『キミがいる世界』




3



無表情に一人、暗い部屋の中。
ミニッツの研究員による、土地の成分分析の結果を画面に出して。
画像の光によって照らされた顔は、仕事を淡々とこなすいつもの…一人でいる時のレインの顔だった。
無駄に笑みを象らず、普段の彼の人当たりのよい表情ばかりを見ていると、いっそ冷たいと思えるような表情。

何も変わらない。
ただ、彼女の身の回りの世話をするという仕事が増えただけ。

鷹斗くんも変わらない―
人体蘇生には…このままでは、着手しそうにない。
その力量がありながら、神を冒涜するその技術に手を染めない――

もう一度――

どこかで、そんな声が聞こえたような気がした。
頭の中に、そうだ、そうしなければ――と…導くような――
実際そんな言葉は聞こえない。
そんな気がするだけだけれど…

鈍く、重く、脳内にシコリとなって残る想いが―シンと静まり返った部屋の音を、焚き付けるような声に変える。

ボクの夢
ボクの想い

叶えてもらう為には――

『レイン』

目の前にあるはずの分析結果の画面に、ぼんやり撫子の顔が浮かぶ。
すました表情を見せたと思ったら、子供のように笑ったりする。
子供の彼女と、大人の彼女が入り混じるように映る。

『どうして占いなの?』

先日の撫子とのやりとりを思い出して。
ようやく無表情な顔が僅かに歪む。
それとともに、レインの手も止まっていた。

どうして…どうしてだろう――

ウサギの時に、していたから。
じゃあウサギの時には、どうしてそんな事を始めたのか。
小学生の女の子が、興味を引くようなことを――

そうだ、打算な考えで――でも――…
占いを楽しみに聞く撫子に、話しかけてくれる撫子に。
その一瞬一瞬に、誰を重ねていただろう――?
占いに一喜一憂して、喜んだり、ええ!とむくれたりしていた妹が、頭を過ぎる。

警戒されないように、仲良くなれるように―
そう思って行った占いだったのに――

小学生の彼女に、情が湧いた。

でも、今目の前にいる彼女にも、きっと止まることなく湧いてる――

この間の占いは、誰も重ねなかった。
ただ、素直に――彼女の気が晴れればいい。
この窮屈な時空に、潰されてしまわないように、と――

「・・・・・・・・」

声にならない呟きが、息となって漏れた。

考えるべきことがずれていく。
今ボクが考えるべきは、こんな事じゃあない―

休憩とばかりに、左手にはめたカエルに、ようやくいつもの音で声をかける。

「休憩にしますかー」
「だいぶ根詰めてんなーレイン。ったく頭のいいヤツは全部理詰めで考えるから、息がツマるんだろ」
「…カエルくんだって、頭のいいヤツじゃないですかーそれに、仕事は順調です。何も考えなくても進んでいってますよー」
「じゃあ、オマエは何考えて…切羽詰まったカオしてんだかな!」
「そんなの、ボクの夢に決まっているじゃないですかー」

にこっと、作った微笑みを空に向けて。
穏やかな声で、お茶を求めようとするレインに、カエルが小さい声で、「アイツのこともだろー」と呟いた。
聞こえて欲しいのか、欲しくないのか―微妙な声。

「…行きますか―」

カエルの言葉は、聞こえないフリして答えない。
レインは急に身体を反転させて、部屋のドアへと向かう。
その行動が、ある種答えにもなっていた。

「オイオイ、まだ診察の時間じゃねーぞ?」
「誰が撫子くんのところって言いましたー?」
「バレバレだっつーの!ま、いーんじゃねーか。オマエの気分転換にもなってるようだしな」
「・・・余計、ぐちゃぐちゃになっていく気もしますけどねー」

軽口の応酬。
だけど、最後のレインの言葉には、彼の気持ちがそのまま、語られていたのだろう。
カエルが黙りこんで、その気持ちを汲む。

望む世界に必要なこと。
それに手をかけることを、躊躇するようになれば――
レインを今立たせているものが崩れ落ちる。

それがわかっているのに、何故なのか。
説明もつかないまま、今は必要もないのに…レインの足は、撫子の部屋に向かっていった――





簡素に飾られた撫子の部屋。
窓の外、昼なのにどこか薄暗い世界に目を傾けたまま、ふぅと溜息を吐いた撫子に、憎まれ口がかけられる。

「なんであなたの方が憂鬱そうなんですか。意味がわかりません。こっちが溜息吐きたいんですよ、本当に」

言葉と共に、後ろで撫子以上の重い溜息を吐かれる。

「結局円だって、溜息吐いているじゃない」
「ぼくは当然です。本来の仕事に加えて、キングとあなたの橋渡しなんて、面倒なことこの上ないでしょう」
「じゃあ、橋渡さなかったらいいじゃないの」
「あなた何言ってるんですか?馬鹿ですか?断れるものなら最初に断っていますよ。相手はキングなんです。この国の王様ですよ」

まくしたてるように言葉を吐かれた後、まーそれならそれでいいですよ、と簡単に引き下がる。

「・・いいの?」
「ええ。無理に、とは言われていませんし。ぼくにとって大事なのはキングに命令されてあなたを誘いに来たことであって、結果がどーだろうと知った事じゃありませんから」
「…鷹斗に、明日ならって伝えて」
「どーいう風の吹き回しですか?まあ、その方がぼくは面倒じゃないのでいいですけどね」

訝むような視線を向けられた後、円が鷹斗にすぐに連絡を取って、明日なら―と伝えている。
通信機の向こうで、落ち込んだ声の後、わかったと嬉しそうな声が戻ってくる。

「あなたの気まぐれでぼくも助かりましたよ。それじゃあぼくは失礼し―「待って、円」

つい、引き止めたのは何となくだった。
引き止めようとした訳じゃないのに、引き止めて振り向いた姿を見れば、そうしようと思っていたかのように勝手に口が開く。

「円は…レインとの付き合いはここに来てからなのよね?」
「ええ、そうですよ。直属の上司があんなにいい加減で、ぼくの苦労が無駄に増えてますけど」
「レインは仕事は真面目だと思っていたんだけど、違うの?」
「ああ、そう見えます?確かに仕事が出来る人ですし、それは否定しませんが―うまくさぼって自分の為の時間を作って、さも仕事しているかのように動く…あの人の得意なことです。…で?」
「え?」

流暢に話に付き合って教えてくれたと思ったら、会話尻に意地の悪い視線を向けられた。

「レインさんの何が聞きたいんです?言っておきますけどぼくが話せることなんてこの程度ですよ」
「・・・そう」

少し、期待が削がれたような、力のない撫子の答えに円が口端をあげた。

「ていうか、あなたわかり易すぎますよ。そんなので明日キングとお茶なんて大丈夫なんですか?」
「わかり易いって…何が…?」
「レインさんに興味があるんですよね。間違ってもそんな事、キングにベラベラ話さないでくださいよ。これ以上どんよりされても困るんで」
「興味って…そういうのじゃないわ。ただ、気にかかることがあって――」

ふいと目を逸らす撫子に、円が追い討ちをかけるように言葉を連ねた。

「ああ、それでレインさんのことを考えている内に―ですか。いーんじゃないですか。気になっているならいるって素直に認めちゃえば楽になりますよ」
「だから、そうじゃないって…」
「ビショップーあんまり撫子くんをからかっちゃダメですよー?」

いつの間に部屋の中にいたのだろう――
驚く撫子とは違って、円は平然と笑っている辺り、部屋に入ったのを知っていたのかもしれない。

「ぼくは本当のことを言っていただけですよ。ま、仕事があるんで戻ります」
「キミのような部下がいて、とても助かっていますよーついでにこれもお願いしますねー」

目の前で渡された、小さなチップのようなものに円が顔を曇らせた。

「これは…レインさんが確認して、報告書を――」
「キミなら簡単に出来る仕事ですから。頼みますねーさ、撫子くん。診察でもしましょうかー」
「え・・そ、そうね。そんな時間だったのね」

有無を言わせないようなやり取りで、「はあ」と溜息を吐く円に、撫子の前に立つレイン。
先ほどの会話を聞いていたのだろうに。
全くいつもと変わらないレインに、どう接すべきか自分の方が慌ててしまう。
いつものようにちょこんと椅子に座って、手首を出す撫子の手を取りながら、レインは部屋を出ようとする円に軽く声をかけた。

「あ、ビショップ。あともう一つだけ、いいですかー?」
「はあ。こうなれば一つも二つも変わらないですよ。何ですか」

嫌々そうな顔をしつつも、足を止め、律儀に耳を傾ける円に、レインが円の方へ顔だけ振り向かせた。
撫子からは、レインの表情は見えない。

「彼女をからかうのは、ボクの役目ですからー」
「・・・からかうのが、ですか」
「はい。元気にするのも、世話役の内の一種ですよー」
「はいはい。…怖いですね、全く」

・・・・・・・何が怖いのだろう?

レインは穏やかな声だった、それにこちらに向き直った顔もいつものまま。
背中を向けて、部屋を出て行った円の姿が見えなくなって、撫子がポツリと呟いた。

「変な円、急に真面目な顔してたわね」
「えー変じゃないですよービショップは真面目ですからー」
「コイツ…マジか!つーか、オマエも…ツッコむところはそこかよ!からかうのが役目だって言われてんだぞ!大概アホだな」
「カエルくん、口が悪いですよー」

何だろう、落ち着く

さっきは聞かれていたのかとドキドキしたけど――

ドキドキしつつ、落ち着く。
ウサギの時から、一緒だったから?

時間を見れば少し早い。
何だかんだ言って、一緒の時間が日に日に、僅かばかり増えていく。

その僅かばかりの時間が積み重なることに、嬉しさを感じた――





4へ続く