『回れ右した背中が、あたたかい』






2月14日。




夕焼けに染まる家路を一人で歩いていた。

今日、渡すと決めていたチョコを渡せられて満足していた筈の心は、どこか物足りない――

ふと、満たされない気持ちに…自分が期待していたものに気付かされて。

そんな思いを振り払うように首を振った自分の耳に、後ろから駆け寄る足音。

同じような足音に、もしかしたら―と願いを込めて何度振り向いただろう。

振り向いた後の空虚さを知ってしまったから、振り向かずに歩いていた。


「―――斎藤、先輩・・・っ」


心が震える声。

高まる期待に、落ち着けと唱えながら――

振り向いた先に、夕焼けに染められたのか違うのか、真っ赤に染まった千鶴の姿。

千鶴の姿に、いやおうにも心が鳴る。
トクン、と音を立てて。

「千鶴――」
「…っよかった…まだ…学校かなとも・・思ったんですけど…」

ずっと走って来たのか、途切れ途切れの言葉に聞こえる息遣い。
それをキュっと飲み込んで、ギュっと一度目を瞑った千鶴。
手に持つ小さな袋が、小刻みに揺れている。

「・・・・あの、チョコレートすごく、美味しかったです。嬉しくて…でも、だからじゃなくて――」

顔を上げずに、一生懸命伝える事を話そうとしているのか。
泳がせた目は、不安に揺れてる。

「――私も先輩の為にチョコレート、作りました。斎藤先輩のチョコみたいに、おいしくないかもしれないけど、だけど…」

おずおずとチョコレートを斎藤に向ける。
差し出す手が震えているのに、胸が甘く、締め付けられる――

「私は、先輩が…好きです。…受け取って、ください」

目が合って。

千鶴が自分にこんな表情を向けてくれる――

差し出されたチョコに、どれだけの幸せを感じたのか――伝えられたならいいのに―――

『ありがとう』『嬉しい』

どんな言葉も、今の自分の心情を表すのに足りないのに、どうしたらいい?

震えた指先、沈黙に怯えるように白んだ手に、無意識に自分の手を添えた。
チョコを持つ千鶴の手を受け取って。
そのまま、斎藤は額をその手に寄せた。

嬉しさと、感謝と、言い切れない幸せを千鶴に――

「――今、受け取った」

ゆっくりと顔を上げた斎藤の眼前に、睫の先を涙で滲ませた千鶴。
その涙だけに触れるように伸ばした指先で、千鶴を笑顔にした後、そっと頭を肩に引き寄せた。

告げる想いがある。

千鶴が伝えてくれたように――












2月15日





「だあああぁぁっ!!遅刻する…っ急げ千鶴!!」
「…っうん!」
「だ〜から、その手、離してよって毎朝言ってるよね?」

総司に腕をミシミシ言うほど掴まれて。
ぎゃああ!と平助が走りながら叫ぶけど、千鶴を引っ張る手は離さない。
大丈夫?と心配しながら、いつもの道を走る朝。

周りはいつもどおりなのに…見えてきた校門に胸が高鳴る。

「…よ、よっしゃ!今日はセーフ〜…ふぅ…」
「何がよしだ。俺の妹を毎朝巻き込むなよ」

チッと軽く舌打ちをして薫が呆れた顔をして腕時計を覗き込んだ。
本当に時間に間に合ったのを確認して、まだ後ろから駆けてきている遅刻者が何人いるか目を向けた。

「さ、早く入ろう千鶴ちゃん」
「あ、はい…あの、斎藤先輩、おはようございます」

斎藤は何か考えるように千鶴の手元を見ていたのだが。
今から遅刻者の対応で忙しくなるだろう斎藤に、挨拶だけでもと声をかけた。
いつもより声が上ずってしまうのは緊張したせいだろうか。
二人の関係は、昨日から変わった筈だったから。

千鶴の挨拶に、はっと顔を上げた斎藤は温度のない表情を浮かべた。

「ああ、おはよう」

本当に、挨拶だけの言葉が返された。
千鶴だって挨拶の言葉をかけただけだから、当然のことなのかもしれないけれど…
その素っ気なさに、あんなに幸せだった気持ちに影が差した。


「・・・・・・・」
「千鶴、どうした?元気ないじゃん」
「ううん、何でも…」
「平助が朝から走らせるからでしょう。大丈夫?」
「はい」

校門に残る風紀委員を気にかけながらも、いつも通りに校舎に向かう。

…すごく、すごく普通だったけど…

昨日、手渡したチョコレート。
どんな言葉を添えたかなんて、もう頭が真っ白だったから覚えてないけど。
震えてしまった手ごと、斎藤先輩が包んで受け取ってくれたのは…鮮明に残ってる。

同じ気持ちなのだと、飾り気のない言葉で真っ直ぐに伝えてくれたことも――


「…勘違い…じゃ、ないよね?」

ぽつっと漏れた独り言は平助にも総司にも届くことなく、予鈴にかき消えたのだが。
同じ独り言を呟いていた者が校門にいた。


「勘違い、か?いや――」
「ブツブツ言ってないで、さっさと失点つけないと…」

怪しげな名簿を指差す薫に、斎藤がハッとなった。

「すまない。ぼうっとしてた」
「いつもだろ」
「・・・時に、聞きたいのだが…」
「さっさとクラスと名前言えば。ったくグズグズ……お前もうすぐ点がたまってバツ掃除に…」
「昨日、千鶴の様子はどうだった?」
「お前の話を聞くなんて、俺は言ってないし。今は委員の仕事中だろう!?」

マイペースの斎藤についに声を荒げた薫だったが、名簿をチェックしながらもぼそぼそと仕方なしに言葉を吐いた。

「別に。一度帰宅した後…俺に夕食の支度押し付けて、誰かのところに勇んで行ったくらいだけど」
「・・・・・帰ってからは…」
「そんなの、お前が一番よく知ってるだろう?鬱陶しいくらい…喜んでたけど」

フンと、どこか苛立つ気持ちを名簿に向けたのか、勢いよく閉じた。
そのまま校舎に戻る薫の背中を追いながら、斎藤の顔は晴れなかった――



次の日も、次の日も――
いつもと変わらない日々。
恋人らしい会話などなくて、メールも取り立てて増えたりしない。
お互いがそうだから、どちらも自信がないのか一歩を踏み出せない。
変わらない、いや、前よりもむしろ…余所余所しい日が続いて――


「……」
「…朝からこっちが滅入る。うじうじしてないで、気になるなら聞けばいいだろ」

朝のニュースをぼーっと頭に流しながら、ぴくりとも動かない千鶴に薫がたまらず声をかけた。

「どうせ、あいつとうまくいってないんだろ」
「…うまくいくも何も、始まってもないよ…」
「…はあ?千鶴何言って…」
「前より、前よりも話せなくなってる。私、伝えたつもりだったけど…言えてなかったのかな。すごく緊張してたから…伝えられてなかったのかも…」

泣きそうな、その一歩手前の弱々しい気配に薫もかける言葉を考えた。

傍から見ればどうみたって両思いなのに、何ですれ違っているのかなんてどうせくだらない事で――
・・・そう言えば、斎藤が千鶴の様子を聞いてきた事があった。
あの時、何かあったのか――?
今思えば、あの男も同じような事で悩んでいそうだが――

「…くだらない。そんな事でダメになるようなら、その程度ってことだろ」
「・・・・・・・・・薫」
「千鶴、14日はもうちょっとマシな顔してたよ。じゃあ俺は行くから」

パタンと閉じたドア。
気配がなくなった後に、もう。と千鶴が呟いた。

「その程度、なんかじゃ…それに、薫の鼓舞はわかりにくいよ」

今なら、と千鶴は携帯を取り出して急いで平助にメールを打つ。
そのまま、ドアを開けて14日にかけた道をもう一度、同じ気持ちでかけようと思っていた。
だけど、足は走り出さずに止まる。
ドアの前には――

「――千鶴…おはよう、今日は早いな…いや、千鶴はこれくらいいつも早いのか」

遅くなっているのはもっぱら、幼馴染を起こしているからだろう。
そう納得して、千鶴にぎこちないながらも笑顔を向ける斎藤に、千鶴は驚くあまり声が出なかったのだが。
ようやく小さい声で「おはようございます」と返すことが出来た。

「…あ、あの、薫なら一足先に…」
「そのようだな。先ほどここに来る途中で会った」

薫に用じゃない。それならここに来た理由は――

「あの…」
「…千鶴に用があって来た。千鶴は…今日も平助達と登校だろうか」
「…い、いえ…今日は、斎藤先輩と一緒に…行こうかと…さっき平助君にメールを」

それだけ伝えるだけでも、勝手に胸がドキドキ騒ぐ。
言ってから、自分勝手な申し出だろうか、と慌てて「迷惑でなければ」と付け加えた。
きょとん、とした斎藤の顔が、自然に優しい笑顔に変わる――

「俺も、一緒に行こうと思って来た。…今日を、変えたくて…来た」

以前と同じ毎日じゃ物足りないから。
今日を変えたいから――

思いの強さが、染まった頬に、凛とした瞳に映る。
同じ、同じことを思っていてくれたのだ、とわかって。
勘違いじゃ―と考えた自分が恥ずかしくなってくる。

「…私もです―」
「そうか」
「・・・・・・あっでも斎藤先輩は…委員の仕事あるから早く行かなきゃ間に合わないんじゃ…」

思い出したように腕時計に目を落とす千鶴に、全く動じずに「そうだな」と斎藤が答えた。

「そ、そうだなって…薫に怒られますよ?急がないと――」
「・・・走らなければ、間に合わないだろうな」
「そうです・・・・ね―――?」


いつもと同じ朝。
だけど隣にいるのは違う人。
手を握って、引っ張ってくれるのも、違う人。

私を気遣って、優しく握る…手を取るだけでこんなに胸がキュッとなる…愛しい人――

一緒に走ったことなんてない――
それだけで、すごく特別なことをしたような気になって。
胸が躍る、楽しくて、幸せで、顔が緩み放題で――

「…先輩っ…間に合いますか?」
「間に合わせる」
「は、い…っ」

振り向かないで、私、今…顔が締まらなくて困ってるから――

大好きって気持ちが、走るのと一緒でどんどん加速していく。

「…あのっ私――斎藤先輩の様子、気にしすぎちゃって…なかなかうまく話せなくて…ごめんなさい」
「俺の様子?」
「はい。朝…とか…」

今とは全然違う。
顔が見えなくても、傍にいる今が嬉しくて仕方ないのだから―

「平助と手を繋いで来ていたからだろうな」
「・・・・・・え?」
「付き合っても、変わらないものなのか―と考えていた」

しれっと、声を変えずに言う斎藤に、千鶴の方がそれってヤキモチなの?と顔を赤らめる。

「…千鶴――ずっとこうしたいと…思っていたと言ったら…笑うか?」

気持ちが通じ合う前は、ただそうできたらと…どこかで願う程度だったのに。
千鶴の気持ちを受け取った後は、千鶴の隣にいるのが自分でいない事がやけに気に障って。

自分が隣でありたいと思った。
千鶴はそう思ってくれていないのだろうか、と悩んで――

だけど、こうして自分が踏み出してみれば、彼女は隣にいてくれる。
いや、もし踏み出さなくても…隣に来てくれようとしていた――

その事実が、今の行動の原動力になった。

振り向きたい、だけど今、繋ぐ手に、傍にいることに意識が集中してしまっている。

いつもと違うだろう自分の顔を、悟られたくはないから――


「笑いません…私も、こうしていたいから――」


答えは、願っていたもの。

変わった今日は、二人に今まで以上の愛しさを募らせた――



見えてきた校門。
いつもと違ってお出迎えは薫だけ。

斎藤と千鶴の満ち足りた顔を交互に見た薫の、ただ一言、「バカップル」に、幸せ笑みを撒き散らした。










3月某日



「…だから、先輩今日は一緒に帰れないって」
「そうなの。でも私はそのおかげで千鶴ちゃんと遊べて嬉しいわ。最近ずっと斎藤さんに取られていたから」
「と、取られたって…」

あ〜あ、それくらいで赤くなって。
そこが千鶴ちゃんの可愛いところよね、と思いながら、目の前のベリータルトを口に運ぶ。
ほどよい酸味と甘みが手っ取り早い幸せをもたらしてくれるが。

目の前に座る千鶴はそれ以上に幸せに満たされているようだった。
最初の頃はメールで相談されたりし、どうなることかと思ったが…今は目にすると参るくらい睦まじい二人だった。

放課後も毎日一緒に帰っていた二人だったが、今日は部活が遅くなるそうで、一緒に帰ることが出来ないらしい。

少し寂しく思った千鶴だったが、丁度千鶴にも一人の時にしたい事があって…

「お千ちゃんが付き合ってくれてよかった。一人で行かなきゃって思ってたの」
「当然でしょう?千鶴ちゃんを一人になんて出来ないわ。それで、何を買うか決めているの?」
「ううん。まだ…お千ちゃんと歩きながら探そうと思って」

ホワイトデー。
男性から女性へのお返しの日。
だけど今年のバレンタインは斎藤からも千鶴はチョコをもらっている。

お返しにお菓子だけじゃなんだから、何か…と考えあぐねていた千鶴だったので、こうして一緒に歩いてくれる友人はありがたかった。

「いいわよ〜せっかくだからお返しだけじゃなくて、普通にお買い物もしましょう」
「うんっありがとう」

心からの笑顔を浮かべて、ショコラバナナパイを口に入れた千鶴は、その甘さにも顔を緩めていたのだが「あら?」という千姫の言葉に、つられるように彼女の視線の先を追った。
そこには――

「あ、平助君に沖田先輩…斎藤先輩まで…部活で遅いって言っていたと思うんだけど」
「・・・・・・・怪しいわね、男3人で何してるのかしら?斎藤さんが先導の気がするんだけど」
「……そ、そう?」

確かに店の中から様子を窺っていると、斎藤が二人を連れまわしているように見える。
知り合いでなければ近付くのを遠慮してしまいそうになるほどの、ものすごく真剣な顔で…次から次へと店に入って――

「何してるんだろう?部活なかったのかな…それなら声かけてこようかな」
「えっ!?それは…まずいんじゃないかしら?」
「…まずい?」

苦笑いする千姫に、千鶴は浮かしかけた腰をもう一度下ろした。
その時、ガラス越しに二人を目ざとく発見したのは――

「こんにちは〜千鶴ちゃん、美味しそうだね。隣に座って食べたいなあ」
「こんにちは、沖田さん。悪いんだけど千鶴ちゃんの隣は斎藤さん専用なの。今は私とお買い物。遠慮して頂けるかしら?」

見つけるなり店の中に入って隣に座ろうとした総司に、すかさず千姫が牽制した。
二人の間には静かに火花が飛び散っていたようだが、千鶴は気付かず、あの、と総司に遠慮がちに声をかけた。

「今日は部活、もう終わったんですか?」
「部活?今日はないんだよ。顧問がね〜ちょっとね。だから今こうして…」
「総司!!勝手に動くなよ〜!!ほら、帰るぞって…ち、千鶴じゃねえか!!」

急にいなくなった総司を探してキョロキョロ見渡していた平助の目には、千鶴は丁度死角で見えなかったらしい。
連れ戻そうと声をかけた途端、ギョッ!?と目を大きくした。

「平助君!部活ないんだってね。3人で遊んでいたの?」
「え?あ、あ〜そうそう」
「よく言うよ。もう勘弁〜とか一番ブツブツ文句言ってた癖に」
「い、言うなよ!!と、とにかくそういう事で、じゃあな、千鶴!ほら行くぞ総司」

いつもなら、間違いなく一緒に遊ぼうと誘ってくれる平助が、明らかにそれを避けようとしている。
おかしいと思いながらも、千鶴は慌てて立ち上がった。

「…あ、待って!それなら私も斎藤先輩に一言だけ声を…」
「へ?あ、あ〜でもなあ…」
「「止めた方がいいんじゃない(と思うわうよ)」」

どうしようとばかりに助け舟を求める平助に応えたのは、求められた総司だけでなく千姫もだった。

「…二人とも、どうして?」
「う〜ん、言わずに混乱させてかき乱すのも、僕にとってはありなんだけど」
「させないわよ」
「総司はかき回すなよ!?…あのさ、千鶴。一君は今、千鶴に声をかけられたくないと思うんだ。だからさ…」

『声をかけられたくない』

優しい幼馴染の口から、残酷なことを告げられて、思わず「えっ」と小さく悲鳴を零した千鶴が、どういう事?と尋ねる前に。
千姫と総司から平助にビシっとツッコミが入れられた。

「どっちがかき回しているんだか…言い方考えなよ」
「そうよ。もう…いい?千鶴ちゃん、斎藤さんは…きっと千鶴ちゃんが今日予定していた事と同じ事をしているのよ」
「私が予定していた…ホワイトデーの?」

そうなの?と二人に目を向ければ、困ったように微笑んで頷かれた。

「君に嘘までついて…プレゼント必死になって探しているんだから…見つかりたくはないだろうね」
「だよな。意見を求める割にはこっちの意見なんて聞かずにずっと一人でブツブツ言いながら選んでんだよ。もう付き合って歩くのが大変でさ〜」
「…だそうよ?ここは、知らないフリしててあげましょう」

ね?と確認されるまでもない、コクコクと頷く千鶴はこの場にいない斎藤の、先ほどの様子を思い返していた。

あんなに必死になって、探してくれているんだ――

いなくても、こんなに想ってくれてるのがわかるってすごい――

「…あ〜あ…幸せそうに…面白くないよね」
「そう言うなって。ほら、一君が気付く前に戻るぞ」
「はいはい、じゃあね」
「またな〜」

二人が店を出て、店頭のショーウィンドウに張り付いて一生懸命品定めしている斎藤に声をかけたようだが、果たしてちゃんと返事をしているのか…

「ねえ千鶴ちゃん。鉢合わせもなんだから…隣町のショッピングモール行ってみない?」
「うん、そうしようか…お千ちゃん時間大丈夫?」
「大丈夫よ。じゃあ私達も出ましょうか」

ありがとうございましたーという店員の声を聴きながら、ふと店を出たところで足を止める。
足の爪先は自然に、彼の許に行きたい―と向いてしまったが…

「…私も、一生懸命…探しますね」

寂しい分、ホワイトデーに向けて足される弾む気持ち。

回れ右した背中の向こう、今も真剣なあなたを考えて。

それだけで、背中から包まれたように、あたたかい――





3月14日。

「・・・・・・・・・あれ?」
「どうした?」

昼休み、仲良く屋上でお弁当を食べた二人。
食べ終わってグランドを上から見下ろしながら、他愛のない話を楽しんでいたのだが。

斎藤が「これを千鶴に――」と可愛らしくラッピングされたお菓子と共に小さな包みを渡そうとした。
それに対して千鶴は「あれ?」と返したのである。
喜んで受け取ってもらえると思ったのに、と斎藤も小首を傾けた。

「あの、だって…バレンタインで先生に色々見つかって怒られた生徒がいるから…ホワイトデーは厳しく取り締まることになったんじゃ…?」
「何の話だ?」
「風紀委員で…そう決まったんじゃないんですか?」

二人の頭に同時に薫が浮かぶ。
それを聞いた時、千鶴はその怒られた生徒が斎藤と総司のことでは―と思い。
早く渡したい気持ちはあったけれど、放課後家に持っていこうと思っていたのだった。

「…どういうつもりかは知らないが、そんな事はない」
「そうなんですか…すみません、私は家に…」
「いや、千鶴の所為ではないだろう。それより、受け取ってもらえると助かる」

一所懸命選んだプレゼント。
喜んでもらえなければ意味がない――

斎藤の言葉に、千鶴は感慨深そうにプレゼントを見ながら受け取った。
こんな関係になっても、受け取ってもらえるとホッと落ち着く。

「すごく、真剣に選んでくれたんですよね…嬉しいです、すごく…嬉しかったです――」
「…?嬉し、かった?」
「っ!い、いえ…っ嬉しいです!!」

大切そうにお返しを抱える千鶴に、斎藤が優しい眼差しを注ぐ。
つい伸びた手は、千鶴の頭を優しく撫でた。
それに呼応するように、千鶴も斎藤の袖をそっと掴んだ。

「…あの、今日放課後、私のも渡しに行ってもいいですか?」
「明日で構わない」
「それは嫌です。私だって、今日渡したいんです」
「そうか、それなら…」

僅かに尖らした千鶴の唇に目を落としながら、小さく笑った。
素直な感情表現が、可愛い――
頭を撫でていた手が、少しずつ少しずつずれて、千鶴の耳や頬をゆっくり撫でる。

「部活はないが、委員がある。終わったら千鶴の家に俺が向かおう」
「…私、待ちます」
「だが、いつ終わるか…」
「一人より、斎藤先輩と帰りたいです」

頬を撫でる手を、千鶴の指先が愛しそうに辿った。

付き合い始めの頃とは違う。
自分と、一緒にいたい――そう告げてくれる千鶴の言葉に、心が甘く波立つ――

頬を撫でる手が止まるのと同時に、いいですか?という千鶴の言葉尻は遮られた。

遠慮がちに、触れた唇は一瞬繋がった後、吐息を感じる程度の距離に離れて。
千鶴の意思を確認するように、真っ直ぐ見通すような藍の瞳が千鶴を捉えた。

ゆっくり閉じた瞼に、長い指先で優しく触れた後、唇をも捉えた。

二人の時間の終わりを告げるように鳴るチャイムが、この時ばかりは祝福のように聞こえただなんて――



本鈴がなる寸前、斎藤が教室に飛び込んできた。
珍しく廊下を走ってきたのか、そんな斎藤の姿にクラス中の視線が集まった。
こほん、と軽く咳払いをした後、何事もなかったかのように席に着いた斎藤だったのだが――

彼の上気した頬と艶めいた唇に、クラスメイトが『なるほど』とばかりの生温い視線を寄せていたことなど、この時の斎藤には気付く余裕すらなかった









END







最後、わかりにくかったかな。
千鶴のリップが移ったんですね。
斎藤さん、普段リップなんて使わない人っぽいし。
廊下も走らないし。
顔は赤いし。

そんな3点でクラスメイトが推測して、大当たりな(笑)
斎藤さんはこのまま、沖田さんか平助か薫にツッコまれるまで気付かないと思います。

ツッコまれても顔を赤くしながら、何のことだ?と軽く顔を背けて退室して確認しに行ってそう…

ホワイトデーっぽく、甘さも足されていたらいいなと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました^^