拍手お礼SS




アルル「心が揺らぐ日」




さあ、あの子は今日はどんな反応見せてくれるかな?
きっと面白い反応を見せてくれるだろう。

カツカツと靴の音をわざと耳に聞こえるように鳴らして、
自習室で課題にいそしむルルに背後からゆっくりと机の上にそのモノを置く。

「ルルちゃん、お疲れ様。これどうぞ?」

にこっと薄笑いを浮かべたアルバロの表情はどこか空々しくて、ルルは差し出されたカップの中身をじっと見る。
一見普通のコーヒーに見えるけど・・・

「これ、何なの?」
「やだな、コーヒー以外の何に見えるの?」
「それは・・・」

もう一度、そのカップの中身をじっと見る。
確かに色もにおいもコーヒーそのものだけど・・・世の中には無味無臭のあやしい薬などいくらでもあるのだ。
ここのところ、課題にかかりっきりでまったくアルバロとかかわっていないから、そろそろ退屈をきたしたのかもしれない。
そう思うと、余計に・・・このコーヒーがあやしく見える。

「ごめんねアルバロ、私ブラックは飲めないの。砂糖やミルクをたっぷり入れるのが好きで・・・」

申し訳なさそうに眉を下げながらそっとそのカップを手に取りアルバロに渡そうとする。が・・・

「・・・そんなのよくわかってるよ、ルルちゃんのことなら何でもね」
楽しそうに背後に回していた片手からミルクと砂糖を出してきて、はいどうぞとまたも差し出されて。

飲まそう飲まそうとするから余計飲みたくないのに!!
そんな風にルルが考えながらじっとその三点セットをうらめしそうに見てると、
アルバロはすっと目を細めて底暗く響く声色で口を開いた。

「俺が、わざわざ用意したものに口をつけないの、いい度胸だね」

そんなアルバロの態度にルルは負けじと声を出す。

「だ、だって、今までのことから考えたらどうせ何か仕込んでる!って思うのが当たり前でしょう!?」

鼻息荒くしてぷんっと顔をそむけるルルに、アルバロはにっと笑みを浮かべながら今度は少し甘えた声色で、

「せっかく眠気覚ましにいいと思ったのにな…一口も飲んでくれないの?」

さみしそうな、ねだってくるような甘ったるい声でそうせがまれて、思わずううっとコーヒーにちらっと目を向けるものの・・・

「い、いらない。勉強しないと・・・」
「じゃあ、俺が手伝ってあげるよ、君がいないと退屈でしょうがないし」
「いい!絶対邪魔ばかりするもの!」
「邪魔なんてしないよ、君の傍にいたいだけなんだけどな」

歯が浮くようなセリフを照れもしないでつらつらと。
その言葉に思わず反応して、頬を染めていく自分が悲しい。

「もう!放っておいて!一人でするったらするの!」

もう知らない!完全無視!とルルの背中が語るように、そんな雰囲気を出していて。
ふう、とアルバロは息ついてその場を離れた。



その直後、アルバロと入れ違いで入ってきたユリウスが、ルルの手元に置かれているカップを見て「あっ!」と小さく声をあげた。
その声にルルが気がつき、ユリウスの方に視線を向けると、ユリウスは興奮状態でルルに向かっていつものように話しだした。

「ルル!それ君のコーヒー、もしかしてアルバロがくれたもの!?同じカップだし!いや、そんなこと…でも二人の関係からしたらそういうことも・・・」
「ちょ、ちょっと待って、確かにアルバロがくれたのだけど・・・何かあるの?」

「やっぱり!!すごいよそのコーヒー眠気がすっきりとれる珍しい調合薬入りのコーヒー豆を挽いたもので、なかなか手に入らないんだ!
この間お気に入りのコーヒー豆の販売店にたまたま入荷したって聞いて行ったらなくて、すっごく残念でならなかったけど、
たった今アルバロがそのコーヒーを淹れているのを見てうらやましくて、少しわけて欲しいってお願いしたら、
残念だけどこれで最後なんだって言われて、またがっかりして、だけどその最後のコーヒーを君が飲んでるからびっくりしたんだよ!!」

「そ、そうなの・・・」

ものすごく興奮して一気にしゃべったユリウスはひとまずおいて、
アルバロがくれたそのコーヒーにそっと目を向ける。

傍に置かれた砂糖やミルクをたっぷり入れて、自分好みにして、
そっと口に運べば・・・とってもおいしくて・・・
しばらく待っても麻痺を起したり、痛みがあったり、とかそんな異変は一つもない。

・・・・・アルバロ・・・・・・

ルルはいてもたってもいられなくなって、自習室を飛び出した。




一方アルバロは自習室を出て、いつものように夜遊びにでも行こうかとも考えたけれど。
なんとなく、それが退屈な気がして、まだ寮の前の花壇に腰をおろして、ぼうっと空を眺めていた。

・・・前にも増してこんな時間が退屈だと感じるのにこの学院を抜け出して気晴らしに行こうは思えない。
たった一人の少女といることが、今では一番の退屈をまぎらわすことだからなのか・・・
そんな風に考えた自分に苛立ち、やはり抜け出そうと腰をあげた時、

「アルバロ!待って!!」

ルルの声が静まり返った庭に響く。

「・・・ルルちゃん、そんな大声出したら先生に気づかれて・・・」
言いかけた言葉は途切れたのは、ルルがそのまま自分に飛びついて来たから。

・・・この状況は一体何だ?
本当にこの少女のすることはよくわからない。さっきまでとは別人のような態度だ。
訝しむアルバロにルルは背中に回した手にギュっと力を入れて、抱き止めるように。

「ルルちゃん・・・どうしたのかな・・・熱烈なスキンシップは俺も望むところだけど」
一応いつものように微笑みを浮かべながらルルに言葉を求めた。

「・・・ユリウスから聞いたの、あのコーヒーのこと・・・」

涙を目に湛えてこぼさないように耐えながらルルはアルバロを見上げる。
そんなルルの視線をアルバロはそらさず笑顔で受け止める。

ああ、なるほど・・・そういえばうらやましそうにコーヒーを見ていたっけ・・・・

「それで・・・飲んだの?」
「うん!おいしかった・・・ごめんね、疑って・・」
「いいんだよ、おいしかったならよかったね」
「うん、しびれも痛くも何にもない」

・・・そういうことを疑うのは、まあ、当然だろうな

心の中で少しは勘繰るようになったルルに納得する。
それでも・・・まだまだ・・・だけどね

「そっか、眠りを覚ますコーヒー・・・だったよね、どう?」
「うん!飲んだら目が覚めて・・・あり、がとう・・・安心した・・ら・・・・・・・・す〜・・・・・」

そのままアルバロにもたれかかって、全体重をその腕にかけてくる。
それをアルバロは楽々と支えて、そっと花壇にルルを横たえた。

「う〜ん・・・コーヒーは目が覚めるんじゃなくて、その効果を打ち消すほどの強力な睡眠薬入れていたんだよ」

そっと安らかな?眠りにつくルルに楽しそうにアルバロは話しかけた。

「ユリウス君も知らないことだからね、彼を責めるのは酷だよ、ルルちゃん」

きっと、彼女が彼を責めることはないだろう。
それでいい、自分だけを責めて、全部の気持の矛先を自分に向ければいい。
ルルの興味が自分に向けば向くほど、きっと楽しい。

「それにしても・・・あれは飲んだらすぐに腰がくだけるように眠くなるはずだけど・・・おかしいな・・・」

一つだけ、その点だけが気になっていて、その時ふと頭をよぎったのは・・・
一生懸命自分の元へ走って来て飛びついて来たルル。

「俺に謝るので必死だったから、かな・・・すごいね、そんなことで薬の効果を一時的にでも落とす・・・」

やっぱりおまえは面白いよ、次は何をしようか…
ルルのことなどなんとも思っていないというような、温度のない視線をルルに向けた時、ルルの口が少しだけ開いた。

「アルバロ・・・ごめん、ね・・」

その瞬間、一瞬アルバロの瞳の色は揺らいで、温かい色を差す。
苦しげにルルを見つめるその瞳の奥に、戸惑いの色も湛えて。

「おまえは・・・馬鹿だな・・・」

そっとルルの傍に横たわって、ルルの顔を見つめる。
知らず伸ばした腕はルルに絡みついて、彼女を抱きしめるように。
ルルの熱に溶かされるように、自分の気持も溶かされていくような感じがするのは、気のせいだ。
そんなことを思いながらも、腕は気持ちに反するようにぎゅっと強まって。

月明かりに、自分たちの姿だけでなく、そんな気持ちもさらされたような気がして、アルバロは二人をマントで隠す。
闇の中にいるのは心地いい。
けれど、今は、今だけは、

ルルと二人傍にいるのがいい。
そう思う気持ちが闇の中に溢れていく。






END





感謝を込めて。
みかん