『今なら』






足場の悪い道をゆっくり進んで。
瓦礫の山に何とか踏み場を見つけて、体重をかければぐらつく体。
先を行くのに、そんなことには気付いて自然に手を差し伸べてくれる。

「・・・ありがとう、レイン」
「いいえ、これくらいはお安い御用です。もう少し歩きやすい服装も、用意した方がいいですかねー?」

撫子の白いスカートがふわっと風に揺れる。
この崩壊した世界に似つかわしくないほどの、鮮やかな純白。
その裾に付いた砂を軽く払いながら、レインが撫子を見上げた。

「そうでもないわ。あまり不自由はしていないから大丈夫」
「それならいいんですけどねー。もう少し行った先で休みましょうかー?ボクが疲れちゃったのでー」
「そうね、休みましょう」

撫子だって、軽い疲労が体を侵食していっている。
だけど、閉じこもってばかりの身体には、その疲労が心地よかった。

昔は、外を歩くというのが、こんなに陰鬱な気分を払拭してくれるものだとは・・思わなかった。
閉じ込められる、などという状況に陥ることなどないと思っていたから、いつでも自由に外に出られたから・・

「・・・昔って・・・ついこの間のことなのに・・」
「・・?何の事ですかー?」
「…昔は、外を歩くことをこんなに…渇望したことはないなって思って――それで、昔のことだって思った自分が変だなって思ったの」
「あーそういうことですかー」

なるほどーとレインは軽く頷いた後、空を見上げた。
撫子がいた時空の青い空ではなく、黄昏た世界――

「環境が全く違いますしー…崩壊したとは言え、あなたのいた世界から10年経っていますからねーそう感じるのも、おかしくはないと思いますよー」
「そう・・ね」

時間の経過を、感じさせる世界。
目に入る景色がそのまま、精神にその時間軸との同調を呼びかけているのかもしれない。

「・・・こんなことなら、もっと・・外に出ておけばよかったわ」
「はあ、いつになく弱気ですねーもう戻るのは諦めたんですかー?」
「そんなの、諦められる訳ないでしょう」

相変わらずな言い方。
人を焚き付けたいのか、諦めて欲しいのか…はっきりしない物の言い方。
レインだと、何故かそこまで不愉快な気はしないのは、彼独特の人柄もあるのだろうか。

「諦めてなんかいないわ。だけど…難しいことだっていうのも…わかる…」
「…わかるのは、キミが精神的に成長しているから、でしょうねー」

良いんだか、悪いんだか――
それでも何もせずにはいられなくて、こうして外に連れ出してもらう時も増えた。
そういう時は大体、レインに同行をお願いしてる。
レインだけでは警護にはならないと理由で、いつもアワーの人も一緒だが――

「…そういえば、アワーの人…周りに見えないけど…いるの?」
「いますよー?気を遣って、少し離れた場所で見張ってくれているんですよー」

見張られるというのは、あまり気持ちのいいものではないけれど。
本来の仕事を置いて、こうして散歩に付き合ってくれるのはありがたいことではある。それはレインにも言えることだけど――

「…レインも、一応ミニッツの長なんだから、することが多いのよね?」
「一応、とは何ですかー。これでもボクは多忙の身なんですけどねー」
「忙しいのに、私に付き合ってくれているのよね。ありがとう、レイン」

忙しいのは、レインだけでなく鷹斗も円も。
それでも、私の願いを出来るだけ聞こうとしてくれる。
いつもレインじゃなきゃいけない理由なんて、ないけれど…散歩のときはつい、レインにお願いしてしまう。

ふと、思った。
迷惑には、思っていないのだろうか…?

そんな思いが頭をよぎった時、撫子のお礼を軽く受け流すような口調で、レインが言葉を継いだ。

「気にしないでくださいねーキングには出来るだけ、彼女のこと気にかけておいてって頼まれていますしーボクの今の最優先事項ですから」
「・・・そう。社員だから、社長の言うことは聞かなきゃだものね」
「まあ、そういうことですよー」

自分で聞いておいて、どこかそんなものか、と沈む気持ちがある。
――どうしてだろう?

心持ち俯いた撫子に、「それに――」と一息置いて声がかかる。

「散歩するなら、付き合いますよーって…ボク言いましたからね―」
「・・・そんなこと、言ってたかしら?」
「あ、もしかして忘れてます?言いましたよー話相手になるって言ったんですけどねー…ぬいぐるみしか友達のいない痛い子に思われるって言われましたねー」
「・・・・・・・それ、レインがウサギの時よね?」

さっきも思ったけれど、そんな自分が小学生の時の話が…まるで昔のことのように思える。
懐かしい思い出は確かに温かな色をしていて。
どうにかしなきゃ、と追い詰められた頭をやわらかく撫でてくれるようだった。

「まあ、確かにウサギと散歩だとあれですけどー…今は、どうでしょうねー?」
「え?」
「今なら、ボクとキミは…どういう関係に見えますかねー」
「どうって…」

別に何も、と言いかけて、ふと逡巡する。
時間を見つけては、二人で散歩して。
いつも二人ではないけれど、実質二人で散歩しているようなもので。

CLOCK ZEROの社員は、何か事情のあることなのだと思っているとは思うが。
たまに見かける社員ではない、市民にとって、レインと撫子はどう映っているのだろう…?

「おやあ、言葉が詰まってしまいましたねー?」
「…偉そうな幹部と、その助手くらいじゃないかしら」
「なるほどー…それなら、これでどうですかー?」

え?と思う間もなく、指先が絡め取られて。
そのせいか、二人の距離が一歩近づいた気がした。
自分に目を向けるレインの瞳が楽しげに細められて――

「恋人にでも、見えますかねー」
「・・・っみ、見える見えないとかじゃなくって。もう・・っ意味のないこと・・」
「…意味、ないこともないと思いますよ。少なくとも…」

ポフっと顔に、カエルを寄せられて。
パクパク動かして、風になびく髪を口で咥えるような仕草をする。

「おしゃべりなカエルくんが、ずっと黙って気を遣っている分、くらいには――…そう、思いませんかー?」
「・・・・・・・っ」

思わず動揺して、離れかけた指先をレインが優しく辿る。

その温もりに、レインが言葉ほどの意味を持ってないとわかってる。

それでも――


小さく小さく「そうね」と呟いた撫子の言葉は、黄昏にのまれることなく、レインの耳に温かに届いた。






END