レイン×撫子




『恐れたことは、同じだった』





ブィンっとドアの開く音。
それと共に、キュッキュッっと床を踏みつける足音。

建物の中、レインブーツを常に履いて、この部屋に簡単に出入りするのは一人だけ。

「こんにちはー。体調いかがですかー?定期健診の時間です。今いいですかねー?」

いつものように、にこにこと口元を緩ませながら、すっと前に膝まづく。
カエルと一緒に尋ねるように左手をレインの目線の高さまであげて、、レインとカエルと二人に覗き込まれるような形になった。

「いいですかねーって言って…私の返事を聞く前にもう脈を測っているじゃないの」
「あはは。本当だ。だめって言われたことがないもんで、ついー」
「ついーじゃねーよ!ったく、オマエだんだん図々しくなってきてねーか?」
「ええー?そんなことないです。ひどいなあ、カエルくん…」

ねえ?と撫子に同意を求めるように顔を上げながら、聴診器を取り出した。
ふざけた口調ながらも、心拍を測る時は悪戯めいた表情も少し引っ込む。

…触れられた指に、意識が集まってドキドキするのは…レインが急に大人の男になったからよね――
他に意味なんてないわよね?
そう、そうに決まってる…

初めて会った時から戸惑って。
けれど彼は確かにレインだった。
でも自分を見る目は確かに男の人で。
意識しない、と思えば余計に意識するもので…

普通の会話なら何でもないのに。
こうして、検診だと触れられるとつい…意識が強くなる。

「・・・・・・うーん・・最近少し脈が早いですね。何か体調に変化とかありません?不整脈とか動悸とか」
「ないわ。いたって元気よ。・・・だからもう少し外に出してもらえると助かるんだけど」
「あはは…あなたが出たいって言うなら、構わないと思いますよー?キングだって一緒にお出かけ、したいみたいですしねー?」

今度は額やこめかみに何かを貼り付けた後、脳波を測る準備を進める。

「…でも、今のままだと無理だと思います。少しでも異変がある時は、部屋で様子を見た方がいいんですよー」
「・・・異変なんてないってば!」
「おやあ?・・でも、脈は早いですよねー?撫子くんが違うって言い張るのは…それがどうしてか、見当がついているからじゃないですかー?」

ピッピッと正常に脳波を読み取って、それを見ながら・・・ちらっと目を向けたレインの表情、お見通しなような視線に、途端に頬がカッっとなる。

「・・・見当なんて、ついてないわよ」
「そうですかーじゃあ、おとなしくしていてください。」
「オマエ、わかってて言ってんだろ!ったくよーいつまで経ってもそういうトコ成長しねーなー」
「わかるって…ボクは何も知らないですよーカエルくん。ボクが触れると・・脈が早くなるって結果だけ、わかっていますけどねー?」

ニコっと罪のない笑顔を浮かべて、引き続き脳波を測るレイン。

・・・・わかっててしてるっ!!意地悪っ!!

何だか悔しかった。
思えばウサギの時から、からかわれてばかりのような気がする。

ウサギの時・・・そういえば・・・・・

「はいー終わりです。お疲れ様でしたーそういえば、キングが終わったら来てほしいとの伝言です。なるたけ行ってあげてくださいねーそうじゃないと、後が面倒なのでー」
「・・・・・・・・・・」
「・・・?聞いてますかー?・・・・・・?」
「・・・わ、たし・・・は・・・九楼・・・ナデ・・シ・・子」
「・・・・・・・はい?」
「・・・・・・・・・・・ナデシ・・・コ・・・」
「・・・おいっ!レイン・・・コイツ・・記憶障害でも出たんじゃねーか!?」

うつろな目で、名前だけを繰り返す撫子に、カエルが慌てたような声を出した。
レインはその声に弾かれたように、カエルをその左手から外すと、急いで撫子の様子を見ようと目の色をみて、瞬く間に端子をつなげていく。

「・・・・っ撫子くん――ボクの声、わかりますか!?」
「・・・・・・・・・・っふふっ」
「大丈夫です!急いで修復・・・・・・え?」
「・・っふふっあははは・・・っ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぽかん、とした表情の後、レインがその目を尖らせていく。
ムっと不機嫌そうにカエルを手にはめ直した。

「・・・・はあ、騙されたってことですか。ボクもまだまだですねー?」
「だな!オレは嘘だってわかってたぜー!普通に考えたらこんな急変化はねーだろ!」
「・・・・・・・でも、万が一、ということもありますしー…」
「ふふっ…レインはいっつも私をからかうんだから、これくらいお返しにもなっていないわ」
「そう、ですかー?今のはさすがに…タチが悪いと思いますよー」

はあ、とむっつりした膨れ顔のまま、器材を片付けるレインに、撫子はそうね、タチが悪いわねと相槌を打った後、付け加えた。

「でも、あなたもウサギの時に同じことしたわ」
「ボクが、ですかー?そんなこと・・・・・・・・・・あ」

思い出したのか、レインは少し気まずいように苦笑いを浮かべた。
そんなレインに、ほらね、とばかりに撫子が笑い返す。

「あの時、すっごく怖かったのよ?急にしゃべり方が変わって…レインじゃないの?って」
「はあ…そういえば…あの時撫子くんは超常現象とか、幽霊とか信じたんですよねー?かなり怖がって、いましたし」
「違うわ。そういう怖さより…大事な友達のレインがいなくなったんじゃって…それが…怖かったのよ?」
「・・・・・・・・・・・・」

していいことと、悪いことがある!と…
泣きじゃくりながら、ものをぶつけてきた小学6年生の撫子の姿をふと思い出した。

怖かったのは――



ボスッ



「・・?何で枕を投げるのよ」
「お返し、です。あの時、ボクも…投げられましたからねー」
「・・・そういえば、そうだったわ。・・ふふっ騙された気持ちはどうなの?レイン」

投げられた枕を持ち直して、何だか楽しそうに見上げる撫子に。
言ってもいいのか、言わないべきなのか。
わからないけれど、言葉が自然に湧き上がる。

「・・・・・怖かった、ですよー…二度と、しないでください」

浮かべた笑顔が、いつもより少し無理してて。
参ったような顔をしてて。

だから、だからだ。

どんな言葉をかけるより、そうした方がいい気がした。
力なく下ろされたレインの手を、そっと握る。

見下ろされた瞳が柔らかくなるとともに、躊いがちに握り返された――








END