沖千SS



「だから離さない」




「あのっ!!こ、これを…」

秋晴れの京は、今日は温かい。
一番組についての巡察で、総司が店を検めている間、千鶴は外に置いてある腰かけに、暫しの休息を求めていた。
その時、いきなり言葉と共に、両手で文らしきものを差し出されたのだ。

え?と困惑しつつも、目を瞑り、顔を真っ赤にして、何やら必死の体である男が悪い人には見えず、その文を受け取るように、自分の手を文に添える。
受け取ってもらった、と思ったのか、男は堅い表情を崩すと、照れくさそうに「そ、それじゃ」と慌てて走って去って行った。

「えっ…あの、ちょっと待って!」
文には宛名が書かれていない。新選組の誰かへの文だとは思うけど、勝手に中を見るわけには、と千鶴はその男を追おうと、腰を上げて、走り出そうとした時、

「どこ行くの?君、また迷惑かける気?」
呆れたように、でもしょうがない子だねと笑いながら、背後から千鶴を引き留める。

「あっ沖田さん」

一歩出そうとした足を止めると、千鶴は総司に頭だけ振り返った。
確かに前にも勝手に行動して迷惑をかけたことがあるので、ちゃんと事情を話さないと…と、手に持つ文を総司に見せた。

「ん?何これ?」
「あの、先ほど男の人が渡して来て…何も言わずに去ってしまったものですから・・・」
「ふうん、新選組への果たし状とか?」

何かを期待するように目を輝かせた総司に、千鶴は顔をしかめながら、

「いえ、そんな人には見えなかったですよ?おとなしそうな…好青年って感じの・・・」
「へえ、好青年・・・ねえ、僕は?僕もそう見える?」
「え?…お、沖田さんは〜…」

いつもの、悪戯心を含ませた、あの笑みを思い浮かべて、言葉に詰まる千鶴。
まあ、答えはわかっていたけど…と総司は苦笑いを浮かべながら、見た目で判断するな、とピンッと千鶴のおでこをはじいた。

「あのねえ、そういうのに限って悪いのが多いんだよ?きっと僕の方が心根がいいと思うけど」

首を傾げて、千鶴の瞳を間近で覗き込むようにして、ね?と同意を求める総司に、千鶴はドキドキしながら「文!文の話ですよ!」とその胸を押し返した。

「でもこれ…宛名書いてないじゃない」
「そうなんです、だから聞こうと思って、追いかけようとしたら・・・」
「ああ、僕が引き止めたってことね、・・・いいんじゃない別に。中見たらわかるでしょ?」
「ええっ!?で、でも・・・」

戸惑う千鶴を余所に、遠慮なくカサカサとその場で文を広げる総司。
わざわざ、こんな道中で読まなくても・・・重要な機密とかだったらどうするつもりだろう?
中身が気にならないことはないけど、他人のものを勝手に読むのは、と文から視線を逸らして、総司の方へ向けた。すると・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

読んでいくに従って総司の表情が瞬く間に曇っていく。
何か問題でもあったのだろうか?千鶴は目をパチパチさせながらその様子を見ていると、一通り読み終わった総司がその文を徐に、雑に折りたたみ始めた。

「沖田さん、誰宛てかわかりました?」
「うん・・・はい」

不満ありありな表情を湛えて、口をどんどん尖らせていきながら、千鶴の手に乱暴にその文を渡した。

「?私が渡すんですか?」
「・・・君への恋文だったよ」
「私宛の・・・・こ、恋文!?ええっ!?」

そう言われれば、顔を真っ赤にして走り去った青年の顔を思い出して、そういう意味だったのだ、と実感して・・・

「・・・・・・・・・よかったね、君みたいな色気ない女の子でも、いいっていう男がいて」
「・・・・・・・・・そ、そうですね、奇特な方です」

心にもない言葉がつい口を突いて出て、しまったと思うも、千鶴は軽く促して、頷いている。
総司の言葉を聞いてはいるけど、今は恋文をもらったことで気持ちが浮ついているのだろうか。

・・・・・・・・・・・
千鶴を見る総司の目が一層細められて、不機嫌を湛えているのに千鶴は全く気が付かない。
文を両手で抱えて、大事にしているような仕草に、これ以上ないくらいイライラさせられる。気持ちが荒んでいく。

「馬鹿じゃないの?こんな紙きれ一枚にそこまで喜んじゃって」
「別に、私、そんな・・・・」
「大体、恋文もらうってことは、男装が全く意味をなしてないってことだよ?少しは考えたら?」
「は、はい」

確かにその通りだ、と落ち込む千鶴。
総司はと言うと、自分の言葉で落ち込む千鶴に、自分でそうしておいて、何故か心の中で焦る気持ちが湧き出てくる。
そんな気持ちをごまかすように、行くよ、と一言だけ呟けば、はい、と心持ち固い声が聞こえてくる。
少しの間迷ったけれど、結局千鶴の温もりが恋しくて、後ろに手を伸ばせば、拒むことなく自分の手に収まった千鶴の掌に、ようやくほっと出来たのだった。


・・・う〜ん・・・どう、したらいいの?
帰ってすぐに部屋に戻り、文を開ければ、確かに自分への気持ちがツラツラと書かれていた。
なんだかかなり、自分を美化されているようにも思う。

やっぱり返事を書くべき、だよね。

うん、と一人で頷いて、硯や筆を用意して、紙と向き合ったところで、また動きが止まった。
・・・・どう、書けばいいの?
この気持ちに応えることは出来ない。
居候の身だから。そんなことをしている場合ではないから。いろいろ理由はあるけれど、一番の理由は・・・

そう考えて、胸が少し痛くなる。
密かに、いつの間にか想いを寄せた総司に、先ほど言われた言葉を思い出して。
『よかったね、君みたいな色気ない女の子でも、いいっていう男がいて』

この言葉には、一瞬頭が真っ白になった。
つまり、総司は自分のことをそういう目で見ていてくれていない。ということだから…
好かれてはいない、そんな希望を持っては…と思っていたつもりだった。けど、この言葉にかなり衝撃を受けたのは間違いなく、あの後、よく返事が出来たな…と自分でも感心する。

あ、いけない、いけない…今はお返事を書かなきゃ・・・

そうは思えど、そんな文書いたことなどない。
頭から躓いて、う〜ん…と悩んで、真っ白な書面とにらめっこしていれば、また総司の言葉が頭をよぎって落ち込んで。
そんなことを繰り返しながら、時間は矢のように過ぎて行った。




「千鶴ちゃん、夕餉の時間だよ〜広間に行こう」

昼間より幾分優しくなった総司の声が、もう暗くなってきている部屋に響く。
もう夕餉!?
千鶴はまだ半分も書けていない文に溜息をつきながら、すぐ行きます!と入り口で待つ総司に声をかけて、立ち上がった瞬間、くらっと立ちくらみがする。
あれ?急に立ったから…かな?
そう思った時には体は畳に引き寄せられるように、崩れ落ちていった。

・・・・・・・・?
冷たい畳に打ちつけられる筈だった体は、しっかりと、でも優しく温かさに包まれている。
真上には、総司の心配そうにこちらを見つめる瞳。

・・・沖田さんに抱きかかえられているんだ
そう理解してみれば、顔に熱がどんどん集まっていく。

「・・・・・熱がある。千鶴ちゃん、すぐに無理するから・・・」
「い、いえ・・・熱じゃないと・・・」

総司に抱きかかえられているから、とは言えずに黙りこむ千鶴。その頬はみるみる赤く染まっていき、その様子をじっと見ていた総司は顔を緩ませた。
「熱だよ、確かに顔は今真っ赤になったけど?」
にっと口で三日月を描くと、そのまま千鶴を、そっと抱きしめると、

「ほら、体中・・・熱い・・・布団敷いてあげるから、寝てなよ」

恥ずかしすぎて、コクコク、と首を振るだけで精一杯の千鶴に、満足そうに微笑みながら、総司は千鶴を下ろして床の用意をしてくれた。
大人しく横になった千鶴に、安堵した総司の目に、机の上の文が目に入る。

「・・・?何これ、土方さんに何か頼まれたの?」
「あ、それは・・・お返事です」
「返事?・・・・・・昼間の?」
「はい、まだ半分も書けてなくて・・・」

恥ずかしい話ですけど、と千鶴は布団で照れを隠すように顔を潜らせ、目だけ総司の方へ視線を向ける。
総司の表情は、背中を向けられているためにわからないけど、背中をじっと見ているだけでも、なんだか幸せだから。

「帰ってから、ずっと?ずっと…これしてたの?」
「はい、でもどう書けばいいかわからなくて」

総司の胸の中に、昼間と同じようなザワザワとしたものが広がっていく。
文をもらった。面白くなかった。けれど、これで終わりだと思っていた。
返事を、という思考は総司の中にはなかった。どこで見られていたのか、わからないような男の為に何時間も?熱まで出して?
頭の中をぐるぐる回る黒い思考に、沈みそうになる。

「別に、返事なんか書かなくてもいいんじゃない?どこの誰かもわからないんでしょ?」

抑揚のない声が部屋に広がる。

「あ、でも・・・すごく気持ちが込められているから、ちゃんと、と思って・・・」

ちゃんとって何を?苛立つ気持ちのままに、千鶴の書いた文にそっと目を通す。
…どこが断わりの文?文をもらえて、嬉しいって気持ちしか伝わって来ない。

「・・・・・こんなのお返しされたら期待すると思うよ?」
「それは、ですからまだ半分しか書けてなくって・・・」
「だから、後付けで、ごめんなさいって書いても、期待を持つような文だって言ってるんだよ」

急に怒気を声に含ませて、詰るように放たれた言葉に千鶴はびくっとする。

「・・・ど、どうすればいいかわからなくて・・・でもなるたけ傷つけたくなかったから・・・」
「見も知らない男にそこまで気を使ってどうするの?誰も傷つけないなんて無理なんだよ」

昼からずっと、そんな男のことを考えて、頭を悩ませて、それで熱を出して・・・それを看る僕はまるで道化だ。
全身の血が沸騰するようにざわめいて、どうしようもない気持ちのままに総司は文に手をかけると、それを躊躇なく破り捨てた。

「あっ・・・・・ひ、ひどいです!沖田さん・・・いくら何でもっ!!」
「ひどいのはどっち?」

底冷えするような声と共に、顔を歪ませた総司は、千鶴との距離をぐっと縮めてそのまま、乱暴に唇を押し当ててくる。
いやいや、と顔を背けようとする千鶴を、動かないように押さえ込む力はものすごくて、体も心もちぎれそうに痛い…

「誰にでもいい顔して、いい子でいようとして…」

向けられた視線は、皮肉をこめて千鶴を嘲るように、初めて見る顔、聞く声に、知らずに震える唇に、それが気に入らないのか、無理やり止めるようにまた押し当ててくる。次第に深くなるその口付けに、息が続かなくて苦しくて、呼吸を求めて口を一層に開けば、総司も息を荒くして、唇を離した。

「・・・その陰で傷ついている人がいても、君は、気付いてないじゃない」
「…何を、言って、いるんですか?」
「君の偽善者っぷりに、辟易しているんだよ」

押さえつけられる力が強まって、腕に指が食い込んでいるのではないのだろうか。
顔に総司の髪がふわふわと、かかってくる。…また?…そう思って、ぎゅうっと目を閉じれば溢れることを耐えていた涙が、零れ落ちてしまった。

その途端、総司の押さえこむ力が少し緩む。
総司の吐息が顔にかかる。訪れた口付けは、先ほどとはまるで違って・・・優しく触れるだけのもの。

・・・・・・どうして?

「千鶴ちゃん・・・僕は・・・」
「もう、いいです…沖田さんが私をよく思っていないのはよくわかりました・・・」

優しくされたら、わからなくなる。期待、してしまう。

「千鶴ちゃ・・・「行って、ください。一人に、してください…」

嘘です。行かないで…

自分の心に嘘をついて出た言葉に、きっとそのまま出て行くと思われた総司は、だけど千鶴の傍に座って、顔を俯けたまま動かない。
ぽろぽろ流れる涙は止まらなくて、それから二人動かずにそのまま、時間だけが無情にも過ぎて行くばかり。

流す涙も尽きて、きっと目はすごく腫れている。
それでもまだ、千鶴の傍にいる総司に、何も言わずに、じっとそこに座っているだけの総司が気になって、少しだけ、ほんの少しだけ視線を向ければ、

いつもとは違って、余裕など全くない、意気消沈して、どうしていいのかわからない、子供のように狼狽した表情。
不安げな瞳が揺らいで、今にも泣きそうで。

「・・・・沖田さん・・・あの・・・・」

ようやく響いた声に、総司は顔を上げると、何かを言いかけて、でも言えなくて、歯痒いように眉を寄せて。

「私すみません・・・一人にしてって・・・あの、本当、は・・・本当は「ごめんね」

いてくれて、嬉しい、と言葉を紡ごうとした、その前に、総司が一言、言葉を滑り込ませてきた。
ばつの悪そうに顔を歪ませながら、それでも、許しを乞うように、弱々しい視線を絡めてきて、

「ごめん、ただの・・・嫉妬だから」
「え・・・・・・・」

…嫉妬?…それだけで、千鶴の心が一気に浮上していく。

「本気であんなこと、思ってない。千鶴ちゃんのいいところだし・・・でも、」
「それが僕以外に向けられると思うと、…我慢、出来ないんだ」

顔を赤らめて、拗ねるような表情で、子供がむくれているみたいに、そんな風に言われたら・・・
お互いのを想う気持ちが、わだかまりの雪解けを促すように、二人の間にはもう冷たい空気はなく。

「文だって・・・大事に抱えていたのがすっごく気に入らなかったし」
「大事に?・・・でもそれは、沖田さんがその前にひどいこと言うからですよ」
「ひどいこと?」

自分が言ったことは、丸っきり覚えていないんだから!と千鶴は困ったように、目の前の子どものような大人に笑みを零す。

「そうです!い、色気がない女とか…本当だけど。私のこと興味ないみたいに言って・・・」
「ああ・・・あれは・・・だって文にむかっとしていたから」
「でもその沖田さんの言葉のせいで落ち込んで、返事書こうと思ってもそれが気になって、全然書けなくって…」

恨めしげに総司を覗きこめば、何故か目を丸くさせて、瞬きを繰り返した後に、いつものような微笑みを向けて来る。

「?沖田さん…「それってさあ…」

ぎゅうっと腕を千鶴に絡めて、閉じ込めて、言葉を問う前にもう一度ぎゅううっと抱きしめると、

「返事を書く間、考えていたのは僕の事。ってこと?」
「う、・・・そうです・・・落ち込んで大変・・・んっ」

突然訪れた口付けに、びっくりして、でも先ほどとはまるで違って、甘くて、甘くて、体の芯が痺れてしまうような口付け。
唇が離れるのを惜しむように、ゆっくり離された先に見えた総司の顔は何故か先ほどの表情が一変して、満面の笑顔を浮かべていた。

「いい子だね、うん。よしよし、好きな子ほど苛めたくなるってやつだからね?」
「なんですか、それ…好きなら…や、優しい方がいいです」
「・・・優しい、ね…じゃあ、…千鶴ちゃん、文の相手に返事、しにくいでしょう?」
「え、そ、そうですね」

突然話題を変えた総司に、戸惑いながらも返事をすると、そう答えるのを待っていたかのように、総司が言葉を続けた。

「僕が返事してあげる」
「・・・・・・ええっ!?ふ、文を書くんですか?」
「そんな面倒臭いことしないよ、簡単にね?」
「・・・・・・・どうするんですか?」
「内緒、僕のこと、信じて任せてくれるよね?」

いいのだろうか?と、迷って俯いてしまう千鶴の耳に、優しく自分の名を呼ぶ声が届いた。
その声に顔を上げれば、後から後から、優しい口付けが降り注いでくる。
受け止めてしまえば、総司に、想いを寄せられていることが、嬉しくて、嬉しくて、何も言えなくて、つい、こくんと頷いてしまった。

頷いた千鶴を、愛おしそうに自分の胸に引き寄せて、頭を撫でる。
熱があるのに、ごめんね、と思う気持ちもあるけど、それでも離れたくなくて。
自分の胸に素直に頭を預ける千鶴が可愛いくてたまらない。

今みたいに、手も、体も、視線も、気持ちも・・・全部全部、いつだって僕に、僕だけに向けていてくれたなら、どんなに幸せだろう。
幸せに身を沈めて、温かい気持ちに満たされて、心赴くままに抱き締めて、熱いだろうな、とは思いつつもそのまま、総司はその手を緩めることはしなかった。




後日、その青年の前で千鶴に口付けをし、「僕の女だから、手を出さないでくれる?」と微笑んだ総司に、逃げ出した青年と、恥ずかしさに座り込む千鶴の姿があったそう。





END




33333hitのキリリク、沖千SSです。
「恋文をもらって、返事に悩んで、けんかして、最後は甘甘」
このシチュにおおいに悶えて、かなりの長文になってしまいました〜(^_^;)
SSとは言えないですね…すみません(>_<)

まある様、こんなものになりましたが、楽しんで読んで頂けると嬉しいですv
総司さんの嫉妬全開ということで、させ過ぎじゃ!?とも思ったけど突っ走りました!
ではでは、キリリクありがとうございました!
気に入っていただけますように…
また遊びに来てくださいね(^^)/






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