不器用な気持ち

4




「うっ・・・ひっく・・・・・」

自分の腕の中にいる少女が、遠慮なく思いきり泣けるように優しく優しく抱きしめてあげる。
時折、泣きすぎて、苦しそうにむせているのを、そっと背中をさすって楽にしてあげる。
こんなことをするのは簡単。
泣いてる女の子を慰めるのは苦手ではない。
泣いてる女の子を面倒くさいとは思うけど・・・それでも、
今、自分の胸を涙で浸していくこの少女には、そんな気持ちが起こらない。

・・・俺のことで、泣けばいいのに。

ルルが想っているのはラギだから。
ラギのことだからこんなに泣くのだろうけど。
その恋が自分に向けられたら、自分のことでこんな風に泣いてくれてら・・・きっと退屈しない。毎日が、楽しくなるような気がする。

そんなことを考えていた自分に、いつのまにか抱きしめる力を強めていた自分にはっと気がつき、アルバロは苦笑いを浮かべる。
腕の中におとなしくおさまっていたルルも、少し落ち着いたのかアルバロから体を少し離す。
その少しの隙間になぜか気持が落ちていくようなものを感じながら、アルバロはルルに声をかけた。

「あ〜残念、もういいの?」

いつものように、にっこり微笑んでルルを覗きこめば、赤くなった目に少しだけ涙を湛えながらルルもにっこり微笑んで。

「うん!ごめんね!もう大丈夫」

気を張って、強がって、そんなことを言うルルに、しょうがないなと思いながら気は進まない言葉をかけていく。

「ルルちゃん、何があったかわからないけど・・・ラギ君が君のことを嫌いになることはないと思うよ」
「うん・・・・・・そう、思いたいんだけど、でも・・・」
「嫌われちゃったって言ってたけど、何か言われたの?」
「・・・言われたわけじゃなくて、聞いちゃったんだけど・・・」

ルルは事の成り行きをアルバロに少しだけかいつまんで話していく。
それを聞いたアルバロは、少し困ったような笑を浮かべて、

「それなら、嫌われたってことにはならないんじゃないかな」
「そ、そうなの!?」
「だって、面倒くさいって言っていただけでしょう?」
「面倒くさいって・・・もう嫌ってことじゃないの?」
「・・・う〜ん・・・言葉通りに取るとそうなっちゃうけど、でも・・・ただルルちゃんがいなくなって、どうしていいかわからなくて彼も困っていたんじゃないかな」
「そ、そうかな?そうだと・・・いいんだけど」

安心したように、頬をみるみる緩めていくルルの背中越しにちらっと見えた緋色の影。

・・・あれは・・・・

その影が何であるかすぐにわかったアルバロは楽しそうに意地の悪い微笑みを浮かべる。
こちらの様子をうかがっている気配を確認しながら、そっとルルに近づいて・・・

「ルルちゃん、相談にのってあげたんだから、お礼くれるかな?」
「?お礼?」
「うん、これでいいよ」

両腕を取り、ルルが抵抗できないようにしてから、そっと鼻先で前髪をあげると、おでこに軽く唇を落とした。

「ア、アルバロ〜!?何するの!何してるの!!」
「いいじゃない、これくらい。・・・それじゃあ、ラギ君とうまくいくように願ってるよ」

極上の笑を浮かべて、ひらひらと手を振っていくアルバロに、顔を真っ赤にしながらもう!とラギの元へ戻ろうと走るルル。
はやる気持ちに足が追い付かない。
謝りに戻ったのに、結局謝りもせず、そのまま出てきちゃって。
もつれる足をなんとか前に進めながらルルは全速力で食堂に向かった。
ルルが食堂へ戻るその途中、茂みに隠れてうずくまるようにしていたラギに気づくことはなかった。



・・・・・・・なんだ今の・・・・・・

さきほど目に入ってきた光景に今度はラギの頭が真っ白になっていた。

くそっ!アルバロのやつ、絶対オレに気がついていただろ!!

ガっと塀を拳で打ちつけて、その鈍い痛みで頭を麻痺させるようにしばらくじっとして。

・・・ルルは・・・嫌じゃなかったのか?

そんなことを頭の隅で考えてしまって、慌ててブンブンと頭を振る。
なぜこんな、こんなすれ違いばかり続いてしまうのだろうか。
アルバロの腕の中にいるルルを見て、胸の奥に燃えるような熱い気持ちと、何もかも飲み込んでしまうような冷えた黒い気持ちが混ざって、動きたいのに、足は張り付いたように動かなくて、それでも必死に声にならない声を叫んでいた。

『やめろ!そいつは・・・ルルは、オレの女だ!触るな!』

いくら叫んでも叫んでも声は、心の声は届くことがなく、そんな自分の情けなさに今へたりこんでしまっているわけで。

・・・・こんなところでへたっていても仕方がねー・・・
今は、会っても、顔を見ても・・・ルルを責めるような言葉を投げてしまいそうな気がする。
・・・・もう少し、落ち着いてから・・・癪だけど、ビラールにでも相談・・・いやいや、自分で考えるしかねーか・・・
ラギはゆっくり腰をあげて寮に戻って行った。




「あれ?ルルどうしたの?君もこんな時間に食事?俺もなんだ、昨夜から調べ物してたら新しい発見をしてそれを論文にまとめようとしたらいつのまにか朝も飛ばして昼になっていて、さすがに食事をとれってマシューに怒られて・・・」

一方ルルはラギの元へと食堂にたどり着いたら、中途半端な時間に食事をとろうとするユリウスに捕まっていた。

「そ、そうなの。それはマシューが正しいわ!食べないと倒れちゃうもの!」
「うん、そう思うんだけど・・・なぜかプーペが一人もいなくて、ご飯頼めないんだ」
「・・・あっ!そうだ、ごめん、私がプーペさん呼ぶの忘れてたんだ」
「君が?」
「うん・・・実は・・・」


ラギにご飯を作るために厨房を借りようと、少しの間だけ一人にしてもらい、プーペさんには休憩してて!とお願いしたことをすっかり忘れていたルルは、そのことをユリウスに伝えて、

「ごめんね!今すぐプーペさんを呼んでくるから・・・」

走ろうとした瞬間

「「ぐ〜〜〜くるる」」

二人のお腹が同時に鳴って、二人で顔を見合せて笑ってしまった。

「ねえ、ルル。ご飯・・・ルルが作ってくれないかな?俺も食べてみたいな」
「え?で、でも・・・私の作るご飯おいしくないし・・・殺人的なにおいみたいだし(←結構気にしている)」
「かまわないよ!プーペ呼ぶの待てそうにないし、それに・・・・」
「?それに?」

うっすら頬を染めるユリウスにルルは答えを促すと、

「君の作った料理食べたいんだ!」

にこっと満面の笑顔で言われて。
元はと言えば自分のミスだし、こんな風に言われたら、断るなんてできない。
「わ、わかったわ!
一生懸命作るけど・・・無理はしないでね!」
「うん!君の作るものなのに、無理なんてこと絶対ないよ!」

にこにこしながら待っててくれるユリウスに、残った材料でごはんを作りにかかる。
その途中流しに自分が先ほどまで山盛にしていた料理が乗っていた皿を見つけて。
・・・ラギ、全部食べてくれたんだ・・・
空になったお皿と、どこにも食べ残しが見当たらないことにほんの少しだけ頬を緩める。
・・・寮にでも戻っちゃったのかな・・・
そんなことを考えながら手は休めずに、先ほどと同じような料理ができたのだけど。
それを見たユリウスの第一声は・・・



「なんであの材料からこんな料理ができるの!?すごいにおいだ!魔法は使ってないんだよね!面白いな〜」

目をぱっちり開けて、高揚しながらフォークを口に運ぶユリウスと同時に、ドキドキしながらルルも料理を口に運ぶ。

パクっ。

二人口に入れたとたん目を丸くして、目を合わせて、ユリウスの顔がみるみる崩れていく。

「おいしい!おいしいね!どうしてあのにおいでこんなにおいしくできるのかな!?君って本当に意味がわからないよ!」
「よ、喜んでもらえてよかったわ!・・・本当ににおいはきついけどね」

それでもパクパクと二人食べ進んで行く中、ユリウスは、

「君は魔法だけじゃなく料理まで不可思議なことが起こるんだね!意味がわからないけど、でも・・・」
「君が作ったから、こんなにおいしいんだね!きっと!俺は君の料理だからこんなにおいしく感じるんだと思う」
「この時間に来て正解だったな!こんなに楽しい時間が過ごせるだなんて!嬉しい、本当に嬉しいよ!・・・・・・ルル?どうしたの?」

思うままに、素直に感想を述べていたユリウスの目に映ったのは、食べるのを止めて、じっと下を向くルル。

「な、何でもないのよ」
「何でもないことないよ、どうしたの?俺何か失礼なこと言ったかな?」
「ち、違うの、そうじゃなくて・・・」
「?」
「あのね・・・ラギとも、こんな風に食べたかったなって・・・」
「・・・食べられなかったの?」
「あのね!ラギは悪くなくて、私が勝手に怒って飛び出しちゃって・・・」

ぽろっと少しだけ我慢できなかった涙がまた、一滴流れてしまってルルはますます慌てる。
そんな様子を見ていたユリウスは、優しい眼差しをルルに向けたあと、

「君が悪いなんて、俺には思えないけど…彼は贅沢だよ、君にこんなに想われてるのに。俺にはうらやましくてたまらない居場所にいるのに」
「・・・ユリウス・・・」
「・・・楽しくて、おいしい食事をありがとう、ルル。お礼に俺が何かデザートでも作るよ!あ、味は期待しないでね!」

ユリウスのそのまっすぐな気遣いがとても心に沁みていく。元気をいっぱいもらえる。
「・・・ありがとうユリウス!」

そのまま二人、ユリウスが作った、お世辞にもおいしいとは言えないデザートを仲よく食べたのだけど、そんな様子をこっそり見ていた者がいた。




5へ続く