『なんだかんだで……』


※風千ED後、夫婦設定。




「……何故に怒っている」
「……別に……怒っていません」

ある日の昼下がり、風間と千鶴は向かい合ったまま、あまりよろしくない雰囲気を醸し出していた。

「俺はただ、天気がいいから今からすぐ散歩にでも行くぞ、と言っただけだ」
「私はお天気がいいから、今からお布団を干しておきたいと言ったんです」

「………………」
「………………」

二人とも、自身の主張をするとそのまま黙ってしまった。

そんな2人を障子の向こう側からこっそりと覗き見しているのはこの二人───…。

「……おいおい、何だかいや〜な雰囲気になってんぞ」
「そうですね。何だか険悪な雰囲気になっていますね」
「おいぃぃ! 元はと言えばこれ、お前のせいじゃねぇのかよ、天霧! お前だろ、千鶴に『天気がいいから今日は洗濯日和ですね』って言ったの!」
「そういう不知火こそ、『こういう日に散歩に連れてくと女は喜ぶんだ』とか言ったのでしょう? 風間に」

こちらはこちらで何やら言い合いをしている様子。

「俺はただ、最近忙しくてあいつに構ってやってねぇみたいだったから、ちょっとした親切を見せてやっただけだっつーの」
「私も、最近天気が悪いと言っていた彼女に、今日は干せそうですねと言っただけのこと。別にこういう事態を想定していた訳ではありません」
「どうすんだよ。なんかこれ、俺たちのせいで喧嘩してる感じじゃねぇのか!?」
「そう言われましても、この状態で私たちが出ていくのは得策ではないような気がしませんか」

二人がこそこそと言い合っている間も、こちらは未だによろしくない雰囲気が続いていた。

「……だから、今から散歩に行くぞと言っている」
「……ですから、今はお布団が干したいと言っているんです」
「む……」
「むぅ〜……」

どちらかが譲ればいいのだろうが、お互い引くに引けぬ状態になっている。
風間も千鶴も互いにへの字口が直らない。

「おい、天霧。早く何とかしろよ! 後で不機嫌のとばっちり受けるのはお前じゃなくて俺なんだからな! 風間のやつの機嫌が悪い時は必ずと言っていい程俺、斬られそうになってんだからな!」
「それは日頃のあなたの行いのせいでしょう」
「おいぃぃ! お前は俺を庇う気は一切ねぇのか!」
「ありません」
「てめぇ!」

いい度胸だな!と不知火が拳銃を抜こうとした時、天霧がそっとそれを押し止めた。
そして無言で障子の奥を指差した。

「あ? 何だよ、一体」
「要は風間を不機嫌にしなければいいのでしょう? それなら大丈夫です」
「だから何が─────」
「雨降って地固まる、ですよ」
「はぁ?」

天霧がそう言ってフッと笑みを見せた。
訳の分からない不知火も、不機嫌な二人に目をやってみる。

「……お前はそんなに俺と散歩へ行くのが嫌なのか」
「嫌ではないですけど今すぐは……」
「何故に拒む。布団などいつでも干せるだろう」

俺の言っていることは正しいとばかりに風間が腕組みをする。
千鶴はポツリと小さな声で返した。

「……………んです」
「…? よく聞こえなかった。何だ?」
「……ふかふかのお布団で千景さんに寝てほしかったんです」

風間は千鶴の言葉に眉根を寄せた。

「俺に……だと?」
「……はい。あの……最近忙しくてお疲れ気味の様子でしたので……。ふかふかのお布団で寝たら疲れもとれるんじゃないかと…………」
「………………」

自分で言い出したことが恥ずかしいのか、千鶴は視線を左右に泳がせながら縮こまっている。
風間は口の端をそっと上げると、目の前に座る千鶴の腕を引っ張り、自分の方へと引き寄せた。

「わっ」

風間の胸に思いっきり倒れ込む。

「な、何するんですか!」

文句を言いながら顔を上げると、そのまま風間に抱き込まれてしまった。

「千景さん?」
「……つまり何だ? お前は愛する俺の為に布団を干したい、と。そういうことだな?」
「あ、う……はい」

そんな風に言い変えられると素直に頷きにくくなる。
だから千鶴は小さく頷いた。

「愛する夫の為に尽くそうとする。それは妻として当然のことだな」
「えっと……」

口を挟みにくく、千鶴は言葉を詰まらせる。

「……だが、俺自身に構う、というのも妻の大事な仕事だとは思わんか」
「……………」

それはつまり……。

「あの……千景さん。つまり、その……それは…………」
「………俺と共にいろ、と言っている。せっかくの休みにお前がいないのでは意味がないだろう」
「千景さん…………」

上からものを言われているのに、何だか目の前にいるのは子どものような気持ちになってくる。
何だか温かいものが胸に流れ込んでくる。

「ふふっ」
「……何を笑っている」
「何でもないです。嬉し笑いです」
「……そうか」

よく見ると、風間の頬が若干赤いような気がしないでもない。
もしかすると、照れているのだろうか。

(千景さん……大きな子どもみたい)

何だか抱きしめられるよりも抱きしめたいという気持ちが大きくなる。
千鶴は風間の腕から離れると、後ろへ回り込んだ。

「……? どうした、千鶴」

不思議そうに眉間を歪める風間とは逆に千鶴はニコニコと笑みを浮かべる。
そして、膝立ちの状態で後ろから風間をぎゅっと抱き締めた。

「いきなりどうした」
「何となく、です。何となく、千景さんを抱き締めたくなったんです」
「何を可愛らしいことを」

風間はそう言うと、自分の胸の前にある千鶴の手を掴んだ。
きゅっと握ると、それに返すように千鶴もきゅっと握り返してくれる。

「妥協案だ。布団を干すのなら俺も手伝ってやる。だから、その後で俺と散歩に行くぞ」
「えっ? 千景さんが手伝ってくれるんですか?」
「何を驚いている。俺もたまにはそういうことをする」
「でも、せっかく千景さんの為に干そうと思っていたのに、千景さんに手伝ってもらったんじゃ……。それにお疲れなのに……」

困ったような表情を浮かべる千鶴に風間は言葉を重ねた。

「妻が夫の為に尽くすのが仕事なら、妻の為に夫が尽くすのもまた義務だろう? どうせ二人で使っている布団だ。二人で干せばいいだろう。それに、俺は別に疲れてなどいない。お前が足りなくてイラついているだけだ」
「あ、ありがとうございます。千景さん」
「礼には及ばん。その代わり……俺と出掛けると言え」

確認するかのように問うてくる風間に、千鶴は顔を近づけると耳元で風間にだけ聞こえる声音で囁いた。

「もちろんです、千景さん」

是の言葉に風間も満足そうに頷く。

「では、さっさと干して出掛けるぞ。時間がもったいないからな」
「はいっ」

風間と千鶴が立ち上がって部屋を出ようとする。
当然、すぐ外にいた天霧と不知火は慌てに慌てた。

「お、おい! こっち来るぞ、あいつら!」
「不知火、こっちです」

天霧は不知火を呼ぶとすぐ隣の部屋へと逃げ込んだ。
目の前をパタパタと歩く二人分の足音。
それが聞こえなくなると、不知火は大きく息を吐いた。

「はー、助かった。それにしても趣味の悪いことをした気分だな」
「まぁ、大喧嘩に発展せずに何より」
「そうだけどよ。なんつーか、見せつけられたっつーか、直視出来ねーっつーか」
「夫婦の仲がよろしいのは良きことでしょう」
「ま、そらそうだな。風間に文句言える女はあいつくらいだろうしな」

風間の虫の居所が悪くならずにホッとする不知火とこのまま機嫌が良い日が続いてくれるといいのにと願う天霧。
二人の陰ながらの苦労はこれからも続く。



◇◇◇



「千景さん、その……手を繋ぐのは……」
「嫌か」
「嫌じゃなくて恥ずかしいと言いますか……」
「夫婦なのだから気にする必要はないだろう。俺が繋ぎたいから繋ぐ」
「も、もう……」

そうは言いつつも顔は笑ったままの千鶴に気を良くする風間。
彼の機嫌が良くなるのも悪くなるのも、全ては千鶴次第である。

「そうです。千景さん、今日は何を食べたいですか?」
「今日?」
「はい! 私、今日は千景さんのお好きなものを作りたいんです!」
「そうだな……」

千鶴の言葉に風間は顎に手を置くと、少し考えるような仕草をとる。
そんなに真剣に考える程、風間に好物があっただろうかと千鶴が首を傾げていると……

「俺の好きなものは一つしかない」
「一つ? あの……お酒、とかはなしですよ?」

風間がお酒好きなのは知っている。
だからこその念押しだったのだが、風間はそれとは全く違うことを口にした。

「俺が好きなのはお前だ、千鶴」
「………はい?」

私は食べ物ではありませんよ?
そう言う千鶴に、風間はニヤリと彼らしい笑みを作る。

「何を言う。俺に毎晩食べられているくせに」
「なっ!? そ、そういう食べるじゃなくてですね。私が言っているのは今日のお夕飯のことで───」
「だから、今日の夕飯に何を食べたいか、だろ? 千鶴がいいと言っている」
「千景さん、私の話を聞いてらっしゃいますか?」
「聞いている。だから食べたいものを答えている」
「…………」

暖簾に腕押し。風間に千鶴。
何を言っても千鶴の求めている答えをくれそうにないことだけは明白である。

「わかりました。じゃあ、もう勝手に私が作りたいものを作りますっ」
「…………千鶴」
「……何ですか」
「風呂も一緒に入るぞ」
「なっ……」
「共に風呂に入り、陽の元で干した布団で共に重なる……。これ以上の贅沢はないと思わんか」
「い、いい加減にそこから離れてください〜!」








絶対してるよこんな会話!!^/^
読みながら顔が緩みました〜それで結局一緒にお風呂入って、食べられ(自粛)
絵を押しつけした時に、本当はツンツンしてる絵だったのに、うまく描けずその後のデレを描いた〜みたいなことを
言っていたんです。
ツンツンどころを…SSに反映してくださりありがとうございますっ!
しかもくだらない…(もとい、ほほえましい笑)ことで喧嘩する二人がもうかわいすぎますっ!!
仲直り、というか、喧嘩の原因から全部がもうラブラブですね…
天霧と不知火もあてられつつ、見守ってくれているんですね!
この二人のツッコミとか、心配がとてもいい味出してます(^∀^)

文月様。
このたびは素敵なSSありがとうございますっ!
お祝いだったのに、倍倍倍……返しですね…す、すみません(>_<)
でも嬉しいです!これからもよろしくお願いしますv