「じゃあ、抱っこして欲しいです!な~んて…」

勢いまじりに、冗談を声色に乗せて、、普段言えないような甘えたことを口にしてみる。
その後、きっと困ったような顔をして、何を言うのだと咎めてくるんだろうな、と、つい想像して小さく笑って、
そうなると思っていたのに、

一度だけ目をそらして、そのあとすぐ私と同じように、小さく笑いを浮かべながらすっと腕を伸ばしてきた。
あっと思った時には、普段見ることのない、上から斎藤さんを見下ろす形になっていて。

私を見上げる視線は、自然上目使いになって、私を覗き込むように。
その藍の瞳に魅せられて、言葉もなくじっとその瞳を見返す。
抱き上げる腕は私を自然に支えて揺るがず。下ろそうともしない、びくともしない腕。
ドキドキと強く胸を打つ心音を聞きながら、そのまま成行きに身を任せていると・・・

「・・・これでは、だめか?」

斎藤さん・・・そう思っていないでしょう?
目にはそんな思いがちっとも映えていない。
自然に頬に熱が集まっていく。
そんな私を見て、少しだけ頬を染めて、優しく目を細める斎藤さんが、すごく、すごく好き。

「だ、だめじゃないですっ!嬉しいですっ!!」

抱っこされた私と斎藤さんの間の距離を埋めるように、斎藤さんの首に腕を回して、ぎゅっと抱きつけば。
斎藤さんの、ドキドキする音が重なる。
私と同じ・・・
嬉しくて、そのまま抱きついてる私に、斎藤さんはそっと背中をあやすように、ぽんぽんと。

心臓は高鳴りながらも落ち着いていくような変な感じがする。
斎藤さんが、好き、大好き・・・・

その時、私の背中をぽんぽんとしていた手は、一度その律を崩して、ためらいながらもそっと、私を包む。

そのあと、私をもっと強く抱きしめるようにぐっと腕に力が込められた。




体に回す腕に少し力を込めて抱き締めれば、一瞬硬直する千鶴の体。
強張った体は弛むことなく、斎藤の首に回された腕はいつの間にか、また二人の間に距離を保とうと胸を押しやっていた。

「お、降ります!!!降ろしてください!!!!」

千鶴が急に体を起こそうとして、斎藤の体もぐらっと揺れる。
それでも千鶴を落とさないように、配慮しながらゆっくりと、千鶴を体から離そうとする斎藤に、
そんな気遣いに全く気がつかず慌てて地面に足をつけると、真っ赤になった顔を斎藤に見せないためか、下を向いたまま、

「ありがとうございました」

小さく早口でぽそっと呟いたと思ったらそのまま邸内へ走るように駆けていく。
そんな背中が見えなくなるまで見つめた後、斎藤もまた頬を染めて、つい先ほどまで愛しい人を抱きしめていた腕に視線を向ける。
千鶴をこの腕で抱き締めた、その事実が後から後から、胸に何とも言えない嬉しさを押し寄せてくる。

今の自分の顔は、きっと見せられるものではないだろう。
誰かに見つかる前に邸内に戻ろう。

足取りは軽く、ついあがってしまう口の端をあがらないように意識しながら、
少しだけ変わった千鶴との関係に胸が満たされていたのだけど・・・・・

少しだけ、どころではなく、かなり変わったということに、斎藤は振り回されることになる。




「というわけだ、頼まれてくれるか?」
「はい。承知しました」

土方の部屋で任務を受け、そのまま部屋を出ようとした時、

「失礼します。お茶お持ちしました」
「おお、入れ」

千鶴が部屋に入り、土方と、斎藤にお茶を出す。
そのまま空になった盆を抱えて。、失礼しました。と部屋を出ていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・?どうした?斎藤、茶、飲まないのか?」
「い、いえ・・・・・」

土方に言われ慌ててお茶を口に入れれば、熱い茶を一気に流し込んでしまったので舌も喉も痛いが、土方の手前ぐっと我慢する。
それでもいつも冷静な斎藤らしからぬ行動に土方が眉をひそめるのは当然で。

「・・・どうしたんだよ、何か気がかりなことでも?」
「い、いえ・・・私事ですので」

斎藤が気まずそうに言葉にすると、土方は暫し頭を働かせた後、ああ・・と溜息まじりに笑いを出した。

いつもこちらに目を向けてはお疲れ様です。というくらい愛嬌のある千鶴。
きっと想い人の斎藤にはもっと愛嬌を振りまいているのだろう。
部屋に入ってきた千鶴は黙ってお茶を出したあと、そのまま目も合わさずに部屋を出た。
土方でも多少違和感を感じたくらいだから、斎藤はよっぽどなのだろう。
それにしても・・・

「そんなことでおまえを、そこまで慌てさせるなんて、あいつもやるな」
「ふ、副長!」

珍しく土方の部屋で楽しそうな笑い声が響いた。


次の日も、その次の日も、斎藤が千鶴と話す機会ができるたびに、視線を向けるたびに・・・

「平助君!あのね、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
「原田さん!ちょっとお聞きしたいことが~」

などと、斎藤の目の前で慌ててその場を離れていこうとする。
きっと・・・千鶴は照れているだけで、深い意味はないのだろうけど・・・でも・・・・



そして事件(?)は起こった。

その日、千鶴の気持もわからなくもないけれど、話すのが恥ずかしいのなら、話さなくてもいいから、せめて…傍にはいたいと。
そんな想いを溜めて、斎藤は休憩を見計らって千鶴の元へ向かう。

天気がよく、洗濯物をパンと伸ばして、背伸びしながら竿に干していく千鶴を見つけた。
「千鶴」
後ろから声をかければ、ビクっとする体。
一瞬止まった手はすぐに動き出し、千鶴はそのまま洗濯物を干していく。そのまま振り向きもせずに。

そんな千鶴の態度に、さすがに斎藤も眉間に皺を寄せた。
「千鶴、聞こえているのだろう?」

もうずっと自分に向けて声を発すことがない千鶴に、不満と、さみしさを感じる。
ようやく千鶴が手を止めて、斎藤の方を振り向く。一瞬ほっとしたけれど、顔は俯いたまま、目はこちらを見ないまま。

「・・・・・・・・・・あの・・・・私、その・・・・・」

小さく、本当に小さく語られる千鶴の言葉を黙ったまま待っていた時に、

「あれ~?斎藤君に千鶴ちゃん?・・・こんなところで何してるの?」

二人の微妙な空気を察知して、面白そうだともくろんでいるのがすぐわかるような笑顔を満面に出して、寄って来たのは総司。
「・・・何でもない。洗濯物を干しているだけだ」
「それにしては・・・手が止まってるよね?」
「・・・・・・・・」

いいから邪魔をするな、とそんな殺気めいた視線を総司に向けると、全く堪えずにかえって喜んでいる・・・
空気を読むどころか、ぶち壊すことを楽しそうにする総司に斎藤が苛立ってきた時、その耳に信じられない言葉が聞こえた。

「お、沖田さん・・・手伝ってくれませんか・・・」

その言葉には沖田も目を見開いてびっくりする。そして斎藤も。
いつも、からかわれて、逃げようとはしても、近づくことなんてないのに。
そんなに、そんなに今は俺とは話したくないのか、と・・・千鶴の真意はそうではないとわかっているのに、そう考えてしまう自分に、千鶴に、憤りを覚えて・・・

「・・・・・・わかった、もういい」

一言、顔も見ずに斎藤はそのまま立ち去った。


残された総司と千鶴は・・・・・

「え~と・・・あれは斎藤君も怒るんじゃない?」
「・・・・・・・だ、だって」
「仲を取り持つとか、そんな親切したくないけど・・・さすがに、あれは・・・ねえ」

あの時の斎藤の顔・・・・
千鶴は俯いて見ていなかっただろうけど、あんな表情見たことない。
あの、斎藤君にあんな顔させるなんて・・・
ちらっと横にいる、何とも情けない表情の千鶴を見る。

「・・・・追いかけないの?」
「・・・・追いかけても、何て声をかけていのかわからないんです・・・もういっぱいいっぱいで・・・・・」
「ふうん・・・・でもさ、斎藤君はもてるから、君が放っておいたらすぐに新しい子見つけるんじゃない?」
意地悪い笑みを浮かべて、それでもいいならいいけど、と言葉を放り捨てて総司はその場を去って行った。

・・・・・・・・・放ってるわけじゃないもの・・・・話そうとは思うけど、緊張して・・・・・・
・・・・・・必死にしゃべろうとしたけど・・・・・何を話せばいいのか・・・・・・・
・・・・・・このままじゃ、本当に沖田さんの言う通りになっちゃうかも・・・・・・

自分の情けなさにぽろっと涙が出てくる。
顔も見れないなんて・・・・どうしたらいいんだろう・・・・・

ぽろぽろ涙を流す自分の目が鬱陶しくて、乱暴にゴシゴシと目をこすっていたら、その手を不意に掴まれた。

顔をあげるとそこには・・・・・

「!?」
「・・・・・・・・・」

無言でそっと涙をぬぐってくれるのは、確かに向こうに行った斎藤。

「・・・・・(ど、どうして・・・・怒ったんじゃないの?)」
思わずじっと斎藤を見上げる千鶴に気が付いて、それでも斎藤は顔をしかめたまま、視線をそらす。

・・・・・・・やっぱり怒ってるよね・・・・そう思った時、視線をそらしたままで斎藤が話を切り出した。

「・・・千鶴が、恥ずかしくて俺から逃げ回っているのはわかっている・・・だが」
「・・・・」

「俺は誰にでもああいうことをするわけじゃない。というか、したことがない・・・それでも・・・」
「・・・・・・」
「千鶴が、したいと言うから、叶えたくて・・・だから・・・」
「・・・・・・・」
「そんな態度を続けられたら・・・千鶴の気持がわかっていても面白くない。・・・」
「・・・・・・・」
「・・・ずっと待っていられる器量はない」


そこで千鶴に視線をようやく戻す。
千鶴もずっと斎藤を見ていたから、自然に目が合って・・・
斎藤を映す千鶴の瞳を覗き込み、ほんの少しだけ、しかめていた顔を緩ませる。

千鶴と目があって、それだけでさみしさを滲ませた表情を少し和らげる斎藤。
そんな斎藤を見た千鶴は胸がいっぱいになって・・・思わず斎藤の着物の裾をきゅっと掴んだ。

「ごめんなさい・・・」
「千鶴・・・いや、いい」

逃げ回っていた千鶴が、傍にいてくれる。それが嬉しくて・・・斎藤の裾を握る千鶴の手に、そっと自分の手を添えようとしたけれど、前に抱き締めた時に硬直されたのを思い出して、斎藤はそっと手を戻そうとする。
それを掴んだのは、千鶴。

「嫌なんじゃないです!そ、その・・・恥ずかしいってだけで・・・」

斎藤の手をつかんだ千鶴の指は力が入ってきゅっと握られたと思えば、、急に指がほどけて手の絡みがなくなりそうになったり、と、千鶴の気持ちをよくあらわしている。

ほどけかけた手をほんの少しだけ、包み込むようにして離れないように、握り直したのは、斎藤。
せっかく繫ったこの手を離したくない。
もう一度繫った手を嬉しそうに見ながら、

「・・・千鶴と、話せて嬉しい」

ぽつりと呟くその言葉に、千鶴の心臓は悲鳴をあげた。

「・・・・・し、心臓が壊れそうです!!」
「?具合でも悪いのか?」
「そ、そうじゃなくって・・・その・・・・斎藤さんがあんまりドキドキさせるから・・・」

かあっと赤くなって、体全体にドキドキが広がっていく。
顔は見上げたまま、視線だけをあさっての方向に向けて、何とか恥ずかしさをごまかして話を続ける。

「あ、あの時も心臓が壊れる!と思っていっぱいいっぱいで・・・」
「・・・・それは、俺も同じだ」
「う、嘘!斎藤さんも・・・ドキドキはしてたけど・・・ぎゅっとしてきたじゃないですか!」
「・・・したらいけなかったのか?」
「い、いえ・・・嬉しかったです・・・じゃなくて!ほら!今も私がおたおたしてても斎藤さんは平、気・・・・・」

千鶴の声は上擦っていて、しどろもどろなのに、斎藤の声はいつもと同じで。
だからきっと、いつもの顔で、千鶴を見ているのだと思っていた。そう思って目を戻せば・・・

千鶴と同等・・・?いや、それ以上に赤くなって目を逸らしている斎藤がいた。

「・・・あの、斎藤さん?」
「・・・・・・・」

いつの間にこんなに顔を赤くしていたのだろう??
そんな思いでじっと見つめていると、斎藤はちらっと視線を手にやる。
つられて、千鶴が視線を手に向ける。

・・・・・・・あれ?
斎藤が手を握り直した時には・・こんな指を絡ませるようには繋いでいなかった・・・
自分が興奮しすぎていつの間にかこんな風に握っていたのだろうか・・・

「・・・あ、あの・・・手・・・私・・・ですよね?ご、ごめんなさい・・・」

何だか前の繋ぎ方より恥ずかしさが増す。
きっとこのせいだ、と思って手を元の繋ぎ方に戻そうとすると・・・

「・・・千鶴じゃない」
「え?」
「おまえが話しながら手を離してしまうから・・・その俺が・・・」
「・・・斎藤さんが?」


興奮してしゃべっていたから、知らず腕も使ってしゃべっていたのだろうか。
淡々としゃべっているように聞こえたのは、握り直すのに・・・もしかして集中してたとか?
・・・・・・・・
そんなことを考えながら、千鶴はもう一度繫っている手に目を向ける。

そこには斎藤の気持が込められているかのように見えて、
嬉しさを隠しきれずに、斎藤と同じくらいに頬を赤く染めていく。

手を離すのは、ほどくのは嫌だと、
主張するように、握り直された手に。





END






斎藤さんのキャラ大丈夫ですか?
ちなみに斎藤さんが戻ってきたのは・・・沖田さんと二人にさせるのはちょっと・・・と思ったから、もあるんじゃないかな~と
こっそり思っていたりします。
最後は甘く・・・やっぱり甘くなるものしか書けません(汗)






小さな主張