をじっと見て。
見上げればいつも笑顔を唇に含ませて、私を見下ろす表情は どこにもなかった。
顔を伏せたまま、何も言わずに、こんな私に縋りついてきて。

理由を聞きたい。

でも言えないことだってある。
聞いてはいけないことだってある。



だから、そっと頭を撫でる。

私もいつだったか、気まぐれにそうしてもらった沖田さんの手が すごく、すごく嬉しかったから

大きな背中を丸めて、私の腕の中に落ち着くこの人の頭をゆっくり、ゆっくり。
背中に回された腕に、キュッと力を込められる。
もぞ、と頭を動かして私により擦り寄ろうと小さく首を振った沖田さんが、「ねえ」と呟く。

「はい?」





返事をすると同時に、何だか首筋に外気が触れる。
思いも寄らなかった感覚は、ゆっくり広がっていく。

「女の子の好意を無碍にする程、僕は意地悪じゃないから安心してね。嬉しい?」

……落ち込んでいる筈の沖田さんが、意味のわからない事をツラツラと口にする。
いつもの沖田総司の口調そのものだった。

「…?あの……お、沖田さん…?」
「うん。なあに?」
「何か…あったんじゃ…?落ち込んでいたんじゃ……」
「…僕そんな事、一言でも言った?」

愉悦たっぷりに私の顔を見上げ、一際にっこりと微笑まれて。
いつの間にか片手で両手を押さえられ。
ここじゃあまずいよね。などと危険な事を口にする総司に千鶴はパクパクと口を動かして やっとのことで声を絞り出した。

「騙し、…ましたねっ」
「騙してないよ。君が勝手に勘違いしただけだよね?」
「うっ…こんな事ばかりしてたら…本当に落ち込むことがあっても、信じませんよっ」
「誰も君に何とかして―なんて頼まないから大丈夫」
「ううっ」


それはそうかもしれない。
どうして、沖田さんが私に頼ってきてくれるかも――などと思えたのだろう。
なんだかからかわれた事よりも、そっちの方が悲しくなってきただなんて、

絶対言えない――


急に押し黙った千鶴に、総司は「はは〜ん」と千鶴の顔を覗き込んだのだが。
見られたくなかったのか、千鶴はぷいっと顔を逸らした。
小さな抵抗をする千鶴に思わず、総司は柔らかな笑顔を浮かべる。



「だって、僕が話す前に君なら気付いて、おせっかいしてくれるんでしょう――?」