『誰の所為』






写真を撮りましょうというお話です。
まだ近藤さんすら撮れていない屯所時代に、沖田さん斎藤さんが撮れる筈もないのですが…
お話なのでゆるい目で見てやって下さい。





京は夏は暑く堪えるが、かといって冬暖かいというわけでもなく。
身体を動かさないと、自然に小刻みに震える屯所の中。
ある一室には火鉢が備えられ、部屋の中はほっと息を吐けるほどには、暖かかった。

暖をとろうと手をかざす総司に、部屋の主である土方よりも、同じく呼びつけられてこの場にいる斎藤の方が、咎めるような目を向けていた。
それでも格好を崩したままの総司に、土方がようやく注意する。

「総司、それが話を聞く態度か。真面目に聞きやがれ」
「聞いてますよ。少し手をあてていただけでしょう?見てくださいよこれ、誰かさんと違って寒空の中巡察してきたんですけどね」
「総司、副長の仕事量はあんたも知っているだろう。口を慎め」

口を開けば悪態をつく総司に、斎藤が我慢できずに口を挟んだ。
土方は斎藤にいつも苦労をかけるなと思いながら、まあそう大した話じゃねえ、聞け。と続けたのだが…

「「・・・写真?」」
「おお、撮って来い」
「何で僕と斎藤君が…?こういうのって普通近藤さんが先じゃないですか?」
「副長もお撮りになられた事がないと思うのですが…何故我々に――」

何か、深い事情があるのでは――と姿勢を正し、どんな言葉にも対応できるよう心構えた斎藤だったが、無用のものだった。

「いや、なあ…写真館を営みたいってやつがいてな」
「その男が、何かあるんですか?」
「話は仕舞いまで聞け。まあ、怪しいところはねえし、うちには管轄外なんだが――」
「・・・?では何故…」

二人の、事を重く受け止める神妙な顔つきに、土方はバツが悪くなる。
だが、ごまかしたところで仕方ない、と顔を少し逸らし、言いにくそうにごにょごにょと告げるには――

「はあ、つまり近藤さんが写真に興味を持っていて、それなら撮らせてもいいじゃないかと思ったけど」
「開業したばかりの店では少々不安故、我々を先に撮らせて腕を見ると――」
「「・・・・・・・・・」」

何か言いたげな二人の視線を受けて、土方があのなあと早口でまくしたてた。

「俺は正直写真なんてどうでもいいんだよ、ただ、最近近藤さんも慣れない付き合いで浮かない顔してるしよ。気分転換に〜と思っただけだ!文句あんのか!」
「いえ、僕は近藤さんの為なら何も…むしろそれでいい顔して近藤さんの気を引こうとする土方さんに…イラっとはしますけど」
「俺も異論はありませんが…そういうことであれば俺たちよりも、名乗り出てしようとする者もいるのでは――」

斎藤の言葉に、土方、総司の頭にぷわ〜っとはしゃぐ三人の姿が浮かぶ。
周りに花背負って、一人は筋肉美を!一人は切腹の傷跡を!一人はそんな二人に挟まれて、乗せられて、構えていそうな…そんな三人が――

「「却下だ(だね)」」

仮にも、近藤の写真のための練習が、あの3人であってはならない!とこの時ばかりは総司と土方が一致したようだった。

「ちゃんと真面目に写真を撮りゃいいんだ。だから斎藤と…」
「…斎藤君だけでもいいんじゃないですか?近藤さん一人で撮るならそれでも…っまさか土方さん一緒にとか考えているんじゃ――」
「違えよ!!くだらねえ殺気出すんじゃねえ!…ったく。近藤さんだって一人で撮る気かわからねえからな」
「ああ、そういうことですか。それなら…」

別にいいですよ、と言いかけて総司の口が止まる。
撮影はいつでしょうか、と尋ねる斎藤に、土方が答えようとしたその瞬間、土方さん!といきなり身を乗り出して。

「うおっ!?て、てめえは脈絡無く大声出すんじゃねえよ!!何だ」
「それ、千鶴ちゃんも一緒でいいですか」
「「・・・・・・は?」」

近藤さんの練習台の癖に、なにを言っているのかこいつは。
そんな目を二人に向けられるけど、気にしない。
口八丁はお手の物である。

「だって、近藤さんだってもしかしたら…女の人と撮るかもしれませんし」
「・・・・・・・・・いや、それはな――」
「いとは言えませんよ。世の中に絶対なんてないんですからね。女性もきちんと撮れるか確認しておかないと」
「・・・それは千鶴に女性の格好をさせるということか」

総司の頭の中がふわふわ空中に浮いているように見える。
思わず苦々しい顔で、斎藤が諌めてくれるのでは―と期待して見た先、何故か斎藤も「我が意を得たり!」な顔をしていて…

「・・・・・それは・・そうかもしれんな。誰と撮るかわからないならば、あらゆる状況を考えて撮るべきかと」
「おいおい、斎藤。どうした」
「じゃあ、それで決まりってことで。土方さん、写真の店に連絡お願いします。僕は千鶴ちゃんに教えて来ようっと」
「では俺も失礼します…待て、総司」
「誰もそれでいいとは言ってねええ―!!!」

・・・・・・・・・・・・・・

ふん、と鼻息荒くした土方の前に、不貞腐れる総司とシュンとした斎藤がもう一度腰を下ろした。

「・・・ったく、あいつに女装させるのは無理だ。新選組の幹部が女とにやにやしながら写真なんて撮って飾られてみろ。締まらねえだろ」
「「にやにやなんて…」」
「てめえら、鏡見ろ。今すぐに。めかした千鶴と写真撮ること想像しながら」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」

かなりの説得力があったようです。

「…まあ、あいつも最近篭もりっきりだしな。撮るのがダメとは言わねえよ」
「・・・っじゃあ・・」「・・それでは・・・っ」
「女装はなしだ。いつもの男装させて行け」

土方はこの時、自分の判断は千鶴の為にも、一緒に撮れると喜ぶ二人にとっても正しいものだと認識していた。
きっといい写真を残そうと…3人が歩み寄るものだとばかり思っていたのだが――




「・・・・・・・・・・・・・」

寒さではなく、ガチガチに固まる身体。
バクバク音を立てる心臓に、静まれ静まれ!と胸を押さえ、深く深呼吸しようと顔を上げた千鶴の眼と総司の眼がひたと重なった。
目があった瞬間、あははと笑って言われる。

「千鶴ちゃん、もしかして緊張?大丈夫だよ。じっと大人しくしてればいいだけなんだから」
「そ、その大人しくが・・・どれくらい動いちゃいけないのかわからないし。それに近藤さんの為にいい写真を残さないと…っ」

だから余計に…と手を合わせる千鶴に、総司が目を和らげた。
自分の為じゃなくて、人の為だからと張り切って緊張する、この子のこういうところを見ると、どうしたって可愛いと思う。
そんな総司の表情につられて、千鶴も自然に笑顔を浮かべた。
心なしか、緊張も和んできたようだった。

「そうだね。近藤さんが写真撮りたがっていたの僕知らなかったんだよね、ちょっとは役に立ちたいよね」
「はいっいい写真を残しましょうね!・・・・・はっ顔は・・・普通の顔、ですか?」
「顔ねえ。近藤さんなら笑顔が似合いそうだけど・・・ずっと笑顔って難しいよね。普通でいいんじゃない?・・・・それに・・」
「そう、ですよね・・・・・・・」

総司と千鶴の二人が先ほどから大人しい斎藤に目を向ける。
斎藤がこういう場で言葉を発さないのは珍しいことではないが…
いつも以上に気難しい顔に、緊張しているのが丸わかりだった。

「君以上にガチガチだね。困るなあ、あんなしかめっ面。斎藤君、もうちょっと顔を解してよ」
「・・・・・いつもの顔だ。変えられん」
「だから、いつも以上にガチガチのしかめっ面だってば。ねえ、千鶴ちゃん?」

同意を求める総司と、そうなのか?と強張ったまま顔を上げる斎藤に、千鶴はどう返答すべきか悩みつつも思った事をそのままに伝えた。

「しかめっ面というよりは…キリっとしたお顔でいいんじゃないでしょうか。すごく新選組組長って感じがしますよ」
「・・・そうか?」
「はいっただ今は写真を撮る任務なので…もう少し力を抜いてもいいと思います」
「・・・・力を・・・」

膝の上で固く拳を握る斎藤の手。
あれでは力を抜くなど無理そうである。
千鶴は先ほど自分が緊張を解した時のことを思い出す。

斎藤の視線に視線を合わせて…

「私も緊張しています。一緒ですから大丈夫ですよ」

にこっと微笑む。
人の笑顔を見ていると、張り詰めていたものがゆるく解けていく。
そうしてもらって緊張を解いたから、と斎藤をじっと見つめたまま微笑む。

「・・・・・そうだな、一緒か――立場が逆だな」

慣れないこと故、と恥らうように顔を俯ける斎藤の顔が赤いのは、別のことで恥ずかしいに決まっている。
それでもまだ固く閉じている拳に、千鶴が躊いがちに手を乗せて。

「斎藤さん、手を…開くと力逃げますよ」
「・・・・・っ・・ああ、そうだな」

慌てて手を開いて…
ようやく肩の力が抜けたようだが、別の力が入ったように見える。

千鶴にねえ?と同意を求めただけなのに、何故こんな展開になるのか。
総司は二人の間の空気を壊すように、腕をブンブンと振り落とした。

「はいはい、緊張が解けたならさっさと立ってよ。そろそろだよ」
「言われずともわかっている。・・・・・そういう総司の方が仏頂面に思えるが・・」
「・・・?本当。沖田さんも緊張してるんですか?」

ここで、うん、そう。と言えば千鶴は斎藤にしたように、にっこり見つめて微笑んでくれるのだろうか。
でも二番煎じというのが気に入らない。とっても気に入らない。

「・・・・・・・・どうせ僕はキリっとしてないよ」
「え」
「組長らしくない顔だしね」
「そ、そんな事は…」

間もなく準備が出来そうなのに…今度は総司の機嫌が悪くなってしまった。
これには千鶴も焦ってきてしまう。

「皆さん〜お待たせしました。こちらへどうぞ」

店主の呼び声の中、斎藤が腰を上げて誘導されるまま立ち位置に向かう。
総司はというと相変わらずムっとして…

「ほら、千鶴ちゃん早く・・・「沖田さんはキリっとはしてないかもですけど・・・」

・・・・・・・・グサッ

今から写真撮影なのに、何の仕打ちか――

「でも、私は沖田さんの顔好きですよ」
「・・・・え・・」
「さっきも緊張解けたの、沖田さんの笑顔のおかげですから…」

照れくさそうに、微笑まれ見つめられ――

・・・・・・・・・コロッ

にこにこ笑顔で写真撮影に向かう総司。

総司と斎藤、二人の凛としつつも穏やかな表情は千鶴の賜物である。


「はい〜では動かないでくださいね。始めますよ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・っキャッ!」
「・・っ総司!動くなと言われて・・・」

何となく斎藤寄りに立っていた千鶴の位置が気に入らず、千鶴の肩に腕を置いて、構えた総司に。
千鶴は驚き、斎藤は動けぬ手前手が出せない…だった筈なのを忘れ、総司と千鶴を離そうと腕を伸ばして――

「ああっ皆様っもう絶対動かないでください!!いいですか!絶対動かないで…っ!!」


その声に、千鶴は驚いたまま、顔をピタっと固めて、変な格好のまま、ピタッと。

総司はそのまま、千鶴に首に腕を絡ませてぶらんと下ろして。
でも横にいる千鶴の事を思うと…どうしたって可笑しくて顔の締りがなくなってくる。

斎藤は総司を離そうと伸ばした手だったが、店主の言葉に引っ込みつかずとりあえず静止せねば!と落ち着いた先が…
千鶴を自分の方へ引き寄せるように千鶴の頭に手を絡めて形になって――
写真どころではない。
変な手汗をかいてしまいそうで、こちらを見る店主の顔も見れない。


「・・・・・・あなた、これは・・・やり直しじゃ・・・」
「いや、これはこれで面白い写真だろ。第一、練習だと言って…かなり割り引いているからなあ・・・もう一枚というのは勘弁してもわわなきゃならん――」
「でも、新選組の土方さんを怒らせるんじゃ・・・」
「いや、幹部隊士さんたちのなされたことだから、大丈夫だろう――」


かくして、撮れた写真。

その日見る事は出来ない為、3人は何事もなかったかのように…いや、明らかに何かあったように屯所に戻った。

にこにこご機嫌の総司。
どうしたものか、とこの世の終わりのような顔をした千鶴。
自分の手を見ては顔を赤らめる斎藤と。

そんな3人の姿に、まともな写真を期待することは諦めた土方だったが――


「てめえらあああ!!まともに大人しく立つ事も出来ねえのかーーーー!!!!」


数日後、ここまでひどいとは…っ!!と、出来た写真を見て鬼の形相で3人に説教することになる。

ちなみに、写真を見た新八・左之・平助がずるいずるい、俺らも〜と言いに行き、
虫の居所の悪い土方に、一緒になって怒られたのは言うまでもない――






END








トップ絵を見たら…少し写真の構図がわかってもらえるのではと…^^;
こんなくだらないお話が好きです。
千鶴にコロコロ心動かされてニコニコしてる、一番組組長と三番組組長が大好きです^^
読んでくださりありがとうございました。