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沖千



『立場逆転!!』




ガシャーン

布団を挟んで総司と千鶴が向き合って立っている。
総司の部屋に敷かれた布団には、今千鶴が落としてしまった味噌汁がみるみる染みになっていき…

「す、すみませんっ!!!すぐに片付けます!」

慌てて椀を退け、かやした汁を手ぬぐいで拭くも、染みはともかくにおいは取れそうにない。

「あ〜あ、君がどんくさいから」
「…本当にすみません」

シュンと落ち込む千鶴だが、もしこの場に誰か居て、状況を全部見ていたら皆が千鶴の味方をしただろう。
夕餉の支度後、配膳する為に廊下を歩いていた千鶴に総司が声をかけて。
ついでにこれも持って行って、と湯のみを渡そうとし。
引っ張っられた腕に、千鶴は逆らって立っていることが出来ず…転びかけ、こぼしたのだった。

「あの、すぐに洗います」
「…もう夜だよ。今日は客用も全部ないんでしょう」
「はい、今日は替えがなくて…」
「じゃあ洗ったら僕の布団がなくなるじゃない」

染みは気にはしないが、においだけは嫌だな…とブツブツ文句を連ねる総司に、「あの」と千鶴が遠慮がちに声をかけた。

「もし、沖田さんがお嫌でなければ…私の布団と交換しませんか?」
「千鶴ちゃんのと?」
「はい、私のせいですから…迷惑だったら何か他の方法を…」
「・・・・・ま、いいよ。それで」

仕方ないや、じゃあ運んでおいてね。と千鶴に告げて。
一人さっさと広間に向かう総司の背中に文句一つも零すことなく、千鶴は総司の布団を自分の部屋へと運んだのだった。


夜、暗い天井を見ながら床についた総司はふるっと肩を震わせた。
まだ寒気が漂う夜は冷える。
肩口までしっかりと布団をかけて、眠りにつこうとした総司はふと違いに気付く。

同じ家に住んでいるのに。
何故夜具のにおいが違うのだろう。

寒さに潜り込んだ夜具から、自分の布団ならいつもは何とも思わないのに今日はにおいがあって、それが無性に心を寂しくさせる。
何故だろう――
千鶴も同じことを考えているだろうか?と思いそれはないなと闇の中で頷く。

「あの子鈍いしね」

その前に味噌汁のにおいがこびりついていることを総司は失念していたのだが。

千鶴のにおいがするのに、千鶴が傍にいないことが何故か落ち着かなくて。
眠ろうとすればするほど。
意識を手放しかける瞬間に、ふっと香るにおいにピクっと腕を動かしても千鶴の重みも何もない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


もう味噌汁のにおいがする。
食事当番…私じゃなかったっけ?でも手伝わなきゃ…
もう、出来たみたいだけど、起きて…

「夢の中でもご飯食べてるの。足りないならもっと遠慮せずに食べればいいのに」

ただ飯食らいだけどね、と付けらされた言葉に、え?と暗闇を探るように目を開けた。
まだ熟睡はしていなかったのか、すぐ傍から聞こえた声に目は覚めたのだが。

暗闇に慣れてきた目に映った総司の姿に、千鶴は夜中に危うく叫ぶところだった。
間一髪で総司が容赦なく口を手で塞いだのだ。

「しー…静かに」
「し、静かにって…沖田さん何してるんですか…」
「何って…文句を言いに」
「え」

何だろう。
こんな夜中に起こされて、怒られるようなこと…
戸惑いながら起きようとする千鶴を、総司はそのまま、と制した。

制されたまま、何故か隣に潜り込んでくる――

「ちょ、ちょっとちょっと…沖田さん…っ」
「誰が悪いの?なんか君の布団、においがついてて…落ち着かないんだよね」
「・・・・・・・に、においっ!?」
「うん。・・・君のにおい?」

そ、そんなに気になるほどなのだろうか。
ガーンと落ち込みながらも、千鶴はある矛盾に気付く。

「あの…私のにおいが落ち着かないなら…来ない方がよいのでは…」
「だってこっちが僕の布団でしょう」
「…味噌汁のにおいが構わないのであれば、元に戻しましょうか?」
「…何それ」

ムッとした声を出しながらも、横になった千鶴の身体を少し浮かされて、総司の腕が通った。

・・・・・・こ、これは・・この状態は…・・う、腕枕・・・・っ!?

「あの、この状態になる意味がわかりません…っ」
「僕にはわかってる。おやすみ」
「沖田さん〜〜っ」
「・・・・・あのさ、君のにおいが嫌なわけじゃなくて、落ち着かなかったんだよ」

ジタバタする千鶴を無理やり腕で胸に押さえ込んで、おとなしくさせると総司はそのまま暖を取るように千鶴に絡まった。

「落ち着かなかった…?でも、あの今は私が落ち着きません」
「僕は落ち着いてる。こうしてる時によく感じるにおいだもんね」
「誤解を促しますよ…!?いっつもこうしてる訳じゃあ…」
「いいから黙って寝る。・・・これ以上ブツブツ言うなら…あ、そうだ、違う意味で一緒に寝る?」
「寝、る…?・・・・・・・・・・・っ!?ね、寝ます!おやすみなさい!!」

近づけた唇に警戒心を最大にして、潜り込んだ千鶴がおかしくって。
だけど同時にそこまで嫌がるのはどうかとも思う。
それでもその暖かさにうつらうつらと眠りが訪れようとした時。

「・・・・・・・・う、ん――」

先に眠りに入ったらしい千鶴が、すりっと心地よさそうに総司の胸に顔を寄せてきて。
まるで甘えるように顔を摺り寄せてきた。

「・・・・・・・・・・・・・・」

甘えられたことなど、一度もなかった総司はこの後寝ぼけた千鶴に甘えられまくって。

『我慢』『耐久』などの言葉が朝まで総司を苦しめることになるのだが。



それでも、自分の部屋に戻って寝ようとは一度も考えることなく。

明け方にはそんな千鶴に甘えるように、身を寄せて眠りについたのだった。


女の甘えた口調が好きではないが、
千鶴のそんな甘えは嫌じゃなくて。


「ねえ、甘えてみてよ」

そんな口癖が増えたとか。




END