『キミがいる世界』




6




「・・・・・こっちがそれなりの誠意を見せてるのに、疑り深くて嫌になりますねー」
「そりゃそーだろ。いきなりこんな状況じゃ一網打尽にされるかもって思ってんじゃねぇか」
「ま、そーですね。やっぱり撫子くんを連れて、直接…」

そこでレインの言葉が途切れた。
セキュリティー画面を目の前に計画を練っていたレインだったが、持て余したように椅子に身体を預ける。

「…ここんところ、作業の進みが悪いなレイン。どーしてだろうな、おい」
「ボクも必死になって、脳をフル回転させているんですよー…最近腑抜けてきたとは言え、相手は神童ですからねー」
「オレにはフル回転できてるように見ぇねーけどな」
「・・・・・・・・」

そんな事はない。
牌は揃った。
すでに夢に向かって事態は動いている。
相手は鷹斗。
想定の範囲を広げて、いかなる事態の転化にも対応できるように…対策も考えている。

抜かりはない――


…ぐしゃっと何かを潰すようにレインが前髪を掴む。
僅かな苛立ちが、珍しく彼を苛んでいるようだった。

「どーした。怖くなったのか?」
「怖い?ボクが望んだことですよーそんな事は全く…」

思わない、と告げようとして、また手が髪を鷲づかみにしている。

「…今日はアイツが一人で出かける日、だったな。キング相手にあんな取引してよくやるよな」
「…そうですねー」
「アイツにもし、何かあっても…オマエの計画には支障なしか?」
「何も問題ないですよー…攫われれば攫われたで、何かあればあったで…鷹斗くんも目を覚ますでしょうし」

言い終わりに苛立ち含んだ声が自分でもわかる。
それに、余計にイライラする――

どうして――

  『あの日以来見続ける夢のせいだ、意味なんてない』

彼女が夢に出るのは――

  『たかが夢、本当の夢をすり替えられそうになるな――』



  『この夢の為に何をしてきたかを、思い出せ――』



そこで今日、見覚えのある顔を見たことを思い出す。
撫子を事故に遭わせるように、依頼した男の顔だった。

ようやく捕まえた犯人に、鷹斗は怒りを覚えていなかった。
感情のない自分に、どうして憎めないのか――と、戸惑いつつ尋問を命じたようだった――
感情のない鷹斗に、また怒りを――そうしなければ、ボクの夢は成立しない。

レインは過去に犯した罪に罪悪感を覚えるでもなく、自分の夢を強く認識した。

知らない、俺は九楼財閥が憎かっただけ、誰が首謀者なんて知らないんだ――

叫び続ける男に背を向けることに、何も思わなかった。なのに――

撫子が絡むと、何も思うな、という気持ちが生じる。それは何か思ってしまうということを自分で認識しているからだ。
傍にいる時間が、長過ぎたのだろうか。
もともと、初対面の時にレイチェルを錯覚させた彼女と一緒にいれば、情は湧く。
それでも、計画には支障のない筈だった。
彼女を最初の成功例に――と、歪んでいると思われてもいい、そんな思いもあった。

夢の中の撫子は、何度も『一緒に行きましょう』と語りかけてくる。
夢だと割り切っていたのに、現実で触れてしまった温もりに、今のような不要な時間が生じてくるようになった。

「……やっぱり、ボクだけより多少人員は欲しいですねー有心会にここは融通してもらいましょうか」」
「バカ野郎…ヤメるつもりはねーのかよ…ったく」

そんな気は、全くありませんよーと軽く返したところで、ドオォォーンと響く爆発音。
次いで「上層部だ!」「急げ!」などとの声があがる。

「「・・・・・・・・・・・」」

またか、と二人で思っていたところで「最上層だ!キングの安否を…っ!!」と怒号があがる。

「・・・・・・・今頃ビショップのお説教ですねー」
「一応オマエも様子見に行っとけよ。それにアイツも不安になってんじゃねぇか?」
「ああ、有心会のテロでも起こったんじゃ〜とか思ってそうですねー仕方ない、行きますか」

メインモニターの電源をダウンさせて、部屋を出る。
向かう先は問題を起こしたのだろうキングの部屋ではなく、撫子の部屋だ。

「なんだ、アイツの部屋に先に向かうのか?」
「カエルくんが言ったんですよー?不安になってるんじゃないかって」
「へぇへぇ」

だが、撫子は不安になって大人しく部屋にいるような女の子ではなかったと、無人の部屋に着いて頭をかく。
きっと最上層、キングの部屋に向かったのだろうとそのままエレベーターへと足を向けた。
警備員に強固に守られた中、きっと奥にはビショップに怒られているキングがいる。
つい一ヶ月ほど前にもやらかしているが、料理の失敗だろう。

「やっぱりすごい人ですねーこれだけ心配されるんですから、大したもんです」
「お、その心配するヤツらの中にいるぞ、アイツ。入れなくて困ってんな」

カエルに言われるまでもない。
警備員を何とか抜けようともがいては、弾き返される後姿。

「…彼女は、鷹斗くんのすることには否定的ですが、彼自身には同情的ですねー」
「・・・・・・」
「精神も同調して成長してきているとはいえ、有心会との取引に連れて行くのは…早計かもしれない」
「現実ってやつを突きつけられるだろーな」

レインの視界に、鷹斗を心配している撫子の後姿。
ぴょんぴょん飛んで、部屋の様子を探ろうとする姿はまるで小学生だ。

鷹斗を純粋に心配する撫子に、素直に妹のような可愛らしさを重ねて…ウサギであった頃の抱いた、彼女への情がほんのりと湧く。
それと同時に鷹斗を受け入れようとし始めている撫子に、生身の自分が抱いた…今の彼女への情が湧いている。

情とひと括りにしてしまうには、複雑な感情――

「早く、進めないと――」

ポツっと低く漏れたレインの声は、目の前の騒ぎに飲み込まれて誰にも、その手にはめたカエル以外の耳には届かない。
撫子に語りかけ、一緒に部屋の奥へと進むレインに、その変わらない表情に彼の葛藤が見え隠れするようになってきた。




「だってもうこんな時間なんだよ」
「だって、じゃありません。まだ決めた時間まではあるでしょう。いい加減大人しく仕事してください。それでなくても今日は朝から何かと仕事に穴を開けてくれていますからね」
「ビショップ〜…少しだけだから」

夕方、キングに報告をと足を運んだレインにそんなやり取りが耳に入ってくる。
二人の言葉に時間を確認すれば、一人で出かけた撫子がもうそろそろ戻る時間ではある。
窓の外に目を向ければ、荒廃した世界に撫子の姿は見えない。

「手が空いてるのはボクみたいですから、ボクが迎えに行きましょうかー?」
「え、レインが?」

突然会話に入ってきたレインに、鷹斗が目をパチパチさせる。

「そうしてください。警備にアワーを何人か連れて行って…「ちょ、ちょっと待って」

頷きかけたレインに、鷹斗が慌てて呼びかける。

「今日は、みんなに任せず…俺が迎えに行きたいんだ。」
「今日は、じゃなくて。いつものことですよねー?」

孤独な王様が剥がれかけているその様子に…レインは若干の皮肉をこめて返した。
鷹斗はそうかな、と笑って言葉を続ける。

「色々、話したんだ。話してみて…すごく、すごく実感したことがあって…そういう話を出来て俺は嬉しかったけど、撫子はその話のせいで悩んでるみたいだった」
「…こんな状況で悩まずにいるなんて無理な話ですよ。犯人のことも、彼女に伝えたんですか」
「うん…俺は…その犯人と対峙したことで…思ったことを伝えて…彼女は聞いてくれた」

鷹斗くん、キミには怒りが湧かなかった――だから、ボクがその感情を呼び起こしてあげると言っているんです――

その心情をぶつけるように、白衣のポケットに隠した手を握りつぶす。
ここは素直に鷹斗を迎えに行かせるのが…普通の選択だろう。

だけど、これ以上二人を近づけるのは危険だ――

過去の世界から無理やり連れてこられた撫子が、鷹斗を受け入れることなどないと――思っていた自分の認識の甘さが今頃になって計画の成功への道を狭める。

彼女が鷹斗くんをもし、心から受け入れてしまえば、ボクの夢は――


そこまで言うなら仕方ないですね、と黙って道を譲るビショップと共に、鷹斗を見送る自分がどこか自分ではないような違和感。

空の下、どこかをまだ漂い続ける撫子が、ココに、戻ってくるだろうか――



ボクは―――



夢を見る

人体蘇生を完成させるその日を――



夢を見そうになる

ひどく、馬鹿馬鹿しい…夢を―――







7に続く