『キミがいる世界』




2




ブンと目の前の視界に浮かび上がる、半透明な画面。
幾つものラインを示し、レインはその一つの詳細を示す。

「・・・・・・・なるほど」

手から外したカエルは黙ったまま、その画面に食い入るようにしながら作業を進めるレインに口出しはしない。

「…この場合、こちらが払う対価はもちろん――」

続く言葉は音にはならず、レインの中で消化する。
レインは満足そうに画面を閉じると、カエルを再び手にはめて、そのまま部屋を後にする。
向かう足は真っ直ぐに、寄り道することなく撫子の許に向かう。
識別コードがあってもなくても、どうでもよかったが…今はそれにかなり助けられているような気もする。

「・・・おーおー順調に進んでるよーだな。悪巧みは楽しいか?レイン」
「カエルくんったら相変わらずですねー悪いことなんて考えてないですよー」
「まーオレには知ったこっちゃないけどな」

口はそういう。
けれど、そうは言いながらもどこか心配そうな気配を感じる。
人工知能を搭載したカエル。
本当に――目を閉じれば、今はいない友人が隣で気遣っているように思える。

「・・・・大丈夫ですよーボクが今までに…過去にした、人の生死を賭けた悪戯に比べれば、何てことないですよー」
「・・・・・・ったく。そーいうことをサラっと言うんじゃねえよ!!」

シンと静まった廊下に物騒な会話が、さざめかれるように伝わる。

そうだ、まだ…悪戯は終わっていない。
ボクが望むものは、まだ、終わっていないのだから――




「入りますよー撫子くん」
「レイン?こんな時間に珍しいのね」

ちょうど昼時が終わった頃。
撫子の前にはまだ片付いていない食器が置いたままになっている。
あまり食欲がないのか、どれも食べ切れてはいないが――

「ははあ。食欲が戻らないみたいですねー心労、ですかねー?」
「違うわよ。…悔しいけどここのご飯は美味しいし、むしろたくさん食べ過ぎている位だわ」

言いながら、少しお腹を押さえる仕草をする撫子に、レインがなるほど、と頷いた。

「あまり動けないと気になるものですよねー量を減らすように伝えておきましょうかー?」
「・・・レイン、今失礼な事考えているわね?違うわよ。・・・でも量は確かに多いと思うの。円にぼくより多いですねって皮肉まじりに言われたわ」
「ああ〜それは確かに…まあ、キングのご意向なんでしょうけどねー」
「でも、毎回残してしまうから…そこは減らしてもらいたいわ」

了解ですーボクが伝えておきますよーと軽く受けて、ところで、と話を切り替えた。

「有心会との手引き、なんですけど…もう少し待ってくださいねーでも、うまくいきそうですよ」
「・・・・・そう」

撫子と外に出て、二人で話をした日。
最後に約束した、有心会への手引き。
これを着々と進める中で、世話係としてではだけでなく、こうして二人で過ごす時間が増えていた。

レインの言葉を受けて、あの日、躊躇しながらも自分と結託することを選んだ撫子。
最初、その深く隠された思慮に怯えるような態度もありはしたが、近頃は普通に接する。
それでも、「有心会」という言葉を聞くと、顔はいつも引き締まる。

「あれ。もっと喜ぶかと思ったんですけどねー」
「そりゃあんな反政府組織、しかも過激派なんだしよー物騒な話しか聞かねーし、怖気づくってもんだろー」
「怖気づくとかじゃないわ。ただ、彼らと話をしてもどう動くかわからない…浮かれてばかりではいられないでしょう」

撫子の言葉に、へーへーとカエルが答えて。
レインもまあ、そうですけどねーと付け加える。

・・・・・・・撫子くんを、対価とする。それを知れば、彼女はどんな顔をするのだろう――

笑顔を浮かべたまま、心の中でそんな事を考えて。
今のところ、思惑通りに進んでる。
喜ぶべきところなのに、どこか…後ろ暗いような気持ちが浮かぶ。
振り払うように、話題を変えた。

「まあ、とにかくそういうことですのでーキミの方からばボクに何かありませんか」
「特にはないけど…今日は診察はしないの?」
「あーそうですね。ついでに今、準備してくればよかったですねー」

しまったしまったと、適当な笑顔を浮かべるレインに、ついでとか言わないの!と釘を刺してから、撫子も笑顔を浮かべた。

「まあ、それなら…レインがまた後で来るってことよね。」
「ボクがキミのお世話係である限り、そういうことになりますよねー」

全く、仕事をこれ以上押し付けてどうするんでしょうねーと愚痴の一つも呟いてから、撫子の笑顔を見返した。

「・・・ボクが来るってだけで、嬉しそうですねー」
「だって、ここに来る人って食事を運んでくれる人か、鷹斗か、レインか、円か…それくらいでしょう?」
「おい!そこにオレも入れとけ!失礼なヤツだよなー」

ふふっと撫子がカエルの頭をポンと押さえた。

「暇つぶしもないですしねー」
「そう。考えてばかりいても…煮詰まっちゃって…本も読んだし」
「この世界にも本が発刊されていたらいいんですけどねーまあ、そんな余裕まだないんでー…
「わかってるわ、今日はみんな急がしそうだし…大人しく考え事でもしておくから」

そう言って、ふう、と一息吐きながらベッドに腰を下ろす撫子に、レインは少し頭を巡らせた。
いつまで経っても部屋を出ないレインに、撫子がどうしたのかと、まじまじと視線を寄せた瞬間、パっとひらめいたような笑顔を向けられる。

「はいは〜い。レインくんの今日の占いですよーさ〜て…今日の運勢はどうでしょうねー?」
「・・・・・は?」
「オマエは唐突だよなーコイツ付いて来れてねーぞ!」

いきなり何を?とキョトンとする撫子の前で、レインが小さい簡易型の機械を取り出して、なにやらピピっといじる。
そして浮かんだ画面を見て、最大級の笑顔を浮かべた。

「おやおや〜今日はすっごく運勢が悪いみたいですよー?」
「・・・何故、嬉しそうなのかしら?」
「アイツは人の不幸が楽しいヤツだからな」

そういえば、占いは「いい」と言われるより「悪い」と言われる方が多かった気がするけど…
カエルの言葉も強ち嘘じゃない、と撫子が苦い顔を浮かべるが、レインは対照的に笑顔のまま。

「ということなのでー出かけないのは正解ですよ。考え事してばかりいても、いい案も浮かばないですよー」
「私のする事、ないじゃない」
「ラッキーアイテムはウサギ!ああっ!これ、ボクのことですねー」
「もうオマエはウサギじゃねえだろ。何が言いたいんだよ」

ニコっとまだ笑顔を浮かべたまま、まあ、ウサギはもう壊れちゃいましたけどーと言葉を続ける。

「診察までに時間作るんでー一緒に遊んであげてもいいですよー」
「・・・それが、言いたかったの?」
「はいーまあ、なるたけ撫子くんの要望は叶えてあげたいとは思っているんです。本当ですよー?」
「「疑わしいわ(っつの!)」」

一人とカエルにツッコまれて、ええ〜と笑顔を崩すレインに、撫子は小さく吹き出した。
何が可笑しいって…

「…ねえレイン。どうして占いなの?わざわざそんな風に伝えてくれなくたって…」
「それはですねー…女の子って占いとか、そういうの好きですよね。そう言われた方が素直に頷きそうですし、あとは久々気分転換にいいと思ったのでー」
「・・・・・それは・・・否定はしないけど、意外ね。レインは女の子の事なんて…あんまり興味ないと思っていたわ」

え、と僅かに反応の鈍いレインに、からかうように言葉を連ねて。

「他の子にも、してたりしてね」

撫子の何気ない、いつものお返しとばかりのからかいの言葉に、一瞬だけレインの表情が止まる。
カエルも何故か黙ったまま。
それはほんの一瞬だったけれど――

「・・・・一般論、くらいは知ってますよーそれにあなたとずっと一緒にいたでしょー?」
「そっか・・それもそうね」

何か、悪い事を言ったのだろうか。
気のせいなのだろうか。
でも、それを聞くことは出来なかった。
何故か、聞いてはいけないような事に思った。
だから、気にかかるけれど、他の事に口を伸ばす。

「・・・それにしても占い、結構いい加減だったのね。あれ楽しみにしてたのに」
「そういえば何回も聞いてきましたよねー」

どこか、安堵したようなレインのその表情が、飲み込めずに心にひっかかる。

考えることは他にもあるのに。
今、考えなければならないことは、これではないのに――

・・・・・レイン?

揺らいだ笑顔に、気を取られてばかりいた。






3へ続く