キミのいる世界




最終話

『もうひとつの、夢』





ずっとはめていたカエルは、撫子の腕から外されて。
ゆっくりとレインの左腕に戻される、その様子を、行動の意味を繋げられないレインはなすがまま。
戻ったカエルの帽子の位置を少し直そうとした指先と、同じく直そうとした撫子の指先が触れ合って。

反応することを躊躇ったせいか、そのまま触れるか触れないかのまま、離れることも出来ずに。

「…ようやくキミも、わかってくれたんですねー?」
「何が?」
「カエルくんを戻してくれたって、そういうことでしょー?」
「違うわ。私一人でも……会えるっていう気持ちよ。」

撫子の言葉に、レインがはあー、と気のない返事をする。
戻ったカエルが早速、おいっとひょろんとした腕をペチっとぶつけて抗議をしているが、レインは反って笑顔を増して言った。

「でも、これでボクがキミに会いに行く理由はなくなったと思うんですけどねー?」
「……来てもらおうなんて、思ってないからいいのよ。…少しくらいは思わせてくれてもいいとは思うのだけど」

軽くいつものような応酬をしてから、撫子は本題へと話を振った。

「……また、鷹斗を促すために私を傷つける?有心会のテロもあるし、そうなったっておかしくないわね」
「…………」
「でも、そうならないわ。鷹斗だって、もう繰り返したりはしない――それは、あなたが一番わかっているのではないの?だから、私はもう傷付いたりしないわ」

レインが根負けして、勝手にしてくださいと言うまで。
レインがどんな断りを言っても聞かないつもりでいた。
だってそうでもしないと、この人は闇に向かって行ってしまう―――

「……カエルくんに、聞いたのよ?あなたがしてきた事、昔にした事。運が運を呼んで…偶然に起こった必然の事故」
「…………」
「あなたがもし、また……私を傷つけようとしても、あなたが直接手を下さないのなら、私は傷つかないわ。こうして……ここにいるのが奇跡だって、あなたが言ったのよ、レイン」

奇跡なんて――と思っているのに、何度も言っていた。
私を見て、喜んでいた―――理由が、どうあれ………

「あなたと出会ったことで、今私がここにいるのよ?私以外に、誰があなたの傍にいるっていうの―――」

歪んだ黒い螺旋を描く運命でも―――
それすらもあなたと繋がるものならば、切り離したりはしない―――

「…キミは、根本的なことを考え違えています。ボクは……別にもう、どうでもいいんです。夢もなくなって……この先、どうしろと言うんです」
「どうしろなんて、何も言っていないわよ」
「傍にいると言い続けているのに、ですかー?……キミはボクに勝手に決めるな、と言ってくれましたけど、そのままお返ししますよー。
 ……ボクのこれからを、勝手に考えないでください」

少し、覗いた本心―――

「これからなんて、考えられないんですよー。……キミがいようと、いまいと、どうでもいいんです――ボクにとっては、ずっと見続けた夢、夢だけが―――なのに、ボクの夢に勝手に出てきて――」
「……え?」
「あの夢は、夢です。進むべき道の夢が潰えたのに、キミが傍にいるとその夢をボクは、愚かにも見てしまう――見たくなんて、ないんです」

レインがずっとつけていた仮面が、音を立てて……壊れる―――

「恋だ愛だの感情に振り回されて、それに付き従うなんてボクに言わせれば愚の骨頂なんですよー、人の常識なんてそれぞれ違うものでしょー?……ボクとキミは決定的に違う――」
「わかってるわ。だから―――」
「キミがボクの何を、知っているというんです……そんなのは、キミの驕りです、撫子くん――傍にいる、いるって…いたって幸せも何もない――ボクにはそんなもの、必要な――



パンッ!!



渇いた音が響いて。

ジンと痺れた感覚がお互いの頬に、掌に――

痛い、胸が――――痛い―――――


「………気は、…済みましたかー?……もう、いいでしょう?呆れて、ボクの事は…放って、……いいんです―――」
「もう一度、叩かれたいの!?いい加減にして!!」

静かにしなきゃいけない。
騒ぎになるかもしれない。
でも、でも、この分からず屋には、今しか伝えられないのだ。

「たった1日よ?たった1日で真実を知った私とあなたが、お互いの気持ちを理解しあえるわけなんてないじゃない――っ」
「特に、レインなんてやることめちゃくちゃで、ひどくって、ひねくれてて……あなたの気持ちなんて、知っているわけないでしょう!!」

撫子が握った拳は、ドン、ドン!とレインを壁に押し込むように強く打たれて。
乏しい言葉にありったけの気持ちで、レインに訴え続ける。


「わからないから、傍にいるのよ――あなたと私の常識は違っても、歩み寄ることは出来る筈だわ…いつか、いつか―――気まぐれにでも、あなたがそう、思ってくれたら――」

「今、なんて、言ってない―――いつになったって、いいの。そうならなくったって、それでも!そう思えるように……傍に、いたいのよ―――」



レインの視界は、何故か良好とは言えなくなった。

形すら覚束ない撫子の姿が、泣いているのだけは、わかって―――



どうして、叩いた方が泣くのか――
どうして、こんなことで泣くのか―――

どうでも、………いい、筈なのに―――、なんでこんなに、彼女をあしらえないのか―――

彼女の一言一言が、いちいち胸をざわつかせて

血が集まったかのように熱く痛む頬が、何かを払拭するように血を通わせる。

鬱陶しいくらいに、手に流れ落ちる水は、涙なのだろうか―――


「レイン、オマエ……」
「………………」

何にも言葉が返せないくらい、わけのわからない感情で頭がぐちゃぐちゃで―――
顔を覆ったまま、俯くレインの頭を、……撫子が躊躇いなく、ゆっくりと撫でた。

「………ねえ、レイン。……聞き忘れていたんだけど……もう一つの夢に、私は出ていたの?」
「……っ」
「私は、あなたの進んできた夢は、歩めないけど。もう一つの夢に私が出ていたのなら……それを一緒に見たい―――」
「…………」

撫子は撫でていた手をゆっくりと離すと、カエルの手を軽く結びその上にハンカチを置いた。
あなたの親友を叩いて、ごめんなさい、とばかりにカエルの頬も一撫して。

「ねえ、レイン?テロが起こったって、何があったって、あなたがいなくなっていたとしても……ちゃんと見つけるから…私が見つけたら」
「私には勝てないって、認めて、諦めて、傍にいさせてね」

願望だけど、見つからなければ見つかるまで探して、傍についていく気ではいるけれど。
支離滅裂極まりないけれど。
少しでも剥がれた仮面の中に、私がいたと信じたい―――

撫子はすくっと立ち上がると、そのまま足早に牢を出て行ってしまう。
その背に思わず目を奪われて、背中にかける言葉が何も出ず、ただ残されたレインは手元に戻ったカエルに顔を付き合わせた。

「…………カエルくん、……お久しぶり、ですねー」
「たった1日だろ!!……オマエ、今言うコトが……それ、かよぉ…っ」
「…………何で、キミまで泣くんですー…………キミ、無駄にあったかい、ですよー」

撫子がさっきまではめていたカエルは、まだ温かく。
夢かと間違えた温かさが現実に、レインの手に伝わって。

「…………馬鹿にも程がありますよー…そう、思いますよねー?ビショップ。聞いてましたかー?」
『…………』
「もうすぐ、彼女戻るのでー……ちゃんと、戻してあげてくださいー」
『なんでぼくが。……それに戻すって、どこにです?』

どこに―――

そう尋ねられたことで、自分の中で今まで考えた事もない選択肢が存在していたことに気付かされた。
そう思う理由に、また色々自分で納得できそうな理由を打ち出しては、心の奥底でそれを弾き返される――――

いや、もう――表面上を取り繕う理由を考えるのが億劫なほどに、そんな理由なんてわかっている―――

「…………君のお兄さんの居場所、もうわかっているんですよー。だからもう、キングに従う必要もない筈です」
『…………』

それきり、通信が途絶えたのはきっと、撫子が管理室に着いたからなのだろう。
再び静かになった牢。
二人に、カエルがまた腕に加わったのに――――

「……………いーのか?レイン。アイツ、戻して――」
「……正直、煮え切らない感情、ってとこですけどねー、どれもこれも…今更、です………にしても、しおらしくなっちゃってまー……」
「どっちがだよ!」

ははと小さく笑いながら、ずっと心で自問自答をして。

戻す、どこに――――?

彼女の部屋に、鷹斗くんのもとに――――

今までの自分なら、間違いなくこちらだった。
彼女は鷹斗くんの、キングの絶対的な人で、それは変わらない――
研究の為に、夢の為ならば迷わなかっただろう。



……撫子くんの、時代に――――――

馬鹿な、と思う。
けれど、浮かんでしまった選択肢は、もう消すことは出来なかった。

ここにいれば、傍にいると言い張って。
ボクを本当に、困らせる――――過去、ないくらいに――――

ボクの前に君臨した大嫌いな「奇跡」を、ボクはもう……傷つけることはない…と、思うから―――
せせら笑ってしまう程に、そう思えるから―――

まだ、いる撫子に感じる、この喪失感を……素直に事実として受け止めたのだから、今度は間違えてはいない――――

「……帰すのが…なんて……本当に、今更ですけどー……」
「?何言ってんだ?」
「いえ、何でもー……カエルくん、アレ、取り上げられていませんよねー?」
「おう!仕込んでるぞ」
「じゃあ、取り掛かりますかー……」

カエルの帽子の中に隠して仕込んでいた小さな端末機。
簡易的なものではあるが、CLOCKZEROのセキュリティに再度ハッキング。
鷹斗が厳重に見張ってはいるだろうし、ロックも今までの比ではないだろうが……成功すること事体が無理なものに思えたが――

「最後に一度くらい、神童に勝てるといいんですけどねー……」

監視カメラの位置なんて把握している。
死角でこちらの手元を見られないように、さり気に確認するとカエルから受け取った端末機に手をつける。



2日後、テロの攻撃に後手に回ったのは政府だった。
有心会の攻撃によって建物内に引火した火は、セキュリティに阻まれることなく、建物を廻ったのである―――



***




爆発音と共にまわった火は、あっという間にビル内に広がって。
テロがあると知らされてはいても、アワー以外のセカンドやミニッツなどの構成員はいざ、有心会が攻め入ってくれば混乱は必至で。

「く…っどうして、セキュリティが―――」
「…………どうします?アワーは今有心会との戦闘に入ってはいますが、セカンドやミニッツなどを庇いながらでは――」
「わかってる。俺が指揮を執るよ……火が、回ってる。撫子は安全なところに非難させておいてくれる?」
「安全なところなんて、今はこのCLOCKZERO内にないと思うんですがね」
「外でも、いい――円の判断に任せるよ。ただ必ず彼女の傍を離れないで――」

キツく、言い聞かせるようにして鷹斗が部屋を出る。
開いたドアの先の向こうはもう、煙で見えはしなかった――

「……これ、こんな…どうして……?」
「レインさんでしょうね、さ、行きますよ」

腕を引っ張られて、思わずその腕を引っ張り返す。

「どこに…?この火、レインは無事なの――?」
「あなたわからないんですか?レインさんがここまでセキュリティに穴を開けた訳を。今、あなたの目は誰から逃れられたんですか」
「……誰って、……鷹斗―――」
「その隙に、あなたを戻せというお願いを受けてます。遂行する理由はなくもないので、戻します」

再び、今度は逃げられないように抱きかかえられた。
いきなりの事に腕や足をもがきはするけれど、体はちっとも動かない。

「戻すって、どこに―「元の、あなたのいた世界に―――」
「………え?」
「あなたは、最初からそれを望んでいたんですよね?」
「そう、だけど―――」

だって、傍にいるって―――

見つけるからって、言ったのよ。それなのに――――


「放して…っ!!私は戻らないわっ!!戻らない……レインに、会わせて――」
「わっちょ……っ暴れないでください。全く、これで3度目ですよ。どれだけお願いすれば気が済むんですか」
「円に連れて行ってもらおうなんて、思ってないわ!私が自分で見つけて……傍に、いくのよ――だから……っ」

もがき続けたせいなのか、不意に円の手が緩み、そのまま床にバランスを崩して落ちてしまった。
腰や腕を打ちはしたが、自由になった体に安心し、そのまま立ち上がろうとした腕をまた押さえられる。

「もう…っまだ諦めてな――「撫子くん、見つけましたー」
「…いの!って……え?」
「うわっ暴れないでくださいよー……ボクのこと、もう忘れてしまいましたかー?」

煙の燻る白い景色の中、愛しい金とピンクがゆらゆらと揺れて。
嘘かと思うほどに、優しく、抱きしめられた―――

「……レイ、ン―――っ」
「あははー来ちゃいましたねーでも、ボクが見つけたので、ボクの勝ちです。」

初めて、こんな風に抱きしめられた。
抵抗していた手は、震えながらその細い背中を抱きしめ返して。

「……ボクには勝てないって認めて、諦めて、……戻りますよねー?」
「……戻、る?だって……」
「行きますよー。うかうかしてると、怖〜い王様に見つかっちゃうのでー。じゃあビショップ……元気でーっていうのもおかしいですかー?」
「……あなたに言われたくありませんよ。自分の立場をこれからは、もう少し理解してください。その人、…お願いします。」
「はいはーい」

お別れの言葉を告げている時でさえ、その片時でさえ、レインがあまりに手を握るのが、声が優しいから。
抵抗したいのに、出来ない。
こんな時に、切り札だすみたいに、どうして、こんな―――

「嫌よ、戻らない。あなたを置いてなんて、いけない。」
「撫子くん――」
「行きたくないの、傍にいたいの―――あなたと共に時間を過ごしたいのよ。何もなくてもいいの、ただ……一緒の、…っ時を―――」
「はい。到着ですよー」

どうして、こんなにあっという間に連れて来られるのか。
同じくらいの背で、円より全然細っこい体で、なのに力は全く敵わなくて。
嫌だともがいても、どうにもならないのだと、無情なくらいの穏やかな瞳が訴えてくる。

「大丈夫です。ボクがキミを帰すんですよー?安心してくださいー」
「…っあなた、を置いて、何の安心が出来るっていうの――いや、……嫌っ!!帰らな――っん――んぅ…っ」

涙まじりのキス、だった。
ううっと嗚咽する声が、レインによって塞がれる。

優しく深く触れあうキス、離れ際に僅かに痛みが走る。

少し離れたレインの目は赤くって。
レインも泣いてくれているのかと、自分勝手にだろうと思って。

その唇に、赤い、血―――

「……ボクが直接、キミを傷つけてしまいましたー……ほら、ここにいると危険みたいですよー?」
「……こんなのっこんなのずるい……っ」
「はい、ずるいんですよー…………ねえ、褒めてくれませんか?撫子くん。数日前のボクには、考えられない行動ですよー?」
「………っ」

レインの右手がゆっくりと下りて、きっとすぐに二人の間に隔たりが出来る。
越えることの出来ない、一枚分の透明な壁が―――

「ボクは……どうするかなんてまだ、言えないけれど……キミの涙を増やさないようには、踏み躙らない様には……努力、します。この答えじゃ、ダメですかー?」
「…………」

首を、横に振るしか出来なかった。
声なんて、嗚咽にしかならない―――


ゆっくり下りた唇は、前髪を掬って額に口付けられる。

伸ばしかけた手は、もう、静かに閉ざされた空間にしか触れられない。

もう、レインには触れられない――――


「さよなら、撫子くん……ボクはキミの事が、大事みたいですー……鷹斗くんに関係なく」

「ボクの夢、もう一つの……なんて事のない、でも届かない日常の夢。見てください、ねー?」

「こんなボクを想ってくれた、……キミが、幸せであるように―――」



もう、レインの姿は見えなかった。

声だけが、最後に声だけが、引き裂かれそうなほど、胸に届く―――




「キミのいる世界を、もう二度と壊さないように―――」











***




















5 years later





……どう考えたって、場違いな気がする。

「戻ろうかしら、でも……それだと、せっかく誘ってくれた鷹斗の顔を潰してしまう気もするし」

海棠グループのこれからの事業計画だの、研究の成果でもある新製薬の発表だの。
株主でも、関係者でもないのにそんなのに参加してもいいのだろうか、と今更気が億劫になってくる。

「誘われた時は、鷹斗のあまりの誘いっぷりについ頷いてしまったけれど……」

会場である会館はもうすぐそこなのに、先ほどから行っては戻りを繰り返している。
そろそろ警備員にでも声をかけられるかもしれない。
そうは思いながらもまた体を反転させると、むぎゅっと何かを、踏み潰した感触――


「……っいっ!!!!」
「え、あっ!!ご、ごめんなさい……っ」

振り返った先にいた青年は、どうみても外国の人だったのだけれど、咄嗟に日本語で謝ってしまった。
英語で言い直そうかと、思った矢先――

「テメー!!!ヒールの踵で思いっきし踏んでんじゃねーよ!!くっそー!!……あ、足が……っくうぅ」

ものすごい剣幕で怒鳴られ、思わず怯んだのだが確かにものすごく痛そうだった。
気付いていなかった為、全体重をかけていたかもしれない。

「ごめんなさい……あら?日本語は大丈夫なのね?」
「おー日本で長いこと研究してるからな……ってタメ口か!?」
「いえ、何だかつい……申し訳ありません……」

確かにどうしてこんな失礼な態度を取っているのか。
自分でもわけがわからないまま、頭を下げたのだが―――

「気にすることないですよー?彼はちょっと、大袈裟なんですー。ほら、立たないと遅れますよー?」
「どこが大袈裟なんだよ!!ほら見ろ!!」

ふらっと現れた金髪の、自分と同じくらいの年に見える青年が、どうみても年上の青年の足をツンツンとつっついて。
青年が怒って足を靴から取り出したのだが、見事に腫れだしていた。

「おやー……」
「ほれ見ろ!!つーか謝れ!レイン!!」
「えー?何でボクが謝るんですー?」

ねー?と同意を求めるように笑顔で語りかける「レイン」に、何故かうまく笑えない。
いつだったか、ずっとずっと苦しんでいた胸の痛みが、時を経てうずくように、痛くなって――

「……あれー?もしかして困ってますー?」
「…いえ、困ってなんかいないわ。怪我、どうしようと思って……」

覗き込まれた瞳に、思わず顔を落とす。
どうかしてる、と思うのに、顔が無意識に熱くなっていく。

「…どーもこーもねえよ、いいから先に二人で行っとけ。オレちょっと看護室かなんかで診てもらうからよー」
「あ、じゃあ私も……」「ボクも行きますよー?」

二人の問いに、足を腫らした青年は何故かにんまりと笑顔を浮かべる。

「いいから、行っとけ!こんなのでゾロゾロみっともねーしな。オレ様のファンが減るだろ」
「ファン!?」
「あーはいはいーいいんですよーこの人の冗談には付き合わないでー。じゃあ……えーっと。……あなたも、海棠グループのパーティですかー?行き先、一緒ですよねー?」

先に立ち上がったレインが、撫子に手を差し出す。
差し出されたまま繋いだ手に、奥から奥から、言葉が溢れ出しそうな感覚があって。

「ええ、鷹斗に誘われて……」
「鷹斗くん、の…?ははあ……九楼撫子くん、ですかー?」
「どうして、名前――」

ふと仰げば、既視感のある、切ない笑顔――

「あなたの話は、鷹斗くんによく聞かされていましたからー」
「そ、そうなの……」
「……まあ、今日はこれも何かの縁、ということでー…ボクがエスコートしても、いいですかー?」

初めて会う筈のレインに、どうしてかずっとこんな風に話すことを待っていた気が拭えなくって。

「レインが、いいの」

「…………」

「あ――っご、ごめんなさいっ!いきなり呼び捨てにして、可笑しなこと……っ」
「いえー嬉しいですよー……撫子くん――」

ふわっと細くなった優しい目が、どうしてこんなに切ないのか。

そのまま、短い距離のエスコート。
どうして、こんなに短いのか、もっと長ければいいのに――と。

たくさんの「どうして」を思いながら、『あなたの傍を歩けることが幸せなの―――』と、どこかで自分の声を聞いた気がした――







「……オレ様の仕事は完了、か?レイン――」

未来のレインからだというぶっ飛んだ手紙。
だけどすぐに信じた、アイツに隠していた病の事を知っていたから――

あの時では治らなかった病を、治す薬と共に、オレの親友であるレインの暴走を止めてくれという内容。
一人の、少女を。少女の世界を守る為の手紙。

『ボクを止められるのは、きっと、キミくらいですからー』

レイチェルを亡くした後のレインを知ってる。
どれだけ、人体蘇生にのめりこんでいったのかを知っている。
そんな中で、追い討ちをかけるように、自分もいなくなる運命だった――

……だから、手紙の内容どおりにならないように、オレ、頑張ったんだぜ――?
未来のオマエが作ったカエルみたいに、後悔しないようにな――

たった一つだけ、手紙にかかれてなかったお節介というものを、今、してしまったけれど……

それでも、さきほどの撫子の態度を見ていれば、間違っていなかったと思える。



「あの手紙読めば、オレがこーするの、わかってたよな―――レイン―――」



踏まれた足を得意げに空に向けて。

もう一人の親友に、高らかに告げる―――














END