『キミがいる世界』




11




ボクを見て微笑む鷹斗君の微笑みには、撫子君を目覚めさせるまでのキングとしての微笑みだった。
ぬるま湯に浸かって思考を覚束なくさせていた彼ではなく。

思い出して欲しいと願っていた「怒り」の片鱗を感じるような、冴えた微笑みだった―――


「……さすがですねーお見事です、キング。これだけの処置、一両日で出来ることではないですよー」
「……どうして一日二日で処置したって思うの?レイン」

レインの言葉尻を掬い上げて、証拠でも掴み取ろうとしているのかその微笑みが強くなる。
同時に円がその立ち位置をレインの後ろに取った。
その自分が犯人であると確信し、警戒するような動きにレインは動じることはなかった。
確かにこれだけの技術者を自分の他に探すというのは考えがたいことではあるが、それだけでは犯人と決め付けられる筈もない。

反って落ち着き払い、同じように微笑みを湛えゆっくりと答えを述べた。

「昨夜ボクは異常を感知出来ませんでした。……キングのような処置には自信がありませんけど、気付くことくらいは出来たと思うんですよねー?」
「…………」
「解析を見るに、昨夜、ホールが発動してCLOCKZEROの最重要セキュリティに問題が起きたんですよねー……でもボクはこの事実を知りません」

こんな事、ある筈がなかった。
有心会との取引の前に、こんなバカをする筈がなかった。
自分の望むことには全くもって繋がりそうにない、こんなミスをする筈がない。

「つまりキングがこの事態に気付き対処したのは、ボクがチェックを終えた後という事ですからーそんなに時間はかかっていない筈です。違いますかー?」
「……うん、その通りだよ。昨夜発動したホールの処置をして、その後アクセスの痕跡を表示させてるんだ……これを見て、どう思った?レイン」
「どうって……さっきビショップに言った通りです。キング、あなたの手腕に脱帽です。ただそれだけですよー」

CLOCKZEROは安泰ですねーと、ついでのように付け加えて告げた言葉に、鷹斗が能面のような笑顔で答えた。

「……俺もそう思うよ、レイン――君が……いなければね――」
「…………それはそれはー……「ルーク、動かないでください……手荒なことはしたくありません」

鷹斗の刺すような声に突き動かされたように、円がレインの体を拘束する。
レインは心外だとばかりに、顔を歪めたが抵抗する気はなかった。

「ボクを捕らえるんですかー?何の証拠もないのに?」
「証拠ならある、あるんだ、レイン――俺がこの罠に気付いて、処理を出来たこと。それが立派な証拠だよ」

コツンと静かに足音を響かせて、一歩レインに近寄る鷹斗は僅かに顔を悲しそうに歪めた。
白い、血の気のない表情に、浮かべたその表情は紡ごうとする言葉に一瞬に消え、元の微笑みを湛えようとする。

「気付く筈がない……プログラムだったよ。時が来ればわざと発見されるようには細工されてあったけどね」
「…………」
「まだ、その時ではなかったよね、レイン。俺が今、気付く筈がないのに気付いた……何故だかわかる?」
「……いえ…わかったのはボクはキミには敵わないっていうことだけですかねー」

これ以上、知らぬ存ぜぬで突き通せる状況ではなかった。
それよりも強固に否定し続け、鷹斗が気付いた理由を知れないことの方がバカらしいとさえ思えた。

……まだ、終わっては……いませんけどね―――

ここは諦め崩れ落ちる体でも見せておいた方がいいと、レインは降参ですーとポーズを作ったのだが、予想もしなかった鷹斗の答えにレインは虚像を作り上げることすら出来なくなる。

「一見正常に見える、緻密に練られたプログラム……レイン、君が担当しているところを全部洗い出したんだ」
「……正常に見えていたプログラムを、わざわざ、ですかー?」
「そうだよ。今までだったら、そんな事していなかった。君のことを信用していたしね、だけど――……撫子と過ごすようになって、君は変わったんだ、レイン」

冗談にしか思えないような理由を言葉にして、ひどく真摯に眼差しを注ぐ鷹斗がなんだか可笑しかった。
こんな心情論なんて聞きたいわけじゃあない、もっと論理的な答えを求めているのに、何故だかひどく納得している自分も可笑しかった。

「君が今まで通りだったら、俺はきっと、何にも気付けていなかった。…けどレイン、君は仕事中…ぼんやりと虚空を見つめることが増えていたよ」
「…………」
「撫子と接した後とか特に、そういう傾向が強かったんだ。そういう時、大抵が昨夜問題を起こしたプログラム画面の動作環境を映していた……それくらいはね、わかるんだ」
「…………」
「だからだよ、だから……君が彼女に協力をして何か細工をしたんじゃないかって、チェックしてみたんだ」
「……っはは……っ」

姫を手に入れて、腑抜けてしまった王様。
彼の目を覚まさせてやろうとばかり思っていたのに、彼はちゃんと目を光らせていた。彼女のことだけには目ざとく、鋭く。

それに気付けなかった、計画通りだとばかり思っていた。

腑抜けていたのは、どっちだ―――

浮かれていたのは、どっちだ―――


彼女に気をとられまいとするのに注意を寄せた結果が、これだった―――


「レイン――ポジション・ルークを剥奪する。君を……捕らえるよ」

鷹斗の声がひどく低く、冷静に耳に伝わった。
そこには今まで培ってきた信頼を裏切られたというような、悲壮感はなかった。

「……俺はね、テロを誘導させるような裏切りを見つけて、悲しかったよ。……でも、今となってはそんな事もどうでもいいと思えるんだ、レイン――」

彼の目に、翳むように込められた怒りを見たような気がした。


……ああ、そうか―――

疑いの目を自分に決して向けなかったからこそ、鷹斗が見逃していた真実。
冷静な王様が自分に疑心を抱いたからこそ、露呈したものがあるのだろう――


「……さすがです、鷹斗君――あの『事実』にまで、自力で辿り着いたんですねー」

カチャっと手錠をかけられる音と共に、金属の冷たさが手首に落ちていく。
静かに言った言葉に、鷹斗と円が沈黙で答えを返す。
レインの言葉に疑問を抱くわけでなく、ただただ、変わることのない視線だけを返されたことがその答えだった。


「・・・・・・・正解です。ボクがキミの探していた犯人です」

繋がれた手錠が飾りのように、悠々と答えたレインに部屋の空気が張り詰める。
壊したのはたった一人がおこした、騒がしい足音だった。









12へ続く